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第87話 正論と正論

「あれ? 人間もいる?」


 そんな声が聞こえた。


 カインは声のした方へ目を向ける。


 そこには、一人の少女が立っていた。


 見慣れない服装。


 やけに明るい髪色。


 年齢は、自分たちとそう変わらないだろう。


 その少し後ろには、聖職者らしい格好をした青年もいる。


「……今の魔法、君が?」


「ん? そーだけど?」


 少女はあっさりと答えた。


 カインは背後を振り返る。


 リムの張った【隔帳】の内側では、魔王軍の兵士たちが呆然と立ち尽くしていた。


 幸い、怪我人はいないようだった。


「リム、大丈夫?」


「は、はい……私は、大丈夫です。」


「ありがとう。助かった。」


「い、いえ……。」


 リムが小さく首を振る。


 それを確認して、カインは改めて少女へ向き直った。


「どうして攻撃したの?」


「え?」


「この人たちを。」


 少女は不思議そうに首を傾げた。


「だって、魔王軍じゃん?」


「……うん。」


「え、それ以外に理由いる?」


「…………。」


 カインが黙る。


 少女も黙った。


 しばらく、互いに顔を見合わせる。


「……え、なに?」


「いや……。」


 カインは少し考えてから、口を開いた。


「この人たち、魔物と戦ってただけだよ?」


「うん。見た見た。」


「じゃあ、なんで?」


「だから、魔王軍だから。」


「…………。」


 どうにも、話が噛み合わない。


 カインが困ったように眉を寄せると、隣からセトが顔を出した。


「おいおい、いきなり攻撃すんなよ! 危ねぇだろ!」


「いや、魔王軍なんだけど?」


「だからって、いきなりは駄目だろ!」


「……え、あんたら何者?」


 少女の視線が、カインたちを順番に移動する。


 セト。


 エイル。


 カイン。


 そして、リム。


「……あれ?」


 少女の目が止まった。


「そっちの子、魔族じゃね?」


「……っ。」


 リムが小さく肩を震わせる。


 その様子を見て、カインが一歩前に出た。


「うん。リムだよ。」


「……いや、名前じゃなくて。」


「半分だけど、魔族だよ。」


「…………。」


 今度は少女が黙った。


「……え、じゃあ、あんたら魔族と一緒にいんの?」


「うん。」


「なんで?」


「仲間だから。」


「…………。」


 少女は、しばらくカインの顔を見つめた。


 それから、後ろの青年へ振り返る。


「……ねえ、ファント。」


「はい。」


「ウチ、なんか聞き間違えた?」


「……いえ。私にも、そのように聞こえました。」


「だよね?」


 少女は再びカインへ向き直る。


「……ちょっと待って。意味わかんないんだけど。」


「……?」


「いや、なんでそっちが不思議そうな顔してんの!?」


 思わず声が大きくなる。


 その隣で、エイルが小さく息を吐いた。


「……んー。ちょっといい?」


「なに?」


「お嬢ちゃん、教会の人?」


「ウチ? まあ、そんな感じ?」


「そっちのお兄さんは?」


「私は教会に所属しております。ファントと申します。」


 青年が丁寧に頭を下げる。


 エイルは少し考えた。


 教会。


 見慣れない服装の少女。


 そして、先ほどの魔法。


「……ねえ、カイン。」


「うん?」


「この子、もしかして。」


「あ。」


 カインも何かに気づいたようだった。


 数日前に聞いた話。


 最近、新しい英雄が召喚されたという。


 魔法を得意とし、各地で魔物を倒して回っているらしい。


「……君って、最近召喚された英雄?」


「え?」


 少女が目を丸くした。


「そうだけど。なんで知ってんの?」


「話を聞いたんだ。魔法がすごく得意な英雄がいるって。」


「へー! もうそんな噂になってんだ?」


 少女が嬉しそうに笑う。


「そーそー! ウチ、ミカ!」


「俺はカイン。」


「カインね。よろしく!」


「うん。」


「……いや、よろしくじゃないんですよ、ミカさん。」


 ファントが慌てて口を挟んだ。


「今はそういう状況では……。」


「あ、そっか。」


 ミカがぽん、と手を打つ。


 そして、改めてカインを見る。


「で、カイン。」


「うん。」


「なんで魔王軍庇ってんの?」


「……この人たち、何も悪いことしてないから。」


「いや、魔王軍じゃん。」


「それはわかってるよ。」


「……じゃあ、わかるっしょ?」


「何が?」


「…………。」


 ミカが額に手を当てた。


「……ねえ、マジで言ってる?」


「うん。」


「魔王軍だよ? 人間の敵じゃん。」


「……そうなの?」


「そうなのって……。」


 ミカは呆れたように声を漏らした。


「教会でも言ってたし。魔王軍は人間を襲うんだって。」


「……でも、今は襲ってないよ。」


「今は、でしょ?」


 ミカの声が少し真面目になる。


「あとで襲われる人が出るかもしんないじゃん。」


「……うん。」


「だったら、今倒しといた方がよくない?」


「…………。」


 カインは、もう一度兵士たちを振り返った。


 彼らは先ほどまで魔物と戦っていた。


 怪我をした仲間を支えながら、次の魔物に備えていた。


 少なくとも、カインたちに敵意を向けてはいなかった。


「……この人たちが、人間を襲うって決まってるの?」


「決まってるっていうか、魔王軍なんだから。」


「でも、まだ何もしてないよ。」


「だからさー。」


 ミカが少し苛立ったように言う。


「何かしてからじゃ遅いじゃん。」


「…………。」


「人間が襲われて、誰か死んじゃってからじゃ遅いでしょ?」


 その言葉に、カインはすぐには答えなかった。


 ミカの言っていることも、わからないわけではない。


 魔物だって、街へ近づけば危険になる。


 人を襲う前に討伐することもある。


 狩人として、それはよく知っていた。


 けれど。


「……でも。」


 カインは顔を上げた。


「まだ何もしてない人を、襲っていい理由にはならないと思う。」


「…………。」


「もし人間を襲うなら、そのときは止めるよ。」


「……そのとき?」


「うん。」


「……そのときには、もう誰か死んでるかもしんないじゃん。」


「……うん。」


「だったら、今倒す方がいいじゃん!」


「でも、今倒したら、この人たちが死んじゃうよ。」


「…………。」


 ミカの口が止まった。


 カインは続ける。


「この人たちにも、帰る場所があると思う。」


「……。」


「家族とか、友達とか。」


「…………。」


「だから、何もしてないのに傷つけるのは、違うと思う。」


 ミカは黙ってカインを見つめた。


 それから、深く息を吐く。


「……あー、もう。」


 頭を掻く。


「カインってさ、めっちゃ理想論言うタイプ?」


「……そうかな?」


「そうだよ!」


 即答だった。


「全員助けられたら苦労しないじゃん!」


「……うん。」


「だから、被害が出る前に危ないものを減らすんでしょ?」


「……でも、この人たちは危ないことしてないよ。」


「魔王軍なんだってば!」


「…………。」


 カインが困ったように黙る。


 ミカも、苛立ったように黙る。


 少し離れたところで、セトが腕を組んだ。


「……なあ、エイルさん。」


「んー?」


「これ、どっちも引かねぇな。」


「……そうだねぇ。」


 エイルは二人を見つめていた。


 ミカの言い分は理解できる。


 将来の危険を、今のうちに取り除く。


 狩人としても、決して理解できない考え方ではない。


 ただ。


 カインが退くとも思えなかった。


 目の前で困っている者がいれば、手を伸ばす。


 相手が誰であろうと。


 昔から、そういう子だった。


「……カイン。」


 エイルが小さく声をかける。


「無理しないでね。」


「うん。」


 返事はいつも通りだった。


 それが余計に、エイルには気になった。


 一方、ファントは別の意味で頭を抱えていた。


 目の前にいるのは、明らかに人間の狩人たち。


 その中に、魔族がいる。


 しかも魔王軍の兵士を守り、英雄に反論している。


 教会で教わってきた話とは、何もかも違っていた。


「……ミカさん。」


「なに?」


「少し、落ち着いて話を……。」


「落ち着いてるって。」


「……本当ですか?」


「うん。」


 そう答えながら、ミカは再びカインを見る。


「……ねえ、カイン。」


「うん。」


「あんたさ、魔王軍が人間を襲わないって、なんで言い切れんの?」


「……言い切れるわけじゃないけど。」


「ほら。」


「でも、アベルはそんなことしないと思う。」


「…………。」


 ミカが瞬きをした。


「……アベル?」


「うん。」


「誰?」


「魔王。」


「…………。」


 沈黙。


 風が、木々の間を吹き抜けた。


「…………は?」


 ミカが、ゆっくりと口を開く。


「……ちょっと待って。」


「うん?」


「今、魔王って言った?」


「うん。」


「……知り合い?」


「うん。話したことあるよ。」


「…………。」


 ミカは何かを言おうとして、やめた。


 もう一度口を開き、また閉じる。


 それから、ファントへ顔を向けた。


「……ねえ。」


「……はい。」


「ウチ、今度こそ聞き間違えた?」


「……残念ながら、私にもそのように聞こえました。」


「……だよね。」


 ミカが天を仰ぐ。


「……マジ意味わかんない。」


 小さく呟いてから、カインを見る。


「ねえ、あんた何者?」


「……狩人だけど。」


「そういう意味じゃない!」


「…………。」


 カインが首を傾げる。


 ミカは大きく息を吐いた。


「……魔王と知り合いで、魔族と一緒にいて、魔王軍守ってんの?」


「うん。」


「……人間なのに?」


「うん。」


「…………。」


 ミカはしばらく黙っていた。


 やがて、少しだけ表情を変える。


「……じゃあさ。」


「うん。」


「あんた、そこ退いてくんない?」


「……。」


「ウチ、魔王軍倒したいんだけど。」


 カインは首を横に振った。


「それはできない。」


「……なんで?」


「この人たちは、自分の仕事してるだけだから。」


「…………。」


「だから、敵意向けてる人を通せないよ。」


 ミカはじっとカインを見つめた。


 冗談を言っている様子はない。


 脅しているわけでもない。


 ただ、本気でそう言っている。


「……あっそ。」


 ミカが一歩、前へ出た。


「じゃあ、力ずくでも通るけど?」


「……うん。」


 カインも、腰の刀に手を添える。


「それなら、止めるよ。」


「……へぇ。」


 ミカの口元に、小さく笑みが浮かんだ。


「ウチ、結構強いよ?」


「うん。さっきの魔法、すごかった。」


「……それでもやんの?」


「うん。」


「…………。」


 ミカは少しだけ目を細めた。


 自分の力を見ても、退こうとしない。


 英雄だと知っていても、態度を変えない。


 何を考えているのか、さっぱりわからない。


「……マジ、変なやつ。」


 ミカが小さく呟く。


 その後ろで、ファントが慌てて声を上げた。


「ミ、ミカさん! 待ってください!」


「ん?」


「相手は人間ですよ!?」


「知ってるって。」


「でしたら、もう少し話し合いを……!」


「話したじゃん。」


「……それは、そうですが!」


 ファントが言葉に詰まる。


 ミカはカインから視線を外さなかった。


「……ねえ、カイン。」


「うん。」


「最後に聞くけど。」


「……。」


「退く気、ない?」


「ないよ。」


 即答だった。


「…………そっか。」


 ミカが静かに息を吐く。


 カインも刀を握り直した。


 セトが拳を握り、エイルが一歩下がる。


 リムは不安そうにカインを見つめていた。


「あ、あの……カインさん……。」


「大丈夫。」


 カインは振り返らずに答えた。


「俺が止めるから。」


 ミカが片手を上げる。


 その周囲で、風が動いた。


 カインは刀を抜く。


 互いに、相手を憎んでいるわけではない。


 ただ、譲れないものがあった。


 そして。


 二つの正論が向かい合った。

カイン頑固だからなぁ。

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