第85話 効率厨
「よっし、終わり!」
ミカが満足そうに両手を上げる。
目の前には、先ほどまで暴れ回っていた魔物が横たわっていた。
その身体には、魔法によってつけられた傷がいくつも残っている。
「お疲れ様です、ミカさん。」
「おつー!」
ファントが声をかけると、ミカは軽い調子で返した。
勇者として召喚されてから、しばらく。
ミカはファントと共に、各地で魔物の討伐を続けていた。
最初こそ魔法の扱いに戸惑うこともあったが、最近では随分と慣れてきた。
火を放つ。
水を操る。
風を起こす。
複数の魔法を組み合わせることも、以前ほど難しくはない。
「いやー、結構慣れてきたかも。」
「そうですね。魔法の扱いも、随分と上達されたと思います。」
「っしょ?」
ミカが得意げに笑う。
ファントも、その言葉に異論はなかった。
ミカの魔法の才能は、間違いなく並外れている。
それも、単に威力が高いというだけではない。
異なる属性の魔法を、まるで一つの魔法であるかのように組み合わせてしまう。
普通の魔法使いなら、長い時間をかけて習得するような技術だった。
それを、ミカは短期間で身につけ始めている。
……もっとも。
「で、次どこ?」
「少し休憩を挟んでから、次の依頼がある街へ向かう予定です。」
「えー、また移動?」
「はい。」
「結構遠い?」
「そうですね。徒歩ですと、数日はかかるかと。」
「だるー。」
ミカが露骨に顔をしかめる。
「なんかさー、移動時間もったいなくない?」
「……と、言いますと?」
「だって、魔物倒すために来てるんでしょ? なのに移動ばっかじゃん。」
「それは……各地で被害が発生していますので。」
「それはわかるんだけどさー。」
ミカが腕を組む。
しばらく考え込んだ後、ふと顔を上げた。
「ね、ファント。」
「はい。」
「魔物って、どこに一番いんの?」
「……一番、ですか?」
「そ。いっぱいいる場所。」
ファントは少し考えた。
「そうですね……やはり、危険地帯でしょうか。」
「危険地帯?」
「はい。人間領と魔族領の間に広がる、強力な魔物が数多く生息する地域です。」
「へー。」
「通常の魔物とは比較にならないほど危険な個体も多く、一般の狩人が立ち入るような場所ではありません。」
「ふーん……。」
ミカが何かを考え始める。
ファントは、その表情に少し嫌な予感を覚えた。
「……ミカさん?」
「じゃ、そこ行けばよくね?」
「はい?」
「だって魔物めっちゃいるんでしょ?」
「ええ、ですが――」
「だったら、そこでまとめて倒した方が早いじゃん!」
「……いえ、そういう問題では。」
「え、なんで?」
ミカが不思議そうに首を傾げる。
「だってさ、今って魔物が増えて困ってるんだよね?」
「はい。」
「で、ウチらはそれを倒すために動いてる。」
「そうですね。」
「だったら、いっぱいいる場所に行った方が効率よくない?」
「…………。」
ファントは言葉に詰まった。
確かに、討伐する数だけを考えれば、間違ってはいない。
しかし。
「危険地帯には、非常に強力な魔物が生息しています。勇者であるミカ様でも、危険がないとは言い切れません。」
「でも、今までの魔物は倒せてるじゃん?」
「それとこれとは話が別です。」
「そっかー。」
ミカが頷く。
どうやら理解してくれたらしい。
ファントは少し安心した。
「じゃ、強い魔物が出てきたら逃げよ。」
「……はい?」
「倒せそうなのは倒して、無理そうなのは逃げる。それでよくない?」
「…………。」
ファントは再び言葉に詰まった。
無謀な突撃をすると言っているわけではない。
危険な相手からは逃げるという判断も、決して間違っていない。
ただし、それが可能かどうかは別の話だった。
「ミカさん。危険地帯の魔物は、逃げようとしても逃げ切れるとは限らないのですよ。」
「んー、そっか。」
ミカが再び考え込む。
そして。
「じゃ、ファントが危なそうなの教えてよ。」
「私が、ですか?」
「そ。ウチ、こっちの魔物まだ詳しくないし。ファントは知ってるんでしょ?」
「多少は知識がありますが……。」
「なら決まりじゃん!」
「決まっていません!」
思わず声が大きくなった。
ミカはきょとんとしている。
「えー、なんで?」
「そもそも、危険地帯へ向かう必要がありません!」
「でも効率いいじゃん?」
「効率よりも安全を優先してください!」
「んー。」
ミカは少し不満そうに唇を尖らせた。
「ウチ、効率厨だからさー。」
「……こうりつちゅう?」
「そ。ゲームとかも最短ルートでクリアしたい派だし。」
「…………。」
ファントが眉を寄せる。
「知らない単語だらけだ。」
「あ、ゲームっていうのはね、ウチの世界にあった遊びで――」
「いえ、それは何となくわかります。」
「でさ、あのあれも寄り道しないでクリアした。えーっと、ブレス……。」
「待ってください。」
「ん?」
「何故かわからないですが、それ以上は言わせたら駄目な気がします。」
「え、なんで?」
「僕にもわかりません。」
「何それ、ウケる!」
ミカが声を上げて笑った。
ファントは小さくため息をつく。
英雄のお目付け役に立候補したとき、こんな会話をすることになるとは思っていなかった。
憧れのルークと同じように、英雄を支える。
そのつもりだったのだが。
……いや。
きっと、ルークも苦労したのだろう。
ファントは勝手にそう納得した。
「でもさ。」
ミカが笑うのをやめる。
「早く魔物倒した方が、助かる人も増えるんじゃない?」
「……それは。」
「ウチ、こっちの世界のことまだよくわかんないけどさ。」
ミカが、先ほど倒した魔物へ視線を向けた。
「魔物に襲われて困ってる人がいるのは、わかるし。」
「…………。」
「だったら、できるだけ早く何とかしたいじゃん?」
その言葉に、ファントは黙った。
ミカは軽い調子で話している。
だが、言っていること自体は真剣だった。
自分の力で人を助けられるのなら、そうしたい。
その気持ちに、嘘はないのだろう。
「……ミカさん。」
「ん?」
「危険地帯へ向かうのであれば、いくつか条件があります。」
「おっ!」
ミカの表情が明るくなる。
「まず、僕の指示を無視して勝手に行動しないこと。」
「りょ!」
「危険だと判断した場合は、必ず撤退すること。」
「おっけー!」
「それから、魔力の消耗にも十分注意してください。いくら魔法が得意でも、無尽蔵に使えるわけではありません。」
「わかってるって!」
「……本当に?」
「ほんとほんと!」
あまり信用できない返事だった。
ファントは額に手を当てる。
「……わかりました。では、準備を整えてから向かいましょう。」
「やった!」
ミカが嬉しそうに拳を突き上げる。
「これで魔物探して歩き回らなくて済むじゃん!」
「そう簡単な話ではありませんよ……。」
「だいじょぶだいじょぶ!」
何を根拠に大丈夫なのか。
ファントには、さっぱりわからなかった。
だが、ミカを一人で向かわせるわけにもいかない。
それに、彼女の実力が確かなものであることも、既に理解していた。
だからこそ、できる限りの準備をするしかない。
そう考えながら、ファントは次の目的地までの道程を頭の中で確認した。
◇
数日後。
「……ここが、危険地帯です。」
ファントが足を止めた。
目の前には、鬱蒼とした森が広がっている。
木々の間から吹いてくる風は、どこか冷たかった。
「へー。」
ミカが森を見上げる。
「普通の森っぽいけど。」
「見た目だけで判断してはいけません。」
「はいはーい。」
ミカは軽く返事をすると、森の奥へ視線を向けた。
どこか遠くから、獣の鳴き声のようなものが聞こえてくる。
ファントが杖を握り直す。
「ミカさん。先日の約束は覚えていますね?」
「もちろん!」
「本当ですね?」
「ファントって心配性だよねー。」
「誰のせいだと思っているのですか……。」
ミカが笑う。
そして、森へ向かって一歩踏み出した。
「んじゃ、効率よくいこっか!」
「……くれぐれも、慎重にお願いします。」
二人は、危険地帯へと足を踏み入れた。
ミカはRTA勢。
作者はブレスなんとかは縛りプレイ派でした。




