第84話 思いの外
魔物が倒れた。
大きな身体が地面に崩れ落ち、周囲の木々が揺れる。
その傍らでは、武装した数人の男たちが、互いに声を掛け合っていた。
「……強かったな。」
「うん。」
セトの呟きに、カインが頷く。
先ほどの魔物も相当な大きさだったが、それを倒した男たちの動きも見事だった。
一人が注意を引き、別の者が側面から攻撃する。
魔物が反撃しようとすれば、すぐに仲間が援護に入る。
派手な技こそ使っていなかったが、無駄のない連携だった。
「魔王軍の兵士ですね。」
リムが小さく言った。
「知ってる人?」
「個人までは……でも、あの装備は魔王軍のものです。」
「なら、話を聞いてみようか。」
「え?」
リムが顔を上げる。
「魔族領の方でも、魔物が増えてるかもしれないんでしょ?」
「それは、そうですが……。」
「だったら、ちょうどいいと思う。」
カインが兵士たちへ視線を戻す。
魔物の討伐を終えた彼らは、周囲を警戒しながら武器を収め始めていた。
「リムちがいるなら、話くらい聞いてくれるんじゃない?」
エイルが笑う。
「そ、そうでしょうか……。」
「四天王なんでしょ?」
「……はい。」
「じゃ、大丈夫大丈夫。」
あまりにも気軽な言い方だった。
リムは少し困ったように俯いたが、やがて小さく頷いた。
「……行ってみましょう。」
四人は木々の間から姿を現した。
「誰だ!」
真っ先に気づいた兵士が、鋭い声を上げる。
他の兵士たちも即座に振り返り、武器へ手を伸ばした。
当然の反応だろう。
ここは危険地帯だ。
しかも、目の前に現れたのは見知らぬ人間たちだった。
「待ってください。」
その声に、兵士たちの視線が集まる。
カインたちの後ろから、黒いフードを被った少女が一歩前へ出た。
「……リム様?」
一人の兵士が呟いた。
次の瞬間。
「リム様!」
兵士たちが一斉に姿勢を正した。
「お疲れ様です。」
リムが小さく頭を下げる。
「い、いえ! こちらこそ!」
「このような場所で、どうされたのですか?」
「魔物の討伐任務であります!」
返事がやけに大きい。
「……おお。」
セトが感心したように声を漏らす。
カインも少し驚いていた。
普段のリムからは、あまり想像できない光景だった。
「リムって、偉いんだな。」
「……四天王だしね。」
エイルが小声で返す。
「いや、知ってたけど。」
「おねーさんも。」
二人の視線の先では、リムが兵士たちと話していた。
「こちらの方々は、私と同行している人間の方です。」
「はい。グラム様より通達を受けております。」
「……よかったです。」
リムがほっと息を吐く。
「ただ、念のため確認をさせていただいてもよろしいでしょうか。」
「もちろんです。」
兵士の一人がカインたちへ向き直った。
「失礼ですが、お名前をお伺いしても?」
「カインです。」
「セトだ。」
「エイルでーす。」
三人が順番に名乗る。
兵士は一度頷き、再びリムへ視線を戻した。
「確認できました。失礼いたしました。」
「いえ、当然のことですから。」
リムが答える。
それだけのやり取りだった。
だが、カインには少し不思議だった。
いつもなら人と話すとき、リムはどこか遠慮がちになる。
今も声は小さいし、姿勢だって普段と変わらない。
それなのに、兵士たちはリムの言葉をしっかり聞き、返事をしている。
「……なんか、すごいな。」
「ね。」
エイルも楽しそうに笑っていた。
「リムち、ちゃんと四天王してる。」
「ちゃんとって何ですか……。」
聞こえていたらしい。
リムが少し恥ずかしそうに振り返った。
「褒めてる褒めてる。」
「……本当でしょうか。」
兵士たちは、そのやり取りを少し不思議そうに眺めていた。
やがて、リムが改めて口を開く。
「それで、少しお聞きしたいことがあるのですが。」
「はい。何でしょうか。」
「最近、魔物の様子に変化はありませんか?」
兵士の表情が変わった。
「……やはり、その件ですか。」
「やはり?」
「はい。最近、魔族領でも魔物による被害が増えております。」
カインたちは顔を見合わせた。
「街の近くまで現れる個体も増えておりまして。我々も討伐のため、この辺りへ派遣されています。」
「やっぱり、魔族の方でも……。」
カインが呟く。
「原因はわかってるのか?」
セトが尋ねた。
「いえ。調査は進められていると聞いておりますが、詳しいことまでは。」
「魔物が増えたのか、それとも凶暴になったのか。その辺りは?」
今度はエイルが聞く。
「両方の報告があります。ただ、ここは元々魔物が多い場所ですので……。」
「判断が難しい、か。」
「はい。」
兵士が頷く。
カインたちも、つい先ほど同じことを考えていた。
危険地帯には、元から強力な魔物が数多く生息している。
ここで魔物を何体見つけたところで、それが異常なのかどうかは判断しづらい。
「そちらでも同じようなことが起きているのですか?」
兵士が尋ねる。
「うん。人間の街でも、魔物が増えてるんだ。」
「……そうでしたか。」
兵士は少し考え込んだ。
「だとすれば、やはり何かが起きているのでしょうな。」
「そうですね……。」
リムが頷く。
魔族領でも同じ異変が起きている。
そのことが確認できただけでも、ここへ来た意味はあった。
「ありがとうございます。お仕事中に、お時間を取らせてしまって。」
「とんでもありません!」
兵士が慌てて姿勢を正す。
「リム様のお役に立てたのであれば、何よりです。」
「……ありがとうございます。」
リムがまた頭を下げる。
その様子を見て、セトが小さく笑った。
「なんつーか、リムってすげぇんだな。」
「だから四天王なんだってば。」
エイルが呆れたように返す。
「いや、わかってるって。」
「……私、そんなに変でしょうか。」
リムが困った顔をする。
「変じゃないよ。」
カインが答えた。
「ただ、ちょっと意外だった。」
「……意外。」
「うん。みんな、リムのことすごく頼りにしてるんだなって。」
「…………。」
リムは少しだけ目を伏せた。
「……そうだと、嬉しいです。」
小さな声だった。
けれど、どこか嬉しそうでもあった。
そのときだった。
「――っ!」
リムが顔を上げた。
ほとんど同時に、エイルも振り返る。
「リム?」
カインが声をかける。
返事はなかった。
代わりに、リムが一歩前へ出る。
「――【隔帳】!」
空気が震えた。
四人と兵士たちを包み込むように、見えない壁が広がる。
次の瞬間。
轟音。
凄まじい衝撃が、森を揺らした。
「うおっ!?」
「な、何だ!?」
セトが身を屈め、兵士たちが叫ぶ。
視界が白く染まった。
熱と風が押し寄せ、周囲の木々が大きく揺れる。
だが。
そのすべてが、見えない壁の向こう側で止まっていた。
「……リム!」
カインが叫ぶ。
「だ、大丈夫です……!」
リムは両手を前に出し、必死に何かを支えるような姿勢を取っていた。
普段のように周囲の認識を遮る余裕などない。
ただ、守る。
その一点だけに、すべての力を注いでいた。
やがて、衝撃が収まる。
白く立ち込めた煙の向こうで、木々が折れ、地面が大きく抉れていた。
「……魔法?」
エイルが呟く。
カインは刀へ手を伸ばした。
誰が。
何のために。
そう考えるより先に、聞き覚えのない声が響いた。
「あれ? 人間もいる?」
リムち四天王してるなぁ。




