第81話 これが正攻法
街の一角にある、行政の依頼窓口。
そこには今日も、様々な依頼が集まっていた。
街道の警備。
荷物の運搬。
魔物の討伐。
掲示された依頼を眺めながら、ミカは楽しそうに目を輝かせていた。
「おー、めっちゃあるじゃん!」
「最近は魔物の討伐依頼が増えているそうですからね。」
隣に立つファントが答える。
「教会でも説明を受けたと思いますが、各地で魔物の活動が活発になっています。僕たちも、そうした被害を減らすために動くことになります。」
「りょー! じゃ、どれ行く?」
「まずは依頼内容を確認しましょう。」
ファントは掲示された紙を一枚ずつ見ていく。
ミカはその横から覗き込んだ。
「これとかどう?」
「……街道付近に現れた魔物の討伐、ですか。」
「うん。なんか二匹いるっぽいし。」
「そうですね。鹿に似た魔物と、大型の鳥のような魔物が目撃されているそうです。」
「へー、鹿と鳥?」
「はい。ただ、どちらも通常の個体より大きく、魔力も強いようです。十分に警戒する必要があります。」
「おっけー!」
ミカが元気よく頷く。
ファントはもう一度、依頼書に目を通した。
目撃された場所は、街から少し離れた森の近く。
周辺を通る人々が危険を感じ、討伐を依頼したらしい。
「……ミカさん。本当にこれでよろしいですか?」
「うん! 困ってる人いるんでしょ?」
「ええ。」
「じゃ、倒しに行こ!」
あまりにもあっさりとした返事。
ファントは一瞬、言葉に詰まった。
けれど、すぐに小さく笑った。
「……そうですね。」
魔物の被害に困っている人がいる。
だから、助けに行く。
その考え方は、決して間違っていない。
「では、手続きを済ませましょう。」
「よっしゃー!」
ミカが拳を突き上げる。
ファントは依頼書を手に、受付へと向かった。
◇
街を出て、しばらく。
二人は街道を歩いていた。
道の両脇には草原が広がり、その先には木々の生い茂る森が見える。
「ねー、ファント。」
「なんですか?」
「今日の魔物って、強いの?」
「まだわかりません。目撃情報だけでは、詳しい能力までは判断できませんから。」
「ふーん。」
「ですから、見つけてもすぐに攻撃せず、まずは様子を……。」
「あ、いた。」
「……え?」
ミカが指さした先。
森の近くに、二つの影があった。
一つは、大きな鹿。
もう一つは、その上空を旋回する鳥。
鹿は立派な角を持ち、普通の鹿とは比べものにならないほど大きい。
鳥もまた、翼を広げれば人間の背丈を優に超えるほどだった。
「……あれですね。」
「おー、でっか!」
ミカが感心したように声を上げる。
ファントは周囲を確認した。
街道からは少し離れている。
近くに人の姿もない。
だが、あの大きさの魔物が街道付近をうろついているとなれば、確かに危険だろう。
「ミカさん、気をつけてください。二匹いる以上、連携して襲ってくる可能性もあります。」
「んー、そだね。」
ミカが二匹を見上げる。
鹿は地上。
鳥は空。
確かに、普通に攻撃するなら少し面倒な位置関係だった。
「……あ。」
「どうしました?」
「ちょうどいいじゃん!」
「……何がですか?」
ミカがにっと笑う。
「こないだの魔法!」
「…………。」
ファントの表情が固まった。
「……こないだの?」
「ほら! 火と水混ぜて爆発させるやつ!」
「……ああ。」
思い出した。
思い出してしまった。
あの轟音。
吹き飛ぶ土。
そして、火傷を負ったミカ。
「……まさか、あれを使うつもりですか?」
「そそ!」
「ですが、まだ調整が……。」
「だいじょぶ! あれからちょっと練習したし!」
「……練習?」
「うん! 風で囲むやつ!」
ファントは目を瞬かせた。
あの日、最後にミカが思いついた方法。
火と水の魔法を組み合わせて爆発を起こし、それを風魔法で包み込む。
周囲への被害を抑えながら、内部に威力を集中させる。
理屈としては理解できる。
だが、三つの属性を同時に制御するなど、普通の魔法使いには到底できない芸当だった。
「……本当にできるようになったんですか?」
「たぶん!」
「たぶん!?」
「いや、練習ではできたって!」
「それを先に言ってください!」
「えへへ。」
ミカが笑う。
ファントは深くため息をついた。
……まったく。
この方といると、心臓がいくつあっても足りない。
「……わかりました。ただし、危険だと判断したらすぐに中止してください。」
「りょー!」
ミカは両手を前に出した。
その視線の先には、二匹の魔物。
鹿がこちらに気づいた。
ゆっくりと頭を上げる。
上空の鳥も旋回をやめ、翼を広げた。
互いの位置を確かめるように、二匹が動く。
だが。
「んー……あの辺かな。」
ミカは二匹を見ながら、何かを確かめるように指を動かしていた。
赤。
青。
そして緑。
三つの色が、彼女の周囲に浮かび上がる。
ミカには、魔法が色として視えている。
火は赤。
水は青。
風は緑。
それぞれ異なる色を持つ魔力を、彼女は感覚的に捉え、組み合わせることができた。
それが、ミカの固有スキル。
【天襲】。
「まずはー……こっち!」
ミカが指を動かす。
風が吹いた。
ただの風ではない。
二匹の魔物を取り囲むように、空気が渦を巻き始めた。
地上の鹿。
上空の鳥。
その両方を包み込むように、風が大きな輪を描く。
「……すごい。」
ファントが思わず呟いた。
風魔法そのものは珍しくない。
だが、これほど広い範囲を、ここまで正確に制御するのは簡単ではない。
ましてや、ミカはまだ魔法を覚えて間もないのだ。
「んで、こっちも!」
赤と青の光が、風の内側へと集まっていく。
鹿が動いた。
こちらへ向かって駆け出そうとする。
同時に、鳥も翼を大きく羽ばたかせた。
しかし。
「よし、いっけー!」
二つの色が重なった。
次の瞬間。
どおおおおん!!
凄まじい轟音が響いた。
風に囲まれた空間の内側で、火と水の魔法が激しく反応する。
膨大な蒸気が一瞬で生まれ、逃げ場を失った圧力が内部を駆け巡った。
地面が揺れる。
白い蒸気が風の壁の内側を埋め尽くし、二匹の姿が見えなくなった。
「うわっ……!」
ファントは思わず腕を上げた。
だが、前回のような熱風は届かない。
爆発の衝撃も、ほとんど外へ漏れてこなかった。
風が、その広がりを抑えている。
「……本当に、できている。」
ファントは呆然と呟いた。
やがて、轟音が収まった。
ミカが手を下ろす。
風がゆっくりとほどけ、白い蒸気が周囲へ広がっていく。
そして。
その向こうに、二匹の魔物が倒れていた。
鹿も。
鳥も。
もう、動かない。
「……。」
ファントはしばらく、その光景を見つめていた。
目撃情報にあった二匹の魔物。
それを、たった一度の魔法で。
「……終わった、んですか?」
「ん? たぶん?」
ミカが首を傾げる。
「ちょっと見てくる!」
「あ、待ってください! まだ生きている可能性も……!」
ファントが慌てて後を追う。
二匹に近づき、慎重に様子を確認する。
どちらも、既に息絶えていた。
「……討伐、完了ですね。」
「よっしゃー!」
ミカが両手を上げる。
「見た!? 今のめっちゃよくなかった!?」
「……ええ。」
「ちゃんと爆発、外に飛ばなかったっしょ!」
「そうですね。あれだけの威力を、あの範囲に収められるとは……。」
「いやー、ウチ天才かもしれん!」
「……否定できないのが悔しいですね。」
「え、褒めてる?」
「褒めていますよ。」
「やったー!」
ミカが嬉しそうに笑う。
ファントは改めて、倒れた二匹を見た。
鹿と鳥。
異なる場所にいる魔物を、一度に仕留める。
それだけでも、十分に難しい。
だが、ミカはそれをあっさりとやってのけた。
もしも、この二匹がそれぞれ別の場所にいたなら、ここまで簡単にはいかなかったかもしれない。
けれど、二匹は共に行動していた。
だからこそ、一度に攻撃することができたのだ。
「……それにしても。」
「ん?」
「よく、二匹をまとめて攻撃しようと思いましたね。」
「え?」
ミカが不思議そうに首を傾げる。
「だって二匹いるじゃん?」
「……はい。」
「一匹ずつ倒すより、まとめて倒した方が早くね?」
「…………。」
ファントは言葉を失った。
……なるほど。
実に、単純な理由だった。
「……そうですね。」
「でしょー?」
ミカが得意げに笑う。
ファントも、つられて小さく笑った。
難しいことを考えているようで、考えていない。
無茶をしているようで、時には驚くほど理にかなったことをする。
まだまだ危なっかしいところはある。
それでも。
この方には、確かに人並み外れた力がある。
「……ミカさん。」
「なにー?」
「お見事でした。」
「えへへ、ありがと!」
ミカが笑う。
ファントはその姿を見て、少しだけ胸を張った。
英雄様の補佐役。
思っていたものとは随分違うけれど。
こうして人々を守るために戦うのなら、やはり自分の選択は間違っていなかったのだろう。
「さて、討伐の報告に戻りましょうか。」
「りょー!」
二人は街へと歩き出した。
その背後には、二匹の魔物が静かに横たわっている。
もしも、あの二匹の能力を知る者がこの場にいたなら。
きっと、驚いたことだろう。
互いの魔力を繋ぎ、片方が倒れても、もう片方の力で蘇る。
完全に同じ時に命を絶たなければ、何度でも立ち上がる。
人々が《阿吽》と呼ぶ、二匹の魔物。
だが、その能力にも弱点はあった。
二匹を、同時に倒すこと。
ただ、それだけ。
そしてミカは、その条件を知らないまま満たしていた。
特別な攻略法を考えたわけでもない。
複雑な仕組みを解き明かしたわけでもない。
ただ、二匹まとめて攻撃しただけ。
それが、この魔物に対する、最も単純な正攻法だった。
◇
「ねー、ファント。」
「なんですか?」
「次、雷も混ぜてみよっかな!」
「……はい?」
「いや、爆発に雷足したら、もっとヤバそうじゃね?」
「……ミカさん。」
「ん?」
「まずは今の魔法を、安全に使えるようにしてください。」
「えー、もう使えてるじゃん!」
「そういう問題じゃありません!!」
街道に、ファントの声が響いた。
英雄様の補佐役。
その苦労は、まだまだ続きそうだった。
ミカの初陣、選ばれたのは疾鷹でした。
ちなみに召喚者は行政の依頼は、狩人資格なくても受ける事ができます、イサナもそう。




