第80話 積み重ねていた事
「これにしようかな。」
カインが掲示板から一枚の紙を剥がす。
「どれどれ?」
横からエイルが覗き込んだ。
街道を通る馬車の護衛。
最近、街道付近で魔物の目撃が増えており、荷を運ぶ商人たちが護衛を求めているらしい。
「護衛かー。」
「うん。ちょうど明日の朝、出発するみたい。」
「いいんじゃない? 今はどこも魔物が増えてるみたいだし。」
エイルが頷く。
「よし、じゃあそれにしよう。」
「おっ、仕事決まった?」
少し離れたところで別の依頼を眺めていたセトが戻ってくる。
「馬車の護衛だって。」
「へぇ。どこまで?」
「隣の街まで。」
「じゃあ、そんな遠くねぇな。」
カインが依頼書を受付へ持っていく。
手続きを済ませ、集合場所と時間を確認すると、四人は役所を後にした。
翌朝。
街の外れにある広場には、荷物を積んだ馬車が三台並んでいた。
「おお、あんたたちが護衛の狩人か!」
声をかけてきたのは、恰幅のいい中年の男だった。
「はい。カインです。」
「俺は今回の荷を預かってる商人でな。よろしく頼むよ。」
男は四人を見回す。
「若いなぁ。まあ、狩人なら腕は確かなんだろうが。」
「任せてください。」
「ははっ、頼もしいね!」
商人は豪快に笑った。
他にも御者や荷運びの男たちが数人いる。
どうやら、今回の護衛対象は彼らと三台の馬車らしい。
「それじゃ、出発するぞ!」
商人の声に合わせて、馬車がゆっくりと動き始めた。
街を離れると、道の両側には草原が広がっていた。
ところどころに木々が生え、遠くには低い丘が見える。
整備された街道は歩きやすく、馬車の進みも順調だった。
「思ったより平和だな。」
セトが周囲を見回す。
「まだ出発したばっかりだよ。」
「いや、そうなんだけどさ。」
「油断しないでねー。」
エイルが笑いながら言う。
「わかってるって。」
そんなやり取りを聞きながら、リムは馬車の横を歩いていた。
時折、積まれた荷物や乗っている人たちへ視線を向ける。
「リム、疲れてない?」
カインが声をかけた。
「はい。大丈夫です。」
「そっか。何かあったら言ってね。」
「……はい。」
リムが小さく頷く。
それから、少しだけ考えるように視線を落とした。
――何を通して、何を通さないか。
以前、ルークに教わった言葉。
あれから、随分と時間が経った。
けれど、リムはその言葉を忘れたことがなかった。
昼を少し過ぎた頃。
「……ん?」
先頭を歩いていたエイルが足を止めた。
「どうした?」
「ちょっと待って。」
エイルが街道脇の茂みへ目を向ける。
カインたちも足を止めた。
がさり。
草が揺れる。
次の瞬間、茂みから一匹の魔物が飛び出してきた。
「魔物!」
カインが刀に手をかける。
灰狼の別種だろうか、口元からは鋭い牙が覗いていた。
「一匹か?」
「……んー?」
エイルが周囲を見回す。
別の茂みが揺れた。
さらに、その向こうからも。
「何匹かいるねー。」
「おいおい、結構いるじゃねぇか!」
セトが両腕を構える。
魔物たちは低く唸りながら、じりじりと距離を詰めてきた。
「み、みんな! 馬車を守ってくれ!」
商人が慌てた声を上げる。
「大丈夫です。」
カインが答えた。
「リム、馬車の方をお願いできる?」
「はい。」
リムはすぐに頷いた。
そして、三台の馬車へ視線を向ける。
御者たち。
商人。
積まれた荷物。
そのすべてを、守る。
「【隔帳】」
静かな声とともに、馬車の周囲に薄い膜のようなものが広がった。
三台の馬車を包み込むように、透明な障壁が形作られる。
「な、なんだこれ!?」
商人が驚いた声を上げた。
「大丈夫です。皆さんは、そのまま馬車の近くにいてください。」
リムが言う。
「魔物は、通しませんから。」
その言葉とほぼ同時に、魔物が飛びかかった。
「来た!」
セトが前へ出る。
振り下ろされた前脚をかわし、踏み込んで拳を叩き込んだ。
「おらっ!」
魔物が横へ吹き飛ぶ。
その隙に別の一匹がセトの横を抜けた。
「そっちは任せた!」
「うん!」
カインが駆け出す。
刀を抜き、馬車へ向かう魔物の進路に割り込んだ。
刃が閃く。
魔物が地面へ倒れた。
「カイン、右!」
エイルの声。
振り向くと、別の魔物が馬車へ飛びかかろうとしていた。
「っ!」
カインが足を踏み出す。
だが、その前に。
ごんっ。
鈍い音が響いた。
「……え?」
魔物が、何もない空間に頭からぶつかっていた。
馬車の周囲に張られた【隔帳】。
魔物はそこから先へ進めず、地面へ落ちる。
「おおっ!?」
セトが目を丸くする。
「すげぇな、リム!」
「……はい。」
リムは障壁へ目を向けたまま答えた。
魔物は諦めず、再び飛びかかる。
しかし、結果は同じだった。
爪も。
牙も。
体当たりも。
そのすべてが、馬車へ届かない。
「よし、こっちは気にしなくていいな!」
セトが笑う。
「さっさと片付けようぜ!」
「うん!」
カインが頷き、再び魔物へ向かって走った。
エイルも別方向から回り込む。
三人が動くたび、魔物たちの注意が散っていく。
それでも、何匹かは馬車を狙った。
だが。
そのたびに、見えない壁に阻まれる。
リムは静かに立っていた。
――魔物は、通さない。
――攻撃も、通さない。
けれど。
「リム! ちょっとそっち行く!」
「はい!」
馬車の方へ戻ってきたカインが、障壁へ駆け込む。
その体は、何の抵抗もなく【隔帳】を通り抜けた。
「……あれ?」
カインが一瞬だけ目を丸くする。
だが、すぐに向き直った。
追ってきた魔物が、同じ場所へ飛びかかる。
ごんっ。
今度は、通れない。
「……なるほど。」
カインが笑った。
「ありがとう、リム!」
「はい!」
リムも、小さく笑みを返した。
その後、戦闘は長く続かなかった。
カインが刀で魔物を斬り、セトが拳で打ち倒す。
エイルは素早く動き回り、逃げようとする魔物を逃がさない。
最後の一匹が倒れると、辺りはようやく静かになった。
「ふぃー、終わった!」
セトが大きく息を吐く。
「怪我は?」
「俺は平気!」
「こっちも大丈夫だよー。」
エイルが答える。
カインは刀を納めると、馬車の方へ向かった。
「リム、そっちは?」
「はい。皆さん、無事です。」
リムが答えると、馬車の周囲を覆っていた【隔帳】が静かに消えた。
「いやぁ、助かった!」
商人が駆け寄ってくる。
「あんたたち、強いんだなぁ!」
「いえ、仕事ですから。」
「それに、お嬢さん!」
「……わ、私ですか?」
突然声をかけられ、リムが少し肩を跳ねさせた。
「ああ! あの壁のおかげで、誰も怪我せずに済んだ!」
「い、いえ……。」
「本当にありがとうな!」
「……はい。」
リムは少し戸惑いながらも、ぺこりと頭を下げた。
商人たちが馬車の確認へ戻っていく。
その姿を見送ってから、カインがリムへ向き直った。
「そういえばさ。」
「はい?」
「さっきの【隔帳】、俺たちは普通に通れたよね?」
「……はい。」
「前からできたっけ?」
「えっと……。」
リムが少し考える。
「ルークさんに教えていただいてから、練習していて……。」
「練習?」
「はい。」
「いつ?」
「……宿で、寝る前に少しずつ……。」
「えっ。」
カインが驚いた顔をする。
「そうだったの?」
「はい……。」
「毎晩?」
「……できる日は、なるべく。」
「マジか!?」
横からセトが声を上げた。
「全然知らなかった!」
「そりゃそうでしょ。」
エイルが笑う。
「男の子たちは別の部屋だもん。」
「いや、そうだけど!」
「リムち、ずっと頑張ってたんだよねー。」
「……はい。」
リムは少し恥ずかしそうに俯いた。
「ルークさんが……何を通して、何を通さないか、考えてみてくださいって……。」
あの日。
教わったこと。
最初は、うまくできなかった。
全部を防ぐことはできても、必要なものだけを通すのは難しかった。
何度も失敗した。
けれど、少しずつ。
小さなものから始めて。
通すものと、通さないものを変えて。
できることが、少しずつ増えていった。
「……まだ、うまくできないこともありますけど。」
リムが小さく言う。
「でも……皆さんのお役に立てたら、と思って……。」
「そっか。」
カインが笑った。
「すごいな、リム。」
「……え?」
「だって、ずっと練習してたんでしょ?」
「……はい。」
「俺たちが知らないところで、そんなに頑張ってたんだ。」
「…………。」
リムの頬が、少し赤くなる。
「……ありがとうございます。」
小さく答える。
エイルが、その様子を見てにこにこと笑っていた。
「いやー、ルークも喜ぶだろうねー。」
「ですね。」
リムが頷く。
「今度、お会いできたら……ちゃんとお礼を言いたいです。」
「その時は、見せてあげようよ。」
カインが言う。
「きっと喜ぶよ。」
「……はい!」
今度は、はっきりと笑った。
馬車が再び動き始める。
カインたちは、またその周囲を歩き出した。
リムは、少しだけ自分の手を見る。
以前と、何も変わっていない手。
けれど。
できることは、少しずつ増えていた。
教わったことを忘れずに。
毎日、少しずつ。
積み重ねていた事が、今日、誰かを守る力になった。
リムち、スキルの解釈広げてました。




