第79話 思ってたのと違う
僕の名前はファント。
十八歳。教会に勤める、まだまだ駆け出しの僧侶です。
僕が僧侶を志したのは、ある方への憧れがきっかけでした。
先代英雄パーティの僧侶、ルーク様。
英雄イサナ様と共に魔王を討ち倒し、幾度もの死線を潜り抜け、その卓越した治癒魔法で仲間たちを支え続けた偉大な方。
英雄譚に記されたその活躍を、僕は幼い頃から何度も読み返してきました。
剣を振るう英雄。
その背中を守り、傷ついた仲間を癒やす僧侶。
なんて素晴らしいのでしょう。
いつか僕も、ルーク様のような僧侶になりたい。
そう思って、今日まで修行を続けてきました。
そして、ある日。
教会に、新たな英雄様が召喚されたのです。
まさか、自分が生きている間に、再び英雄様が召喚されるなんて!
これはもう、運命としか思えませんでした。
僕は迷わず、英雄様の補佐役に立候補しました。
もちろん、僕より経験豊富な僧侶は大勢います。
それでも、どうしてもこの機会を逃したくなかったのです。
そして幸運にも、僕はその役目を任されることになりました。
これから僕も、ルーク様と同じ道を歩むのです。
英雄様を支え、共に困難を乗り越え、いつの日か英雄譚に名を残すような僧侶に。
そう。
僕は、本気でそう思っていました。
……ええ。
思っていたんですよ。
「ファントー! 見て見て!」
嫌な予感がします。
ものすごく嫌な予感がします。
振り返ると、少し離れた場所でミカさんが手を振っていました。
今回召喚された英雄様。
僕より一つ年下の、十七歳の女の子です。
明るく、物怖じせず、誰に対しても気さくに話しかける方。
そして。
どうやら、魔法というものを根本的に勘違いしていらっしゃる方でもあります。
「なんですか、ミカさん。」
「火と水混ぜたらさー、なんかエグい爆発する魔法できた!」
「…………。」
……はい?
「えっと、火と水を?」
「そそ! なんかいけそうじゃね? って思って!」
「どうしてそう思ったんですか!?」
「えー? ……ノリで?」
ノリという言葉はよくわかりませんが、ものすごく雑に魔法を混ぜた。
……この方、本当に英雄様なんでしょうか。
「ちょっと待ってください。そもそも火と水の魔法を同時に使うなんて、普通は簡単にできることじゃ……。」
「え、できたよ?」
「でしょうね! できたから今こうして話しているんでしょうね!」
「んでさ、ちょっと見てて!」
「待ってください! 何をするつもりですか!?」
ミカさんが両手を前に出す。
片方の手には赤い光。
もう片方には青い光。
魔力が集まり、それぞれ火と水へ変わっていく。
……いや、本当に同時に使ってる。
この方、魔法を習い始めてまだ大して経っていないはずなんですが。
「ほいっ!」
二つの魔法が重なった。
次の瞬間。
どおんっ!!
「うわあああああ!?」
轟音と共に、白い蒸気が辺りへ広がった。
足元の土が吹き飛び、熱い風が頬を撫でる。
僕は思わず腕で顔を覆った。
「げほっ、げほっ!」
「おー! やっぱやばー!」
「何がやばいんですか!?」
「いや、爆発!」
「見ればわかりますよ!!」
幸い、僕たちがいるのは街から離れた訓練用の広場です。
周囲に人はいません。
いませんが!
「威力を考えてください! こんなの、人がいたら大惨事ですよ!」
「だからここでやってんじゃん?」
「それはそうですけど!」
……くっ。
そこだけはちゃんと考えているのが腹立たしい。
「てかさ、これ魔物に使ったらめっちゃ強くね?」
「強いとは思いますよ。思いますけど、まずは安全に使えるようになってからにしてください。」
「りょー。」
軽い。
返事が軽い。
絶対にわかっていない気がします。
僕は大きくため息をつきました。
そもそも、ミカさんの魔法はおかしいのです。
普通、魔法には適性というものがあります。
得意な属性もあれば、不得意な属性もある。
長い時間をかけて、一つの魔法を使えるようになる人だって珍しくありません。
ところが、この方。
火も。
水も。
風も。
雷も。
土も。
少し教えただけで、使えてしまいました。
それどころか、僕が使ってみせた魔法を見て、すぐに真似し始める始末。
初めて見た時は、感動しました。
これが英雄様の才能なのか、と。
……今は少し、考えが変わっています。
才能がありすぎるのも、考えものです。
「ねー、ファント。」
「なんでしょう。」
「これさ、雷も混ぜたらどうなるかな?」
「やめてください。」
「えー、なんで?」
「今の爆発を見たからです!」
「でもさ、雷入れたらもっとヤバそうじゃん?」
「だからですよ!!」
なんでこの人、爆発した魔法にさらに雷を足そうとしてるんですか!?
料理じゃないんですよ!?
「じゃあ風は?」
「そういう問題じゃありません!」
「土?」
「属性を変えればいいって話でもないです!」
「えー。」
不満そうな顔をしないでください。
僕が悪いみたいじゃないですか。
……ルーク様。
英雄様というのは、皆こうなのでしょうか。
僕が読んだ英雄譚には、こんな話、一行も書いてありませんでしたよ。
「じゃ、もう一回さっきのやつやってみよ。」
「……威力を抑えてくださいね?」
「りょー。」
ミカさんが再び両手を構える。
赤と青の魔力が集まる。
先ほどよりも、少し小さい。
……よし。
今度はちゃんと調整しているようです。
「んー……もうちょいかな。」
「ミカさん?」
「このくらい?」
赤い光が強くなる。
「ミカさん。」
「んー、でも水も増やした方が……。」
青い光も強くなる。
「ミカさん!」
「よし、これで!」
「増えてます!! 両方増えてますよ!!」
「えっ?」
どんっ!!
先ほどよりも近い場所で、小さな爆発が起きた。
「うわっ!」
ミカさんが驚いて後ろへ飛び退く。
僕も思わず身をかがめた。
舞い上がった土が、ぱらぱらと地面へ落ちる。
「……けほっ。」
「ミカさん! 大丈夫ですか!?」
「んー、ちょっとやらかして草ー。」
「笑い事じゃありません!」
慌てて駆け寄る。
ミカさんは右腕をさすっていました。
「怪我したんですか?」
「あー、ちょっと熱かっただけ。」
「見せてください。」
「へーきへーき、ちょっと赤くなっただけだし。」
「いいから見せてください!」
「……はーい。」
差し出された腕を見る。
幸い、ひどい怪我ではありません。
軽い火傷のようです。
僕はその腕に手を添え、治癒魔法を使いました。
淡い光が広がる。
赤くなっていた皮膚が、少しずつ元の色へ戻っていく。
「……はい。もう大丈夫です。」
「おー! 治った!」
ミカさんが腕を動かす。
「ファントすごー!」
「これが僕の仕事ですから。」
「いやー、助かった! マジ感謝ー。」
「……どういたしまして。」
まったく。
この方は。
僕がどれだけ心配したと思っているのでしょう。
「でも、次からは本当に気をつけてくださいね。」
「はーい!」
「返事だけじゃなくて、ちゃんと守ってください。」
「わかってるってー。」
……本当でしょうか。
いや。
疑ってはいけません。
僕は英雄様の補佐役。
英雄様を信じ、支えることが僕の役目です。
それに、ミカさんは決して悪い方ではありません。
少し自由すぎるところはありますが、誰に対しても明るく接しますし、困っている人を見れば、きっと迷わず手を差し伸べるでしょう。
魔法の才能も、本物です。
その力を正しく使えるようになれば、きっと多くの人を救えるはずです。
だからこそ。
僕が、しっかり支えなければ。
「……よし。」
僕は小さく頷きました。
「ミカさん。今日はもう、この辺りにしておきましょう。」
「えー、まだ全然やれるよ?」
「腕を怪我したばかりでしょう。」
「もう治ったじゃん?」
「そういう問題ではありません。」
「んー……。」
ミカさんが少し考える。
そして、ぱっと顔を上げました。
「じゃあさ、最後に一個だけ!」
「……なんですか?」
「さっきの爆発、風で包んだら周りに飛ばなくね?」
「…………。」
……え?
「ほら、風でぐるーって囲んでさ、中だけで爆発させんの。」
「いや、それは……。」
……待ってください。
理屈としては、わからなくもありません。
風魔法で爆発の広がる方向を制御できれば、周囲への被害を抑えられる可能性はあります。
ただし、それには相当精密な魔力操作が必要で……。
「ちょっとやってみる!」
「待ってください!!」
もう両手を構えている!?
「今考えたばかりでしょう!?」
「うん!」
「せめてもう少し考えてからにしてください!!」
「だいじょぶだって!」
「何を根拠に!?」
赤い光。
青い光。
そして、緑の光まで集まり始めました。
……ああ。
ルーク様。
僕は、あなたのような僧侶になりたかった。
英雄様を支え、共に困難を乗り越え、いつの日か語り継がれるような存在に。
その夢は、今も変わっていません。
変わっていませんが。
「ミカさん! ちょっと! それ絶対危ないですって!!」
「いっくよー!」
「人の話を聞いてくださああああい!!」
……英雄様の補佐役って。
思ってたのと、全然違うんですけど!!
ちなみにファント、たまにミカが使う言葉もわかりません。




