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第76話 大体なんでも

 翌日。


「で、今日は何すんの?」


 ミカは、教会の中庭に立っていた。


 昨日まで普通の女子高生だったというのに、気づけば異世界に召喚され、英雄と呼ばれるようになっている。


 正直、まだ実感はない。


 ただ、いつまでも何もしないわけにはいかないらしい。


「本日は、ミカさんの戦闘能力を確認します。」


 隣に立つファントが答えた。


「戦闘能力?」


「はい。魔物と戦う以上、まずは扱える武器や魔法を確認する必要がありますので。」


「ふーん。」


 ミカは中庭を見回す。


 少し離れた場所には、剣や槍、弓などが並べられていた。


「とりあえず、こちらから試していただこうかと。」


「えー。」


「……何か?」


「いや、剣とか重くない?」


「物によりますが……。」


「てか、近づいて戦うの怖くない?」


「それは、まあ……。」


「ウチ、そういうの向いてない気がするんだよねー。」


 そう言いながら、ミカは並べられた武器を眺める。


 どれも、ゲームやアニメで見たことのあるようなものばかりだった。


 ただし、実物となると話は別だ。


 刃物は普通に怖い。


「じゃ、魔法は?」


「……魔法、ですか?」


「そ。あるんでしょ? 異世界だし。」


「もちろんありますが。」


「ならそっちがいい!」


 即答だった。


「いや、まだ武器も試していませんが……。」


「だって魔法なら離れてても戦えるじゃん?」


「それはそうですが……。」


「じゃ、決まり!」


「…………。」


 ファントは少し考えた後、ため息をついた。


「……分かりました。では、まず魔法の適性を確認しましょう。」


「やった!」


 ミカは嬉しそうに笑った。


 その様子を見て、ファントは少しだけ安心する。


 昨日、突然この世界に召喚された少女。


 不安がないはずはない。


 それでも、こうして前向きに取り組んでくれるのなら。


 自分も、できる限り支えていこう。


 そう思っていた。


 この時までは。


 ◇


「まず、魔法にはいくつかの属性があります。」


「ほうほう。」


 中庭の端。


 ファントはミカに向かって説明を始めた。


「基本的には、火、水、風、雷、土。そして回復魔法ですね。」


「おー、めっちゃ王道。」


「……王道?」


「あ、こっちの話。」


「はあ……。」


 ファントは首を傾げながらも、説明を続ける。


「魔法を使うには、体内の魔力を感じ、それを適切に制御する必要があります。」


「魔力ねー。」


「最初は感覚を掴むだけでも時間がかかりますので、焦らず――」


「ね、ちょっとやってみてよ。」


「……はい?」


「見た方が早そうじゃん?」


「それは、そうかもしれませんが。」


 ファントは少し考え、片手を前に出した。


「では、簡単な火魔法をお見せします。」


 掌の上に、小さな炎が灯る。


「おおー!」


 ミカが目を輝かせた。


「すご! マジで魔法じゃん!」


「はい。これが火魔法の基本的な――」


「こう?」


 ぼっ。


 ミカの掌に、炎が灯った。


「…………。」


「おー! できた!」


「…………。」


「ね、見て見て!」


「……見ています。」


 ファントは、ミカの掌に浮かぶ炎を見つめていた。


 大きさも、形も。


 先ほど自分が見せたものと、ほとんど変わらない。


「……ミカさん。」


「ん?」


「以前、魔法を使ったことは?」


「ないよ?」


「……本当に?」


「あるわけないじゃん。日本に魔法ないし。」


「…………。」


 ファントは黙り込んだ。


 普通、魔法を初めて使う者は、まず魔力を感じるところから始める。


 そこから魔力を動かし、形を与え、ようやく現象として発現させる。


 それが当たり前だった。


 少なくとも、昨日まで魔法の存在すら知らなかった人間が、一度見ただけで使えるようなものではない。


「……では、次はこちらを。」


 ファントは気を取り直し、今度は水を生み出した。


「お、水!」


「はい。こちらは――」


「こうね!」


 ぱしゃっ。


 ミカの掌に、水の球が浮かぶ。


「…………。」


「おー、なんか楽しい!」


「……そうですか。」


 ファントの表情が、少しずつ硬くなっていった。


 ◇


「……風魔法です。」


「おっけー。」


 ふわり。


「……土魔法です。」


「ほい。」


 ごとり。


「……雷魔法です。」


「おー、電気!」


 ぱちぱち。


「…………。」


「ね、次は?」


「……少々お待ちください。」


 ファントは額に手を当てた。


 おかしい。


 何かがおかしい。


 魔法には適性というものがある。


 得意な属性もあれば、不得意な属性もある。


 複数の属性を扱える者もいるが、それでも習得には相応の訓練が必要だった。


 ところが。


「ねー、これさ。」


「……はい。」


「魔法って、大体なんでもできる感じ?」


「……できることには限界があります。」


「ふーん。」


 ミカは自分の掌を眺めた。


 火。


 水。


 風。


 土。


 雷。


 どれも、なんとなく感覚が分かる。


 魔法を使う時、ミカには不思議なものが見えていた。


 目の前に、色がある。


 火は赤。


 水は青。


 風は薄い緑。


 雷は黄色。


 土は茶色。


 それぞれが、少しずつ違う動きをしている。


 そして、その色に触れるような感覚で魔力を動かすと、魔法が発動する。


 それだけだった。


「……ミカさん。」


「んー?」


「魔法を使う時、何か意識していることはありますか?」


「意識?」


「はい。魔力の流れや、制御の方法などです。」


「んー……。」


 ミカは少し考えた。


「色?」


「……色?」


「なんか、色が見えるんだよね。」


「…………。」


「で、それをこう、ぐいって。」


 ミカは手を動かす。


「そしたら、ぽんって出る。」


「…………。」


「伝わった?」


「まったく。」


「えー。」


 ミカは笑った。


 ファントは笑えなかった。


 おそらく、これが彼女の固有スキル。


 【天襲】。


 鑑定の際に示された、極めて珍しい天の名を持つスキル。


 その能力が何を意味するのか、まだ詳しくは分かっていない。


 だが、少なくとも。


 目の前の少女が、普通の魔法使いではないことだけは確かだった。


「……あ。」


「どうしました?」


「ね、これってさ。」


「はい。」


「火と風、一緒に使ったらどうなんの?」


「……火と風、ですか?」


「そそ。」


「複数の魔法を組み合わせること自体は可能ですが、同時に制御するとなると難易度が高く――」


「じゃ、やってみよ。」


「……はい?」


 ミカは両手を前に出した。


 右手に、炎。


 左手に、風。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「ん?」


「今、何をしようとして――」


「えいっ。」


 ごうっ!


 炎が巻き上がった。


 風に煽られた炎は、瞬く間に大きな渦を作り、中庭の上空へと伸びていく。


「うわっ!?」


 ファントが思わず後ずさった。


 熱気が押し寄せる。


 炎の渦は空へと伸び、周囲の空気を震わせた。


「おおおー!」


 ミカは歓声を上げた。


「すっご! フレアストームじゃん!」


「ミカさん!!」


「ん?」


「止めてください!!」


「あ、そっか。」


 ミカが手を下ろす。


 すると、炎の渦はあっさりと消えた。


 後には、熱を帯びた空気だけが残る。


「いやー、できるもんだねー。」


「…………。」


「マジ、アニメとか観ててよかったー!」


「…………。」


 ファントは、しばらく何も言えなかった。


 魔法の習得。


 複数属性の同時使用。


 そして、あれほどの威力を持つ魔法の制御。


 どれも、熟練した魔法使いですら簡単にできることではない。


 それを。


 目の前の少女は。


「……ミカさん。」


「なに?」


「あなた、本当に昨日まで普通の生活をしていたんですよね?」


「してたよー。学校行って、友達と遊んで、家帰って。」


「……そうですか。」


「なんで?」


「……いえ。」


 ファントは空を見上げた。


 憧れのルーク。


 かつて英雄と共に旅をした僧侶。


 自分もいつか、あの人のようになりたい。


 そう思って、今回の英雄の同行者に立候補した。


 そして、その願いは叶った。


 叶ったのだが。


「……英雄というのは、皆さんこうなのでしょうか。」


「ん? なんか言った?」


「……何でもありません。」


 ファントは小さくため息をついた。


 ◇


「さて。」


 ひと通りの確認を終え、ファントは手元の資料に目を落とした。


「魔法の適性については、十分すぎるほど確認できました。」


「やったー。」


「……ただし、実戦となると話は別です。」


「そなの?」


「はい。魔物は当然、こちらの都合に合わせて動いてくれません。危険も伴います。」


「そりゃそうだよねー。」


 ミカは頷いた。


 ゲームでも、敵は攻撃してくる。


 まして、ここは現実だ。


 怪我をするかもしれないし、最悪の場合は死ぬことだってある。


 そのくらいは分かっている。


「で、今って魔物が暴れてるんだっけ?」


「はい。各地で魔物の凶暴化が確認されています。」


「ふーん。」


「その対応のために、ミカさんには力を貸していただきたいと考えています。」


「なるほどねー。」


 ミカは少し考えた。


 突然、知らない世界に呼ばれた。


 英雄だと言われた。


 正直、分からないことばかりだ。


 家族や友達のことだって気になる。


 元の世界に帰れるのかも、まだ分からない。


 でも。


 困っている人がいる。


 そして、自分には何かできるらしい。


 なら。


「じゃ、とりあえず行こっか。」


「……はい?」


「魔物倒しに。」


「…………。」


 ファントは目を瞬かせた。


「……今から、ですか?」


「うん。」


「いや、まだ準備もありますし、行き先も決めなければなりませんし……。」


「じゃ、準備しよ!」


「……そういうことではなく。」


「だって、そのためにウチ呼ばれたんでしょ?」


「……それは、そうですが。」


「なら、やれることやっとこーよ。」


 ミカは笑った。


 昨日まで、普通の女子高生だった少女。


 魔法の常識も知らず、世界の事情もほとんど理解していない。


 それでも。


 その言葉に、迷いはなかった。


「…………。」


 ファントは、しばらくミカを見つめた。


 そして。


「……分かりました。」


 小さく頷く。


「ただし、準備はきちんと行います。それと、危険だと判断した場合は、必ず私の指示に従ってください。」


「おっけー!」


「……本当に分かっています?」


「分かってるってー。」


「…………。」


 不安しかない。


 ファントは、心の底からそう思った。


 こうして。


 新たに召喚された英雄と、その同行者は。


 凶暴化した魔物を討伐するため、旅立つことになった。

令和のJKならアニメくらい観てる


……観てるよね?

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