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第70話 楽

 ジェイドは、巨大な鉄塊――《無骨》を肩に担いだまま笑っていた。


「なあ、やろうぜ。」


「…………。」


 カインは腰の刀に手をかける。


 その隣で、セトもガントレットを構えた。


 エイルも短剣へ手を伸ばす。


 リムもカインの少し後ろで、ジェイドを見つめていた。


「なんだ? 全員でやんの?」


 ジェイドは嬉しそうに辺りを見回す。


「いいよ。まとめて来いよ。」


「……やる気満々だな。」


「そりゃそうだろ。」


 ジェイドが《無骨》を肩から下ろす。


 それだけで、地面に重い音が響いた。


「せっかく会ったんだから、やろうぜ。」


「…………。」


 話をして帰ってくれる、そんな相手ではない。


 カインは刀を抜いた。


 ――その時ふと、以前のことを思い出す。


 ジェイドと初めて戦った時。


 何もできなかった。


 攻撃は届かない。


 動きにもついていけない。


 ただ、一方的にやられた。


 目の前にいるのは、あの時と同じ相手。


 でも。


『――強くなれ。』


「…………。」


 アベルの言葉が、頭をよぎる。


 あれから修行をした。


 色々な魔物と戦った。


 旅をして、色々な経験をした。


 今なら――どこまでやれるだろう。


「……なあ、みんな。」


「あ?」


 セトがカインを見る。


「ちょっと、わがまま聞いてほしい。」


「わがまま?」


「うん。」


 カインはジェイドを見たまま言った。


「俺一人で、あいつと戦ってみたい。」


「駄目です!」


 すぐに声が返ってきた。


「…………。」


 カインが振り返る。


 リムが、珍しく強い目でこちらを見ていた。


「ジェイドさんは、本当に強いんです。」


「うん。」


「前だって、カインさん……。」


 そこで、リムの言葉が止まる。


 カインにも、何を思い出しているのか分かった。


「あの時は、本当に何もできなかった。」


「だったら……。」


「だから、やってみたい。」


「…………。」


「今の俺が、あいつにどこまでやれるのか知りたいんだ。」


 リムは納得していない。


 それは顔を見れば分かる。


「カインさんは、絶対無茶します。」


「しないよ。」


「します。」


「…………。」


「するな。」


 セトまで頷いた。


「するねー。」


 エイルも続く。


「……そんなに?」


「そんなに。」


「そんなにですね。」


「…………。」


 カインは少し考える。


「でも、今回は本当に無茶するつもりはないよ。」


 そう言って、皆を見る。


「それに、一人で戦いたいけど……みんなの力は貸してほしい。」


「力?」


「スキル抜刀で。」


「ああ。」


 セトが納得したように頷く。


「だから、完全に一人で戦うってわけじゃない。」


「それ一人って言うのか?」


「戦うのは俺一人だから。」


「……まあ、お前がそう言うならいいけどよ。」


「私はよくありません。」


 リムだけは、まだ引かなかった。


「…………。」


「本当に危なくなったら、すぐに助けますからね。」


「うん。」


「カインさんが大丈夫だと言ってもです。」


「分かった。」


「絶対ですよ。」


「うん。」


 ようやく、リムが少しだけ力を抜く。


「まあ、リムちの言う通りだね。」


 エイルが短剣から手を離した。


「おねーさんも、危ないと思ったら勝手に入るから。」


「俺もな。」


「分かった。」


「……あたしもか?」


 ウェルが呆れたように口を挟む。


「ウェルさんもお願いします。」


「お前なぁ……。」


 ウェルは頭を掻く。


「まあ、死にそうになったら勝手に入るぞ。」


「ありがとう。」


「礼言うくらいなら最初から全員でやれ。」


「それは……ごめん。」


「ったく。」


 ウェルがため息を吐いた。


「話終わった?」


 ジェイドの声が飛んでくる。


「あ、ごめん。」


「別にいいけど。」


 ジェイドは《無骨》を担ぎ直す。


「で? お前一人?」


「うん。」


「へぇ。」


 ジェイドの口元が吊り上がる。


「いいじゃん。」


 カインは刀を構えた。


「じゃあ――やろうぜ。」


 ジェイドが踏み込んだ。


「っ!」


 巨大な《無骨》が振るわれる。


 カインは横へ跳んだ。


 直後。


 轟音とともに、地面が砕ける。


 だが、見える。


 以前とは違う。


 振り抜かれた《無骨》の横を抜け、ジェイドへ迫る。


「おっ。」


 刀を振るう。


 ジェイドが《無骨》の柄で受けた。


 甲高い音が響く。


 すぐに離れる。


 追って、《無骨》が横薙ぎに振るわれた。


 カインは身を沈める。


 頭上を巨大な刃が通り過ぎた。


 そのまま踏み込み、再び刀を振るう。


 ジェイドが身体を捻った。


 刃が服を浅く裂く。


「…………。」


「…………。」


 一瞬。


 ジェイドが裂けた服を見る。


 そして。


「ハハッ!」


 笑った。


「いいじゃん!」


 《無骨》が振るわれる。


 避ける。


 返す。


 防がれる。


 もう一撃。


 今度はカインが刀で軌道を逸らす。


 腕に重い衝撃が走った。


 それでも、動ける。


 戦える。


 あの時とは違う。


「前より全然いいじゃん!」


「そりゃ、どうも。」


「もっとやろうぜ!」


 ジェイドが笑う。


 楽しそうに。


 心の底から。


 その笑みが、さらに深くなる。


「――っ!」


 次の瞬間。


 カインの目の前から、《無骨》が消えた。


 咄嗟に刀を構える。


 直後。


「ぐっ……!」


 凄まじい衝撃。


 カインの身体が弾かれる。


 地面を何度も踏みながら、どうにか止まった。


「カイン!」


「大丈夫!」


 セトの声に答える。


 ――速い。


 さっきまでとは、まるで違う。


「ハハッ!」


 ジェイドが迫る。


 横薙ぎ。


 カインは後ろへ跳ぶ。


 《無骨》の切っ先が服を掠めた。


 着地する。


 その時には、もう次の一撃が迫っていた。


「っ!」


 刀で受ける。


 受けた瞬間、後悔した。


 重い。


 両腕が痺れる。


 押し切られる。


「ほらほら!」


 ジェイドは笑っている。


「楽しいな!」


「……っ。」


 強い。


 前より戦える。


 動きも見える。


 それでも。


 ジェイドが本気で楽しみ始めた途端、また差が開いた。


 このままでは、受けきれない。


「…………。」


 なら。


「リム!」


「はい!」


 返事はすぐに来た。


「貸してくれ!」


「はい!」


 カインが刀を握る。


「スキル抜刀――【隔帳】。」


 ジェイドが《無骨》を振り下ろす。


 その一撃を。


 見えない壁が受け止めた。


 轟音が響く。


「…………。」


 《無骨》が、止まっている。


 防げた。


 前とは違う。


 今度は、自分の意思で。


「……あ?」


「?」


 カインはジェイドを見る。


 さっきまで笑っていた顔から。


 笑みが消えていた。


「…………。」


 今までとは違う。


 明らかに、不満そうな声だった。

ジェイドおこ。

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