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第71話 クソつまんねぇ

「……あ?」


 ジェイドの声が、低くなる。


 振り下ろされた《無骨》は、カインの目の前で止まっていた。


 何もないはずの空間。


 そこに見えない壁がある。


「…………。」


 ジェイドが《無骨》に力を込める。


 重い。


 見えない壁越しに、凄まじい力が伝わってくる。


 止めることはできている。


 だが。


「っ……!」


 押し返せない。


 カインは刀を握ったまま、ジェイドを見る。


 さっきまでは、楽しそうに笑っていた。


 それが今は、明らかに不満そうな顔をしている。


「それ。」


「?」


 ジェイドが《無骨》を押し込みながら言う。


「半端もんのだろ?」


「……うん。」


「――チッ。」


 ジェイドの眉間に皺が寄る。


「さっき、貸してくれって言ったよな。」


「言った。」


「じゃあ、それ。」


 《無骨》がさらに押し込まれる。


「お前のじゃねぇの?」


「借りてる。」


「…………。」


 ジェイドの顔から、完全に笑みが消えた。


「ウザ、なんだよそれ。」


「?」


「お前が強くなったんじゃねぇのかよ。」


「俺も強くなったよ。」


「でも、それはお前のじゃねぇだろ。」


「うん。」


「…………。」


 ジェイドが露骨に顔をしかめる。


「つまんねぇ。」


「そう?」


「そうだよ。」


 力が増す。


「っ……!」


 見えない壁が軋む。


 やはり、このままでは押し負ける。


 カインは後ろへ声を飛ばした。


「セト!」


「おう!」


「借りる!」


「使え!」


 返事と同時に、カインは力を切り替える。


「スキル抜刀――【打破】。」


 刀を握る手に力を込めた。


 目の前の《無骨》。


 押し込んでくる巨大な鉄塊。


 これを――。


「っ!」


 刀を振り抜く。


 金属同士がぶつかる音が響いた。


「お?」


 《無骨》が弾かれる。


 ジェイドの身体が、僅かに傾いた。


 その隙にカインは踏み込む。


 刀を振るう。


 ジェイドが《無骨》を戻した。


 刃と鉄塊がぶつかる。


 今度は。


「……っ!」


 押し負けない。


「…………。」


 ジェイドがカインを見る。


「今度はなんだよ。」


「セトの。」


「誰だよ。」


「あいつ。」


 カインが後ろを指す。


 ジェイドは一瞬だけそちらを見る。


「知らねぇ。」


「だろうな!」


 すぐに視線が戻る。


「それも借りたのか。」


「うん。」


「…………。」


 ジェイドの眉間の皺が深くなった。


「またかよ。」


 《無骨》が振るわれる。


 カインは刀で受け流した。


 先ほどまでとは違う。


 受けた腕に衝撃は走る。


 それでも、耐えられる。


「…………。」


 カインはジェイドを見る。


 やはり……少し、遅い。


 先ほどまでの、目で追うことすら難しかった速さではない。


「何見てんだよ。」


「いや。」


「気になるなら言えよ。」


「さっきより遅くなった?」


「…………。」


 ジェイドが止まった。


「お前さぁ……そういうの普通、本人に聞くか?」


「気になったから。」


「…………。」


 ジェイドが面倒そうに頭を掻く。


「楽しくねぇからだよ。」


「?」


「俺の【歓喜】は、楽しいほど強くなる。」


「そうなの?」


「知らなかったのかよ。」


「知らなかった。」


「…………。」


 ジェイドが大きくため息を吐いた。


「余計つまんなくなった。」


「ごめん。」


「謝んな!」


 《無骨》が横薙ぎに振るわれる。


 カインは後ろへ跳んだ。


 巨大な刃が目の前を通り過ぎる。


 距離が開く。


「…………。」


 カインは刀を構える。


 近づけば、また《無骨》の間合い。


 なら。


「ウェルさん!」


「あ?」


「借ります!」


「勝手にしろ!」


「スキル抜刀――【的当】。」


 刀を振るう。


 斬撃が飛ぶ。


「またかよ!」


 ジェイドが《無骨》を振るった。


 飛んだ斬撃が砕ける。


「そんなもん――」


 だが。


「?」


 もう一つ。


 ジェイドが横へ動く。


 斬撃も曲がった。


「……なんだこれ。」


 《無骨》で叩き落とす。


 カインはさらに刀を振った。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


「鬱陶しいな!」


 ジェイドが《無骨》を振り回す。


 飛ぶ斬撃が次々と砕かれていく。


 その間に、カインは走った。


「!」


 最後の斬撃をジェイドが弾く。


 その横から、カインが踏み込んだ。


 刀を振るう。


「チッ。」


 《無骨》の柄で受けられた。


 だが、すぐに次。


 下から斬り上げる。


 ジェイドが身体を逸らす。


 さらに追う。


「…………。」


 ジェイドの顔に、もう笑みはない。


「なんだよ。」


 《無骨》が振るわれる。


「なんなんだよ、それ。」


 刀で逸らす。


 身体を沈める。


 懐へ入る。


 ジェイドの蹴りが飛んでくる。


 横へ避ける。


「さっきの方がよかった。」


「そう?」


「お前だけでやってた時の方が、全然面白かった。」


「でも。」


 カインは刀を振るう。


「みんなが貸してくれたから。」


「だからそれがつまんねぇって言ってんだよ!」


 《無骨》が地面を抉る。


 土が舞い上がる。


 カインは距離を取った。


「…………。」


 ジェイドが苛立ったように《無骨》を担ぐ。


「もういい。」


「?」


「さっさと終わらせようぜ。」


「分かった。」


「お前もそこは普通に返事すんのな。」


「終わらせるんだろ?」


「……もういい。」


 ジェイドが踏み込む。


 まだ速い。


 さっきまでほどではない。


 それでも、十分に速い。


 《無骨》が迫る。


 カインは避ける。


 続けて二撃目。


 刀で逸らす。


 三撃目。


 身を沈める。


 ジェイドの懐へ。


「っ!」


 刀を振るう。


 弾かれる。


 やはり強い。


 楽しくなくなったからといって、ジェイド自身が弱くなったわけではない。


 このままでは、届かない。


「…………。」


 なら。


 あと一つ。


「エイルさん!」


「はいよー!」


「貸して!」


「好きに使いな!」


「スキル抜刀――【鏡面】。」


「……またか。」


 ジェイドが吐き捨てる。


 カインの手にある刀。


 その刀身が――増える。


「…………。」


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 さらに。


「なんだよ、それ。」


 ジェイドが《無骨》を構える。


「また誰かのか?」


「うん。」


「……クソつまんねぇ。」


 カインが踏み込んだ。


 刀身が、一斉にジェイドへ迫る。


「邪魔だ!」


 《無骨》が振るわれる。


 一つ。


 弾かれる。


 二つ。


 砕かれる。


 三つ。


 ジェイドが身体を捻り、そのまま《無骨》を振り抜く。


 刀身が次々と消えていく。


「こんなもん!」


 最後の一本。


 《無骨》が叩き落とす。


「全部――」


「うん。」


「!」


 声は目の前から聞こえた。


 ――カインがいる。


 既に、ジェイドの懐へ入っていた。


「――っ!」


 刀を振り抜く。


 刃が、ジェイドの身体を走った。


「…………。」


 血が散る。


 ジェイドが数歩、後ろへ下がった。


「…………。」


 カインは刀を構えたまま動かない。


 ジェイドも動かない。


 少しして。


 ジェイドが、自分の身体を見る。


 斜めに走った傷。


 深くはない。


 まだ戦える。


「…………。」


 ジェイドが《無骨》を見る。


 そして。


「……あー。」


 ドン、と。


 《無骨》を地面へ突き刺した。


「?」


 そのまま。


 ジェイドは地面へ寝転がった。


「…………。」


「…………。」


 カインが瞬きをする。


「あークソつまんねぇ。」


 ジェイドが空を見ながら言った。


「負けだ負けだ。」


「……え?」


 カインは刀を下ろした。


「……終わり?」


「終わりだよ、終わり。」


「まだ戦えるだろ?」


「戦えるよ。」


「じゃあ――」


「つまんねぇんだよ。」


「…………。」


 ジェイドは完全に戦う気をなくしていた。


 少し離れたところから、セトたちが近づいてくる。


「……終わったのか?」


「らしい。」


「なんだそりゃ。」


「おねーさんにも分かんないねー。」


「ジェイドさんは……そういう人なので。」


 リムだけが、どこか疲れたように答えた。


「なんなんだ、こいつ。」


 ウェルが呆れたように寝転がるジェイドを見る。


「…………。」


 しばらくして。


 ジェイドが起き上がった。


「よし、帰る。」


「……帰るの?」


「あぁ。」


 地面に刺さった《無骨》を引き抜く。


 そのまま肩に担いだ。


「つまんねーし。」


「…………。」


「魔物も結構倒したし、充分だろ。」


「まあ……。」


「じゃ。」


 ジェイドが歩き出す。


「…………。」


 誰も止めない。


 少しして、その背中が遠ざかっていく。


「自由だなぁ……。」


 セトが呟いた。


「本当にねー。」


 エイルも頷く。


 カインは、遠ざかるジェイドの背中を見ていた。


「…………。」


 勝った。


 ――多分。


 ジェイド本人が負けだと言ったのだから、勝ちなのだろう。


 以前は何もできなかった相手に、今度は刀を届かせることができた。


 それでも思い出す。


『楽しいな!』


 笑っていたジェイド。


 見えなくなった《無骨》。


 受けただけで痺れた腕。


 あのままジェイドが楽しみ続けていたら。


「…………。」


『――強くなれ。』


 アベルの言葉が、頭をよぎる。


「まだまだだな。」


「ん?」


「いや。」


 カインは刀を納めた。


 まだ、旅は続く。

いつも冷めて帰るジェイドさん。

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