第66話 動
翌朝。
「マジかよ、ウェル姐に知らせに行くぞ!」
街は朝から慌ただしかった。
「……何かあったのかな。」
宿を出たカインが、走っていく男を見る。
「ウェルさんって言ってましたね。」
「行ってみようか。」
カイン達は、男が走っていった方へ向かった。
少し歩くと、人が集まっている。
その中心に、ウェルがいた。
「だから、どこで襲われた。」
「街の外だよ。森に入って、少しした辺りで灰狼に襲われたんだよ。」
男の服は、所々汚れている。
転んだのか、腕にも擦り傷があった。
「何匹いた。」
「三……いや、四匹はいた。」
「それくらいなら珍しくねーだろ。」
「違うんだよ。」
男が首を振る。
「逃げてもずっと追ってきやがった。」
「…………。」
ウェルの目が細くなる。
「街の近くまでか。」
「ああ。」
「……灰狼が?」
「だからおかしいって言ってんだろ。」
「ウェルさん。」
声をかけると、ウェルが振り返った。
「カインか。」
「何かあった?」
「聞いてただろ。」
カインが男を見る。
「灰狼って、人を襲うの?」
「襲うことはあるよー。」
エイルが答えた。
「でも、人間を見つけたら何がなんでも襲ってくるような魔物じゃないねー。」
「勝てないと思えば逃げます。」
リムも続ける。
「じゃあ変だな。」
「話だけならな。」
ウェルが答える。
「昨日の今日で、次から次へと……。」
小さく息を吐く。
「ウェル姐!」
「今度はなんだよ。」
別の男が走ってきた。
「ゴミ山の方だ。また群狸が出てる。」
カイン達が顔を見合わせる。
「また?」
「ああ。昨日は大人しかったんだけどよ。今朝になったらまた人に向かってきやがる。」
「…………。」
「カイン。」
「うん。」
ウェルがゴミ山の方を見る。
「この前と同じか?」
「多分。」
「……見に行くぞ。」
◇
「ギィッ!」
群狸が飛びかかってくる。
カインが刀を振る。
一匹。
横から来たもう一匹を、セトが殴り飛ばした。
「やっぱり同じだな。」
「だねー。」
エイルが短剣を構えながら周囲を見る。
ゴミ山から、さらに数匹の群狸が姿を現す。
「数は?」
「これくらいなら普通。」
ウェルが石を拾う。
「問題はこいつらが逃げねーことだ。」
石を投げる。
群狸が避ける。
軌道を変えた石が、その頭に当たった。
「ウェルさんのスキル、やっぱり便利だね。」
「今それ言うかね。」
もう一匹。
カインが斬る。
残っていた群狸が足を止めた。
逃げる……そう思った。
「ギィッ!」
だが、再びカインへ向かってきた。
「…………。」
刀を振る。
最後の一匹が倒れる。
「やっぱりおかしい。」
「だな。」
ウェルが倒れた群狸を見る。
「前はこれだけ倒されたら逃げてた。」
「うん。」
「でも、群狸だけならまだ――」
「ウェル姐!」
「……またかよ。」
遠くから声が聞こえた。
男が一人、こちらへ走ってくる。
「街の外に灰狼が来てる!」
ウェルがカインを見る。
「……行くぞ。」
「うん。」
◇
街を抜ける。
少し進んだところで、すぐに見つかった。
「いた。」
灰色の毛をした狼。
一匹。
二匹。
三匹。
その向こうを、一人の男が走っている。
「助けてくれ!」
「セト!」
「おう!」
セトが前へ出る。
男と灰狼の間に割って入った。
「こっちだ!」
一匹がセトへ飛びかかる。
「っらぁ!」
拳が灰狼を捉えた。
地面へ叩きつけられる。
残った二匹が足を止めた。
カインが刀を抜く。
「…………。」
灰狼達がこちらを見る。
「逃げるかな。」
「普通ならねー。」
エイルが短剣を構える。
一匹倒され、獲物だった男にも逃げられた。
――それでも。
「グルルル……。」
灰狼は逃げなかった。
低く唸り、姿勢を低くする。
「……来る。」
二匹が同時に地面を蹴った。
一匹をカインが斬る。
もう一匹の前へ、エイルが回り込んだ。
「ほいっと。」
短剣が首元を切り裂く。
灰狼が倒れた。
「…………。」
静かになる。
「やっぱり変だねー。」
「うん。」
カインが刀を収める。
「普通なら逃げるんだよね?」
「少なくとも、勝てない相手に向かってくる意味はないよ。」
「群狸と同じですね。」
リムが倒れた灰狼を見る。
「人を襲うことより、逃げないことの方がおかしいです。」
「……群狸だけじゃねーのか。」
ウェルが森を見る。
「ウェルさん、まだいる。」
「は?」
カインが森の奥を見る。
木々の間で、何かが動いた。
「ブモォォォッ!」
大きな影が飛び出す。
「うおっ!」
セトが横へ跳んだ。
そのすぐ脇を、巨大な猪が駆け抜ける。
身体を覆う、鎧の様な外殻。
「……鎧猪?」
セトが目を丸くする。
「この辺りじゃ珍しくねーぞ。」
「珍しいっつーか……。」
鎧猪が向きを変える。
地面を蹴る。
「狩人試験の時、こいつが相手だったなーってな。」
鎧猪が突っ込んでくる。
「懐かしいな!」
「余裕あんなお前!」
ウェルが叫ぶ。
「前はもっと苦労したんだけどな!」
セトが腰を落とす。
正面から鎧猪が迫る。
「来い!」
拳を握る。
「――ふっ!」
踏み込む。
拳が鎧猪の頭を捉えた。
鈍い音が響き、巨体が横へ崩れた。
「…………。」
「よし。」
「……お前も大概だな。」
「何が?」
「なんでもねーよ。」
ウェルが鎧猪を見る。
群狸。
灰狼。
そして鎧猪。
どれも、この辺りにいること自体はおかしくない。
だが。
「……一回戻るぞ。」
「うん。」
「街の奴らにも、しばらく外に出ねーよう言っといた方がよさそうだ。」
ウェルが街の方を見る。
「嫌な感じがする。」
◇
街へ戻ると、ウェルはすぐに動いた。
「外で仕事してる奴がいたら戻せ。」
「分かった。」
「ガキ共もだ。今日は街の外に出すな。」
「ゴミ山は?」
「街側だけにしろ。奥には行かせんな。」
「ウェル姐、何があったんだ?」
「まだ分かんねーよ。」
ウェルが答える。
「分かんねーから、警戒しろっつってんだ。」
周囲にいた者達が散っていく。
「ウェルさん。」
「なんだ。」
「俺達は?」
「…………。」
ウェルがカインを見る。
昨日。
ティアを探す時も、こいつはそうだった。
頼むより先に動いた。
「お前らは――」
「ウェル姐!」
「……今度はなんだ!」
また声が飛んでくる。
走ってきた男が、膝に手をついた。
息が切れている。
「魔物が……。」
「またか。」
「違う。」
男が顔を上げる。
「数が多い。」
「どれくらいだ。」
「分かんねぇよ。」
「……は?」
「一匹や二匹じゃねぇ。」
男が街の外を見る。
「森の中から、次々出てきてる。」
「…………。」
ウェルも、そちらを見る。
昨日。
ようやくいつもの街に戻った。
そう思ったばかりだった。
「……次から次へと。」
ウェルが舌打ちする。
「なんなんだよ。」
あ、ちなみにウェル姐、カインの一個上です。




