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第65話 静

「ティアがいない。」


「…………は?」


 ウェルの顔から、気怠げな表情が消えた。


「いつからだ。」


「分かんない。朝から見てなくて……。」


 ウェルが黙る。


 ティアが何も言わずに街を出るとは思えないし、仕事をするにしても、この街の中だ。


 昨日もいつも通り、他の子供達と一緒に手伝いをしていた。


「……カイン、悪いけど。」


「最後にティア見たのいつ?」


「…………。」


 ウェルがカインを見る。


 まだ何も言っていない。


「誰かと一緒にいたとか、いつもと違うことしてたとか。」


「……昨日はあたしも見てる。」


「じゃあ、今日見た人探そう。」


 カインはそれだけ言うと、後ろを振り返った。


「エイルさん、セト、リム。」


 三人がカインを見る。


「ティアがいなくなった。みんなで探そう。」


「分かった。どこ探す?」


 セトがすぐに聞き返した。


「ティアちゃんが……。」


 リムの表情が強張る。


「私、昨日いたところを見てきます。」


「じゃあ、おねーさんは聞き込みしてこよっか。」


「お願いします。」


「俺は?」


「セトは街の外側お願い。」


「おう。」


 三人が散っていく。


「…………。」


 ウェルは、その背中を見送った。


 誰も理由を聞かなかった。


 昨日会ったばかりの子供が一人いない。


 ただ、それだけで動き出した。


「ウェルさん?」


「……なんでもねーよ。」


 今は考えている場合じゃない。


「行くぞ。」


「うん。」


     ◇


 ティアが行きそうな場所を、一つずつ回った。


 ゴミ山。


 いつも仕事をもらっている場所。


 子供達が集まる場所。


 飯を食わせてもらうことのある店。


 どこにもいない。


 代わりに、ティアがいないと聞いた住民達が、それぞれ周囲を探し始めた。


 普段なら仕事を頼んでくる奴も。


 口を開けば文句ばかりの奴も。


 昼間から酒を飲んでいるような奴まで。


 見ていない、知らない、今日はまだ会っていない。


 返ってくる言葉は、どれも似たようなものだった。


「……いねーな。」


「うん。」


 隣を歩いていたカインが答える。


 ウェルは足を止めなかった。


 少しずつ、嫌な感じが強くなっている。


 ティアはまだ小さい。


 だが、馬鹿じゃない。


 この街で何をすれば危ないかくらいは知っている。


「あいつ、勝手に街の外まで行くようなガキじゃねー。」


「じゃあ、誰かと一緒だったとか?」


「多分な。」


 今度は、ティアではなく別のものを探す。


 今日、この街に来た見慣れない人間。


 旅人。


 商人。


 仕事を探しに来た者。


 普段から人の出入りがないわけではない。


 それでも、聞いて回れば少しずつ話は集まった。


 朝。


 街の西側に見慣れない馬車が一台。


 数人の男がいた。商人のように見えたという。


 だが、何を買いに来たのかは誰も知らない。


「ウェル姐。」


「なんだ。」


「朝来てた奴らのことか?」


 声をかけてきた男が、少し考える。


「そういや、ゴミ山には来てなかったな。」


「露店は。」


「さあ。」


「何しに来たんだよ。」


「知らねーよ。」


「……そうか。」


 ウェルは再び歩き出す。


 買い付けに来た。


 それだけなら珍しくもない。


 だが、この街で物を買うつもりなら、ゴミ山も露店も見ないのは妙だった。


「ウェルさん。」


「なんだ。」


「怪しい?」


「まだ分かんねー。」


 分からない。


 だから探す。


     ◇


「カインー。」


 少しして、エイルが戻ってきた。


「エイルさん。」


「そっちは?」


「朝、知らない馬車が来てたみたい。」


「あー、やっぱり。」


 エイルも同じような話を聞いていたらしい。


 見慣れない男達。


 商人らしい格好。


 だが、何かを売り買いしていた様子はない。


「それとねー。」


 エイルが街の西側を見る。


「子供がいる辺りで見たって人が何人かいたよ。」


「子供?」


「うん。」


 ウェルの足が止まる。


「……カイン。」


「うん。」


「西行くぞ。」


「分かった。」


「ウェル姐!」


 走り出そうとしたところで、後ろから声が飛んできた。


 振り返る。


 小さな男の子が息を切らして立っていた。


「ティア探してんだろ?」


「ああ。」


「俺、朝見た。」


 ウェルがすぐに戻る。


「どこで。」


「あっち。」


 少年が西を指差す。


「知らないおじさんと話してた。」


「何話してた。」


「分かんない。でも、仕事するって。」


「……仕事?」


「荷物運んだら、お金くれるって言ってた。」


「どこまで。」


「馬車まで。」


「…………。」


 この街では、子供が仕事をすること自体は珍しくない。


 ゴミを分ける。


 軽い荷物を運ぶ。


 簡単な使い走りをする。


 できることをして、その分をもらう。


 ティアも同じだ。


 だから、仕事を頼まれれば手伝うこともある。


「その馬車、どこにあった。」


「街の外の方。」


 ウェルは立ち上がった。


「ありがとな。」


「ティア、大丈夫?」


「ああ。」


 少年の頭を軽く撫でる。


「連れて帰ってくる。」


     ◇


 街の西側へ向かう途中で、セトとリムも合流した。


 二人ともティアは見つけられなかった。


 その代わり、セトが街の外へ続く馬車の跡を見つけていた。


「多分こっちだ。」


 セトが地面を指差す。


 土の上に残った車輪の跡。


 ウェルにはどれが新しいものなのか分からない。


 だが、狩人の三人は違うらしい。


「まだそんなに時間経ってないと思う。」


 カインが跡を見る。


「追える?」


「ああ。」


「行こう。」


 それだけだった。


 五人で走り出す。


「…………。」


 ウェルは前を走る四人を見る。


 まだ誰にも頼んでいない。


 少なくとも、こいつら全員には。


 金を払うとも言っていない。


 仕事ですらない。


 なのに、誰も帰らない。


 カインだけじゃない。


 全員だ。


「……変な奴ら。」


 小さく呟く。


 今は、それでいい。


     ◇


 車輪の跡は、途中で街道を外れていた。


 その先へ進む。


 しばらくすると、木々の間に古い建物が見えた。


 使われなくなった倉庫だろうか。


 その脇に、一台の馬車が停まっている。


「……あれ。」


「だろうねー。」


 エイルが周囲を見る。


 人の気配がある。


「ティア。」


 ウェルが歩き出す。


「俺も行く。」


「……勝手にしろ。」


 建物へ近づく。


 扉が開いた。


「誰だ!」


 男が一人、顔を出す。


 ウェル達を見る。


 次の瞬間、男は反対方向へ走り出した。


「逃げんな。」


 ウェルが足元の石を拾い、投げる。


 石に気づいた男が横へ避けた。


 その脇を、石が通り過ぎる。


 外れた。


 ――そう見えた。


 直後、石が曲がった。


「は?」


 逃げる男を追うように軌道を変え、その背中にぶつかる。


 男が地面に転がった。


「……今の。」


 カインが石の飛んでいった先を見る。


「後だ。」


 ウェルは既に次の石を拾っていた。


 騒ぎを聞きつけ、建物から別の男が出てくる。


「なんだてめぇら!」


「ティアはどこだ。」


「知らねえよ!」


「このくらいのガキだ。朝、お前らと一緒にいた。」


「知らねえって言ってんだろ!」


 ウェルが石を投げる。


 男が避ける。


 石が再び軌道を変えた。


「なんだこれ!」


 男は咄嗟に近くにあった板を持ち上げる。


 石が板に当たり、地面へ落ちた。


 避けても当たる。


 だが、遮られれば止まる。


「……【的当(まとあて)】。」


 ウェルが次の石を拾う。


「それがウェルさんのスキル?」


「今どうでもいいだろ。」


「うん。」


 カインはすぐに男へ視線を戻した。


「……ほんとにどうでもよさそうだな。」


「ティア探さないと。」


「そうだな。」


 男が腰の短剣を抜いた。


 それを見て、セトが前へ出る。


「カイン。」


「うん。」


「ここ俺らでいいだろ。」


「お願い。」


「おう。」


「おねーさんも残るよー。」


 エイルも男達を見る。


「リム。」


「はい。」


「中探そう。」


「はい。」


「ウェルさん。」


「言われなくても行く。」


 三人で建物へ入った。


     ◇


「ティア!」


 薄暗い建物の中に、ウェルの声が響く。


 返事はない。


 いくつかの部屋を確認する。


 いない。


「ティアちゃん!」


 リムの声にも返事はない。


「…………。」


 ウェルの足が速くなる。


 奥。


 まだ一つ扉がある。


 手をかける。


 開ける。


「――ウェル姐!」


 声がした。


「ティア。」


 部屋の隅。


 ティアがいた。


 両手を縛られ、座らされている。


 ウェルはすぐに駆け寄った。


 目立った怪我はない。


 服も朝と変わっていない。


 それを確かめて、ようやく少しだけ息を吐く。


「怪我は。」


「ない……。」


「なんかされたか。」


 ティアが首を横に振る。


「……そうか。」


 縄を解く。


「ならいい。」


「ウェル姐……。」


「なんだ。」


「ごめんなさい。」


「…………。」


 ウェルはティアを見る。


「なんでお前が謝んだよ。」


「だって……知らない人について行ったから。」


「仕事頼まれたんだろ。」


「うん……。」


「騙した奴が悪い。」


 縄が解ける。


 ウェルは立ち上がり、ティアの頭に手を置いた。


「ただ、次から知らねー奴に仕事頼まれたら、誰かに言え。」


「……うん。」


「ティアちゃん。」


 リムがその場にしゃがむ。


「リム姉ちゃん……。」


「良かった……。」


 リムの声が僅かに震えていた。


 ティアが今度はカインを見る。


「カインも来てくれたの?」


「うん。」


「みんなも?」


「外にいるよ。」


「…………そっか。」


 ティアの顔が、ようやく少し緩んだ。


「帰ろう。」


 カインが言う。


「うん。」


     ◇


 外へ出る頃には、男達は全員地面に転がっていた。


 セトが最後の一人を縛っている。


「ティア!」


 姿を見たセトの顔が緩む。


「大丈夫だったか?」


「うん!」


「よかったー……。」


「無事みたいだねー。」


 エイルも小さく息を吐いた。


 倒れている男達を見る。


「で、この人達どうする?」


「役人に渡す。」


 ウェルが答える。


 この街に、常駐している役人はいない。


 近くの街まで知らせれば、後はそちらの仕事だ。


「逃げねーように縛っとけ。」


「もうやってる。」


「仕事早いねー、セト。」


「じゃあ、誰か街に戻って知らせないとね。」


「俺行くよ。」


 カインが言う。


「いや、お前はティア連れて帰れ。」


「ウェルさんは?」


「あたしはここに残る。」


「一人で?」


「こいつら縛られてんだろ。」


「でも。」


「…………。」


 ウェルがカインを見る。


 本当に。


 どこまで行ってもこいつはこうらしい。


「じゃあ、セト。」


「ん?」


「悪い。街まで走って役人呼ぶよう伝えてくれ。」


「分かった。」


「カイン、お前はティア連れて帰れ。」


「分かった。」


 今度は素直に頷いた。


     ◇


 街へ戻ると、すぐに人が集まってきた。


 ティアの名前を呼ぶ声。


 怪我はないかと尋ねる声。


 勝手にいなくなるなと叱る声。


 ティアはその一つ一つに、大丈夫だと答えていた。


 ウェルは少し離れたところから、その様子を見る。


 騒がしい。


 汚い。


 面倒な奴も多い。


 ロクでもない奴だっている。


 それでも。


「ウェルさん。」


「なんだ。」


「良かったね。」


「…………。」


 カインも同じものを見ていた。


 ティアが住民達に囲まれている。


 昨日会ったばかりの子供を探すために、こいつもずっと走り回っていた。


「ああ。」


 ウェルは短く答えた。


「ウェル姐!」


 人の間からティアが顔を出す。


「なんだよ。」


「ありがとう!」


「はいはい。」


「カイン達も、ありがとう!」


「うん。」


 ティアが笑う。


 いつもと同じ顔だった。


「……ったく。」


 ウェルが息を吐く。


 ようやくいつもの街に戻った。


  ◇


 それにしても、ここ数日この四人を見てきたが、やはり変な奴らだ。


 全員お人好しだし、ある意味馬鹿ばかりだし。


 カインは特に馬鹿だ。


 馬鹿なくせに強い。


 仕事はちゃんとする。


 この街の奴らにも、当たり前みたいに接している。


 なのに、自分のことになると妙に雑だ。


「…………。」


 ウェルは、少し離れたところにいるカインを見る。


「あー……マジかー。」


 思わず声が出た。


 なるほど。


 あたしはどうやら、こいつに惚れたらしい。


 

幼女無事で良かった

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