第62話 予兆
街の外れ。
カインたちは、再び大きなゴミ山の近くまで来ていた。
「相変わらず凄いな。」
「昨日も見ただろ。」
「近くで見るともっと凄い。」
「感想それだけかよ。」
ウェルが気怠そうに言う。
積み上げられた木材。
錆びた金属。
破れた布。
壊れた家具。
人間領の各地から運ばれてきた、様々なものが積み上がっている。
その中から使えるものを探す人たちの姿もあった。
「ん?」
カインが足を止める。
ゴミ山の一角。
何かが、ごそごそと動いている。
しばらく見ていると、積み重なった木片の隙間から一匹の魔物が顔を出した。
丸みのある身体。
灰色がかった毛。
目の周りには、黒い模様がある。
「あれ、魔物?」
「ああ、群狸。」
「むれだぬき?」
「お前狩人だろ、知らねーのか?」
ウェルが呆れたように言う。
「一匹いたら、その辺に十匹くらいいると思っとけ。」
「そんないるんだ……。」
「群狸って名前だっつってんだろ。」
群狸はカインたちを気にすることもなく、ゴミの中へ顔を突っ込んでいる。
何かを見つけたのか、口を動かし始めた。
「何食べてるんだろ。」
「知らね。なんでも食うぞ、そいつら。」
「でも……魔物がこんな街中に居て大丈夫なんですか?」
リムが心配そうに尋ねる。
「大した奴じゃねーよ。」
ウェルは興味もなさそうに群狸を見る。
「ゴミ漁って散らかすから鬱陶しいけどな。腐るもんも勝手に食うから、全部いなくなったらそれはそれで面倒だ。」
「意外と便利な魔物ですね。」
「便利じゃねーよ。」
ウェルが嫌そうな顔をする。
「マシな害獣だ。」
「なるほど。」
「納得すんな。」
カインはもう一度、群狸を見る。
「触れる?」
「汚ねーぞ。」
ウェルが群狸へ視線を向ける。
「近づいたら逃げる。人なんか襲わねーよ。」
「へー。」
カインが少しだけ群狸へ近づく。
「おい、汚ねーって言っただろ。」
「触らないよ。」
一歩。
群狸は逃げない。
もう一歩。
「…………。」
ウェルが僅かに眉をひそめた。
群狸が食べるのをやめる。
ゆっくりと顔を上げた。
「カイン。」
「ん?」
「離れろ。」
声が変わった。
カインがウェルを見る。
その瞬間。
「ギャアッ!」
群狸が飛びかかってきた。
「うわっ。」
カインが身体をずらす。
群狸は地面へ着地すると、すぐに向きを変えた。
低く唸りながら、カインを睨んでいる。
「……人、襲わないんじゃないんですか?」
「襲わねーよ。」
ウェルが目を細める。
「だから、おかしいんだよ。」
群狸が再び飛びかかる。
カインが刀を抜いた。
一閃。
群狸が地面へ落ちる。
「…………。」
カインが倒れた群狸を見る。
「弱い。」
「元々大した魔物じゃねーからな。」
セトが近づいてくる。
「なんだったんだ?」
「知らね。」
ウェルが答える。
「こんなことする奴らじゃねーんだけどな。」
「たまたまじゃない?」
エイルがゴミ山を見る。
「機嫌悪かったとか。」
「知らねーよ。」
ウェルが小さく息を吐く。
「まあ、一匹くらいなら――」
ガサッ。
「…………。」
何かが動いた。
ガサガサッ。
別の場所でも。
「……ウェルさん。」
「言うな。」
ゴミ山の隙間から、一匹。
その横から、もう一匹。
さらに奥からも顔を出す。
「結構いるな。」
「だから言っただろ。一匹いたらその辺にいるって。」
ウェルが眉を寄せる。
「でもな。」
群狸たちが、こちらを見る。
一匹も逃げない。
「普通はこっち来ねーんだよ。」
「ギャアッ!」
一匹が走り出した。
続いて二匹。
三匹。
「うおっ。」
セトが前へ出る。
一匹を殴り飛ばす。
「本当に来たぞ!」
「見りゃ分かる!」
「なんで俺まで怒られてんだよ!」
「うるせー!」
カインも刀を振る。
一匹。
二匹。
一体ずつなら、相手にもならない。
だが。
「まだ来る。」
リムがゴミ山を見る。
次々と、群狸が姿を現していた。
「多くないですか?」
「群狸だからな。」
ウェルが答える。
「数だけなら別に珍しくねーよ。」
「でも全部こっち来てますよ。」
「だからそれがおかしいっつってんだよ。」
「なるほど。」
「納得してる場合か!」
「ギャアッ!」
群狸が飛びかかる。
「おっと。」
セトが殴る。
別の一匹をカインが斬る。
さらに横から迫った一匹へ、短剣が飛んだ。
「ちょっと多いねー。」
エイルが短剣を構える。
「【鏡面】。」
エイルの姿が二つに増える。
さらに三つ。
四つ。
「…………。」
ウェルが目を瞬く。
「お前も変なスキル持ってんな。」
「便利でしょー。」
さらにエイルが増える。
それぞれが散らばり、群狸へ向かっていく。
一匹。
また一匹。
数を減らしていく。
「リムち、そっちお願い。」
「はい。」
リムが後ろへ回り込もうとした群狸の前に立つ。
「【隔帳】。」
見えない壁にぶつかり、群狸の身体が止まった。
「カイン!」
「うん。」
カインがその一匹を斬る。
「これで――」
ガサガサガサッ。
「…………。」
セトがゴミ山を見る。
「まだいるぞ。」
「何匹いるんだよ。」
「知らねーよ。」
ウェルが吐き捨てる。
「普段数えねーし。」
「そりゃそうか。」
エイルが分身したまま周囲を見る。
「んー……。」
「どうした?」
「いや。」
エイルがカインを見る。
「カイン。」
「ん?」
「【鏡面】抜刀って、どのくらい増やせる?」
「…………。」
カインは少し考える。
「分からないです、一回しか使ってないし。」
「あー、そっか。」
「なんで?」
「おねーさん、頑張っても六人か七人くらいなんだよねー。」
「そんなに増やせるんですか?」
セトが驚いたようにエイルを見る。
「結構疲れるけどね。」
エイルが自分の分身を見る。
「でもカイン、前は刀だけ増やしてたでしょ?」
「うん。」
「だったら、おねーさんが全部増えるより軽いんじゃない?」
「……ああ。」
カインが刀を見る。
「もっと増やせるかも。」
「でしょ?」
エイルの分身が消えていく。
「試してみる?」
「うん。」
カインが刀を納めた。
そして、再び柄へ手をかける。
「借ります。」
「どーぞ。」
「…………?」
ウェルが二人を見る。
「何を――」
「スキル抜刀――【鏡面】。」
刀を抜く。
その刀身が、二つに増えた。
三つ。
四つ。
「……まだいける。」
「じゃ、もうちょい。」
「うん。」
五つ。
六つ。
さらに増える。
「…………。」
セトが目を見開いた。
「おいカイン。」
「ん?」
「お前、いつの間にエイルさんのスキルまで使えるようになったんだよ。」
「セトが修行してる時。」
「俺いない間に何してたんだよ。」
「色々。」
「色々で済ますなよ。」
「後にしなよー。」
「はい。」
エイルに言われ、セトが群狸へ向き直る。
一方。
「…………。」
ウェルは、カインの刀を見たまま動かない。
「……おい。」
「ん?」
「なんでお前がエイルのスキル使ってんだよ。」
「後で説明する。」
「お前もかよ。」
「来るよ。」
「くそっ。」
群狸が迫る。
カインが刀を構えた。
十本近くまで増えた刀身が、その動きに合わせる。
「……これくらいかな。」
「十分じゃない?」
「やってみる。」
カインが踏み込む。
刀を振る。
いくつもの刃が、群狸へ向かって走った。
◇
「……終わった?」
「多分。」
セトが周囲を見る。
動いている群狸は、もういない。
ゴミ山の奥にも、先ほどまでの物音はなかった。
「疲れた。」
「そんな強くなかったけどな。」
「数多すぎ。」
セトが腕を振る。
「もう出てこないですよね?」
「知らねーよ。」
「ウェルさんでも分からないんですか?」
「普段こんなこと起きねーんだよ。」
ウェルが倒れた群狸を見る。
「…………。」
「やっぱり変?」
カインが聞く。
「ああ。」
ウェルは短く答えた。
「こいつら、人見たら逃げんだよ。」
「今日は逃げなかったね。」
「それどころか、群れで襲ってきやがった。」
「何かあったのかな。」
「知らね。」
ウェルは少しだけ考えたあと、カインを見る。
「……で。」
「ん?」
「さっきの。」
「さっき?」
「なんでお前がエイルのスキル使ってんだよ。」
「ああ。」
「忘れてたのかよ。」
「戦ってたし。」
「…………。」
ウェルが額を押さえる。
「説明しろ。」
「俺もよく分かってない。」
「お前のスキルだろ。」
「そうなんだけど。」
「ウェルさん。」
エイルが横から口を挟む。
「多分なんだけどねー。」
「多分?」
「うん。」
エイルは少し考える。
「お互いに信頼してるのが大事なんじゃないかなー。」
「お互い?」
「カインがその人を信頼してて、その人もカインを信頼してる。」
エイルがカインを見る。
「それでカインが、その人の力を借りたいって思った時……かな?」
「かなって。」
「ちゃんと分かってるわけじゃないからねー。」
「…………。」
ウェルがカインを見る。
「本当に分かってねーのか?」
「うん。」
「自信満々に言うなよ。」
「でも、エイルの言ってることは多分合ってると思う。」
「俺の【打破】も使えるぞ。」
セトが言う。
「私の【隔帳】も使えます。」
リムも続く。
「…………。」
ウェルは三人を見る。
そして、カインを見る。
「お前、結構とんでもねースキル持ってんな。」
「そう?」
「そうだろ。普通じゃねーよ。」
ウェルが呆れたように息を吐いた。
「じゃあ、ウェルさんのスキルはどんなのですか?」
「…………。」
ウェルがカインを見る。
「教えねー。」
「そっか。」
「…………。」
カインはそれ以上聞かなかった。
ウェルは少しだけカインを見て。
やがて、倒れた群狸へ視線を戻した。
「…………。」
いつもなら、人間を見れば逃げる。
近づけば、ゴミ山の奥へ隠れる。
決して強い魔物ではない。
だから、この街でも放っておかれていた。
それが今日は。
群れで、人を襲った。
「……なんなんだよ。」
ウェルの呟きに答える者はいなかった。
ゴミ山には、再びいつもの静けさが戻っていた。
ただ。
何かが、少しずつ変わり始めていた。
……あれ、リムち、途中カイン呼び捨てにしてたな?




