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第60話 姐御

「おいコラ。てめぇ何旅人だまくらかそうとしてんだ。」


 後ろから聞こえた声に、カインたちが振り返る。


 そこには、どこか気怠げで目つきの悪い、細身の女性が立っていた。


「げっ……ウェル姐。」


 男の顔が引きつる。


「げっ、じゃねーよ。」


 ウェルと呼ばれた女性は、面倒そうに頭を掻いた。


「あたしの知らねー間に、旅人から金取る決まりなんてできたのか?」


「いや、これは、その……。」


「その?」


「…………。」


「とっとと行け。」


「はい。」


 男はカインたちを見ることもなく、足早に去っていった。


「…………。」


 その後ろ姿を見送り、ウェルが小さく息を吐く。


「ったく。」


「あの。」


「あ?」


「ありがとうございます。」


 カインが頭を下げる。


「別に。」


 ウェルは気怠そうに答えた。


「あんたらも簡単に騙されんなよ。そんな決まりあるわけねーだろ。」


「いや、初めて来た街だから、本当にあるのかなって。」


「あるわけねーだろ。」


「なるほど……。」


「…………。」


 ウェルがカインを見る。


「お前、いつか騙されそうだな。」


「よく言われます。」


「言われんのかよ。」


 呆れたように言ってから、ウェルは歩き始めた。


「あ、ちょっといいですか?」


「あ?」


「ウェルさんって、この街の人?」


「……そうだけど。」


「さっきから何回か名前聞いたんだけど。」


「知らねーよ。」


「あと、あのゴミの山って――」


「お前、質問多くね?」


「そう?」


「多い。」


 ウェルが面倒そうにカインを見る。


 その横で、エイルが笑った。


「諦めた方がいいよー。カイン、気になったら結構聞くから。」


「おい。」


「なんだよ。」


 ウェルはしばらくカインを見る。


「…………。」


 やがて、小さく息を吐いた。


「まあいい。どうせ暇だし。」


「いいんですか?」


「ついて来るなら勝手にしろ。」


「ありがとうございます。」


「だから礼言うほどのことじゃねーって。」


 そう言って、ウェルは再び歩き始める。


 カインたちもその後をついていった。


「さっきのゴミ山な。」


「うん。」


「あれは他の街から運ばれてきたもんだよ。」


「全部?」


「全部じゃねーけど、大体はな。向こうじゃいらねーもんでも、こっちじゃ使える。」


 ウェルは歩きながら話す。


「木なら使えるとこ切り出す。金属なら溶かしたり、部品にしたり。服だって破れてないとこは使えるだろ。」


「それを売ってるのか。」


「そういうこと。」


「なるほど。」


 カインが頷く。


「じゃあ、さっきの短剣も?」


「ああ?」


「三回くらい直してあったやつ。」


「……あの馬鹿、まだ売ってんのか。」


「使えるって言ってました。」


「使えるかどうかだけなら使えるだろ。」


「いいのかな。」


「知らねーよ。買う奴が納得してんなら好きにしろ。」


 ウェルはそう言って、少し先を見る。


「まあ、壊れてんの黙って売ったりしたらぶん殴るけどな。」


「ぶん殴るんだ。」


「言い方だよ。…………お前、いちいち真面目に受け取るな。」


 セトが後ろで笑う。


「カインだからな。」


「お前は黙ってろ。」


 街を歩いている間にも、何度もウェルに声がかかった。


「ウェル姐ー!」


「あ?」


「これ、どこ持ってけばいい?」


「向こうの倉庫。金属は分けとけよ。」


「分かった!」


 少し進む。


「姐さん、ちょっといいか?」


「今度はなんだよ。」


「あいつがまた金返さねーって。」


「知らねーよ、自分らで話せ。」


「でもよー。」


「……あーもう。後で行くから待ってろ。」


「助かる!」


「自分でなんとかしろよ……。」


 また歩く。


「ウェル姐!」


「今度はなんだ!」


 ウェルの声が少し大きくなる。


「人気ですね。」


 カインが言う。


「どこがだよ。」


「さっきからずっと呼ばれてる。」


「こいつらが何でもあたしに聞いてくるだけだ。」


「街の代表みたいな人とかですか?」


「違う。」


 即答だった。


「じゃあ、なんでみんなウェルさんに聞くんですか?」


「あたしが知るか。」


「知らないんだ。」


「…………。」


 ウェルが振り返る。


「お前、面倒くせーな。」


「すいません。」


「謝んな。」


 エイルが小さく笑った。


「でも、頼られてるのは本当みたいだねー。」


「勝手に頼ってくるだけだよ。」


 ウェルはそう言って歩き続ける。


 道の途中では、働いている人たちの姿が多く見えた。


 ゴミ山から運んできた木材を削る者。


 錆びた金属を磨く者。


 破れた服を縫い直している者。


「この街の人は、みんなこういう仕事してるの?」


「んなわけねーだろ。」


 ウェルが答える。


「まともに働けねー奴もいるし、他所でやらかして流れてきた馬鹿もいる。昼間っから酒飲んでるどうしようもねー奴もいる。」


「そうなんだ。」


「別にいい奴ばっか集まってる街じゃねーよ。」


「うん。」


「…………。」


 ウェルが横目でカインを見る。


「なんだよ。」


「いや?」


「そうか。」


 それ以上、カインは何も聞かなかった。


 しばらく歩いた頃。


「腹減った。」


 セトが言った。


「そういえば、もうそんな時間かー。」


「私も少し……。」


 リムも小さく頷く。


「じゃあ、なんか食うか。」


「店あんの?」


「あるよ。」


 ウェルが指を差す。


「そこ。」


 小さな露店の前に、簡単な椅子と机が並んでいた。


 五人はそこで食事を取ることにした。


「お、うまい。」


 セトが嬉しそうに食べる。


「思ったよりいけるねー。」


「美味しいです。」


 リムも頷いた。


「だろ。」


 なぜかウェルが少し得意そうに言う。


「…………。」


 エイルが周りを見る。


「あれ?」


「どうした?」


「カインは?」


「え?」


 セトも顔を上げる。


 さっきまで隣にいたはずのカインがいない。


「……あ、居ました。」


 リムが指を差した。


 少し離れた場所。


 一人の老人が、大きな木材を何本も抱えようとしていた。


 その横に、カインがいる。


「大丈夫ですか、手伝いましょうか?」


「…………。」


 ウェルがその姿を見る。


「あいつ何してんだ?」


「手伝ってるねー。」


「見りゃ分かる。」


 カインは老人から木材を受け取ると、そのまま一緒に運んでいった。


 少しして戻ってくる。


「ごめん。」


「何してたんだよ。」


「いや、重そうだったから。」


「飯冷めるぞ。」


「あ。」


 カインは慌てて席に座り、食事を再開する。


 ウェルはそんなカインをしばらく見ていた。


「…………。」


「どうした?」


「いや。」


 ウェルも食事に戻る。


 しばらくして。


「…………またいねーぞ。」


「あー。」


 エイルが笑う。


「今度はあっちだねー。」


 見ると、カインは荷車を押していた。


 車輪が道の窪みに嵌まったらしい。


「せーの。」


「悪いな兄ちゃん!」


「大丈夫です。」


 荷車が窪みから抜ける。


 カインが戻ってきた。


「…………。」


「何?」


「お前、いつもあんなことやってんの?」


 ウェルが聞く。


「いつも?」


「困ってる奴見つけたら、いちいち手伝ってんのかって聞いてんだよ。」


「うーん。」


 カインが少し考える。


「困ってたら?」


「…………。」


「カインは昔からこんな感じだぞ。」


 セトが言う。


「止めても行くからねー。」


「そうですね。」


 リムも頷いた。


「…………。」


 ウェルは呆れたように息を吐いた。


「カインお前さ。」


「ん?」


「いつか騙されんぞ。」


「……まあ。」


 カインが少し考える。


「被害、俺だけで済むなら別に。」


「…………。」


 ウェルが黙る。


「駄目?」


「駄目っつーか……。」


 もう一度、ため息を吐く。


「馬鹿だろ、お前。」


「よく言われる。」


「褒めてねーよ。」

カインだなぁ

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