第58話 道の始まり
「狩人なんてものが、まだなかった頃からだな。」
タケミはそう言って、椅子の背にもたれた。
「狩人が、いなかったんですか?」
「今みたいな狩人は、だ。」
カインの問いに、タケミが答える。
「魔物を狩る奴がいなかったわけじゃない。食うために獲物を狩る奴もいたし、村の近くに出た魔物を退治する奴もいた。鹿や鳥を狩ることだって、ずっと昔からやってたらしい。」
「じゃあ、何が違うんだ?」
セトが首を傾げる。
「仕事じゃなかったんだよ。」
「仕事?」
「ああ。」
タケミが頷いた。
「今みたいに役所へ行けば依頼があって、それを狩人が受ける。終わったら報告して、報酬を受け取る。そういう仕組みがなかった。」
「なるほど。」
カインが頷く。
自分たちにとっては、当たり前のことだった。
街へ行けば、役所がある。
役所へ行けば、依頼がある。
狩人はその中から、自分たちに出来そうなものを選ぶ。
ずっと、そういうものだと思っていた。
「そんな時代に現れたのが、ロブだ。」
「召喚された英雄なんですよね?」
「ああ。」
タケミが頷く。
「どこから来たのかまでは、今じゃ分からん。何百年も昔の話だからな。ただ、女神によってこの世界へ召喚された英雄だった。そう伝わってる。」
「ロブさんも、スキルを持ってたんですか?」
「【天眼】。」
「てんがん?」
「名前の通りだ。とんでもなく目が良かったらしい。」
タケミは少し考えてから、続けた。
「遠くにいる獲物を見つける。小さな足跡を見逃さない。折れた枝や、僅かに倒れた草から獲物を追う。弓を持たせれば、狙ったところへ矢を飛ばした。」
「すげぇ。」
セトが素直に声を上げる。
「まあ、どこまで本当かは分からんがな。」
「違うんですか?」
「何百年も語られてりゃ、話の一つや二つは大きくなる。」
「あー。」
セトが納得したように頷いた。
「山の向こうの魔物を見つけたとか、飛んでる鳥の目に矢を当てたとか。そんな話まで残ってる。」
「それは……。」
カインが少し困った顔をする。
「本当なんですか?」
「だから、分からん。」
タケミが笑った。
「ただ、凄腕の狩人だった。それだけは間違いないだろうな。」
「【天眼】があったから?」
カインが聞く。
「それだけじゃない。」
タケミはすぐに答えた。
「いくら遠くまで見えたって、何を見てるのか分からなきゃ意味がないだろ。」
「……確かに。」
「足跡が見える。で、それが何の足跡だ? いつ通った? どっちへ向かった? 何をしに行った?」
カインは黙って聞く。
「目が良けりゃ狩人になれるなら、苦労しねぇよ。」
「…………。」
「ロブが凄かったのは、見えたからだけじゃない。見つけて、考えて、追って、仕留めた。そういう奴だったらしい。」
「なるほど……。」
カインが頷く。
その横で、セトも何度か頷いていた。
「で、ここからが大事だ。」
タケミが少し身を乗り出した。
「ロブは、自分だけが狩れればいいとは考えなかった。」
「教えたんですか?」
「そうだ。」
カインの返事に、タケミが少し嬉しそうに頷く。
「獲物の追い方。魔物の習性。痕跡の見方。弓の扱い。森での動き方。自分が知っていることを、周りの奴らに教え始めた。」
「へー。」
「それだけじゃない。」
タケミが指を一本立てる。
「狩り方と一緒に、狩る時の決まりも教えた。」
「決まり?」
セトが聞く。
「ああ。」
タケミは一度、言葉を切った。
「必要のないものまで狩るな。」
「…………。」
「当時は今より、狩ることそのものを楽しむ奴も多かったらしい。獲物を追って、仕留める。それだけで終わりだ。」
カインが眉を寄せる。
「食べないんですか?」
「食う奴もいた。素材を使う奴もいただろう。だが、そうじゃない狩りもあった。」
「勿体ねぇな。」
セトが言う。
「ロブも、そう思ったんだろうな。」
タケミが頷いた。
「食うためなら狩る。生活を守るためなら狩る。必要な素材があるなら狩る。人に危害を加える魔物なら、それも狩る。」
そこで一度、カインたちを見る。
「だが、必要がないなら狩らない。」
「…………。」
「それが、ロブの教えだったと言われてる。」
カインは少し考える。
「じゃあ……今の依頼も?」
「ん?」
「魔物がいるだけじゃ、討伐依頼にはならないですよね。」
タケミの口元が、少し上がった。
「そうだ。」
「畑を荒らしたり、人を襲ったり。何か理由があって、初めて依頼になる。」
「ああ。」
「それって……。」
「ロブが残した考え方の一つだ。」
タケミが答える。
「もちろん、何百年も経ってる。全部があいつの言葉そのままってわけじゃない。」
それでも。
「必要だから狩る。必要がないなら狩らない。」
タケミは、もう一度そう言った。
「今の狩人にも残ってる考え方だ。」
「……知らなかった。」
カインが呟く。
「俺も。」
セトも続く。
「まあ、知らなくても仕事は出来るからな。」
「そうなんですか?」
「お前らだって出来てただろ。」
「あ。」
「ほんとだ。」
セトが笑った。
タケミも小さく笑う。
「ロブに教わった奴らが、また別の奴に教える。そうやって少しずつ、魔物を狩ることを仕事にする奴が増えていった。」
「それが、狩人?」
「ああ。」
タケミが頷く。
「ロブが最初からそう名乗ってたのか、それとも後からそう呼ばれるようになったのか。そこまでは分からん。」
「また分からないんだ。」
「何百年前だと思ってんだ。」
「知らねぇ。」
「俺も正確には知らん。」
「タケミさんも知らないんだ。」
「うるせぇ。」
カインが小さく笑う。
リムも口元を押さえていた。
「とにかくだ。」
タケミが咳払いをする。
「ロブから教わった奴が増えて、その教えを受けた奴がまた増えた。そうやって狩人って仕事が出来ていった。」
「じゃあ、役所もロブが?」
「いや。」
カインの問いに、タケミは首を振った。
「そこから先は、もっと後の話だ。」
「後?」
「狩人が増えれば、頼む奴も増える。」
魔物を退治してほしい。
畑を守ってほしい。
素材が欲しい。
色々な依頼が生まれた。
「最初は、直接頼んでたらしい。」
「狩人に?」
「ああ。だが、それじゃ当然問題も起きる。」
依頼を終えたのに、報酬を払わない。
逆に、狩ってもいないのに狩ったと言う。
どれほど危険な魔物なのかも分からないまま、狩人が向かって死ぬ。
「それで、役所が?」
「そういうことだ。」
タケミが頷いた。
「依頼を一度集める。内容を確認する。狩人へ渡す。終われば報告を受ける。そうやって行政が間に入るようになった。」
「今と同じですね。」
「大体はな。」
「じゃあ、今の狩人の仕組みを作ったのは、ロブじゃない?」
カインが聞く。
「そうだな。」
タケミは少し考えた。
「ロブが作ったのは、始まりだ。」
「始まり。」
「ああ。」
「その後を歩いた奴らが、少しずつ今の形にしていった。」
名前も残っていない、たくさんの人たちが。
ロブから教わった者。
その者から、また教わった者。
依頼を出した者。
それをまとめた者。
長い時間をかけて。
「だからまあ。」
タケミが笑う。
「俺たちが今歩いてる道を、最初に歩いた奴。それがロブだと思えばいい。」
「…………。」
カインは、その言葉を聞いていた。
狩人になって、一年。
そんなことを考えたことはなかった。
セトに誘われて。
試験を受けて。
合格して。
仕事をして。
ただ、自分に合っているから続けていた。
けれど、自分たちが歩いているこの道にも始まりがあった。
「……凄い人だったんですね。」
「ああ。」
タケミが頷く。
「凄い奴だったんだろうな。」
それから、少しだけ笑った。
「お前らが今やってる仕事を見たら、何て言うかは知らんが。」
「怒られないかな。」
セトが言う。
「なんでだよ。」
「いや、俺、結構殴ってるし。」
「狩ってるならいいだろ。」
「そっか。」
「多分な。」
「多分なんだ。」
エイルが笑った。
「タケミさん、結構楽しそうだったねー。」
「……そうか?」
「うん。」
「そうですね。」
リムまで頷く。
「…………。」
タケミは少し黙った。
「まあ……聞きたいって奴がいるなら、話すくらいはする。」
「へー。」
「なんだ、その顔は。」
「別に?」
セトが笑う。
タケミが小さく息を吐いた。
「そういや、お前ら。」
「はい?」
「酒は飲めるのか?」
「まだです。」
「俺も。」
「そうか。」
タケミが頷く。
「なら、飲める歳になったら来い。」
「?」
「一杯くらい奢ってやる。」
カインとセトが顔を見合わせる。
「ただし。」
タケミが続けた。
「それまで狩人を続けてたらな。」
「続けてると思います。」
カインが答える。
「俺も。」
セトも迷わず答えた。
「……そうか。」
タケミは、それ以上何も言わなかった。
けれど。
少しだけ、嬉しそうに見えた。
「で。」
今度はタケミが、カインたちを見る。
「お前ら、この先も旅を続けるんだろ?」
「そのつもりです。」
「色んな街を見て回ってるのか?」
「はい。」
「なら。」
少し考えて。
「一つ、見ておいてもいい場所がある。」
「どこですか?」
タケミは椅子の背にもたれた。
「ここから少し遠いが……一つ、街がある。」
「街?」
「ああ。」
そして。
「俗に、貧民街と呼ばれている街だ。」
「……貧民街?」
聞き慣れない言葉に、カインが首を傾げる。
「行けば分かる。」
タケミはそれだけ言った。
「お前らが今まで見てきた街とは、少し違う。」
英雄が残したもの。
それを受け継いできた人たち。
そんな話を聞いたばかりだった。
けれど。
人が暮らす場所は、それだけではない。
カインたちはまだ、そのことを知らなかった。
タケミさん楽しかったんやろなぁ




