力を込めて
一次試験を終えた受験者達は、再び広場へ集められていた。
朝は受験者で埋め尽くされていた広場も、今では石畳がやけに広く見えた。
「結構減ったな。」
カインがぽつりと呟く。
「半分くらいか?」
隣でセトも周囲を見回す。
「ま、俺らは一次試験突破したからいいんじゃね?」
そう言って笑うセトとは対照的に、アランはどこか落ち着かない様子だった。
両手を握ったり開いたりを繰り返し、時折深呼吸をしている。
「……アラン、大丈夫か?」
カインが声を掛ける。
「え、あー……。」
アランは苦笑した。
「素材集めとかは自信はあったんだけど、実技はやっぱり慣れなくて。」
「気合いでなんとかなるんじゃね?」
緊張感のかけらもなく、セトは何も考えずに言った。
「セトの性格羨ましいなぁ。」
三人の間に小さな笑いが生まれる。
張り詰めていた空気が少しだけ和らいだその時。
「静かに。」
低く通る声が広場へ響く。
再び受験者の前にタケミが姿を見せる。
その声に受験者達は一斉に口を閉ざす――広場はまた、緊張感につつまれた。
「一次試験、ご苦労だった。」
短い労いの言葉。
だが、それだけで場の空気はより引き締まる。
「これより実技試験を開始する。」
タケミが軽く手を上げると、待機していた職員達が動き出した。
重い車輪の音が石畳へ響く。
運ばれてきたのは、巨大な鉄製の檻だった。
中から獣の唸り声が漏れ聞こえる。
檻は次々と運ばれ、広場の端へ並べられていく――受験者達が思わず息を呑んだ。
「中にいるのは、行政へ駆除依頼が出され、生け捕りにされた害獣だ。」
「それを今日まで我々が管理していた。」
魔物達は檻の中で暴れ、鉄格子へ体をぶつけている。
その力強さに、何人かの受験者が表情を強張らせた。
「全員が同じ相手と戦うわけではない。」
タケミは受験者達を見渡した。
「一次試験で確認した適性を基に、それぞれ相手を決めている。」
「狩人は力だけを競う職ではない。」
「己の力を知り、状況を見極め、生きて帰る者こそ狩人だ。」
その言葉に、広場は再び静まり返る。
「名前を呼ばれた者から前へ出ろ。」
職員が名簿を開いた。
「セト。」
「おう!」
元気よく返事をして前へ出る。
カインは小さく笑った。
「頑張れ。」
「当然。」
親指を立てるセト。
その様子に、アランも少しだけ肩の力を抜いた。
職員が檻の錠を外すと、重々しい音を立てながら扉が開いた。
のそり、と姿を現したのは、灰色の甲殻に全身を覆われた魔物。
短く太い脚。
地面を抉る鋭い牙。
そして岩のような外殻。
「鎧猪。高い防御力を持ち、討伐依頼も多い害獣だ。」
タケミが簡潔に特徴を説明する。
鎧猪は興奮しているのか、鼻を鳴らし、前脚で地面を掻く。
受験者達の間から小さなどよめきが起こる。
「武器は持ってねぇのか、あいつ。」
「あの魔物、相当頑丈そうだぞ……。」
そんな囁きなど気にもとめず、セトは大きく伸びをし、拳を軽く握り直す。
「へぇ。」
口元が少しだけ上がる。
「面白そうじゃねぇか。」
タケミはそんなセトを一瞥すると、ざわつく受験者達に向き直った。
「言い忘れていたが、試験においてくれぐれも無茶をするな。」
「我々も危険と判断したらすぐに中断させる。」
「では……。」
再びセトへ向き直り、一拍置いて右手を振り下ろす。
「始め!」
次の瞬間。
鎧猪は地面を蹴り、一気にセトとの距離を詰めた。
「速っ――!」
だが、セトも逃げない。
真正面から駆け出し、拳を振りかぶる。
互いの距離が、一瞬でゼロになる。
――ゴッ!!
鈍く重い音が、試験場へ響き渡った。
拳へ伝わったのは、岩ではなく鉄を殴ったような感触だった。
「っ……!」
腕の先まで突き抜けるような衝撃に、セトは思わず顔をしかめた。
「いてぇ!」
鎧猪は身体を僅かに揺らしただけで、まるで効いていない。
鼻を鳴らし、再び地面を蹴る。
「まだ来るか!」
セトは横へ跳び、間一髪で突進をかわした。
轟音と共に鎧猪が通り過ぎる。
その勢いのまま向きを変え、再び襲い掛かってきた。
「ちっ!」
避ける余裕もなく、再び拳を叩き込む。
ガンッ!
「っってぇ!」
拳が痺れる。
それでも下がらない。
「もう一発!」
殴る。
弾かれる。
何度も、何度も繰り返す――それでも鎧猪の甲殻には傷一つ付かない。
「……無茶だ。」
「拳だけじゃ倒せる相手じゃない。」
受験者達のざわめきが大きくなる。
(セト……。)
今回の試験は本人だけのものだ。
分かっているはずなのに、握った拳から力が抜けなかった。
鎧猪が再び突進する。
セトは避け切れず、肩を掠められた。
勢いよく吹き飛ばされ、地面を転がる。
「セト!」
思わずカインが叫び、一歩踏み出しかけたその時だった。
「介入は禁止だ。」
タケミの低い声が響く。
カインの足が止まる。
歯を食いしばりながら、拳を握り締めた。
「……分かってます。」
視線だけは、ずっとセトを追っていた。
セトはゆっくりと立ち上がる。
肩には土が付き、拳の感覚はもうさほど残っていなかった。
「いてて……。」
思わず苦笑する。
「やっぱ硬ぇな。」
鎧猪は悠然とこちらを見据えていた。
まるで、
『お前じゃ届かない。』
そう言われているようだった。
「……あ?」
セトは鎧猪を睨み返す。
大きく息を吐き、ゆっくりと拳を握る。
「上等だ。」
瞬間、鎧猪が駆け出す。
セトも踏み込む。
一歩。
二歩。
距離が縮まる。
「もっと……。」
拳へ力を込める。
「まだ足りねぇ……!」
腕が軋む。
骨が悲鳴を上げる。
それでも。
「力を込めろぉぉぉ!!」
その瞬間だった。
拳の周囲へ、淡く魔力が集まる。
セト自身も気付かないほど、一瞬の変化。
だが――。
ドゴォッ!!
先ほどまでとは明らかに違う衝撃が走った。
今までいくら殴ろうが、傷ひとつつかなかった甲殻へ一本の亀裂が刻まれた。
「……え?」
セトが目を見開く。
周囲も息を呑む。
「今……。」
「割れた?」
タケミだけが、静かにその光景を見つめていた。
セトの口元が自然と緩む。
「……届いたじゃねぇか。」
その一言だけで十分だった。
「だったら!」
拳を握る。
今度は迷わない。
真っ直ぐ駆ける。
鎧猪も迎え撃つ。
互いが交差する瞬間。
「うおおおおおっ!!」
渾身の右拳が甲殻を捉えた。
ドガァァァン!!
大きな破砕音が試験場へ響く。
亀裂は一気に広がり、灰色の甲殻が砕け散った。
鎧猪は二、三歩よろめき、そのまま地面へ崩れ落ちる。
――静寂。
誰も言葉を発しない。
「……そこまで。」
職員が静かに告げた。
その瞬間、広場を歓声が包んだ。
「よっしゃあ!!」
セトは思わず拳を突き上げる。
「っつ!」
すぐに痛みで顔をしかめる。
「いてて……。」
その姿に、あちこちから笑いが漏れた。
タケミが歩み寄る。
セトは慌てて姿勢を正した。
「無茶をするなと言ったはずだが。」
「いやぁ……。」
頭を掻く。
「まだいけると思ったっす。」
「そしたら、なんかいけました。」
タケミは少しだけ黙り込む。
「……無茶と覚悟を履き違えるな。」
「……はい。」
セトも素直に頷く。
「だが。」
タケミの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「最後まで諦めなかった点は評価しよう。」
その一言に、セトは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
「次。」
職員が名簿をめくる。
「アラン。」
「は、はい!」
アランの戦い方は悪くはなかった。
正面からは仕掛けず、魔物が足を止める瞬間だけを狙う。
攻撃は確実に弱点を捉えていた。
だが、一撃が浅い。
「そこまで。」
時間切れだった。
「……ありがとうございました。」
悔しそうに頭を下げるアラン。
席へ戻ると、セトが笑いかけた。
「惜しかったな!」
「うん……でも、今の自分じゃあれが精一杯かな。」
それでも、その表情はどこか晴れやかだった。
タケミが最後の名を呼ぶ。
「最後。」
その場の空気が変わる。
「カイン。」
一斉に視線が集まった。
カインは静かに前へ出る。
腰の刀へ、そっと手を添えた。
「はい。」
こうして、カインの実技試験が始まった。
ちなみにタケミさん。
最近できた孫にメロメロらしい。




