第56話 三つ子の魂
一ヶ月が経った。
長いような、短いような。
けれど、カインにとってセトとこれだけ長く離れていたのは、たぶん初めてのことだった。
「そろそろだねー。」
エイルの声に、カインは顔を上げる。
見覚えのある街並みが見えてきていた。
「一ヶ月……経ったんですね。」
「うん。」
リムの言葉に頷く。
あの街を出てから、三人でいくつかの街を巡った。
仕事をして。
歩いて。
また仕事をして。
気がつけば、吹く風も以前ほど冷たくなくなっている。
道の脇には、小さな緑も顔を出し始めていた。
冬が終わろうとしている。
「セト、ちゃんとやってるかなー。」
「やってると思う。」
「即答だね。」
「セトだし。」
「理由になってるような、なってないような。」
エイルが笑う。
三人は街へ入り、そのまま以前訪れた道場へ向かった。
中から聞こえてくるのは、打撃の音。
床を踏む音。
時折、誰かの声も混じる。
「こんにちはー。」
エイルが中を覗く。
何人かが稽古をしていた。
その中に。
「――セト。」
すぐに見つけた。
ちょうど相手との稽古を終えたところらしい。
セトが振り返る。
「お。」
そして、いつものように笑った。
「来たな。」
「うん。」
「遅れなかったな。」
「セトはここにいるんだから遅れようがないだろ。」
「お前、それ俺が言ったやつじゃねぇか。」
――変わらない。
カインは少し笑った。
「…………。」
「ん?」
セトが首を傾げる。
カインは、その姿を改めて見る。
何が、とは上手く言えない。
身体が大きくなったわけではない。
顔も変わっていない。
立っているだけ……なのに。
「セト……強くなった?」
「…………。」
セトが目を瞬く。
「分かる?」
「うん。」
「まだ何もしてないよね?」
エイルが横から口を挟んだ。
「してないですね。」
リムも頷く。
「なんで分かるの?」
「なんとなく。」
「なんとなくって。」
セトが笑う。
「まあ、カインなら分かるか。」
「俺も、この一ヶ月でちょっとは強くなったと思う。」
今度はセトが、カインを見る。
少しだけ。
ほんの少しだけ目を細めて。
「……ああ。」
頷いた。
「強くなったな。」
「だから!」
エイルが二人を見る。
「お互いまだ何もしてないでしょ!?」
カインとセトは顔を見合わせる。
「でも分かるよな?」
「うん。」
「……リムち、分かる?」
「いえ……。」
「だよね?」
リムは少し困ったように二人を見た。
「お二人は、昔からずっと一緒ですから……分かるのでしょうか。」
「そうなのかな。」
「どうだろ。」
「本人たちが一番分かってないし。」
エイルが呆れたように息を吐いた。
◇
「よし、仕事探すか!」
「帰ってきて早々?」
「一ヶ月身体動かしてたからな。むしろ動いてねぇと落ち着かねぇ。」
「元気だねー。」
セトと合流した四人は、役所へ向かった。
久しぶりに、隣をセトが歩いている。
「腹減ったな。」
「さっき何か食べてなかった?」
「あれは稽古の後の飯。」
「じゃあ今は?」
「移動の前の飯。」
「同じじゃない?」
「違う。」
何が違うのかは分からない。
けれど。
カインは少しだけ笑った。
やっぱり、これが普通な気がする。
役所へ着き、依頼の並ぶ掲示板を見る。
「んー……。」
セトが一枚ずつ眺めていく。
「これなんかどうだ?」
「岩熊?」
カインも依頼書を見る。
近くの森で、岩熊が確認されたらしい。
「もう出てきたんだ。」
「冬眠から覚め始める時期だからねー。」
エイルが依頼書を覗き込む。
「冬眠明けはお腹空かせてるから、普段より人里まで来ることもあるし。見つけたら早めに対処しといた方がいいよ。」
「じゃあ、これにする?」
「いいんじゃね?」
「私も大丈夫です。」
依頼書を手に取る。
その時。
「……岩熊か。」
カインは、ふと思い出した。
狩人になって間もない頃にも、戦ったことがある。
あの頃は。
「どうした?」
「いや。」
カインは首を振った。
「なんでもない。」
◇
岩熊を見つけるのに、それほど時間はかからなかった。
森に残った大きな足跡。
折れた枝。
――そして。
「いた。」
リムが小さく指を差す。
木々の向こう。
大きな身体が動いていた。
岩熊。
その名の通り、岩のように硬い皮膚を持つ魔物。
こちらに気づいた岩熊が、低く唸る。
「じゃ、行くか。」
セトが前へ出た。
「気をつけて。」
「おう!」
岩熊が地面を蹴る。
巨体に似合わない速さで、セトへ迫った。
大きな前脚が振り下ろされる。
「――っ!」
セトが動く。
受け止める、そう思った……けれど。
「……あれ?」
カインの口から、声が漏れた。
セトは受けなかった。
振り下ろされた前脚へ、自分の腕を添える。
僅かに軌道を逸らし、横を抜け、そのまま懐へ潜り込む。
「おらっ!」
拳が、岩熊の腹へ突き刺さる。
岩熊が吠えた。
反撃するように身体を捻る。
セトが避ける……が、その足が僅かに滑った。
「セト!」
「大丈夫!」
体勢が崩れる。
以前なら、一度距離を取っていた。
けれど。
セトの手が地面についた。
身体が回る。
その勢いのまま、蹴りが岩熊の顎へ叩き込まれた。
「……へぇ。」
エイルが声を漏らす。
セトはすぐに立ち上がる。
止まらない。
拳。
避ける。
蹴り。
また拳。
一つの動きが終わる前に、次の動きへ繋がっていく。
「すごい……。」
リムが呟く。
「うん。」
カインは刀へ手を掛けた。
「やっぱり、強くなってる。」
「だから最初から言ってんだろ!」
岩熊の向こうから声が飛んできた。
「聞こえてたんだ。」
「聞こえるわ!」
岩熊が大きく腕を振るう。
セトが避ける。
その瞬間。
「カイン!」
「うん!」
呼ばれる前から、足は動いていた。
セトが開けた場所へ踏み込む。
刀を抜く。
一閃。
岩熊の身体へ刃が走る。
血が散った。
「おっ。」
今度はセトが声を漏らした。
岩熊がカインへ向く。
その横から、セトが蹴りを入れる。
僅かに体勢が崩れた。
そこへ。
「リム!」
「はい!」
見えない壁が現れ、岩熊の退路を塞ぐ。
さらにその反対側、二人のエイルが並んだ。
「こっちもいるよー。」
岩熊が止まる。
一瞬。
それで十分だった。
「セト!」
「おう!」
拳が入る。
岩熊がよろめく。
カインが踏み込む。
刀が走った。
◇
「終わったー。」
エイルが伸びをする。
倒れた岩熊は、もう動かない。
「やっぱ四人だと楽だねー。」
「そうですね。」
リムも小さく笑う。
「なあ、カイン。」
「ん?」
「お前、やっぱ強くなったな。」
「セトも。」
「だろ?」
「うん。」
「……結局、何が変わったの?」
エイルが聞く。
カインは少し考えた。
「……なんとなく?」
「俺もそんな感じ。」
「もういいや。」
エイルが諦めた。
「でも。」
カインは倒れた岩熊を見る。
「前に戦った時より、ずっと楽だった。」
「そりゃそうだろ。」
セトも岩熊を見る。
「俺らも結構仕事したしな。」
「うん。」
あれから。
どれくらい経っただろう。
カインは少し考える。
冬が終わり。
また春が来ようとしている。
「……そういえば。」
「ん?」
「俺たちが狩人になって、そろそろ一年くらいじゃない?」
セトが目を瞬く。
「……あー。」
少し考えて。
「そういや、試験受けたのもこのくらいの時期だったな。」
「一年ですか……。」
リムが呟く。
「早いねー。」
エイルが笑った。
「一年かぁ。」
セトが腕を組む。
それから、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「そういやさー。最近、英雄が残したもんとか結構見たじゃん?刀とか、格闘術とか。」
「そうだね。」
セトは少し考える。
「じゃあさ。」
そして。
「狩人にも、そういう英雄っていたのか?」
「…………。」
カインは答えられなかった。
考えたこともなかった。
「エイルさん、知ってる?」
「んー……。」
エイルも首を傾げる。
「おねーさんも、詳しくは知らないかなー。」
「そうなんだ。」
「でも。」
カインは、ふと思い出す。
狩人になった日のこと。
試験を受けた場所。
そこで出会った人。
「タケミさんなら、知ってるかも。」
「あー!」
セトが手を叩く。
「あの人なら知ってそうだな!」
「戻ったら、聞いてみる?」
「いいんじゃね?」
冬が終わる。
もうすぐ、新しい春が来る。
一年前とは違い、今は四人で。
カインたちは、また歩き出した。
一年、カイン、セト、リムは17歳になりますね。
エイルさんはさんじゅ……




