第54話 以心
セトと別れてから、数日が経った。
「そろそろ仕事する?」
街へ着いたところで、エイルが言った。
「そうですね。」
「はい。」
三人で役所へ向かう。
旅をして、仕事をして。
終わればまた次の街へ向かう。
セトがいないことには、まだ少し違和感がある。
けれど、三人で歩くことにも少しずつ慣れてきた。
「なんかいいのあるかなー。」
役所へ入ると、エイルは慣れた様子で依頼が貼られた掲示板へ向かう。
カインとリムも、その後に続いた。
「採取、護衛、魔物の討伐……。」
「この辺りは普通ですね。」
「そうだね。」
いくつかの依頼を眺めながら、カインが答える。
その横で、エイルが一枚の紙の前で足を止めた。
「ん?」
「どうしたの?」
「これ。」
エイルが指差す。
カインもその依頼へ目を向けた。
「斧鹿と……疾鷹?」
「二体の討伐みたいだね。」
斧鹿
その名の通り、大きく発達した角を持つ鹿の魔物。
疾鷹、大型の鷹の魔物だ。
どちらも決して弱い魔物ではない。
とはいえ、これまで戦ってきた魔物と比べれば、特別危険というほどでもなかった。
「……報酬、高くない?」
「高いねー。」
依頼に書かれた金額を見て、エイルが目を細める。
討伐対象が二体であることを考えても、少し高い。
「何か理由があるんでしょうか。」
エイルが依頼書を剥がす。
「聞いてみよっか。」
受付へ持っていくと、職員は依頼書を見るなり、少し困ったような顔をした。
「これを受けるのか?」
「そのつもりですけど。」
「斧鹿と疾鷹ですよね?」
「ああ。」
職員が二体の名前を指でなぞる。
「正確には、そいつらが一緒にいることが問題なんだ。」
「一緒に?」
リムが首を傾げる。
「詳しいことは現地で聞いた方がいい。何度か狩人も向かってるが、まだ討伐できてない。」
「強いんですか?」
「それも、よく分からん。」
「よく分からない?」
「ああ。倒したって報告はある。」
三人が顔を見合わせる。
「……倒したのに、討伐できてないの?」
「だから、よく分からん。」
職員が肩を竦めた。
「ともかく、普通の斧鹿と疾鷹だと思わない方がいい。」
「分かりました。」
依頼を受け、三人は再び街を出た。
◇
依頼の出された町へ着いたのは、それから数日後だった。
「レタス?」
「ああ。」
町の役所で話を聞いたカインは、思わず聞き返した。
「最近、この辺りでも育て始めてな。他所じゃ昔から作られてるんだが、どうもここの土地と相性がいいらしい。」
「よく育つんですか?」
「育つ。思ってた以上にな。」
職員は嬉しそうに言ってから、すぐに顔を曇らせた。
「……で、それを斧鹿が気に入ったらしい。」
「あー。」
エイルが納得したように声を漏らす。
「畑に来て食べちゃうんだ。」
「食べるなんてもんじゃない。あいつ一頭でどれだけ駄目にされたか……。」
「追い払うだけじゃ駄目なんですか?」
カインが聞く。
「何度もやったよ。」
職員はため息を吐いた。
「追い払っても、次の日には戻ってくる。柵も作った。罠も仕掛けた。夜通し見張ったこともある。」
「それでも駄目だった?」
「ああ。疾鷹がいる。」
職員が窓の外へ目を向ける。
「上からずっと見てやがるんだ。人が近づけば鳴いて知らせる。罠を仕掛けようとしても、見張ろうとしても、あいつに気づかれる。」
「なるほど。」
カインが頷く。
空から周囲を見る疾鷹、地上で畑を荒らす斧鹿。
……確かに相性は良さそうだった。
「斧鹿だけを狙おうとしても、疾鷹が邪魔をする。疾鷹を狙えば、今度は斧鹿が襲ってくる。」
「仲いいんだねー。」
「こっちとしては笑い事じゃないんだがな。」
「ごめんごめん。」
エイルが軽く手を振る。
「それで、何度か狩人にも頼んだんだが……。」
「倒したのに、駄目だった?」
職員の顔が険しくなる。
「確かに倒したはずなのに、また動き出したらしい。」
「…………。」
「それも、一度じゃない。」
カインは依頼書に書かれていた二つの名前を見る。
斧鹿。
疾鷹。
「……分かりました。」
依頼書を畳む。
「とりあえず、見てきます。」
◇
畑は、町から少し離れた場所に広がっていた。
「いっぱいありますね。」
「ほんとだねー。」
リムの言葉に、エイルが答える。
畑には青々としたレタスが並んでいる。
聞いていた通り、よく育っているらしい。
「これだけあったら、食べに来るのも分かる気はするけど。」
「でも、作ってる人からしたら困るよね。」
「ですね。」
三人は畑から少し離れた場所へ移動する。
荒らされた跡はすぐに見つかった。
踏み荒らされた土。
食い散らかされたレタス。
そして、大きな蹄の跡。
「こっちですね。」
リムが指差す。
「森の方に続いてる。」
「行ってみよっか。」
三人は跡を追った。
森へ入り、しばらく歩く。
「…………。」
先頭を歩いていたエイルが足を止めた。
「いる。」
カインが刀へ手を添える。
「どっち?」
「上。」
その言葉と同時だった。
甲高い鳴き声が響く。
「――っ!」
頭上から何かが降ってきた。
カインが横へ跳ぶ。
目の前を、大きな爪が通り過ぎた。
「疾鷹!」
翼を広げ、疾鷹が再び空へ舞い上がる。
――その直後。
「カインさん!」
リムの声。
木々の間から、大きな影が飛び出した。
頭に生えた巨大な角。
横へ広がったそれは刃のように鋭い。
「斧鹿!」
カインが刀を抜く。
振るわれた角と刀がぶつかった。
「っ!」
重い。
だが、受けられないほどではない。
「カイン!」
「うん!」
カインが斧鹿の角を弾く。
その隙にエイルが横へ回った。
「【鏡面】。」
もう一人のエイルが現れる。
二人が左右へ分かれた。
斧鹿が迷う。
そこへ疾鷹が鳴いた。
「――!」
斧鹿が即座に動く。
エイルの短剣を角で弾き、横へ跳んだ。
「へぇ。」
エイルが笑う。
「ほんとに息ぴったり。」
上空から疾鷹が急降下する。
「【隔帳】。」
透明な壁が現れた。
疾鷹の爪が弾かれる。
体勢を崩した疾鷹へ、カインが踏み込む。
「はっ!」
刀が翼を斬った。
疾鷹が地面へ落ちる。
「今!」
エイルと分身が同時に斧鹿へ迫る。
疾鷹へ向かおうとした斧鹿が足を止めた。
一瞬。
その一瞬で十分だった。
カインが刀を振るう。
疾鷹の首を斬る。
続いて、エイルの短剣が斧鹿の首へ深く突き刺さった。
巨体が傾き、地面へ倒れた。
「…………やりましたか?」
リムが二体を見る。
「だと思うけど。」
カインが刀についた血を払う。
「聞いてたよりは――」
「待って。」
エイルの声。
「どうしたの?」
「あれ。」
エイルが指差す。
倒れた斧鹿。
その身体から、淡い光が漏れていた。
「……魔力?」
リムが目を見開く。
光は斧鹿から伸びている。
その先には……疾鷹。
「何……?」
次の瞬間。
疾鷹の身体が跳ねた。
「――っ!」
翼が動く。
斬ったはずの傷が塞がっていく。
「生き返った!?」
「下がって!」
疾鷹が飛び上がる。
そして、鳴いた。
その声に応えるように、今度は疾鷹から斧鹿へ光が伸びた。
倒れていた斧鹿が立ち上がる。
「……そういうこと?」
エイルが短剣を構え直す。
「片方が、片方を助けてる。」
カインが二体を見る。
斧鹿。
疾鷹。
互いの位置を確認するように、一度だけ視線を交わした。
そして、二体が同時に動いた。
◇
「はぁっ!」
刀が斧鹿を斬り裂く。
ほとんど同時に、エイルの短剣が疾鷹を貫いた。
二体が倒れる。
「今度は!?」
リムが見る。
動かない。
「…………。」
「…………。」
「……やった?」
カインが呟く。
次の瞬間、再び斧鹿の身体から光が伸びた。
「駄目!」
疾鷹が起き上がる。
「今のでも!?」
エイルが目を見開いた。
「かなり合わせたよ!?」
「でも、斧鹿の方が少しだけ遅かった。」
カインが答える。
「その間に……。」
疾鷹から魔力が流れる。
斧鹿が、また立ち上がった。
「だったら――」
エイルが前へ出る。
「私一人ならどう?」
「エイルさん?」
「二人で合わせるからズレるんでしょ。」
エイルが笑う。
「だったら、最初から一人でやればいい。」
「【鏡面】。」
もう一人のエイルが現れた。
「私が斧鹿。」
分身が疾鷹へ向く。
「こっちが疾鷹。」
二人のエイルが同時に駆け出した。
疾鷹が飛ぶ。
斧鹿が地面を蹴る。
「リムち!」
「はい!」
【隔帳】が斧鹿の進路を塞ぐ。
疾鷹が旋回しようとする。
「カイン!」
「分かった!」
刀を振るい、逃げ道を塞ぐ。
二体の動きが止まったその瞬間。
エイルと分身が飛び込む。
二本の短剣が閃いた。
斧鹿の首。
疾鷹の胸。
ほとんど同時に、刃が深く突き刺さる。
「…………。」
エイルが息を吐く。
「これなら――」
光が、伸びた。
「…………。」
疾鷹の翼が動く。
斧鹿の脚が、地面を掻く。
エイルが二体を見る。
「……嘘でしょ。」
確かに同時だった……少なくとも、三人にはそう見えた。
それでも二体は再び立ち上がる。
斧鹿が角を構える。
疾鷹が翼を広げる。
まるで、互いが何をするのか、最初から分かっているかのように。
「……どうやって倒すの、これ。」
エイルの声に答える者はいなかった。
斧鹿が地面を蹴る。
疾鷹が空を舞う。
何度倒しても、どちらかがもう片方を起こす。
二体で一つ。
互いに繋がった魔物。
後に。
カインたちは、その二体がこう呼ばれていることを知る。
――《阿吽》と。
Q.この世界に何故レタスがあるんですか?
A.ガイウスがローマしたからです。




