第53話 色眼鏡を外して
翌朝。
「…………。」
エイルは歩きながら、少し前を行くカインを見る。
「…………。」
別に、昨日までと何かが変わったわけではない。
歩き方、背負っている荷物、腰に差した刀……。
うん、いつもと同じだ。
「……エイルさん?」
「ん?」
カインが振り返った。
「どうしたの?」
「なんで?」
「いや、なんか見てたから。」
「気のせい気のせい。」
「…………。」
納得していない顔で、カインが前を向く。
その少し後ろを、リムが歩いていた。
「…………。」
昨日、カインと話した。
自分のスキルが【抜刀】だと分かった時は、普通にガッカリした。
けれど、英雄になりたかったわけではない。
イサナのようになりたかったわけでもない。
狩人になったのも、セトに誘われたから。
やってみたら、案外性に合っていた。
だから続けている。
「…………。」
思っていたのと、随分違った。
なら……自分は今まで、カインの何を見ていたのだろう。
「リム、大丈夫?」
「え?」
カインが足を止めた。
「少し遅れてるから。」
「あ……すみません。」
「謝らなくていいよ。ちょっと休む?」
「いえ、大丈夫です。」
「ならいいけど。」
そう言って、カインが歩き出す。
ただ、さっきまでより少しだけ歩く速度が遅くなった。
「…………。」
エイルはそれを見る。
「エイルさんも疲れた?」
「へ?」
「さっきから静かだから。」
「あー、おねーさんは大丈夫。」
「そっか。」
「なに? 心配してくれた?」
「そりゃするでしょ。」
当たり前のように言って、カインは前を向いた。
「…………。」
「エイルさん?」
「なんでもないよー。」
また歩く。
しばらくすると、向こうから一台の荷車がやってきた。
その車輪が、街道の窪みにはまる。
「あっ。」
御者の男が慌てて馬を止めた。
荷車が大きく傾き、積まれていた荷物の一部が道へ落ちる。
「うわ……。」
男が頭を抱える。
エイルがそれを見て。
「カイン、ちょっと――」
「手伝ってくる。」
「早いなぁ。」
もう向かっていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。すまん。」
「リム、そっちお願い。」
「はい。」
「おねーさんは?」
「エイルさんは……。」
カインが荷車を見る。
「車輪、見てもらえる?」
「はいはい。」
三人で荷物を拾い、窪みから荷車を引き上げる。
車輪に問題がないことを確認すると、男は何度も頭を下げた。
「助かったよ。本当にありがとう。」
「いえ。」
「急いでたんじゃないのか?」
「別にそこまで。」
カインが笑う。
「気をつけて。」
「ああ。ありがとう。」
荷車が遠ざかっていく。
「…………。」
「何?」
「いやー?」
エイルは笑う。
「カインだなぁと思って。」
「何それ。」
「なんでもない。」
また、三人で歩き出した。
◇
昼。
三人は街道を少し外れた場所で休憩していた。
カインは少し離れたところで、空になった水筒へ水を補充している。
「ねえ、リムち。」
「はい?」
「ちょっと聞いていい?」
「なんでしょう。」
エイルは隣に座る。
「リムちから見て、カインってどんな人?」
「カインさんですか?」
「そうそう。」
「えぇと……。」
リムは少し考えた。
「最初は、『変な人』でした。」
「ふむ。」
「魔族だと分かっているのに普通に話しかけてきますし、困っているからって助けようとしてくれましたし。」
「確かに変だねぇ。」
「はい。」
リムが頷く。
「でも……とても優しい人だと思います。」
「うん。」
「相手を選ばないで優しいですし、自分が無茶をしても、その人を助けられたらいい、みたいなところがあって……あ、そこは少し心配なんですけど。」
「うんうん。」
「それに、自分が大変な時でも他の人のことを気にしますし、私が困っていても言う前に気づいてくれることがありますし、何か失敗しても責めたりしませんし、それから――」
「うん?」
「カインさんって、自分では普通だと思ってるみたいなんですけど、普通はあんな状況でジェイドさんに向かっていかないと思いますし、あの時だって自分が危ないのに私を逃がそうとして、それに――」
「リムち?」
「はい。それから――」
「おっけー。分かった分かった。」
「……?」
リムが首を傾げる。
「もういいんですか?」
「うん。十分。」
「まだありますけど。」
「まだあるんだ。」
「はい。」
「あはは。」
エイルが笑う。
――少し考えて。
「じゃあ……セトは?」
「セトさんですか?」
「そう。」
「明るくて、真っ直ぐな人です。それに、とてもカインさんを信頼していて……。」
「うん。」
「少し無茶をするところもありますけど、頼りになります。」
「なるほどねぇ。」
エイルが頷く。
「じゃあ、おねーさんは?」
「エイルさんですか?」
「うんうん。」
「とても頼りになる人です。色々なことを知っていますし、いつも私のことを気にかけてくださいますし。」
「おお。」
「それに綺麗です。」
「リムち、いい子!」
「ただ、お部屋は……。」
「リムち?」
「…………いえ、なんでもありません。」
「よろしい。」
リムが少しだけ視線を逸らす。
エイルは笑いながら、その横顔を見る。
「でもさー。リムち、カインのことはよく見てるねー。」
「……え?」
「だってさ。」
エイルは指を折る。
「セトとおねーさんの時より、カインの時だけ明らかに長かったよ?」
「…………。」
「止めなかったら、まだ喋ってたでしょ。」
「それは……。」
リムが口を閉じる。
「…………。」
――考えたことがなかった。
カインのことをよく見ている。
そう言われて、初めて気づく。
確かにさっきも、昨日も……その前も。
カインが何をしていたのか、思い出そうとすればいくらでも出てくる。
「…………。」
「リムち?」
「あ、いえ。」
リムは少し離れた場所を見る。
水筒を持ったカインが、こちらへ戻ってくるところだった。
「何話してたの?」
「秘密。」
「なんで?」
「女の子同士のお話だから。」
「……そう。」
「カインさん。」
「ん?」
「…………。」
リムは何かを言おうとして。
「いえ、なんでもありません。」
「?」
カインが首を傾げる。
その姿を、リムは少しだけ見つめた。
どうして自分は……こんなにも、この人のことを見ているのだろう。
「…………?」
「リム?」
「なんでもありません。」
「今日それ多くない?」
「す、すみません。」
「謝らなくていいけど。」
エイルはそんな二人を見ながら、口元を緩めた。
◇
夜。
宿の廊下を歩いていたエイルは、外から聞こえてくる音に気づいた。
「ん?」
一定の間隔で、風を切る音がする。
宿の裏へ回る。
「…………。」
カインがいた。
額から汗を流し、一定の間隔で刀を振っている。
「何してんの?」
「うわっ。」
カインが振り返る。
「エイルさん。」
「びっくりしすぎじゃない?」
「急に声かけるから。」
「で、何してんの?」
「稽古。」
「それは見れば分かるよ。」
「じゃあなんで聞いたの?」
「そういう意味じゃないの。」
エイルが近づく。
「毎日やってんの?」
「まあ。」
「今日くらい休めばいいのに。」
「なんで?」
「今日は結構歩いたでしょ。」
「でも、暇だし。」
「暇だから稽古するの?」
「セトいないから、部屋戻ってもやることないし。」
「あはは。」
「何?」
「いや。」
エイルは壁にもたれた。
「続けていいよ。」
「見るの?」
「暇だから。」
「じゃあエイルさんも何かしたら?」
「やだよ。疲れるもん。」
「…………。」
「なにその顔。」
「いや、エイルさんだなって。」
「仕返し?」
「別に。」
カインはまた刀へ手をかけ、先程と同じ動作を繰り返す。
「…………。」
英雄になりたいわけではない。
イサナに追いつきたいわけでもない。
誰かを見返したいわけでもない。
それでも……今日もこうして刀を振る。
誰かが困っていれば助ける、仲間が疲れていれば気にかける。
知らないことがあれば聞くし、必要なら努力する。
別に、何か特別なことをしているつもりはない。
きっとカインにとっては……全部、当たり前のことなのだ。
「…………。」
エイルは、その姿を眺める。
――イサナなら。
ふと、そんな考えが浮かんで。
「……違うか。」
「ん?」
「なんでもない。」
カインがまた刀を振る。
その姿を見ながら、エイルは小さく笑った。
イサナとは、やっぱり似ていない。
けれど……それでいい。
「カイン。」
「ん?」
「頑張れ。」
「……急に何?」
「おねーさんが応援してあげてるんだから、喜びなよ。」
「はあ。」
「反応薄いなぁ。」
「だって急だから。」
「あはは。」
エイルが笑う。
カインは不思議そうな顔をしながら、また刀へ手をかけた。
「…………。」
昨日までと同じ。
何も変わっていない。
変わったのは、きっと。
見る側の方だった。
リムち高速詠唱




