第52話 違和感
街を出てから、しばらく歩いた頃だった。
「…………。」
カインは、ふと隣を見る……誰もいない。
「どうしました?」
「ん?」
少し前を歩いていたリムが振り返る。
「いや、なんでもない。」
「そうですか?」
「うん。」
再び歩き出す。
少しして。
「なあ、セ――」
言いかけて、止まった。
「…………。」
「カイン?」
今度はエイルが振り返る。
「なんでもない。」
「さっきも聞いた気がするけど?」
「そうだっけ。」
「そうだよ。」
エイルが笑う。
「セトがいなくて寂しい?」
「いや。」
「即答?」
「そういうんじゃないけど……。」
カインは少し考える。
昨日から、何度か同じようなことがあった。
何かを見つけて、隣に話しかけようとする。
歩いていて、ふと横を見る。
そこにいるはずの赤い髪がない。
「なんか、変な感じ。」
「昨日も言ってたねぇ。」
「だって変なんだから仕方ないだろ。」
「ほんっと、ずっと一緒なんだね。」
「まあ。」
カインは頷いた。
「物心ついた時には、もう一緒にいたし。」
「へぇ。」
「狩人になる前も、大体一緒だった。」
「それなら仕方ないか。」
エイルは納得したように頷く。
「一ヶ月も離れるの、初めてだったりする?」
「……多分。」
「多分なんだ。」
「覚えてる限りでは。」
「そりゃ違和感もあるわけだ。」
そう言って、エイルがまた歩き出す。
カインもその後を追った。
「でも。」
「ん?」
「セトがいないと、おねーさんとリムちを独り占めだよ?」
「え?」
「両手に花ってやつ。」
「…………。」
「なんで黙るのさ。」
「なんて返せばいいのか分からなくて。」
「そこは喜んどきなよ。」
「はあ。」
「カインさんらしいですね。」
リムが小さく笑った。
「リムちまで!?」
三人の声が、街道に響く。
いつもより少しだけ静かな気がする。
けれど。
これはこれで、悪くはなかった。
◇
その日は、街道沿いの小さな街で宿を取った。
「じゃ、おやすみー。」
「おやすみなさい、カインさん。」
「うん。二人ともおやすみ。」
エイルとリムが隣の部屋へ入っていく。
カインも、自分の部屋の扉を開けた。
「…………。」
ベッドが一つ。
椅子が一つ。
小さな机が一つ。
別に何もおかしくない。
普通の一人部屋だ。
「……広いな。」
一人で使うには十分すぎるほどに。
荷物を置いて、ベッドに腰掛ける。
静かだった。
いつもなら、セトが何か喋っている。
今日食べたものの話だったり。
明日はどうするかだったり。
どうでもいい話だったり。
「…………。」
カインは、そのまま後ろへ倒れ込んだ。
「一ヶ月か。」
長いのか短いのかよく分からない。
――ただ。
「やっぱ変な感じだな。」
天井を見ながら呟いた。
その時だった。
コンコン。
扉が鳴る。
「はい。」
「カイン、起きてるー?」
「エイルさん?」
起き上がって扉を開ける。
そこには、寝るにはまだ少し早い格好のエイルが立っていた。
「ちょっといい?」
「うん。」
「お邪魔しまーす。」
エイルが部屋へ入る。
椅子に腰掛けると、辺りを見回した。
「どう? 一人部屋。」
「どうって?」
「寂しくない?」
「…………。」
「あ、今考えた。」
「いや、寂しいっていうか。」
「うん。」
「やっぱり変な感じ。」
「あはは。よっぽどだねぇ。」
カインもベッドに腰掛ける。
「リムは?」
「もう寝るって。今日は結構歩いたからね。」
「そっか。」
少しの間、他愛のない話をした。
明日はどうするか。
どの辺りまで進むか。
この街には何か面白いものがあるだろうか。
そんな話をして。
「……ねえ、カイン。」
ふと、エイルが言った。
「ん?」
「ちょっと聞いていい?」
「いいけど。」
エイルは少しだけ考えるように、カインを見る。
「カインってさ。」
「うん。」
「自分のスキルが【抜刀】だって分かった時、ガッカリしなかった?」
「したよ。」
「……即答だね。」
「だって親父が【天断】だったから。」
カインは苦笑する。
「なんとなく、俺も凄いスキルが出るのかなって思ってた。」
「まあ、そうだよね。」
エイルもイサナの【天断】を知っている。
知っているどころか、その力を何度も間近で見てきた。
「だから【抜刀】って聞いた時は、普通にガッカリしたよ。」
「周りにも色々言われたでしょ?」
「まあ。」
英雄の息子なのに、父親とは随分違う。
『ハズレスキル』
そんな言葉を聞いたことがないわけではない。
「嫌じゃなかった?」
「嫌だったよ。」
「……そっか。」
「でも、親父も母さんも何も言わなかったし。セトもそうだったし。」
カインは少し考える。
「近くにいる人が気にしてなかったから、俺もそのうち気にしなくなったかな。」
「へぇ……。」
エイルは頬杖をついた。
「じゃあ、狩人になったのは?」
「セトに誘われたから。」
「……え?」
「セトが狩人やろうって。」
「それだけ?」
「最初は。」
カインは頷く。
「試験受けるって決めてからは練習したし、狩人になってからも色々覚えたけど。」
「イサナみたいになりたかった、とかじゃなくて?」
「……親父?」
何故ここでイサナが出てくるのか。
一瞬、本当に分からなかった。
「……違うの?」
「うん。」
「英雄になりたいとか。」
「考えたことないな。」
「…………。」
「親父は凄いと思ってるけど。」
それと、自分がそうなりたいかは別だった。
「狩人は?」
「今は好きだよ。」
「今は?」
「やる前はどんな仕事かもよく知らなかったし。」
カインは笑う。
「やってみたら、案外性に合ってた。」
「……それで、ここまで来たんだ。」
「?」
「いや。」
エイルはカインを見る。
イサナの息子。
初めて会った時から、ずっとそうだった。
まだ小さかったカインを知っている。
大きくなって、狩人になって、旅に出て。
……強くなって。
その姿を見るたびに、どこかでイサナを重ねていた。
似ているところ。
似ていないところ。
父親と比べて、どうなのか。
「…………。」
「エイルさん?」
「ん?」
「どうしたの?」
「なんでもない。」
そう答えてから、もう一度カインを見る。
別に、イサナのようになりたかったわけではない。
英雄を目指していたわけでもない。
ハズレスキルと呼ばれたことを見返そうとしていたわけでもない。
友達に誘われて狩人になって。
やってみたら性に合っていて。
出来ないことがあれば覚えて。
必要なら努力して。
そうやって、ここまで来た。
「……そっか。」
「?」
「カインは、カインなんだね。」
「……俺は俺だけど。」
「あはは。」
エイルが笑う。
「そうだね。」
何を当たり前のことを言っているのだろう。
カインの顔には、そう書いてある。
「じゃ、おねーさんもそろそろ戻るよ。」
「うん。おやすみ。」
「おやすみー。」
扉を開けて、廊下へ出る。
後ろで扉が閉まった。
「…………。」
エイルは少しだけ、その場で立ち止まった。
今までと何かが変わったわけではない。
カインは、昨日までと同じカインだ。
それなのに。
「……なんか、変な感じ。」
小さく呟いて。
エイルはリムの待つ部屋へ戻っていった。
カインはカイン、イサナはイサナ




