第51話 聞かぬは一生の
街へ戻ったカインたちは、そのまま役所へ向かった。
「雷虎の討伐、終わりました。」
「……終わった?」
受付の男が、カインたちを見る。
それから、窓の外へ目を向けた。
「え、もう?」
「もうって言われても……。」
カインが困ったように笑う。
「間違いなく雷虎だったか?」
「でっかくて、触ったら痺れる虎なら間違いねぇと思うぞ。」
セトが答える。
「……触ったのか?」
「殴った。」
「蹴ってもいましたね。」
「リム!?」
受付の男が何とも言えない顔でセトを見る。
隣では、エイルが肩を震わせていた。
「それでよく無事だったな……。」
「いやー、相性最悪だったけどな!」
「ほんとに何もできなかったもんねー。」
「だからそこまで言う!?」
そんなセトを横目に、受付の男は改めてカインたちを見る。
「何度も討伐に失敗してたんだがな……。」
「俺たちも一人、ほとんど戦えてないですけど。」
「カイン!?」
「でも、倒したんだろ?」
「はい。」
「……大したもんだ。」
男が感心したように頷く。
「確認が済み次第、報酬は出す。しばらく街にいるなら、少し待っててくれ。」
「分かりました。」
役所を出る。
外はまだ、日が傾きかけたばかりだった。
「どうする?」
カインが三人を見る。
「せっかく何日もかけて来たんだし、少しくらい見ていってもいいんじゃない?」
「俺も賛成。」
「私も……皆さんがよければ。」
「じゃあ、ちょっと歩いてみようか。」
大都市ほどではない。
それでも、初めて訪れた街だ。
見たことのない店もあれば、売っているものも少し違う。
四人は特に目的も決めず、通りを歩いていく。
「なんか食ってく?」
「さっき食べたばっかりでしょ。」
「歩いたから腹減った。」
「どれだけ歩いたと思ってんの。」
「セトさん、あそこにも食べ物のお店がありますよ。」
「お、マジ?」
「リムち、教えなくていいから。」
「えっ。」
そんな話をしていた、その時だった。
「――っ!」
鋭い声が聞こえた。
続いて、何かがぶつかる音。
セトが足を止める。
「……なんだ?」
もう一度。
今度は連続して音が響く。
拳で何かを叩くような音。
セトがそちらを見る。
通りから少し外れたところに、大きな建物があった。
扉は開け放たれており、中には何人もの人間がいた。
「何してるんだ?」
「さあ?」
セトが近づいていく。
カインたちもその後を追った。
建物の中。
二人の男が向かい合っている。
一人が拳を放った。
もう一人が頭を振って避ける。
蹴り。
腕で受ける。
距離が近づいた。
互いに身体を掴む。
「……格闘?」
カインが呟く。
「みたいだねー。」
セトは答えない。
じっと二人を見ている。
掴み合った二人のうち、一人が相手の足を払った。
体勢が崩れる。
倒れる。
――そう思った。
「え?」
セトが声を漏らす。
崩された男が地面へ手をつく。
そのまま身体を捻った。
脚が大きく回る。
蹴りを避けた相手が、一歩下がった。
その間に男は身体を起こす。
立ち上がると同時に踏み込み、拳。
受けられる。
今度はその腕を掴んだ。
身体を入れる。
投げる。
地面へ倒れた相手へ、そのまま覆い被さった。
「…………。」
セトが黙っている。
「すごいね。」
カインにも、それくらいは分かった。
拳だけではない。
蹴る。
掴む。
投げる。
倒れてからも戦っている。
「……今の。」
セトが呟いた。
「ん?」
「崩されてたよな?」
「そうだね。」
「なのに、そのまま蹴った。」
ルークとの修行を始めるまで、セトはほとんど拳だけで戦っていた。
殴れなければ、どう殴るかを考える。
それだけだった。
だが、ルークに教わった。
拳だけが攻撃ではない。
脚も。
身体も。
相手の力すら使える。
だから、蹴ることを覚えた。
受け方も覚えた。
以前よりずっと、できることは増えた……それでも。
「……なんだ、これ。」
目の前の二人は違う。
拳を避けられれば蹴る。
蹴りを受けられれば掴む。
掴めば崩す。
崩されても、そこから攻撃する。
一つ一つが、次へ繋がっている。
「珍しいか?」
声をかけられた。
振り向くと、一人の男が立っている。
「あ、悪い。勝手に見てた。」
「別に構わんさ。」
男が笑う。
「旅の狩人か?」
「ああ。」
セトが自分のガントレットを見せる。
それを見て、男が少し眉を上げた。
「お前も格闘を?」
「まあな。基本は拳だけど。」
「なるほど。」
男がセトの腕を見る。
「それなら気になるのも分かる。」
「これ、なんて戦い方なんだ?」
「なんて、と言われてもな。」
男が少し考える。
「ここじゃ、ただ格闘術と呼んでる。」
「格闘術?」
「ああ。拳も使う。蹴りも使う。投げるし、倒れてからも戦う。使えるものは何でも使う。」
「何でも……。」
「元を辿れば、英雄が伝えたものらしい。」
カインが反応する。
「英雄?」
「ああ。」
男が頷いた。
「タクミという英雄だ。」
「タクミ……。」
「随分と昔の英雄だよ。どんな奴だったのかも、今じゃほとんど分からん。」
男は稽古を続ける者たちへ目を向ける。
「今やってるものが、その英雄が伝えたものと同じなのかも分からんしな。」
「違うの?」
「そりゃ変わるだろ。」
男が笑った。
「何代受け継がれてきたと思ってる。誰かが新しい技を考えて、使えるなら残す。使えないなら消える。その繰り返しだ。」
「じゃあ、今のも?」
セトが先ほどの男を見る。
体勢を崩され、地面へ手をつきながら蹴りを放った男。
「さあな。英雄タクミ本人がやってたのか、後の誰かが考えたのか。そんなの誰にも分からん。」
「…………。」
「ただ、始まりはタクミだった。そう伝わってる。」
セトがもう一度、中を見る。
拳。
蹴り。
組み。
投げ。
倒れてからの攻防。
自分の知らない動きが、いくらでもある。
「そういや。」
男がセトの腕を指した。
「その籠手も、格闘用だろ?」
「これ?」
「ああ。拳や腕を守る装備が広まったのも、こういう格闘術が広がってからだって話もある。」
「…………。」
セトが自分のガントレットを見る。
狩人になった時。
拳で戦うならこれだろう、ただそれだけで選んだ。
「これも、タクミが作ったのか?」
「そこまでは知らん。」
「知らねぇのかよ。」
「何百年も昔の話だぞ。」
「そりゃそうか。」
セトが笑った。
そして。
また、稽古を見る。
「…………。」
「セト?」
カインが声をかけても、返事がない。
セトの目は、ずっと道場の中へ向いていた。
雷虎との戦いを思い出す。
殴れない。
蹴れない。
受けることすらできない。
それだけで、自分にできることはほとんどなくなった。
……でも、ここには自分の知らない戦い方がある。
拳だけではない。
蹴りだけでもない。
崩されても。
倒れても。
まだ、できることがある。
「なあ。」
セトが男を見る。
「なんだ?」
「……教えてくれ。」
「は?」
「これ。」
道場の中を指す。
「俺にも教えてくれ。」
男が目を瞬く。
「お前、旅の途中なんだろ?」
「ああ。」
「そんな簡単に覚えられるもんじゃないぞ。」
「分かってる。」
セトが即答する。
「だから、教えてくれ。」
「…………。」
男がセトを見る。
やがて、小さく笑った。
「変な奴だな。」
「よく言われる。」
「セト。」
カインが呼ぶ。
「どうするつもり?」
「んー。」
そこでようやく、セトが考えた。
「一ヶ月。」
「え?」
「一ヶ月くらい、俺ここに残る。」
「…………え?」
カインがもう一度聞き返した。
「だから、一ヶ月くらいここで教えてもらう。」
「いや、それは分かったけど。」
「じゃあいいだろ?」
「いいけど……。」
カインは言葉に詰まる。
駄目な理由はない。
セトが強くなりたいというなら、止める理由なんてもっとない。
――ただ。
「…………。」
セトと別れる。
そのことを、今まで考えたことがなかった。
「いいんじゃない?」
エイルが言った。
「一ヶ月くらいなら、おねーさんたちも適当にその辺回ってればいいし。」
「私も……いいと思います。」
リムも頷く。
「カイン?」
「……うん。」
カインも頷いた。
「分かった。」
「よし!」
セトが笑う。
「じゃ、一ヶ月後にここな。」
「うん。」
「遅れんなよ?」
「セトがね。」
「俺はここにいるんだから遅れようがねぇだろ。」
「あ。」
「お前、大丈夫か?」
「うるさい。」
エイルが吹き出す。
リムも小さく笑っていた。
◇
翌日。
「じゃあな!」
道場の前。
セトが片手を上げる。
「一ヶ月後な!」
「分かってる。」
「ちゃんと飯食えよー。」
「それはセトでしょ。」
「俺は食う!」
「知ってる。」
いつもと変わらない。
少しの間、別々に行動する。
……ただ、それだけだ。
「じゃ、行こっか。」
エイルが歩き出す。
「はい。」
リムもその後を追う。
カインも歩き出して。
「…………。」
一度だけ、振り返った。
セトはもう道場の中へ入っている。
「カイン?」
リムが足を止める。
「どうしました?」
「いや……。」
カインは二人のところへ戻る。
「なんか、変な感じだなって。」
「変な感じ?」
「うん。」
いつも隣にいたセトがいない。
それだけのことなのに。
「……まあ、一ヶ月だけだし。」
カインは前を向いた。
「行こうか。」
「はい。」
「さーて、三人でどこ行こっかねー。」
三人は歩き出す。
その頃。
「ほら、脇が空いてる!」
「ぐえっ!」
道場では早速、セトが床を転がっていた。
カイン、思いがけず両手に花。




