第50話 接触注意
大都市に着いてから、数日が経った。
「せっかくこんだけでかい街に来たんだし、なんかいい依頼ねぇかな。」
セトの一言で、カインたちは役所へと足を運んでいた。
壁一面に並んだ依頼書を、四人で眺める。
「多いな……。」
「そりゃこれだけ人がいる街だからねー。狩人の数も多いし、依頼も集まってくるんでしょ。」
「どれにする?」
「んー。」
エイルが依頼書を一枚ずつ眺めていく。
魔物の討伐。
素材の採取。
街道の護衛。
近隣の村から持ち込まれた依頼もあるらしい。
カインもその横で依頼書を眺めていると、少し離れたところでセトが声を上げた。
「お、これ報酬すげぇぞ。」
「どれ?」
三人が集まる。
セトが見ていたのは、一体の魔物の討伐依頼だった。
「雷虎……。」
カインが依頼書に書かれた名前を読む。
虎系の大型の魔物。
名前の通り雷を扱い、非常に素早い。
その下に書かれた報酬を見て、エイルが眉を上げた。
「ほんとだ。高いねー。」
「どれくらい?」
「前におねーさんが依頼まとめてやったでしょ?」
「ああ。」
「あれ全部合わせたくらい。」
「一体で!?」
セトが目を輝かせる。
「これにしようぜ。」
「ちょっと待って。」
エイルが依頼書を手に取った。
「……これ、この街の依頼じゃないよ。」
「え?」
カインも覗き込む。
依頼書には、依頼元の街までの簡単な地図が描かれている。
「……ここ?」
随分と離れている。
「ここからだと……何日かかかるかなー。」
「なんでそんな遠くの依頼がここにあるんだ?」
「さあ?」
四人で首を傾げ、受付で尋ねてみる。
話を聞けば、元々はその街で出されていた依頼らしい。
だが、何度か討伐を試みたものの成功せず。
時間が経っても解決しなかったため、より多くの狩人が集まるこの街へ依頼が回されてきたという。
「なるほどな。」
「だから報酬も高いのか。」
「どうする?」
エイルが三人を見る。
カインはもう一度、依頼書へ目を落とした。
雷を使う魔物。
以前戦った大鴉も、風の魔法を使っていた。
あの頃とは違う。
ルークとの修行も終え、狒々との実戦も経験した。
「行ってみようか。」
「だな!」
「私は構いません。」
「じゃ、決まりだねー。」
四人は雷虎討伐の依頼を受けた。
◇
数日後。
カインたちは依頼の出された街へ到着した。
大都市と比べれば随分と小さい。
だが、人の行き来も多く、街の外には畑も広がっている。
まずは依頼について詳しく聞こうと、四人は街の役所を訪れた。
「雷虎の依頼を受けてきた?」
「はい。」
受付の男は少し驚いたように四人を見る。
「随分若いな。」
「あはは。まあ、おねーさんはそうでもないけどねー。」
「エイルさん?」
「なに?」
「……なんでもない。」
カインはそれ以上何も言わなかった。
「それで、雷虎はどこに?」
「街から少し離れた森だ。元々あの辺りは獲物も多いし、採れるものも多くてな。狩人や採取に入る連中がよく使ってたんだが……。」
「雷虎が住み着いた?」
「ああ。」
男が頷く。
「今のところ、向こうから街まで出てきたことはない。人を狙って襲いに来るようなこともないんだが、森に入れば話は別だ。」
自分の縄張りへ入った者には容赦なく襲いかかる。
何人かの狩人が怪我をして以来、森へ近づく者はいなくなったという。
「追い払うことはできなかったんですか?」
「何度かやったさ。」
男が苦い顔をする。
「だが、近づくだけでも厄介でな。あいつは雷を使う。」
「雷……。」
「剣でも槍でも、近づかなきゃ仕留められねぇだろ? なのに近づいたら痺れさせられる。何人かで囲んでも、あの速さだ。」
「なるほどねー。」
エイルが腕を組む。
「それで、こっちじゃ手に負えなくなったってことか。」
「ああ。森が使えないままだと困るんだ。冬の間だけならまだしも、これから暖かくなれば採れるものも増える。できればそれまでにはどうにかしたい。」
カインたちは顔を見合わせる。
「分かりました。」
カインが頷いた。
「俺たちが行ってみます。」
◇
森へ入って、しばらく。
「……見つかんねぇな。」
セトが辺りを見回す。
「向こうもずっと同じ場所にいるわけじゃないからねー。」
「足跡はあります。」
しゃがみ込んだリムが地面を指した。
大きな獣の足跡。
その周囲には、何かが地面を引っ掻いたような跡も残っている。
「こっちですね。」
「リムち、こういうの見つけるの上手くなったねー。」
「そ、そうでしょうか……。」
「うんうん。」
「エイルさん、あんまりリムを困らせないで。」
「褒めてるだけじゃん。」
そんな会話をしながら、足跡を追っていく。
……ふいに、エイルが片手を上げた。
「止まって。」
全員が足を止める。
エイルが森の奥を見つめていた。
「……いる。」
カインが刀へ手を添える。
セトも両腕のガントレットを構えた。
木々の間。
低い唸り声が聞こえる。
茂みが揺れた。
その奥から、ゆっくりと大きな獣が姿を現す。
「でっか……。」
セトが呟く。
普通の虎系の魔物より、一回りも二回りも大きい。
四本の脚は太く、鋭い爪が地面へ食い込んでいる。
――バチッ。
逆立った毛の間で、小さな火花が弾けた。
「あれが雷虎か。」
「来るよ!」
エイルの声と同時。
雷虎の姿が消えた。
「速っ――」
セトが咄嗟に腕を上げる。
次の瞬間。
雷虎の前脚がガントレットへ叩きつけられた。
「ぐっ!」
重い……だが、受けられないほどではない。
「おらっ!」
セトがそのまま反対の拳を振るう。
雷虎の身体へ拳が触れる。
――瞬間。
バヂッ!
「っ!?」
セトの身体が跳ねた。
「セト!」
「っつー……大丈夫だ!」
距離を取りながら腕を振る。
「クッソ、痺れた……!」
雷虎が再び飛び込んでくる。
今度は拳を出さない。
横へ回り込み、蹴りを叩き込む。
バチッ!
「いってぇ!」
「セト、離れて!」
「分かってる!」
今度こそ大きく距離を取る。
「なんだよこいつ! 殴っても蹴っても駄目じゃねぇか!」
「相性最悪だねー。」
「見りゃ分かるわ!」
「じゃ、おねーさんに任せて。」
エイルの姿が揺れる。
一人。
二人。
三人。
同じ姿のエイルが、森の中へ散った。
雷虎が足を止める。
「さて。」
エイルたちが、それぞれ短刀を構えた。
「どれが本物でしょう?」
短刀が飛ぶ。
一方から。
避ければ、今度は別の方向から。
雷虎が身を捻る。
さらに別のエイルが短刀を投げる。
「すげぇ嫌がらせだな。」
「誰が嫌がらせだって?」
「褒めてんだよ!」
雷虎が一体のエイルへ飛びかかる。
爪が身体を捉えた。
だが。
その姿が揺らぎ、消える。
「残念。」
背後から短刀が飛んだ。
雷虎が吠え、飛び退く。
「カイン!」
「うん!」
その先へカインが回り込む。
刀を抜く。
雷虎が身を捻り、紙一重で刃を避けた。
「速い……!」
「カインさん!」
リムが手を伸ばす。
雷虎が反転、そのままカインへ飛びかかる。
その間に、薄い帳が現れた。
雷虎の爪が【隔帳】へぶつかる。
カインはその間に距離を取った。
「ありがとう、リム!」
「はい!」
エイルが動かす。
リムが守る。
カインが狙う。
雷虎の動きは速い。
雷を纏った身体も厄介だ。
それでも……戦えない相手ではない。
「…………。」
少し離れたところで、セトが拳を握る。
近づけば痺れる。
拳も。
蹴りも。
受けることすら危険だ。
「……ったく。」
それでも雷虎から目を離さない。
「カイン! 右!」
声を上げる。
雷虎が動く。
カインが反応する。
その間にもエイルの短刀が飛び続けていた。
何度目かの攻撃を避けた雷虎が、大きく後ろへ飛ぶ。
「ん?」
エイルが眉をひそめた。
雷虎の毛が、一斉に逆立った。
バチッ。
バチバチッ。
「まず――みんな離れて!」
眩い光。
雷虎を中心に、雷が弾けた。
「【隔帳】!」
リムが咄嗟に帳を広げる。
だが、全員を覆うには広すぎる。
カインの視界に、エイルの姿が映った。
近い。
雷が迫っている。
「エイルさん!」
考えるより先に身体が動いた。
エイルの前へ飛び込み、カインが身を低くする。
直後。
雷が弾けた。
「ぐっ……!」
腕に痺れが走る。
完全には防げなかった。
それでも、リムの【隔帳】が雷の大部分を遮ってくれたらしい。
「カインさん!」
「大丈夫!」
立ち上がる。
そして。
カインが庇ったエイルの姿が、揺らいだ。
「……あれ?」
消える。
「…………。」
少し離れた場所にいたエイルが、カインを見ていた。
「カイン。」
「エイルさん。」
「そっち、分身なんだけど。」
「……うん。」
「うん、って。」
「分からなかったから。」
「え?」
「本物だったら危ないだろ。」
「…………。」
エイルが目を瞬く。
ほんの一瞬。
それから、いつものように笑った。
「そっか。」
短刀を構える。
「じゃあ、そろそろ終わらせよっか。」
「うん。」
「リムち!」
「はい!」
エイルの分身が、一斉に散る。
短刀が飛ぶ。
雷虎が避ける。
逃げた先に、リムの【隔帳】。
雷虎が方向を変える。
そこにも短刀。
さらに方向を変えれば、また帳が進路を塞ぐ。
少しずつ。
少しずつ。
雷虎の進める場所が削られていく。
「カイン!」
エイルが叫ぶ。
雷虎が地面を蹴った。
残された進路。
その先に、カインがいる。
「…………。」
刀へ手を添える。
雷虎が迫る。
爪の先で、雷が弾ける。
それでも……見える。
カインは息を吐いた。
踏み込む。
抜刀。
一閃。
雷虎とカインが交差した。
数歩。
雷虎が走る。
やがて、その巨体が傾き……地面へ倒れる。
「…………。」
カインが刀を振り、血を払う。
納刀。
「終わった……。」
「お疲れ、カイン。」
「お疲れ様です。」
二人が歩み寄ってくる。
少し離れていたセトも、痺れの残る腕を振りながら近づいてきた。
「いやー。」
雷虎を見下ろす。
「相性悪かったな!」
「ほんとに何もできなかったねー。」
「そこまで言う!?」
エイルが笑う。
カインも思わず笑った。
「でも、セトが声かけてくれたから助かったよ。」
「だろ? 俺もちゃんと仕事してたって。」
「はい。」
リムも小さく笑う。
「じゃ、戻るか!」
いつもの調子で、セトが歩き出す。
その背中を見て。
カインたちも後を追った。
「…………。」
セトが、自分の拳を見る。
まだ少し痺れている。
「……ま、しゃーねぇか。」
小さく呟いて……再び拳を握った。
セトさん気にしてんなぁ。




