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第44話 旅の味

 それから数日。


 カインたちは、街のあちこちを見て回っていた。


 刀を作る鍛冶場。


 包丁や斧、農具を作る職人。


 木を削り、家具を作る者。


 家を建てるための道具を扱う店。


 最初は刀の街だと思っていた。


 けれど歩けば歩くほど、ここがそれだけではないことが分かってくる。


「ほんと、色んなもの作ってるんだな。」


 店先に並ぶ道具を眺めながら、セトが言った。


「うん。」


 カインも頷く。


「刀を作る技術から、こんなに広がったんだな。」


「長い時間が経ってるからねー。」


 エイルが笑う。


「最初は一つでも、使う人が増えれば色々変わってくもんだよ。」


「……面白いです。」


 リムが、小さく呟いた。


「何が?」


「一人の人が残したものを、たくさんの人が使って……また違うものになっていくのが。」


「そうだな。」


 英雄ノブマサが残した、刀鍛冶の技術。


 それを受け継いだ人たちがいて……さらに、その技術を次の人たちへと伝えていった。


 そうして長い時間をかけて、今の街ができた。


 父から刀を渡された時には、そんなことを考えたこともなかった。


 ただ、イサナに「抜刀といえば刀だろ」と渡され、それだけで持ち始めた。


 ――けれど今は。


 腰に差した刀を見ると、その向こうに今まで知らなかったものが、少しだけ見える気がした。


     ◇


「腹減ったー。」


 日が暮れる頃。


 セトの一言で、四人は近くにあった店へ入った。


 店の中には仕事を終えたらしい職人たちの姿も多く、あちこちから賑やかな声が聞こえている。


「何食う?」


「俺、肉。」


「まだ何も見てないだろ。」


「肉があれば肉。」


「セトらしいねー。」


 エイルが笑いながら席につく。


 しばらくして、料理が運ばれてきた。


 大きな皿の上に盛られていたのは、茶色くなるまでじっくりと煮込まれた肉だった。


 骨の周りには、柔らかそうな肉や軟骨が残っている。


「これ、なんの肉だ?」


「猪系の魔物だって。」


 カインが答える。


「この街の名物らしい。」


「へぇ。」


 セトは早速一つ取る。


 一口。


「……うまっ。」


「早いな。」


「いや、これうまいぞ。」


 長く煮込まれた肉は、簡単に骨から外れた。


 硬そうに見えた軟骨も柔らかい。


 濃いめの味付けが染み込んでいて、歩き回った後の身体にはちょうどよかった。


「本当ですね……。」


 リムも、小さく頷く。


「柔らかいです。」


「でしょー?」


 なぜかエイルが得意そうに言う。


「エイルさんが作ったわけじゃないだろ。」


「細かいこと気にしないの。」


 そんなことを話しながら食べていると、店員が追加の料理を置いた。


「兄ちゃんたち、旅人か?」


「あ、はい。」


「なら、それは食っといて正解だな。この辺りじゃ、昔から食われてる名物だ。」


「昔から?」


「ああ、今じゃ普通に食ってるが、昔はこの部位は捨ててたらしい。」


「これを?」


 セトが驚く。


「硬くて食えたもんじゃなかったんだと。」


「でも、今はこんなに柔らかいですよ?」


 リムが首を傾げる。


「長く煮れば食えるって教えた奴がいたらしい。」


「へぇ。」


 カインが何気なく聞く。


「誰なんですか?」


「英雄タダヨシ。」


「また?」


 思わず、カインとセトの声が重なった。


 店員が笑う。


「知ってるのか?」


「昨日、ジゲン流の道場で。」


「ああ、そりゃ知ってるか。」


「剣術だけじゃないんだな……。」


「この辺じゃ色々話が残ってるぞ。」


 店員はそう言って、仕事へ戻っていった。


 カインは、目の前の煮込みを見る。


 剣術を伝えた英雄。


 一の太刀に全てを込めろと教えた人。


 その同じ人が。


「……これも教えたのか。」


「なんか急に身近になったな。」


 セトが肉を食べながら言う。


「英雄も飯は食うからねー。」


 エイルが笑った。


「そりゃそうだけど。」


「そういうもんだよ。昔の英雄だって、普通に生きてた人なんだから。」


「普通……。」


 カインは少しだけ考える。


 父も英雄だった。


 けれど家では、普通の父親だった。


 そう考えれば、不思議なことでもないのかもしれない。


「ところで。」


 エイルが店員を呼ぶ。


「ショウチュウあるー?」


「あるよ。」


「じゃあ一杯。」


「ショウチュウ?」


 カインが聞き返す。


「お酒だよー。」


 しばらくして、小さな器に入った透明な酒が運ばれてきた。


 エイルが一口飲む。


「んー。これこれ。」


「美味しいんですか?」


 リムが興味深そうに見る。


「美味しいよー。リムちはまだ駄目だけどね。」


「はい……。」


「俺たちもな。」


「分かってるって。」


 セトが煮込みを口に放り込む。


「でも、それもこの街のものなの?」


 カインが尋ねる。


「そうだねー。今じゃ他の街でも飲めるけど、この辺りじゃ昔から作られてるよ。」


「へぇ。」


 エイルがもう一口飲む。


「確かこれも――」


 そこで、一度止まった。


「タダヨシだったかな?」


「また!?」


 今度は三人の声が重なった。


 エイルが楽しそうに笑う。


「なんでも、本人が飲みたがったのが始まりだったとか。」


「剣術を伝えて。」


「うん。」


「煮込みを教えて。」


「うん。」


「酒まで?」


「好きだったんじゃない?」


「何が?」


「この街が。」


 エイルがそう言って、またショウチュウを口にする。


 カインは少し考えてから、笑った。


「そうかも。」


 英雄ノブマサが残した技術。


 英雄タダヨシが残した剣術。


 料理。


 酒。


 それを受け継いで、変えて、今も使っている人たち。


 旅に出なければ、知ることはなかっただろう。


「で。」


 セトが新しい肉を取りながら言う。


「結局、みんな何が一番面白かった?」


「俺は……やっぱり刀かな。」


 カインは答える。


「父さんからもらった刀が、どこから来たのか少し分かったから。」


「俺はジゲン流。」


「だろうな。」


「あれ、いいよな。一発に全部ぶつけるって。」


 セトが拳を握る。


「セトさんらしいです。」


 リムが小さく笑った。


「リムは?」


「私は……。」


 少し考える。


「街、でしょうか。」


「街?」


「はい。色んな人が、色んなものを作っていて……それが全部、繋がっているのが面白かったです。」


「そっか。」


「エイルさんは?」


「んー?」


 エイルは手元の器を見る。


「ショウチュウ。」


「それ、前から知ってただろ。」


「あはは。」


 四人の笑い声が、賑やかな店の中に混ざっていく。


 知らない街を歩いて。


 知らないものを見て。


 知らなかったものを食べる。


 そして、みんなで話す。


 これもきっと、旅をしなければ、知らなかったことだった。


「さて。」


 食事も終わりに近づいた頃。


 エイルが三人を見る。


「次の街も楽しみだけどさー。」


「うん?」


「そろそろ、ちゃんと仕事もしよっか。」


「……あ。」


 カインが、自分の財布を思い出す。


「旅って、お金かかるからねー。」


「そうだった……。」


「食って、泊まって、移動して。」


 セトが指を折る。


「結構使ってんな。」


「ですね……。」


 リムも少し不安そうに財布を見る。


 エイルが笑った。


「ま、四人もいるんだから大丈夫でしょ。」


「そうだな。」


 カインは頷く。


 知らないものを見るためにも。


 旅を続けるためにも。


 まずは、自分たちの生活をどうにかしなければならない。


 旅には、色んな味があるらしい。

示現流、軟骨煮込み、焼酎


薩摩ですね。

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