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積み重ねる

「――もう一度。」


「おう!」


 ルークの声に、セトが構える。


 目の前には、いつもの防御魔法。


 淡い光で作られた壁を睨みながら、セトは拳を握った。


「っらぁ!」


 踏み込む。


 拳を防御魔法へ叩き込む。


 今までより、大きく揺れた。


 ……だが。


「セトさん。今のは蹴りでお願いします。」


「…………。」


 セトが止まる。


「……そうだった。」


「もう忘れたんですか?」


「いや!」


 セトは慌てて首を振った。


「目の前に壁あったら、なんか殴りたくなって。」


「…………。」


 ルークが少しだけ黙る。


「それを、癖というのでは?」


「そうとも言いますね。」


「そうとしか言いませんよ。」


 少し離れた場所から、エイルの笑い声が聞こえた。


「セトー! 全然変わってないじゃーん!」


「うるせぇ!」


 言い返しながら、セトはもう一度構える。


 今度は拳を握らない。


「……蹴る。」


「はい。」


「蹴って、超える。」


「そうですね。」


「よし。」


 一歩踏み込む。


「――っ!」


 身体を捻り、脚を振る。


 防御魔法へ蹴りが叩き込まれた。


 先ほどよりも、ずっと小さく。


 光の壁が揺れる。


「…………。」


 セトが脚を下ろす。


「弱くね?」


「慣れていませんからね。」


「殴った方が強い。」


「今は、ですよ。」


「…………。」


 セトは防御魔法を見る。


「もう一回。」


「ええ。」


 構える。


 蹴る。


 もう一度。


 今度は先ほどより、少し強く。


「もう一度。」


「おう!」


 蹴る。


 今度は、少し身体が流れた。


「重心を意識してください。」


「じゅーしん……。」


「身体の中心です。」


「ああ!」


「分からない言葉があったら聞いてくださいね。」


「うす!」


 もう一度。


 何度も。


 拳だけで戦ってきたセトにとって、身体の他の部分を使うことは、思っていたより難しかった。


 蹴れば姿勢が崩れる。


 肘を使おうとすれば、距離が分からない。


 相手を掴めば――。


「おらぁ!」


「セトさん。」


「はい!」


「力任せに持ち上げる必要はありません。」


「え?」


「…………。」


 ルークは小さく息を吐いた。


「そこからですね。」


「おう!」


 それでも、セトは楽しそうだった。


     ◇


「いくぞ。」


「……はい。」


 小石が三つ、カインの手から同時に投げられる。


 リムはその全てを見る。


 右、左、真ん中。


 ――右だけを通す。


「…………っ。」


 二つの小石が【隔帳】に弾かれる。


 そして一つが、薄い膜を抜けた。


「できた。」


「……はい。」


 リムが小さく息を吐く。


「じゃあ次。」


 カインが地面へ視線を落とす。


 小石、枝、木の実。


 三つを拾った。


「石と木の実を通して、枝だけ防ぐ。」


「…………。」


 リムの表情が少しだけ固まる。


「難しい?」


「……少し。」


「じゃあ二つに戻すか?」


「…………。」


 リムは三つを見る……少し考えて。


「いえ。」


 小さく首を横に振った。


「やってみます。」


「分かった。」


 カインが三つを構える。


「いくぞ。」


「はい。」


 投げる。


「……っ。」


 小石が通る。


 木の実も通る。


 枝は――。


「あ。」


 通った。


「…………。」


 三つとも、リムの足元へ転がる。


「惜しいな。」


「……防げませんでした。」


「でも、二つ通せた。」


「…………。」


 リムが顔を上げる。


「前は一つ通そうとしただけで、全部防いでただろ?」


「……はい。」


「なら、できるようになってる。」


「…………。」


「もう一回やろう。」


「……はい。」


 リムが頷く。


 その顔は、以前よりもほんの少しだけ前を向いていた。


「リム。今のも結構すごかったぞ。」


「…………。」


 ぴくり、とリムの肩が動く。


「……ありがとう、ございます。」


 カインは何も気付かず、次に投げるものを探している。


「…………。」


 リムは、そんなカインの背中を見る。


『リムは綺麗だろ?』


「…………っ。」


「リム?」


「な、なんでもありません。」


「そう?」


「はい……。」


 慌てて視線を逸らす。


 最近少し……本当に少しだけ。


 カインの顔を見るのが難しい時があった。


     ◇


「では、次はカインさんですね。」


「はい。」


 カインが刀を抜く。


 少し離れた場所には、セトとリム。


「まず【隔帳】を。」


「分かりました。」


 カインがリムを見る。


「借りるぞ。」


「……はい。」


 リムも頷く。


 ――【隔帳】。


 薄い膜が刀へ纏われる。


「では、返してください。」


 以前ならここで、刀を鞘へ納めていた。


 ――だが、今は違う。


 意識する。


 借りたものを、返す。


 薄い膜が消える。


「セトさん。」


「おう!」


 今度はセトを見る。


「使え、カイン。」


「うん。」


 ――【打破】。


 刀に、別の力が宿る。


「…………。」


 ルークがその様子を見る。


「もう一度。」


「はい。」


 返す。


 借りる。


 【隔帳】。


「もう一度。」


 返す。


 借りる。


 【打破】。


「もう一度。」


「はい。」


 繰り返す。


 最初は、一つずつ考えていた。


 誰のスキルを使うのか。


 どうやって返すのか。


 次に、何を借りるのか。


 だが。


 何度も何度も繰り返していくうちに。


「……早くなってきたな。」


 セトが言った。


「うん。」


「最初、もっと時間かかってなかった?」


「かかってた。」


「今、ほとんど止まってないじゃん。」


「そうですね。」


 ルークも頷く。


「まだ実戦で使えるかは分かりませんが……随分と滑らかになりました。」


「もう一回やっていいですか?」


「もちろんです。」


 カインがリムを見る。


「リム。」


「はい。」


 借りる。


 返す。


「セト。」


「おう。」


 借りる。


 返す。


 そして、もう一度。


「…………。」


 ルークがじっとカインを見る。


 それから。


 少し離れた場所にいるエイルへ視線を向けた。


「……カインさん。」


「はい?」


「念のため、もう一度試してみますか?」


「……【鏡面】?」


「ええ。」


「分かりました。」


「エイルさーん。」


「んー?」


 呼ばれたエイルが振り返る。


「また?」


「はい。」


「いいよー。」


 エイルは笑いながら片手を上げた。


「いつでもどーぞ、カイン。」


「はい。」


 カインがエイルを見る。


 ――【鏡面】。


 借りる。


「…………。」


 何も起きない。


 もう一度。


「…………。」


 やはり。


「駄目です。」


「そっかー。」


 エイルは特に気にした様子もなく笑う。


「まあ、そのうちねー。」


「はい。」


「…………。」


 ルークは少しだけ考えていたが。


「では、今はできることを続けましょう。」


「はい。」


 カインも頷いた。


 できないものは、まだできない。


 何故できないのかも分からない。


 ――なら、今できることを、一つずつ。


     ◇


 そんな日々が続いた。


 セトは、殴った。


 時には蹴り、時には掴み。


 投げようとして、逆に転んだりもした。


「いってぇ!」


「セトー! 何やってんのー!」


「修行だよ!」


 笑い声が響く。


 リムは、何度も【隔帳】を広げた。


 一つを通す。


 二つを通す。


 一つを防ぐ。


 通すものと、防ぐものを選ぶ。


「……できました。」


「うん。」


 少しずつだが、その精度は上がっていった。


 カインも。


 借りる、返す、切り替える。


 何度も同じことを繰り返した。


 一日。


 また一日。


 できなかったことが少しずつ、できるようになっていく。


 失敗して、また試して……できたら、次へ。


 それを繰り返していたら、いつの間にか……木々からは、随分と葉が落ちていた。


 朝。


 外へ出ると。


「さむっ!」


 セトが両腕を擦る。


「急に寒くなったなぁ。」


「……もう、冬が近いですから。」


 リムが白くなり始めた息を吐く。


「…………。」


 ルークは三人を見る。


 ここへ来た頃とは、少し変わった三人を。


 そして。


 静かに笑った。

一歩一歩、地道な積み重ね。


みんな【実直】ですね、うん。

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