例外
――翌朝。
「カインさん。」
いつものように修行を始めようとしていたカインへ、ルークが声をかけた。
「先日のお話なのですが……リムさんのスキルを借りる、と仰っていましたよね。」
「ああ。」
カインが頷く。
「俺のスキルのことですか?」
「ええ。」
ルークは、少し考えるようにカインを見る。
「詳しく聞かせていただいても?」
「いいですけど……。」
カインは首を傾げる。
「俺も、まだよく分かってないですよ?」
「だからこそ、です。」
「?」
「分からないのであれば、分かるところから調べてみましょう。」
「なるほど。」
カインが頷く。
「では、まず……。」
ルークは近くにいたリムとセトを見る。
「今まで、どなたのスキルを借りたことがありますか?」
「リムの【隔帳】と、セトの【打破】です。」
「その二つだけ?」
「はい。」
「いつでも借りられるのでしょうか。」
「いや……。」
カインは少し考える。
「それもよくわからないです。」
「わからない?」
「最初にセトの【打破】を借りようとした時は、何も起きなかったので。」
「なるほど。」
ルークが頷く。
「では、使えた時の状況を整理してみましょうか。」
◇
「まず、リムさんの【隔帳】。」
「……はい。」
リムが小さく頷く。
「あの時、リムさんはどう思っていましたか?」
「私……ですか?」
「ええ。」
「…………。」
リムは少し考える。
ジェイドに襲われた時。
自分では、どうすることもできなかった。
ただ一つだけ。
「カインさんに……『助けて』、と。」
「それだけですか?」
「…………。」
リムは記憶を辿る。
「その時は……すみません。必死だったので、それくらいしか覚えてません。」
「なるほど。」
ルークが今度はカインを見る。
「カインさんは?」
「俺は……。」
あの時。
目の前にいたジェイド。
自分では、どうにもできない相手。
「……リムを助けたい、と。」
「では、セトさんの時は?」
「俺?」
セトが自分を指差す。
「……あ、大鴉の時だな。」
少し考え。
「あの時は、俺がカインに使ってみろって。」
「カインさんは?」
「俺も借りようとしてました。」
「…………。」
ルークは三人を順番に見る。
「なるほど、共通点はなさそうに感じますが……。」
「そうですね……ただ、一度借りれたスキルは、次は結構簡単に借りれました。」
カインが答える。
「……と、いうと?」
「前にも一度、気になって試した時ですね。その時は、リムの【隔帳】はすんなり借りれました。」
「ふむ……。」
ルークが考える。
「……もしかすると、ですが。カインさんと、スキルを貸す側。双方の意思に、何かしらの条件があるのかもしれませんね。」
「じゃあ、試してみるか?」
ルークが仮説を立てると、すぐさまセトが言った。
「どうやって?」
「俺が貸さなきゃいいんだろ?」
「ああ。」
「では、やってみましょう。」
ルークも頷いた。
◇
「準備いいぞ。」
「うん。」
カインとセトが向かい合う。
「絶対貸さねぇからな。」
「分かった。」
「なんか言い方変じゃない?」
「そうか?」
カインは刀へ手を添える。
セトの【打破】を借りる。
「…………。」
何も起こらない。
「駄目だ。」
「おー。」
セトが少し楽しそうに笑う。
「じゃ、今度は貸すぞ。」
「うん。」
セトがカインを見る。
「使ってみろ。」
「分かった。」
もう一度。
【打破】を借りる。
セトの胸に淡い光が浮き出て、カインの刀に纏われた。
「……できた。」
「お。」
あの時の様に、セトの【打破】が、自分の刀に宿った感覚がした。
「……やはり。」
ルークが頷く。
「双方の意思が、何かしら関係している可能性は高そうですね。」
「これが条件?」
「かもしれません。」
「かも?」
「まだ、同じ条件で確認できたのはセトさんだけですから。」
「なるほど。」
「他にも条件があるかもしれませんしね。」
「…………。」
セトが少し嫌そうな顔をした。
「まだあんの?」
「分かりません。」
「じゃあ無いかもしれない?」
「そうですね。」
「じゃあ無い方で。」
「決められませんよ。」
◇
「では、次に。」
ルークはリムを見る。
「リムさん。」
「……はい。」
「カインさんに【隔帳】を。」
「分かりました。」
カインは一度【打破】を返す。
そしてリムを見る。
「借りるぞ。」
「……はい。」
リムも小さく頷く。
――【隔帳】。
薄い膜が、カインの刀を包むように広がった。
「問題なく使えていますね。」
「はい。」
「では、そのまま。」
ルークがセトを見る。
「【打破】も使ってみてください。」
「…………。」
カインが目を瞬く。
「二つ同時に?」
「ええ。」
「やったことないです。」
「でしたら、ちょうどいいですね。」
「なるほど。」
「セトさんも、よろしいですか?」
「おう。」
セトが拳を握る。
「いつでもいいぞ。」
「じゃあ……。」
カインは【隔帳】を使ったまま。
セトの【打破】を借りようとする。
その瞬間。
《現在、複数のスキルを同時に使用することはできません》
「…………。」
カインが止まった。
「どうしました?」
「……無理みたいです。」
「使えませんか?」
「はい。」
「何か分かりました?」
「声が。」
「声?」
「『現在、複数のスキルを同時に使用することはできません』って。」
「…………。」
ルークが黙る。
「現在……。」
「はい。」
「以前も、そういった声が?」
「ありました。」
「どなたかの声なのでしょうか。」
「分かりません。」
「他の人には?」
「聞こえてないみたいです。」
「…………。」
ルークが考え込む。
「ルークさん?」
「……いえ。」
顔を上げる。
「今は、分からないことを考えても仕方ありませんね。」
「はい。」
「少なくとも、現状では二つのスキルを同時に使うことはできない。」
「そうみたいです。」
「では、一度【隔帳】を返して、【打破】へ切り替えてみてください。」
「分かりました。」
カインは刀を鞘へ納めようとする。
「…………。」
そこで。
「カインさん。」
「はい?」
「それは何を?」
「【隔帳】を返そうと。」
「そのために、刀を納めるのですか?」
「はい。」
「…………。」
ルークは、カインの刀を見る。
「何故でしょう。」
「何故……?」
「はい。」
「いや……。」
カインも刀を見る。
「納刀するから?」
「抜刀……だから、ですか?」
「……はい。」
「ですが。」
ルークが首を傾げる。
「スキルを借りる時、実際に刀を抜く必要はないのでしょう?」
「…………。」
「今も、刀は最初から抜いていましたよね。」
「はい。」
「でしたら。」
ルークは少し考え。
「返す時も、実際に刀を納める必要はないのでは?」
「…………。」
カインが刀を見る。
次に鞘を見る。
「……考えたことなかったです。」
「試してみましょうか。」
「はい。」
刀は抜いたまま。
カインは刀を覆う【隔帳】へ意識を向ける。
借りたものを、リムへ返す。
「…………。」
薄い膜が消えた。
「……できた。」
カインは刀を覆っていた薄い膜が消えたことを確認する。
「……返ってきました。」
リムも小さく頷く。
「本当に納めなくていいんだな。」
セトが感心したように言う。
「うん。」
「今まで毎回やってたじゃん。」
「そういうものだと思ってたから。」
「まあ……抜刀って言われたら、なぁ?」
「うん。」
「二人とも同じところで納得しないでください。」
ルークが苦笑する。
「では、そのまま【打破】を。」
「はい。」
「カイン。」
「うん。」
セトと目を合わせる。
――借りる。
「……できた。」
「先程より、随分早いですね。」
「はい。」
刀を納める必要がない。
ただそれだけで。
スキルを返し、次のスキルを借りるまでの時間は大きく縮まった。
「これなら戦ってる時も使えそうだな。」
セトが言う。
「そうだな。」
カインも頷く。
「今までは、一回刀を納めないといけなかったし。」
「切り替えるだけなら、こちらの方が良さそうですね。」
「はい。」
ルークはカインを見ながら、少し考える。
「やはり、スキルの名前だけで使い方を決めつけない方が良さそうですね。」
「…………。」
カインは頷く。
「俺も、そうだったみたいです。」
◇
「……そういえば。」
いくつか切り替えを試した後。
ルークがふと顔を上げた。
「もう一人、いらっしゃいますね。」
「もう一人?」
「ええ。」
ルークの視線の先。
少し離れた場所で、エイルが子供達に囲まれていた。
「エイルさんのスキルを試したことは?」
「……一度だけ、でもできませんでした。」
「ふむ……。」
ルークがエイルへ声をかける。
「エイルさん。」
「んー?」
子供達の相手をしていたエイルが振り返った。
「少しよろしいですか?」
「いいよー。」
エイルがこちらへ歩いてくる。
「なになに?」
「カインさんの【スキル抜刀】を調べていまして。」
「あー。」
エイルがカインを見る。
「スキル借りるやつ?」
「はい。」
「それで、エイルさんの【鏡面】も借りられるのではないかと。」
「えー、前試したけど駄目だったよー?」
「念のために。」
「はいはい。」
あっさりとエイルが答える。
「使ってみな、カイン。」
「……はい。」
カインはエイルを見る。
エイルも笑いながらカインを見る。
「いつでもどーぞ。」
「うん。」
【鏡面】。
エイルのスキルを借りる。
「…………。」
何も起きない。
「…………。」
カインがもう一度意識する。
借りる。
「…………。」
「どう?」
「……駄目です。」
「あれ?」
エイルが首を傾げる。
「おねーさん、ちゃんと貸すつもりだけど?」
「俺も借りようとしてます。」
「…………。」
ルークが二人を見る。
「もう一度、よろしいですか?」
「はい。」
「いいよー。」
もう一度。
エイルは、カインへ【鏡面】を貸そうとする。
カインも。
その力を借りようとする。
だが。
「……駄目です。」
「変だねー。」
エイルが腕を組む。
「セトの時はそれでいけたんでしょ?」
「うん。」
「リムちも?」
「うん。」
「じゃあ、なんでおねーさん駄目なんだろ。」
「…………。」
ルークは黙って考えていた。
「ルークさん?」
「……先ほどの仮説。」
ぽつりと呟く。
「間違っていたのでしょうか。」
「でも、セトの時は。」
「ええ。」
ルークが頷く。
「双方の意思が関係している。それ自体は、恐らく間違ってはいないと思います。」
「じゃあ?」
「…………。」
もう一度、カインを見る。
そして、エイルを見る。
「何かが、足りないのかもしれませんね。」
「何か……。」
「はい。」
ただ貸そうと思うだけでは。
ただ借りようと思うだけでは。
足りない、何か。
「…………。」
ルークは、また考え込む。
「まあ。」
エイルが笑った。
「今分かんないなら、しょうがないんじゃない?」
「……そうですね。」
「そのうち分かるかもしれないし。」
「ええ。」
ルークも小さく笑う。
「ひとまず、今日はここまでにしましょうか。」
「はい。」
「よーし。」
エイルが伸びをする。
「じゃ、おねーさん子供達のとこ戻ろーっと。」
「あ、エイルさん。」
「ん?」
「ありがとうございました。」
「いいっていいって。」
手を振りながら、エイルは子供達の方へ戻っていく。
カインも、その背中を見送った。
「…………。」
借りられるもの、借りられないもの。
できること、できないこと。
そして。
何故そうなるのか。
今はまだ、分からない。
ルークさん、多分今日も寝れない。




