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第37話 例外

 ――翌朝。


「カインさん。」


 いつものように修行を始めようとしていたカインへ、ルークが声をかけた。


「先日のお話なのですが……リムさんのスキルを借りる、と仰っていましたよね。」


「ああ。」


 カインが頷く。


「俺のスキルのことですか?」


「ええ。」


 ルークは、少し考えるようにカインを見る。


「詳しく聞かせていただいても?」


「いいですけど……。」


 カインは首を傾げる。


「俺も、まだよく分かってないですよ?」


「だからこそ、です。」


「?」


「分からないのであれば、分かるところから調べてみましょう。」


「なるほど。」


 カインが頷く。


「では、まず……。」


 ルークは近くにいたリムとセトを見る。


「今まで、どなたのスキルを借りたことがありますか?」


「リムの【隔帳】と、セトの【打破】です。」


「その二つだけ?」


「はい。」


「いつでも借りられるのでしょうか。」


「いや……。」


 カインは少し考える。


「それもよくわからないです。」


「わからない?」


「最初にセトの【打破】を借りようとした時は、何も起きなかったので。」


「なるほど。」


 ルークが頷く。


「では、使えた時の状況を整理してみましょうか。」


     ◇


「まず、リムさんの【隔帳】。」


「……はい。」


 リムが小さく頷く。


「あの時、リムさんはどう思っていましたか?」


「私……ですか?」


「ええ。」


「…………。」


 リムは少し考える。


 ジェイドに襲われた時。


 自分では、どうすることもできなかった。


 ただ一つだけ。


「カインさんに……『助けて』、と。」


「それだけですか?」


「…………。」


 リムは記憶を辿る。


「その時は……すみません。必死だったので、それくらいしか覚えてません。」


「なるほど。」


 ルークが今度はカインを見る。


「カインさんは?」


「俺は……。」


 あの時。


 目の前にいたジェイド。


 自分では、どうにもできない相手。


「……リムを助けたい、と。」


「では、セトさんの時は?」


「俺?」


 セトが自分を指差す。


「……あ、大鴉の時だな。」


 少し考え。


「あの時は、俺がカインに使ってみろって。」


「カインさんは?」


「俺も借りようとしてました。」


「…………。」


 ルークは三人を順番に見る。


「なるほど、共通点はなさそうに感じますが……。」


「そうですね……ただ、一度借りれたスキルは、次は結構簡単に借りれました。」


 カインが答える。


「……と、いうと?」


「前にも一度、気になって試した時ですね。その時は、リムの【隔帳】はすんなり借りれました。」


「ふむ……。」


 ルークが考える。


「……もしかすると、ですが。カインさんと、スキルを貸す側。双方の意思に、何かしらの条件があるのかもしれませんね。」


「じゃあ、試してみるか?」


 ルークが仮説を立てると、すぐさまセトが言った。


「どうやって?」


「俺が貸さなきゃいいんだろ?」


「ああ。」


「では、やってみましょう。」


 ルークも頷いた。


     ◇


「準備いいぞ。」


「うん。」


 カインとセトが向かい合う。


「絶対貸さねぇからな。」


「分かった。」


「なんか言い方変じゃない?」


「そうか?」


 カインは刀へ手を添える。


 セトの【打破】を借りる。


「…………。」


 何も起こらない。


「駄目だ。」


「おー。」


 セトが少し楽しそうに笑う。


「じゃ、今度は貸すぞ。」


「うん。」


 セトがカインを見る。


「使ってみろ。」


「分かった。」


 もう一度。


 【打破】を借りる。


 セトの胸に淡い光が浮き出て、カインの刀に纏われた。


「……できた。」


「お。」


 あの時の様に、セトの【打破】が、自分の刀に宿った感覚がした。


「……やはり。」


 ルークが頷く。


「双方の意思が、何かしら関係している可能性は高そうですね。」


「これが条件?」


「かもしれません。」


「かも?」


「まだ、同じ条件で確認できたのはセトさんだけですから。」


「なるほど。」


「他にも条件があるかもしれませんしね。」


「…………。」


 セトが少し嫌そうな顔をした。


「まだあんの?」


「分かりません。」


「じゃあ無いかもしれない?」


「そうですね。」


「じゃあ無い方で。」


「決められませんよ。」


     ◇


「では、次に。」


 ルークはリムを見る。


「リムさん。」


「……はい。」


「カインさんに【隔帳】を。」


「分かりました。」


 カインは一度【打破】を返す。


 そしてリムを見る。


「借りるぞ。」


「……はい。」


 リムも小さく頷く。


 ――【隔帳】。


 薄い膜が、カインの刀を包むように広がった。


「問題なく使えていますね。」


「はい。」


「では、そのまま。」


 ルークがセトを見る。


「【打破】も使ってみてください。」


「…………。」


 カインが目を瞬く。


「二つ同時に?」


「ええ。」


「やったことないです。」


「でしたら、ちょうどいいですね。」


「なるほど。」


「セトさんも、よろしいですか?」


「おう。」


 セトが拳を握る。


「いつでもいいぞ。」


「じゃあ……。」


 カインは【隔帳】を使ったまま。


 セトの【打破】を借りようとする。


 その瞬間。


《現在、複数のスキルを同時に使用することはできません》


「…………。」


 カインが止まった。


「どうしました?」


「……無理みたいです。」


「使えませんか?」


「はい。」


「何か分かりました?」


「声が。」


「声?」


「『現在、複数のスキルを同時に使用することはできません』って。」


「…………。」


 ルークが黙る。


「現在……。」


「はい。」


「以前も、そういった声が?」


「ありました。」


「どなたかの声なのでしょうか。」


「分かりません。」


「他の人には?」


「聞こえてないみたいです。」


「…………。」


 ルークが考え込む。


「ルークさん?」


「……いえ。」


 顔を上げる。


「今は、分からないことを考えても仕方ありませんね。」


「はい。」


「少なくとも、現状では二つのスキルを同時に使うことはできない。」


「そうみたいです。」


「では、一度【隔帳】を返して、【打破】へ切り替えてみてください。」


「分かりました。」


 カインは刀を鞘へ納めようとする。


「…………。」


 そこで。


「カインさん。」


「はい?」


「それは何を?」


「【隔帳】を返そうと。」


「そのために、刀を納めるのですか?」


「はい。」


「…………。」


 ルークは、カインの刀を見る。


「何故でしょう。」


「何故……?」


「はい。」


「いや……。」


 カインも刀を見る。


「納刀するから?」


「抜刀……だから、ですか?」


「……はい。」


「ですが。」


 ルークが首を傾げる。


「スキルを借りる時、実際に刀を抜く必要はないのでしょう?」


「…………。」


「今も、刀は最初から抜いていましたよね。」


「はい。」


「でしたら。」


 ルークは少し考え。


「返す時も、実際に刀を納める必要はないのでは?」


「…………。」


 カインが刀を見る。


 次に鞘を見る。


「……考えたことなかったです。」


「試してみましょうか。」


「はい。」


 刀は抜いたまま。


 カインは刀を覆う【隔帳】へ意識を向ける。


 借りたものを、リムへ返す。


「…………。」


 薄い膜が消えた。


「……できた。」


 カインは刀を覆っていた薄い膜が消えたことを確認する。


「……返ってきました。」


 リムも小さく頷く。


「本当に納めなくていいんだな。」


 セトが感心したように言う。


「うん。」


「今まで毎回やってたじゃん。」


「そういうものだと思ってたから。」


「まあ……抜刀って言われたら、なぁ?」


「うん。」


「二人とも同じところで納得しないでください。」


 ルークが苦笑する。


「では、そのまま【打破】を。」


「はい。」


「カイン。」


「うん。」


 セトと目を合わせる。


 ――借りる。


「……できた。」


「先程より、随分早いですね。」


「はい。」


 刀を納める必要がない。


 ただそれだけで。


 スキルを返し、次のスキルを借りるまでの時間は大きく縮まった。


「これなら戦ってる時も使えそうだな。」


 セトが言う。


「そうだな。」


 カインも頷く。


「今までは、一回刀を納めないといけなかったし。」


「切り替えるだけなら、こちらの方が良さそうですね。」


「はい。」


 ルークはカインを見ながら、少し考える。


「やはり、スキルの名前だけで使い方を決めつけない方が良さそうですね。」


「…………。」


 カインは頷く。


「俺も、そうだったみたいです。」


     ◇


「……そういえば。」


 いくつか切り替えを試した後。


 ルークがふと顔を上げた。


「もう一人、いらっしゃいますね。」


「もう一人?」


「ええ。」


 ルークの視線の先。


 少し離れた場所で、エイルが子供達に囲まれていた。


「エイルさんのスキルを試したことは?」


「……一度だけ、でもできませんでした。」


「ふむ……。」


 ルークがエイルへ声をかける。


「エイルさん。」


「んー?」


 子供達の相手をしていたエイルが振り返った。


「少しよろしいですか?」


「いいよー。」


 エイルがこちらへ歩いてくる。


「なになに?」


「カインさんの【スキル抜刀】を調べていまして。」


「あー。」


 エイルがカインを見る。


「スキル借りるやつ?」


「はい。」


「それで、エイルさんの【鏡面】も借りられるのではないかと。」


「えー、前試したけど駄目だったよー?」


「念のために。」


「はいはい。」


 あっさりとエイルが答える。


「使ってみな、カイン。」


「……はい。」


 カインはエイルを見る。


 エイルも笑いながらカインを見る。


「いつでもどーぞ。」


「うん。」


 【鏡面】。


 エイルのスキルを借りる。


「…………。」


 何も起きない。


「…………。」


 カインがもう一度意識する。


 借りる。


「…………。」


「どう?」


「……駄目です。」


「あれ?」


 エイルが首を傾げる。


「おねーさん、ちゃんと貸すつもりだけど?」


「俺も借りようとしてます。」


「…………。」


 ルークが二人を見る。


「もう一度、よろしいですか?」


「はい。」


「いいよー。」


 もう一度。


 エイルは、カインへ【鏡面】を貸そうとする。


 カインも。


 その力を借りようとする。


 だが。


「……駄目です。」


「変だねー。」


 エイルが腕を組む。


「セトの時はそれでいけたんでしょ?」


「うん。」


「リムちも?」


「うん。」


「じゃあ、なんでおねーさん駄目なんだろ。」


「…………。」


 ルークは黙って考えていた。


「ルークさん?」


「……先ほどの仮説。」


 ぽつりと呟く。


「間違っていたのでしょうか。」


「でも、セトの時は。」


「ええ。」


 ルークが頷く。


「双方の意思が関係している。それ自体は、恐らく間違ってはいないと思います。」


「じゃあ?」


「…………。」


 もう一度、カインを見る。


 そして、エイルを見る。


「何かが、足りないのかもしれませんね。」


「何か……。」


「はい。」


 ただ貸そうと思うだけでは。


 ただ借りようと思うだけでは。


 足りない、何か。


「…………。」


 ルークは、また考え込む。


「まあ。」


 エイルが笑った。


「今分かんないなら、しょうがないんじゃない?」


「……そうですね。」


「そのうち分かるかもしれないし。」


「ええ。」


 ルークも小さく笑う。


「ひとまず、今日はここまでにしましょうか。」


「はい。」


「よーし。」


 エイルが伸びをする。


「じゃ、おねーさん子供達のとこ戻ろーっと。」


「あ、エイルさん。」


「ん?」


「ありがとうございました。」


「いいっていいって。」


 手を振りながら、エイルは子供達の方へ戻っていく。


 カインも、その背中を見送った。


「…………。」


 借りられるもの、借りられないもの。


 できること、できないこと。


 そして。


 何故そうなるのか。


 今はまだ、分からない。

ルークさん、多分今日も寝れない。

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