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空は青い、川は流れる

「じゃあ、次はこれを試してみるか。」


「……はい。」


 カインは足元から、小さな枝を一本拾った。


 その隣では、リムが【隔帳】を展開している。


 薄い膜のようなそれは、以前よりもずっと安定していた。


「石は防いで、この枝だけ通す。」


「……分かりました。」


「いくぞ。」


「はい。」


 カインが、小石と枝を同時に投げる。


 小石が【隔帳】に弾かれた。


 その一方で。


「……っ。」


 枝は膜を抜け、リムの足元へ落ちた。


「できたな。」


「……はい。」


 リムは足元に落ちた枝を見つめる。


 少しだけ……。


 本当に、少しだけ。


 口元が緩んだ。


「じゃあ今度は逆にしてみるか。」


「逆……。」


「石を通して、枝を防ぐ。」


「…………。」


 リムは少し考える。


「やってみます。」


「うん。」


 カインはもう一度、小石と枝を拾った。


 今度は石を通し、枝を防ぐ。


「いくぞ。」


「はい。」


 投げる。


 枝が弾かれ。


 小石が――。


「……あ。」


 弾かれた。


「…………。」


 リムが少し俯く。


「惜しかったな。」


「……はい。」


「もう一回やろう。」


「…………はい。」


 リムは再び顔を上げる。


 カインも、また小石を拾う。


 ルークに言われた通り。


 何を通して、何を通さないのか。それを一つずつ試していく。


 カインも、また【隔帳】を借りる時のために、どういう意識で使うのか。何を考えればいいのか。


 リムに聞きながら、一緒に確かめていた。


「リム。」


「はい。」


「さっき石を通せた時、何考えてた?」


「……石だけは、ここを通っていいと。」


「なるほど。」


「ですが……今は、枝を防ぐことまで考えたら、分からなくなってしまって。」


「じゃあ、一個ずつでいいんじゃないか?」


「一個ずつ……。」


「まず石を通す。その後で枝を防ぐ。」


「…………。」


 リムは少し考える。


「……はい。」


「やってみよう。」


 その時だった。


「なにしてるのー?」


 子供の声。


 カインとリムが振り返る。


 何人かの子供達が、こちらへ走ってきていた。


 その少し後ろを、エイルが歩いている。


「こらこらー、走ると転ぶよー。」


「エイルおねーちゃんも走ってた!」


「おねーさんは転ばないからいいのー。」


「ずるーい!」


「ずるくないずるくない。」


 子供達はそのままカインとリムのところまでやってくる。


「なにしてるの?」


「修行。」


 カインが答える。


「リムおねーちゃん、すごいの?」


「すごいよ。」


「…………。」


 リムが僅かにカインを見る。


 だが、カインは特に気付かない。


「今、何かやってた!」


「もう一回やって!」


「え……。」


 リムが少し困ったように子供達を見る。


 その様子に、エイルが笑う。


「いいじゃんリムちー。見せてあげたら?」


「……でも。」


「大丈夫大丈夫。」


「…………。」


 リムは少し迷い。


「……では。」


 再び【隔帳】を展開する。


「わぁ!」


「きれー!」


「光ってる!」


 子供達が一斉に騒ぎ出す。


「これ、触っていい?」


「……今は、駄目です。」


「なんでー?」


「防ぐようにしているので……。」


「じゃあ入れないの?」


「……はい。」


「すごーい!」


 子供達に囲まれ。


 リムは少しだけ戸惑いながら、それでも逃げることはしなかった。


 以前なら……人間の子供達がこれだけ近くに集まれば、もっと身を縮めていたかもしれない。


「リムおねーちゃん!」


「……はい?」


「それ、どうやってやるの?」


「……どう、と言われても。」


「こう?」


 子供が両手を広げる。


「…………。」


 リムは少し考え。


「……少し、違うと思います。」


「じゃあこう?」


「……それも、違うかと。」


「えー、わなんない!」


「……私も、上手く説明できません。」


「リムち困ってんじゃん。」


 エイルが笑う。


「ほらほら、邪魔しないのー。」


「はーい。」


 そう言いながらも、子供達は離れる様子がない。


 そのうちの一人が、ふとリムの顔を覗き込んだ。


「リムおねーちゃん。」


「……?」


「ずっとフードかぶってるね。」


「…………。」


 リムの身体が、ほんの僅かに強張った。


「暑くないの?」


「……大丈夫です。」


「お顔見えないよ?」


「…………。」


 無意識に、リムの手がフードの縁へ伸びる。


「リムち。」


 エイルが声をかけた。


 いつもの、軽い声。


「嫌ならそのままでいいからねー。」


「…………。」


 リムはエイルを見る。


 それから……子供達を見る。


 悪意はない。ただ純粋に、見たいと言っているだけ。


「…………。」


 少しだけ迷って。


 リムは、自分でフードへ手をかけた。


 ゆっくりと後ろへ下ろす。


 銀色の髪が、肩から流れ落ちた。


 長い髪。


 少し尖った耳。


 そして。


 今までフードの影に隠れていた、少女の顔。


「…………。」


 リムは俯く。


 怖がられる。そんな考えがほんの一瞬、頭をよぎった。


「わぁ……。」


 子供の声。


「…………。」


「リムおねーちゃん、きれー!」


「…………え?」


「髪もきれー!」


「お人形さんみたい!」


「耳もかわいい!」


「…………。」


 リムが固まる。


「ほらねー。」


 エイルが得意げに笑った。


「リムちは綺麗だし、可愛すぎるんだよー。」


「エ、エイルさん……。」


「ほんとのことでしょー?」


「ですが……私なんか……。」


「またそれ言うー。」


 エイルは肩を竦める。


 ふと、近くにいたカインを見る。


「ね、カイン?」


「……?」


 カインが首を傾げる。


「何が?」


「リムち。」


「リム?」


「綺麗でしょ?」


「……?」


 カインは、ますます分からないという顔をした。


 そして。


「リムは綺麗だろ?」


「…………。」


 リムが止まった。


 呼吸も。


 思考も。


 全部。


「…………。」


「リム?」


「…………っ。」


 顔が熱い。


 何故か。


 急に。


 胸の奥が、うるさくなる。


「リムおねーちゃん、顔赤い!」


「ほんとだ!」


「……っ!」


 リムは慌ててフードを被った。


「リムち隠れちゃった。」


 エイルが笑う。


「…………。」


「大丈夫?」


 カインが尋ねる。


「……だ、大丈夫です。」


「そう?」


「はい……。」


「ならいいけど。」


「…………。」


 何も分かっていない、そんな顔だった。


 リムは、深く被ったフードの中で。


 さらに顔を伏せた。


     ◇


 その日の夜。


「…………。」


 リムは布団の中で、目を閉じていた。


 静かな部屋。


 外からは、虫の声が聞こえてくる。


「…………。」


 眠ろう。


 そう思う。


 目を閉じる。


 けれど。


『リムは綺麗だろ?』


「…………。」


 目を開ける。


 しばらく天井を見つめる。


「…………。」


 寝返りを打つ。


 もう一度。


 目を閉じる。


『リムは綺麗だろ?』


「…………っ。」


 布団を少し引き上げる。


 エイルには、今までにも何度か言われた。


 綺麗だとか。


 可愛いだとか。


 今日だって、子供達も言ってくれた。


 それなのに。


「…………。」


 どうして。


 ……カインの言葉だけ、思い出してしまうのだろう。


『リムは綺麗だろ?』


「…………っ。」


 胸が、うるさい。


 顔が、また熱くなる。


 リムは布団を頭まで被った。


「…………。」


 どうしてなのか。


 まだ、よく分からない。


「…………。」


 その夜。


 リムが眠りにつくまでには、随分と時間がかかった。

ルーク(スキルを借りる……?)


眠れない人、もう一人。

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