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馬鹿の一つ覚え

「では、リムさんはこのまま今の訓練を続けていきましょうか。」


「……はい。」


 朝。


 いつものように集まった四人を前に、ルークがそう言った。


「魔力の扱いも少しずつ良くなっていますし、【隔帳】についても、今まで通り色々と試してみてください。」


「分かりました。」


 リムが小さく頷く。


「それで――。」


 ルークは隣へ視線を移した。


「今日からは、セトさんを集中的に見ていきましょう。」


「……!」


 セトの顔が明るくなる。


「やっと俺か!」


「はい。」


「じゃあ、今日から走るのは――」


「続けてください。」


「…………。」


 セトの顔から光が消えた。


「基礎体力はまだ伸ばせますからね。」


「……うす。」


 隣でカインが頷く。


「基礎、大事だからな。」


「お前、いつからルークさん側になったんだよ。」


「最初から別に反対してないけど。」


「そういうとこだぞ……。」


 セトが小さくため息をつく。


「では、カインさんは――」


「あ。」


 カインが口を開いた。


「俺、基礎練の合間にリムの訓練手伝ってもいいですか?」


「私の……?」


 リムがカインを見る。


「うん。【隔帳】で何を通して、何を通さないか試してるんだろ?」


「……はい。」


「石だけじゃなくて、色々試した方がいいと思うし。」


「なるほど。」


 ルークが頷く。


「それはいいかもしれませんね。」


「俺も、今後リムのスキルを借りる時に役立つと思うので。」


「…………。」


 ルークが一瞬だけ止まった。


「……借りる?」


「はい。」


「リムさんのスキルを?」


「はい。」


「…………。」


 ルークはカインを見る。


 それから、リムを見る。


 何かを考えるように少しだけ黙り。


「……そのお話は、また後ほど聞かせていただいても?」


「もちろんです。」


 色々と引っかかる会話だったが……今は、セトの方が先だ。


「では、今日はセトさんですね。」


「おう!」


 セトが拳を握った。


     ◇


「以前確認した【打破】ですが。」


 少し開けた場所。


 ルークの前に、カイン達が立っている。


「セトさんのスキルは、面白いものだと思います。」


「俺、殴ってるだけっすけど。」


「今は、ですね。」


 ルークは少し考える。


「そもそもスキルというものは、本人がどう捉えるかによって、使い方が随分変わるものだと思います。」


「どう捉えるか……。」


「例えば……。」


 ルークがカインを見る。


「リアさんの【強化】が分かりやすいでしょうか。」


「母さんの?」


「はい。」


 カインが少しだけ姿勢を正す。


「【強化】と聞けば、普通は物を丈夫にしたり、武器を強くしたり。そういった使い方を考えるでしょう。」


「まあ……そうですね。」


「ですが、リアさんはそれだけではありませんでした。」


 ルークが懐かしそうに笑う。


「人を強化する。」


「人?」


「身体能力を強化する。魔法を強化する。場合によっては、他人が使った魔法へさらに【強化】を重ねることもありましたね。」


「……母さん、そんなことできたんですか?」


「できましたよ。」


 カインが少し驚いたように目を瞬く。


「色々試していましたから。」


 その言葉に、リムが自分の手を見る。


「リムさんも、少し似ていますね。」


「……私も?」


 ルークが頷く。


「ええ、今までリムさんは、【隔帳】を攻撃を防ぐものとして使っていました。」


「はい。」


「ですが、今は通すものを選ぶこともできるようになった。」


「……はい。」


「同じスキルでも、どう使うかは一つではないということです。」


「…………。」


 セトは腕を組み、真剣な顔で考えている。


「ですから、セトさんの【打破】も――」


「なるほど。」


「分かりましたか?」


「分からん。」


「…………。」


 カインがセトを見る。


「分かってなかったのかよ。」


「なんとなく分かりそうな気はしたんだよ!」


「……セトらしいなぁ。」


 ルークは少しだけ笑った。


「では、実際にやってみた方が早そうですね。」


「おう!」


「急に元気になったな。」


「こういうのは分かる!」


 セトが胸を張る。


「……なるほど。」


 ルークが頷く。


「セトさんには、わかりやすい方が良さそうですね。」


     ◇


 ルークが右手を前へ出す。


 淡い光が広がり、一枚の防御魔法が展開された。


「これを覚えていますか?」


「忘れたくても忘れられなかったっす。」


 セトが拳を握る。


「……今日は壊していいんすか?」


「構いませんよ。」


「よっしゃ。」


 セトの顔が明るくなる。


「ただし。」


「はい。」


「最初は、何も考えず殴ってください。」


「……何も?」


「ええ。強く殴るだけで。」


「……うす。」


 セトが構える。


「――っ!」


 踏み込み、全力で拳を叩き込む。


 光の壁が僅かに揺れる。


「もう一度。」


「うす!」


 殴る……が、同じ。


「では今度は。」


 ルークが防御魔法を指す。


「これを絶対に超える。そう思ってください。」


「…………。」


 セトが壁を見る。


 拳を握り直す。


 目の前の壁。


 今度こそ。


 絶対に。


 ――超える。


「っらぁ!」


 拳が叩き込まれた。


 先ほどより大きく、光の壁が揺れる。


「……やはり。」


 ルークが呟く。


「出た?」


「恐らく。」


 セトが自分の拳を見る。


「……でも、別に何かした感じしねぇんだよな。」


「それも今後の課題でしょうね。」


「課題?」


「どうすれば【打破】が働くのか。それを自分で分かるようになることです。」


「なるほど。」


「今度は分かりましたか?」


「それは分かる。」


「よかったです。」


 ルークが笑う。


「では、もう一度。」


「おう!」


 セトが構える。


 殴る。


 また殴る。


 目の前の壁を超える。


 その意思を持った時だけ。


 確かに、拳の威力が変わる。


「…………。」


 ルークはその様子をじっと見ていた。


 何度目かの一撃。


「ところで、セトさん。」


「はい?」


「先ほどから気になっていたのですが……何故、拳しか使わないのですか?」


「…………?」


 セトが首を傾げた。


「拳以外?」


「はい。」


「……何使うんすか?」


「例えば、蹴るとか。」


「蹴る?」


「ええ。」


 ルークも少し首を傾げる。


「相手を掴んだり、投げたりは?」


「…………。」


「肘や膝を使ったり。」


「…………。」


「セトさん?」


 セトは自分の拳を見る。


 次に、脚を見る。


 そしてルークへ視線を戻した。


「……そんな戦い方あるんすか?」


「ありますよ。」


「マジで?」


「ええ。」


 ルークは頷く。


「私は専門ではありませんが、武器だけに頼らず、身体全体を使って戦う武術があります。」


「身体全体……。」


「拳はもちろん。蹴る。肘を使う。膝を使う。相手を掴む。投げる。動きを封じる。」


「…………。」


 セトが真剣に聞いている。


「色々な技術があるそうですよ。」


「へぇ……。」


「何故、今まで拳だけだったのですか?」


「いや……。」


 セトが頭を掻く。


「俺、馬鹿だから。」


「はい?」


「魔法とかよく分かんねぇし。」


「…………。」


「剣とか槍も、使い方覚えなきゃ駄目じゃないっすか。」


「そうですね。」


「でも、殴るくらいなら俺でも分かるし。」


 拳を握る。


「だからガントレットにしたんすけど。」


「なるほど。でしたら……そうですね。」


 ルークは少し考える。


「蹴るくらいなら、セトさんにも分かるのでは?」


「…………。」


 セトが再び脚を見る。


「確かに。」


「投げるのも、難しい技術はありますが、まずは相手を掴んで倒すところから考えればいい。」


「…………。」


「拳以外にも、使えるものはありますよ。」


「…………。」


 セトはしばらく自分の身体を見る。


「俺……。」


「はい?」


「ずっと殴ることしか考えてなかったっす。」


「そうですね。」


「…………。」


「馬鹿っすね。」


「そこまで言っていませんよ。」


「いや、俺が言ってんす。」


 セトは笑った。


「でも。」


 拳を握る。


 それから、脚を軽く動かす。


「使えるなら、使った方がいいよな。」


「ええ。」


「じゃあ、やってみる。」


「それがいいと思います。」


 ルークは頷いた。


「私がお伝えできるのは、基本的なことだけですが。」


「十分っす。」


「では、少しずつ試してみましょうか。」


「おう!」


 セトが楽しそうに構える。


 拳。


 脚。


 肘。


 膝。


 今まで使ってこなかったもの。


 知らなかった戦い方。


 まだ、何ができるかは分からない。


 だが。


「……なんか面白くなってきた。」


「それなら何よりです。」


 セトは笑った。


「よし。」


 拳を握る。


「まず何すればいいっすか?」


「そうですね。」


 ルークは少し考える。


「まずは、いつもの基礎訓練から。」


「…………。」


「…………。」


「それまだやんの?!」


「もちろんです。」


 遠くで、エイルの笑い声が聞こえた。

つまりセト、今まで拳一本で乗り切った。

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