ひとつずつ
「やり方次第では、色々なことができるかもしれませんね。」
ルークにそう言われても、リムにはまだよく分からなかった。
「色々なこと……。」
自分の手を見る。
攻撃を防ぐ。
気配を隠す。
今まで【隔帳】を使う時、それ以上のことを考えたことはなかった。
「そうですね……。」
ルークは少し考える。
「例えば、ガラスを想像してみてください。」
「ガラス……ですか?」
「はい。ガラスは光を通しますが、風は通しません。」
「…………。」
リムは近くの建物、その窓へ視線を向ける。
確かに、外からの光は差し込んでいるが、窓を閉じれば風は入ってこない。
「他には……網でしょうか。小さなものなら隙間を通り抜けます。ですが、網目より大きなものは通さない。」
「……はい。」
「どちらも、全てを通しているわけでも、全てを防いでいるわけでもありません。」
「通すものと、通さないものがある。」
リムが小さく呟く。
「そうです。」
ルークは頷いた。
「リムさんの【隔帳】も、それに近いのではないでしょうか。」
「私の……。」
「先程確認しましたよね。」
「はい。」
「私の魔法は防ぎました。ですが、私の声は聞こえていた。呼吸もできていた。」
「…………。」
「そして、気配を隠すこともできる。」
そう言われて、リムは自分の中で一つずつ確かめていく。
攻撃は通さない。
声は通る、空気も通る。
そして……気配は通さない。
「……あ。」
「どうしました?」
「いえ……。」
リムは自分の手を見る。
「少しだけ……分かった気がします。」
「それなら良かった。」
ルークは穏やかに笑う。
「恐らく今までも、無意識にやっていたのでしょう。」
「無意識に……。」
「ええ。でしたら、それを自分で選べるようにしてみましょうか。」
「……選ぶ。」
「何を通して、何を通さないのか。」
「…………。」
リムはしばらく考え。
「やってみます。」
小さく頷いた。
◇
それから、リムの修行が始まった。
午前中は、魔力を増やすための訓練。
「まずは、身体の中にある魔力を意識してください。」
「……はい。」
「無理に動かす必要はありません。最初は、どこにあるのかを感じるだけで構いませんよ。」
目を閉じる。
意識を自分の内側へ向ける。
リムも魔法を全く使えないわけではない。
簡単な回復魔法なら使える。
だから、魔力を感じること自体は難しくなかった。
「わかりますか?」
「……はい。」
「では、ゆっくり動かしてみましょう。」
「…………。」
言われた通りに。
少しずつ、身体の中で魔力を巡らせる。
「そうです。焦らずに。」
「……はい。」
何度も繰り返す。
動かして。
止めて。
また動かす。
そして午後。
「では、今度はこちらですね。」
ルークが一つの小石を拾った。
「……石?」
「はい。」
リムは【隔帳】を展開する。
薄い膜が、その身体を覆った。
「今から、この石を投げます。」
「はい。」
「通してみてください。」
「…………。」
リムが目を瞬く。
「通す……。」
「ええ。」
「防ぐのではなく?」
「今日は通してみましょう。」
「…………。」
リムは目の前の【隔帳】を見る。
展開しているのに、防がない。
今まで一度も、そんなことを考えたことがなかった。
「準備はいいですか?」
「……はい。」
「では。」
ルークが軽く小石を投げる。
小石が【隔帳】へ触れ……弾かれた。
「…………。」
「もう一度やってみますか?」
「はい。」
また弾かれる。
「…………。」
「もう一度。」
弾かれる。
「……もう一度、お願いします。」
「もちろんです。」
何度やっても。
小石は【隔帳】に弾かれ、地面へ落ちた。
「…………。」
リムは落ちた小石を見る。
「難しいですか?」
「……はい。」
「そうでしょうね。」
「…………。」
リムが少し俯く。
「ですが、今までずっと無意識にやっていたことを、急に変えようとしているのです。」
顔を上げる。
「すぐにできなくて当然ですよ。」
「……はい。」
「ひとつずつ、やっていきましょう。」
「…………。」
リムは頷く。
「はい。」
◇
次の日も。
午前中は、魔力を巡らせる。
午後は、【隔帳】。
小石が飛んでくる。
弾く。
その次の日も。
弾く。
「もう一度、お願いします。」
「はい。」
また、その次の日も。
「……もう一度。」
弾く。
魔力を巡らせ。
使って。
休んで。
また使う。
午後になれば【隔帳】を展開する。
小石を見つめる。
通す。
そう意識する。
それでも……やはり弾く。
「…………。」
「今日はここまでにしましょうか。」
「……もう一度だけ、駄目ですか?」
「…………。」
ルークは少し考える。
「では、本当にもう一度だけですよ。」
「はい。」
小石が飛ぶ。
弾かれる。
「…………。」
「また明日やりましょう。」
「……はい。」
◇
そして、一週間ほど経った。
「では、今日も始めましょうか。」
「はい。」
リムは【隔帳】を展開する。
この一週間。
何度やっただろう。
何度、小石を弾いただろう。
それでも。
昨日より少しだけ。
その前の日より、もう少しだけ。
どうすればいいのか、分かってきた気がする。
防がない。
消すわけでもない。
この石だけ。
――通す。
「行きますよ。」
「はい。」
ルークの手から、小石が離れる。
飛んでくる。
「…………。」
小石が【隔帳】へ触れた。
そして。
――すっ。
「…………。」
リムの目が僅かに大きくなる。
小石は弾かれなかった。
【隔帳】を抜け。
リムの足元へ。
ころん、と小さな音を立てて転がった。
「…………。」
リムは、足元を見る。
ルークも黙ってそれを見ている。
しばらくして、リムがしゃがみ込み、小石を拾う。
「……できた。」
小さな声だった。
「ええ。」
ルークが笑う。
「できましたね。」
「…………。」
手の中の小石を見る。
たった一つ。
小さな石を通しただけ。
それでも。
昨日までは、できなかったこと。
「もう一度……やってもいいですか?」
「もちろんです。」
「……はい。」
リムは小石をルークへ返した。
そして、もう一度【隔帳】を展開する。
◇
「なぁ、カイン。」
「なんだよ。」
二人は並んで走っていた。
「俺らさ。」
「うん。」
「一週間くらい、毎日走ってるだけじゃね?」
「…………。」
カインは走りながら少し考える。
「でも、最初よりしんどくなくなってるし、成長してる気がする。」
「…………。」
セトは隣を走るカインを見る。
「お前、本当さぁ……。」
「なんだよ。」
「いや……もういい。」
「?」
カインは不思議そうに首を傾げる。
「ほら、喋ってると疲れるぞ。」
「誰のせいだよ!」
二人は今日も走り続けるのだった。
男二人、普通にやってますが。
基礎の基準がルークなので、やらされてるのはアスリートのそれ。




