できること
「魔力は……鍛えれば、増やせるのでしょうか?」
リムの問いに、ルークは少しだけ目を瞬いた。
「ええ、できますよ?」
「…………。」
今度はリムが目を瞬く。
「……本当ですか?」
「はい。もちろん個人差はありますが、訓練をすればある程度まで増やすことができます。」
「…………。」
リムは自分の手を見る。
自分にも……できる。
「ただ。」
「……?」
ルークはゆっくり顔を上げ、空を見た。
既に日は傾き、辺りは少しずつ暗くなり始めている。
「今日はもう遅いですから、詳しい話は明日にしましょうか。」
「…………。」
「リムさん?」
「……はい。」
ほんの少しだが……残念そうに見えたのは、気のせいだろうか。
「では、明日。」
「はい。」
リムは小さく頷いた。
◇
――翌朝。
「では、カインさんとセトさんは昨日と同じことをお願いします。」
「…………。」
セトがルークを見る。
「昨日と同じ?」
「はい。」
「走るやつ?」
「走るやつです。」
「…………。」
セトが遠い目をした。
「カイン。」
「なんだ?」
「俺、昨日結構走ったよな?」
「走ったな。」
「今日も?」
「そうらしい。」
「…………。」
「行くぞ。」
「切り替え早ぇな!」
既に走り始めていたカインを、セトも慌てて追った。
「では、昨日と同じだけ終わったら、少し距離を増やしてもう一度お願いします。」
「増えるの?!」
振り返ったセトの声が響く。
「今より強くなりたいのでしょう?」
「……なりたいっす!」
「でしたら、頑張ってください。」
「くっそぉぉ……!」
セトはそのまま走っていった。
遠ざかっていく二人の背中を、リムが見つめる。
「元気ですね。」
「……そう、なのでしょうか。」
「少なくともセトさんは。」
「…………。」
リムは少し考える。
「……はい。」
小さく頷いた。
「では。」
ルークがリムへ向き直る。
「リムさんのお話をしましょうか。」
「……はい。」
リムも姿勢を正した。
「まず、魔力を増やす訓練を始める前に、今のリムさんがどの程度のことをできるのか知っておきたいのですが。」
「私が……できること。」
「ええ。魔法は使えますか?」
「少しだけですが……回復魔法を。」
「回復魔法を?」
僅かにルークの表情が明るくなった。
「はい。ですが、本当に少しだけで……。」
「構いませんよ。後ほど見せていただきましょう。」
「……はい。」
「それから、スキルは?」
「【隔帳】です。」
「かくちょう……。」
「はい。」
ルークは聞き慣れない名前を確かめるように繰り返す。
そして、少し考えてから口を開いた。
「その前に、一つ伺ってもよろしいですか?」
「……はい。」
「間違っていたら申し訳ないのですが。」
ルークはリムを見る。
「リムさんは、魔族の方ですよね?」
「…………っ。」
リムの肩が僅かに強張った。
無意識に、フードへ手を伸ばす。
「……はい。」
小さく答える。
「私は……人間と魔族の間に生まれました。」
「そうでしたか。」
――それだけだった。
昨日と変わらない穏やかな声。
「それで少し不思議に思っていたのですが……何故、魔族のリムさんがカインさん達と一緒に旅をされているのですか?」
「えっと……。」
どこまで話していいのだろう……リムは少し迷った。
だが、アベルから口止めされているわけではない。
「……最初は、人間を調べるためでした。」
「人間を?」
「はい。アベル様から……人間がどのように暮らしているのか、調べてくるようにと。」
「アベル様?」
「……今の魔王様です。」
ルークの表情が僅かに変わった。
「魔王の指示だったのですか?」
「はい。」
「それで、カインさん達と?」
「……はい。」
リムは頷く。
「色々あって……一度、魔王城へ戻りました。」
「では、今は?」
「……アベル様から、カインさん達と一緒にいるように言われています。」
「…………。」
ルークは黙った。
少しだけ視線を落とし、考える。
「魔王が……そんなことを。」
「…………。」
「人間を調べさせ、そのうえ人間と共に行動することを認めている……。」
リムは黙ってルークを見ていた。
「……なるほど。」
ルークが顔を上げる。
「分かりました。」
「……はい。」
「では、話を戻しましょうか。」
「……それだけ、ですか?」
「はい?」
ルークが首を傾げた。
「いえ……。」
リムは俯く。
「なんでもありません。」
「そうですか?」
「……はい。」
ルークは少し不思議そうにしていたが、それ以上は尋ねなかった。
「では、魔力についてですが。」
「はい。」
「先ほども言った通り、魔力量は訓練によって増やすことができます。」
リムは真剣に耳を傾ける。
「ただし、どこまでも増やせるわけではありません。人によって差はありますが、それぞれに限界があります。」
「……限界。」
「ええ。ですから、まずはリムさんがどの程度まで伸ばせるのか、少しずつ確かめていきましょう。」
「はい。」
「焦る必要はありませんよ。」
「……はい。」
リムはもう一度頷く。
そして、昨日のことを思い出した。
「……あの。」
「なんでしょう?」
「ルーク様も……そうやって魔力を増やしたのですか?」
「私ですか?」
「はい。昨日の防御魔法……とても多くの魔力を使っていると。」
「ああ。」
ルークは少し考える。
「私の場合は、少し特殊なのですが。」
「……特殊?」
「ええ。スキルの影響がありますから。」
「スキル……。」
「【実直】といいます。」
「【実直】……。」
「同じことを繰り返していると、本当に僅かずつですが、その能力が伸びていくんです。」
「……では、ずっと繰り返せば。」
「ええ。」
ルークは穏やかに笑った。
「今のところ、止まったことはありませんね。」
リムはルークを見る。
昨日、カインとセトが何度攻撃しても壊れなかった壁。
あれほどの魔力を、この人は一体、どれほど長い間……。
「……すごいです。」
「そうでしょうか?」
ルークは本当に分からない、そんな顔をした。
「ですが、リムさんにはリムさんのやり方があります。」
ルークは微笑む。
「魔力を増やすことも大切ですが、それだけで強くなれるとは限りませんから。」
「…………。」
「先ほど【隔帳】というスキルがあると言っていましたね。」
「はい。」
「見せていただいても?」
「……分かりました。」
リムは一歩下がり、意識を集中させた。
「【隔帳】。」
次の瞬間、リムの周囲を薄い膜のようなものが覆う。
「…………。」
ルークはそれをじっと見る。
「触れても?」
「はい。」
手を伸ばす。
指先が【隔帳】へ触れた。
「……なるほど。」
今度は僅かに魔力を込める。
淡い光が【隔帳】へぶつかり、弾かれた。
「防御に使っているのですね。」
「はい。」
「どの程度まで防げますか?」
「……分かりません。」
「分からない?」
「はい。防御に使う時は……攻撃を防ぐために使っていただけなので。」
「そうですか。」
ルークは少し考える。
「では、少し試してみましょう。」
「……はい。」
弱い魔法を当てる。
防ぐ。
少し強くする。
それも防ぐ。
さらに少し。
「……っ。」
リムの表情が僅かに歪んだ。
「ここまでにしましょう。」
「まだ、大丈夫です。」
「いえ。」
ルークは魔法を止めた。
「今日は限界を調べる日ではありませんから。」
「……はい。」
「他には、何かできますか?」
「他……ですか?」
「防御以外の使い方です。」
「…………。」
リムは考える。
「……気配を。」
「気配?」
「はい。自分の気配を隠すことができます。」
「…………。」
ルークが少し目を細めた。
「それも【隔帳】で?」
「はい。」
「見せていただけますか?」
「分かりました。」
リムが再び意識を集中させる。
そして。
「…………。」
確かにリムは今、目の前にいる。
姿も見える。だが、これは……。
「なるほど……。」
ルークはリムの周囲をゆっくりと歩く。
目を閉じる。
また開く。
「もう結構ですよ。」
「はい。」
リムが【隔帳】を解く。
「…………。」
ルークは考えていた。
攻撃を防ぐ。
気配を隠す。
それでも、声や空気は通している。
同じスキルで、いくつもの働き。
「リムさん。防御している時、私の声は聞こえていましたか?」
「……はい。」
「息苦しさは?」
「ありません。」
「では……。」
ルークはもう一度、いくつか質問を重ねていく。
何が通るのか。
何が通らないのか。
リムも、一つずつ答える。
だが。
「……考えたことが、ありませんでした。」
「そうですか。」
「はい……。」
ルークはしばらく黙り込む。
「【隔帳】……。」
隔てる、帳。
防御魔法とは違う。
ただ壁を作っているだけなら、気配を隠せる理由が分からない。
「…………。」
「ルーク様?」
「ああ、すみません。」
ルークは顔を上げる。
「リムさん、このスキル……。」
少し考えて。
穏やかに笑った。
「やり方次第では、色々なことができるかもしれませんね。」
「……色々なこと。」
「ええ。」
リムは、自分の手を見る。
今まで、そんなことを考えたこともなかった。
自分のスキルは、身を守るためのもの。
ずっとそう思っていた。
「少しずつ、試してみましょうか。」
「…………。」
リムは顔を上げた。
「……はい。」
◇
「カイン……。」
「なんだ?」
「あと……何周……?」
「二十。」
「…………。」
セトは遠く続く道を見た。
「終わらねぇ……。」
基礎、大事。




