ルークという人
「修行ですか。」
ルークはそう言って、目の前に座るカインとセトを見た。
「俺達、もっと強くなりたいんです。」
場所は、先ほどルークと出会った建物の一室。
大きな机を囲むように、カイン、セト、リム、エイルが座っている。
「なるほど……。」
ルークは少し考える。
「それでまー、任せるならルークが一番かなーって。」
「私が……ですか?」
「うん。」
エイルは当然のように頷いた。
「ですが、私は回復魔法以外はあまり得意ではありませんよ?」
「知ってる知ってる。」
「でしたら、なぜ私のところへ?」
「まあまあ。細かいことはいいじゃん。」
「そうでしょうか……。」
ルークは首を傾げる。
カインとセトは、そんな二人のやり取りを眺めていた。
「……本当に強いんだよな?」
セトが小声で尋ねる。
「強いって。」
「本人、回復魔法しかできねぇって言ってるぞ。」
「できないとは言ってないでしょー?」
「そうだけどよ……。」
エイルが笑う。
「ま、やってみれば分かるって。」
「…………。」
何故だろう。
少しだけ嫌な予感がした。
「分かりました。」
ルークが頷く。
「私でよろしければ、お手伝いしましょう。」
「本当ですか?」
「ええ。」
カインが頭を下げる。
「ありがとうございます。」
「ありがとうございます!」
セトも続く。
「ただ――。」
ルークは二人を見る。
「何をするにしても、まずはお二人が今どの程度なのかを知っておきたいですね。」
◇
建物の外。
少し開けた場所へ移動すると、ルークはカインとセトから少し離れて立った。
エイルとリムは、その様子をさらに離れたところから眺めている。
「では、まず簡単なところから始めましょうか。」
ルークは右手を前へ出した。
その掌に魔力が集まる。
そして、淡い光が広がり、ルークの前に一枚の壁が現れた。
「防御魔法……。」
リムが小さく呟く。
「これを壊してみてください。」
「…………。」
「…………。」
カインとセトが光の壁を見る。
「これを?」
「はい。」
「壊していいんですよね?」
「もちろんです。」
セトが一歩前へ出た。
「じゃあ、俺から。」
拳を握る。
腰を落とし。
「――ふっ!」
拳を叩き込んだ。
鈍い音が響く。
「…………。」
セトが拳を離した。
光の壁を見るが傷一つない。
「……硬ぇ。」
「そうですか?」
「そうですかって……。」
もう一度。
先ほどより強く踏み込む。
「――っらぁ!」
拳を叩き込む……やはり壊れない。
「…………。」
セトの眉間に皺が寄る。
「セト。」
「分かってる。」
カインの声に答え、拳を握り直した。
「もう一回。」
「どうぞ。」
ルークは穏やかに頷く。
「……絶対、壊す。」
足を踏み込む。
目の前の壁を見る。
これを。
超える。
「――おらぁっ!」
拳が壁へ叩き込まれた。
その瞬間。
光の壁が、大きく揺れた。
「……お?」
セトが目を見開く。
「…………。」
ルークも僅かに目を細めた。
「今の……。」
カインが壁を見るが、壊れてはいない。
だが、先ほどまでとは明らかに違った。
「セトさん。」
「はい?」
「もう一度お願いできますか?」
「いいっすけど……。」
セトは再び拳を構える。
「今度は、強く殴るだけで結構です。」
「……?」
言われた通り、力を込める。
拳を叩き込む。
壁は僅かに揺れた。
「もう一度。」
「はい。」
「今度は、この壁を必ず壊すつもりでお願いします。」
「…………。」
セトは光の壁を見る。
「よくわかねーけど、わかったっす。」
構える。
この壁を壊す。
――絶対に超えてやる。
「――っ!」
再び拳が叩き込まれる。
光の壁が、大きく揺れた。
「……なるほど。」
ルークが呟いた。
「なんか分かったんですか?」
「恐らくですが。」
ルークはセトを見る。
「【打破】というスキルは、単純に力を強くするものではなさそうですね。」
「え?」
「セトさんが、目の前にあるものを超えようとした時。」
ルークは防御魔法へ手を触れる。
「その時だけ、明らかに力が変わっています。」
「……超えようとした時。」
セトが自分の拳を見る。
「はい。」
ルークは穏やかに笑った。
「名前の通りなのかもしれませんね。」
「打破……。」
「ええ。」
セトはもう一度、目の前の壁を見る。
「じゃあ……これを超えてやるって思えばいいんだな。」
「恐らくは。」
「なら――」
そう言うと、再び拳に力を込める。
「ですが、今はその辺りにしておきましょう。」
「え。」
セトが止まった。
「……まだ壊してないんですけど。」
「今日はお二人がどの程度なのかを見るだけですから。」
「いやでも……。」
セトは壁を見る。
それからルークを見る。
「これ、壊せるまでやっちゃ駄目ですか?」
「駄目です。」
ルークの余りの即答に、エイルが後ろで笑った。
「セト、めっちゃ気に入っちゃったじゃん。」
「だって壊せって言われたら壊したくなるだろ!」
ルークも小さく笑った。
「では、次はカインさんですね。」
「はい。」
カインが前へ出る。
刀の柄へ手をかけた。
ルークがそれを見る。
「剣を使われるんですね。」
「はい。刀って言います。」
「刀……。」
ルークが少し懐かしそうに目を細める。
「イサナさんとは違う得物なのですね。」
「はい。けど、稽古は親父につけてもらいました。」
「……なるほど。」
カインは防御魔法の前へ立つ。
呼吸を整える。
腰を落とし。
抜く。
一閃。
刃が光の壁を走った。
「…………。」
カインが刀を見る。
そして壁を見る。
「硬い……。」
「だろ?」
セトが何故か嬉しそうに言った。
「なんでお前が嬉しそうなんだよ。」
「俺だけじゃなかった。」
「そうだけど。」
「もう一度お願いできますか?」
「はい。」
カインは何度か刀を振るった。
斬り下ろす。
横薙ぎ。
踏み込みながらの一閃。
ルークはその全てを静かに見ていた。
「……なるほど。」
やがて、ルークが頷いた。
「もう結構ですよ。」
「はい。」
カインが刀を納める。
「どうでした?」
「そうですね。」
ルークは少し考える。
「お二人とも、よく鍛えています。」
「お、マジか。」
セトの顔が明るくなる。
「日頃から身体を動かしているのが分かりますし、戦うことにも慣れていますね。」
「じゃあ――」
「まずは体力作りから始めましょうか。」
「…………。」
「…………。」
カインとセトが黙った。
「……今、よく鍛えてるって言いませんでした?」
「言いましたよ。」
「じゃあなんで体力作りなんです?」
「今より強くなるのでしょう?」
「…………はい。」
「でしたら、今までと同じでは足りませんから。」
「…………。」
セトがカインを見る。
カインもセトを見る。
「……正論だな。」
「正論だけどよぉ……。」
エイルが堪えきれずに笑った。
「あはは。頑張れー。」
「エイルさんはやらないんですか?」
「おねーさんは付き添いだから。」
「ずりぃ!」
「それに。」
エイルは近くで遊んでいる子供達へ視線を向ける。
「ルークがあんた達見るなら、その間おねーさんが子供達見てあげないとねー。」
「それは助かります。」
「でしょ?」
エイルが胸を張る。
「任せなさい。」
「ただし、あまり無茶な遊びはしないでくださいね。」
「……信用ないなー。」
「以前、子供達と本気で鬼ごっこをしていたでしょう。」
ちょうどその時、子供達が走ってくる。
「遊ぼー!」
「ほら。呼ばれたから行ってくるねー。」
「逃げた!」
「頑張ってねー、セト。」
「くっそぉ……。」
エイルは笑いながら子供達の方へ歩いていった。
カインも苦笑する。
その少し後ろ。
リムは、何も言わず立っていた。
「…………。」
その視線は、ルークの前にある光の壁へ向けられている。
セトが何度殴っても。
カインが刀を振るっても。
壊れなかった防御魔法。
「……すごい。」
その小さな呟きに、ルークが振り返った。
「何か?」
「あ……いえ。」
リムは少し俯く。
「その……とても強い防御魔法だと思って。」
「ああ。」
ルークは光の壁を見る。
「私は防御魔法はあまり得意ではないんですけどね。」
「……そうなのですか?」
「ええ。」
リムが驚いたように壁を見る。
「では、どうして……。」
「魔力を多めに使っているだけですよ。」
「……魔力を。」
「はい。」
「…………。」
リムはもう一度、光の壁を見る。
そして。
自分の手へ視線を落とした。
◇
その日。
カインとセトは、ルークに言われるまま何度も走った。
走って。
休んで。
また走る。
「……これ、いつまでやるんだ?」
「まだ始めたばかりですよ。」
「聞かなきゃよかった……。」
セトの声が遠くから聞こえる。
リムは、その様子を少し離れた場所から見ていた。
カインも走っている。
汗を流しながら……それでも足を止めない。
「…………。」
二人とも強くなろうとしている。
昨日よりも。
今日よりも。
もっと……もっと先へ。
リムは自分の手を見る。
そして、先ほど見た光の壁を思い出す。
自分にも……何かできることがあるのだろうか。
◇
――やがて日が傾き始めた頃。
「今日はここまでにしましょう。」
ルークの声に、セトがその場へ倒れ込んだ。
「やっと……終わった……。」
「お疲れ。」
「なんでお前まだ立ってんだよ……。」
「俺も疲れてる。」
「嘘つけ……。」
そんな二人を見て、ルークが笑う。
「明日も頑張りましょう。」
「……明日も。」
「もちろんです。」
「…………。」
セトが空を見上げた。
ルークは二人の様子を確認すると、診療所の方へ歩き出す。
その背中をリムはじっと見ていた。
「…………。」
少しの迷い……だが。
「あの……。」
小さな声にルークが足を止めた。
「はい?」
振り返る。
「どうしました、リムさん。」
「…………。」
リムは自分の手を握る。
「少し……教えていただきたいことがあるのですが。」
「もちろん。なんでしょう?」
「…………。」
一度だけ、息を吸う。
そして。
「魔力は……鍛えれば、増やせるのでしょうか?」
リムち…。




