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 朝。


 吐く息が、白くなっていた。


 木々に残る葉も随分と少なくなり、冬がすぐそこまで来ている。


「皆さん。」


 いつものように集まった三人へ、ルークが声をかけた。


「今日は少し、今までとは違うことをしてみましょうか。」


「違うこと?」


 セトが首を傾げる。


「ええ。」


 ルークは三人を見る。


「そろそろ、実戦形式で今までの成果を確認してみようと思います。」


「実戦?」


「はい。ただし、いきなり魔物を相手にするわけではありません。」


「じゃあ、何するんすか?」


「私を相手にしてください。」


「…………。」


 セトが黙った。


 少し離れた場所で子供達を見ていたエイルが、楽しそうに振り返る。


「おー、ルーク相手?」


「はい。」


「懐かしいねー。」


「エイルさんは見ていてくださいね。」


「はいはい。」


 エイルは子供達と一緒に、少し離れた場所へ移動する。


「頑張れー。」


「軽いなぁ……。」


 セトが呟く。


「では。」


 ルークが右手を前へ出す。


「まずは、セトさんからいきましょうか。」


「おう!」


     ◇


 淡い光で作られた、見慣れた防御魔法。


 セトはその前に立ち、拳を握った。


「今までやってきたことを、自由に使って構いません。」


「……自由に?」


「ええ。」


 ルークが頷く。


「この防御魔法を壊してください。」


「…………。」


 セトの顔が少しずつ明るくなる。


「壊していいんすね?」


「そのために出したのですが。」


「よっしゃ。」


「本当に嬉しそうですね。」


「ずっと壊したかったんで。」


 セトは一度、深く息を吐く。


 目の前の壁を見る。


「じゃあ……いきます。」


「どうぞ。」


 踏み込む。


「っらぁ!」


 拳を叩き込む。


 防御魔法が大きく揺れた。


 だが、壊れない。


「…………。」


 セトはすぐに距離を取る。


 もう一度踏み込み、今度は身体を捻った。


 蹴る。


 光の壁が再び揺れる。


 拳より威力は低い。


 それでも。


 次は肘。


 距離を詰め、身体ごとぶつけるように打ち込む。


「おー。」


 離れた場所からエイルの声が飛んできた。


「ちゃんと拳以外も使ってるじゃーん。」


「修行したからな!」


「セトさん、こちらに集中してください。」


「うす!」


 もう一度。


 拳。


 蹴り。


 まだ動きは荒い。


 慣れた拳に比べれば、身体の使い方も上手くない。


 だが、それでも。


 以前のように、ただ同じ場所を殴り続けるだけではなかった。


「…………。」


 何度目かの攻撃を終え、セトが距離を取る。


 防御魔法は、まだ目の前にある。


「かてぇなぁ……。」


「どうしますか?」


「…………。」


 セトは拳を見る。


 それから、防御魔法を見る。


 拳しか知らなかった。


 だから、他の戦い方を覚えた。


 けれど。


 一番得意なものまで、捨てる必要はない。


「……やっぱ最後は、これだな。」


 拳を握る。


「……うし、いきます。」


「はい。」


 目の前の壁。


 何度殴っても。


 何度蹴っても。


 まだ、立ちはだかっている。


 なら――超える。


「っらぁぁ!」


 踏み込んだ。


 拳を、防御魔法へ叩き込む。


 その瞬間。


 先ほどまでとは違う力が、拳へ乗った。


 ――【打破】。


 光の壁に亀裂が走る。


「……っ!」


 セトがさらに拳を押し込んだ。


 亀裂が広がり。


 ぱきん。


 乾いた音と共に、防御魔法が砕け散った。


「…………。」


 セトが止まる。


「……壊れた。」


「ええ。」


 ルークが頷く。


「壊せましたね。」


「…………。」


 セトは自分の拳を見て。


「っしゃあ!!」


 大きく拳を突き上げた。


「セトー、うるさーい。」


「いいだろ今くらい!」


「はいはい、すごいすごい。」


「軽い!」


 ルークはそんな二人を見ながら、小さく笑う。


「拳以外の動きは、まだまだですね。」


「……うす。」


「蹴る時に身体が流れていますし、肘も距離が合っていません。」


「はい。」


「ですが。」


 ルークは砕けた防御魔法を見る。


「使えるものは、確実に増えています。」


「…………。」


「それでいいんですよ。」


「……おう。」


 セトが笑った。


     ◇


「では、リムさん。」


「……はい。」


 今度はリムが、ルークの前へ立つ。


「リムさんには、私の攻撃魔法を防いでいただきます。」


「分かりました。」


「ただ防ぐだけではありませんよ。」


「…………。」


 リムは少し考え。


「通すものと……通さないものを選ぶ。」


「ええ。」


 ルークが頷く。


「今まで練習してきたことと同じです。」


「……はい。」


「安心してください。私は攻撃魔法があまり得意ではありませんから。」


「…………。」


 少し離れた場所で、セトがエイルを見る。


「エイルさん。」


「なにー?」


「ルークさんの『得意じゃない』って、信じていい?」


「んー。」


 エイルが少し考える。


「ルーク基準では、得意じゃないよ。」


「聞き方変えます。俺ら基準だと?」


「結構強い。」


「ですよね。」


「聞こえていますよ。」


「すんません。」


 ルークが苦笑する。


 そして、右手を前へ出した。


「風でいきます。」


「……はい。」


 リムは【隔帳】を展開する。


 薄い膜が、その前へ広がった。


「では。」


 ルークの手元に風が集まる。


 次の瞬間。


 圧縮された風が、真っ直ぐリムへ向かって放たれた。


「……っ!」


 速い。


 思っていたよりも、ずっと強い。


 リムは反射的に【隔帳】を閉じる。


 風の魔法がぶつかり、大きく膜を揺らした。


「…………っ。」


 だが、防ぐ。


「大丈夫ですか?」


「……はい。」


「では、今のは?」


「…………。」


 リムが僅かに俯く。


「全部……防いでしまいました。」


「そうですね。」


「……すみません。」


「謝る必要はありませんよ。」


 ルークの声は、いつもと変わらない。


「初めて魔法を相手にしたのですから。」


「…………。」


「ですが、やることは今までと変わりません。」


 リムが顔を上げる。


「小石や枝だったものが、魔法になっただけです。」


「……はい。」


「何を通して、何を防ぐのか。それを選んでください。」


「…………。」


 リムは一度、深く息を吐いた。


 冷たい風が頬に触れる。


 その風を感じる。


 これは、防がなくていい。


 空気も。


 音も。


 自分へ届いて構わない。


 防ぐのは……ルークが放つ、あの魔法だけ。


「……もう一度、お願いします。」


「もちろんです。」


 再び、ルークの手元へ風が集まる。


「いきますよ。」


「はい。」


 風の魔法が放たれる。


 リムは、それを見る。


 怖くないわけではない。


 ――だが。


 何度も。


 何度も、同じことを繰り返した。


「【隔帳】。」


 風の魔法が、薄い膜へぶつかる。


 弾かれた。


「…………。」


 リムの銀色の髪が揺れる。


 冬の冷たい風が、髪の間を抜けていく。


 ルークの魔法だけを防ぎ。


 それ以外は、通した。


「…………。」


 リムが自分の髪を見る。


「できましたね。」


「……はい。」


 僅かに。


 リムの口元が緩んだ。


     ◇


「では、最後にカインさん。」


「はい。」


 カインが刀を抜く。


「カインさんには、今の二つを続けてやっていただきます。」


「二つ?」


「ええ。」


 ルークは自分の前へ防御魔法を展開する。


「まず、私の攻撃魔法を防いでください。」


「はい。」


「その後、この防御魔法を破ってください。」


「…………。」


 カインが防御魔法を見る。


「分かりました。」


 少し離れた場所にいる、リムとセトを見る。


「リム。」


「……はい。」


「借りるぞ。」


「はい。」


 ――【隔帳】。


 薄い膜が、カインの刀へ纏われた。


「準備はいいですか?」


「はい。」


 ルークの手元から風の魔法が放たれる。


「っ!」


 カインは刀を前へ出した。


 【隔帳】が広がり、風の魔法を防ぐ。


 次は。


 ルークの前にある、防御魔法。


 カインは【隔帳】を返す。


「セト。」


「おう!」


 ――【打破】。


 刀へ別の力が宿る。


 踏み込む。


「……っ!」


 防御魔法へ刀を振り下ろす。


 ……が、僅かに遅れた。


 刃が壁へ食い込む。


 それでも、止まる。


「…………。」


 カインは刀を引き、距離を取った。


「惜しかったですね。」


「……遅かった。」


「ええ。」


 ルークが頷く。


「練習では滑らかにできるようになりましたが、実際に攻撃を受けた後では、少し意識が止まりましたね。」


「はい。」


 カインは刀を見る。


 防いだ。


 そこまでは良かった。


 だが、その後。


 次のスキルへ切り替えるまでに、ほんの僅かだが迷った。


「もう一回お願いします。」


「ええ。」


 ルークは再び防御魔法を展開する。


「何度でも。」


「はい。」


 カインが構える。


 今度は。


 攻撃を防いだ、その先まで考える。


「いきますよ。」


「はい。」


 風の魔法が放たれる。


「リム。」


「はい。」


 ――【隔帳】。


 防ぐ。


 そして。


 防いだ瞬間には、もう返す。


「セト。」


「おう!」


 ――【打破】。


 止まらない。


 そのまま踏み込み、刀を振る。


 今の刀と自分だけでは超えられない。


 ならば――これを斬れる力を乗せる!


「っ!」


 刀が、防御魔法を斬り抜いた。


 光の壁に亀裂が走る。


 そして、そのまま砕け散った。


「…………。」


 カインが刀を振り切る。


 しばらく砕けた防御魔法を見ていた。


「……できた。」


「おお!」


 セトが声を上げる。


「やったな、カイン!」


「うん。」


 カインが振り返る。


「リム。」


「……はい。」


「ありがとう。」


「…………。」


 リムが僅かに目を伏せる。


「……はい。」


「セトも。」


「おう。」


「ありがとな。」


「いいって。」


 借りる。


 返す。


 切り替える。


 何度も繰り返したこと。


 それが初めて、一つの戦いの中で繋がった。


「…………。」


 ルークは三人を見る。


 セト。


 リム。


 カイン。


 ここへ来た頃とは。


 少しだけ変わった三人。


「皆さん。」


「はい?」


「随分と良くなりましたね。」


「……マジで?」


 セトが聞く。


「ええ。」


「じゃあ、修行終わり?」


「いいえ。」


「ですよね!」


 セトが天を仰ぐ。


「そりゃそうでしょー。」


 エイルが笑う。


「ですが。」


 ルークの言葉に、三人が顔を向ける。


「ここで出来ることは、ある程度試せたと思います。」


「…………。」


「ですから。」


 ルークは小さく笑った。


「次は、実際の魔物を相手にしてみましょうか。」


「実戦?」


「はい。」


「…………。」


 セトの顔が、少しずつ明るくなる。


「よっしゃ!」


 その声が。


 冷たい冬の空気の中へ、大きく響いた。

苦手、とは。

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