強くなれ
――二週間後。
カイン達は、リムに指定された場所に来ていた。
ジェイドと戦った時のことを思い出し、カインは周囲を見る。
「ここで合ってるのか?」
「ん、間違いないよ。」
セトの言葉に頷く。
「リムち、まだ来てないみたいだねー。」
エイルも辺りを見回した。
「……魔王、か。」
ふいにセトが呟く。
「なぁカイン、緊張してねぇの?」
「……してるよ。」
「いや、全然見えねー。」
セトが大袈裟に肩を竦める。
「お前、昔からそういうとこあるよな。」
「セトは?」
「俺は……割と楽しみだなー。」
「なんで?」
「だって魔王だぞ? 絶対強ぇだろ。」
そうだ、セトはこういう奴だった。
「あ。」
エイルが声を上げる。
「来たみたい。」
その言葉に、カインとセトも顔を上げた。
二人の人影が、こちらへ歩いてくる。
一人は、黒いフードを深く被った少女。
「リム。」
カインが呼ぶ。
リムもこちらに気づいた。
「……カインさん。」
少しだけ歩みが速くなる。
「お待たせしました。」
「ううん。俺達も今来たところ。」
「そうですか。」
リムは小さく頷いた。
「セトさん、エイルさんも。」
「おう。」
「リムち、おはよー。」
「……おはようございます。」
それから。
カインは、リムの後ろにいる男を見る。
「…………。」
若い男だった。
見た目だけなら、自分達とそれほど年齢が離れているようには見えない。
身長こそ高めだが、特別恐ろしい顔をしているわけでもない。
……ただ、静かにこちらを見ている。
「……あの人が?」
「はい。」
リムが頷いた。
「アベル様です。」
魔王。
英雄が倒すべき存在。親父達も……先代ではあるが、倒した存在。
人間の敵。ずっとそう聞いてきた。
その魔王が今、自分の目の前にいる。
「お前がカインか?」
「あぁ。」
「そうか、よく来てくれた。」
アベルはカインを見る。
しばらくじっと……ただ、本当に見ていた。
「……?」
「アベル様?」
「いや。」
アベルは小さく首を振る。
「思っていたより、普通だと思ってな。」
「俺は多分、普通……だと思う。」
「そうか。」
アベルは頷いた。
「いやぁ……これはうん、凄いなぁ……。」
ふいに、隣に居るエイルが笑う。
「エイルさん?」
思わず声をかける。だが、エイルにいつもの余裕は見られなかった。
まだ何もしていない。
魔力を放っているわけでもなければ、殺気もない。
そこに立っている、ただそれだけ。
だが、この男はまずい――言うなれば、隙だらけなのに、まるで隙が見当たらない。
「では、少し話をしたい。」
アベルが言う。
「俺と?」
「うむ。そのために呼んだ。」
「分かった。」
カインは頷いた。
アベルは少し考えてから、口を開く。
「カイン、お前は魔族を敵だと思うか?」
「…………。」
カインはすぐには答えなかった。
リムを見る。
黒いフードの下から、こちらを見ている。
「……前は、そう思ってた。」
「前は?」
「そう教わってきたし、そう聞いてたから。」
「では、今は違うのか?」
「……分からない。」
アベルが僅かに首を傾げる。
「ほぅ、何故だ?」
カインはもう一度、リムを見る。
「リムと会って、分からなくなった。」
リムは思わず、少し目を見開いた。
「……そうか。」
アベルはそれ以上何も言わず、次の問いを口にした。
「では、この先、また人間と魔族の戦争が起きれば、お前は戦うか?」
また、カインは考える。
「……分からない。」
「またか、何故だ?」
カインはしばらく考え……顔を上げ、しっかりとアベルを見る。
「少なくとも、リムとは争いたくない。」
「…………。」
「リムが俺達に何かしたわけじゃないから。」
アベルは黙ってカインを見る。
「だが、戦争になれば人間達は迷わず戦うぞ。」
「…………。」
「人間は魔族を敵だと思っている。魔族にも、人間を敵だと思っている者は多い。」
「うん。」
「その時、お前はどうする?」
「……分からない。」
三度目だった。
それでもカインは、他の言葉を探さなかった。
「分からないまま、そうなってほしくはないと思う。」
「…………。」
「でも、俺達以外の人がどうするかまでは……俺には分からない。」
アベルは何も言わなかった。
風が吹く。
木々の葉が、小さく揺れた。
「…………そうか。」
そう呟くと、アベルが腰の剣へ手を伸ばした。
「カイン、抜け。」
「…………え?」
カインが瞬きをする。
「刀を抜け。」
「なんで?」
「お前のことを、もう少し知りたい。」
アベルは剣を抜いた。
その瞬間。
「――カイン!」
セトが前へ出ようとする。
「駄目。」
「っ!」
エイルが、その腕を掴んだ。
「エイルさん!」
「大丈夫。少なくとも、カインを殺すつもりはないよ。」
「なんで分かるんだよ!」
「分かる。」
エイルはアベルから目を離さない。
「……殺すつもりで来てたら、もう終わってる。」
「…………。」
「それに。」
エイルの声が、僅かに低くなる。
「余計なことして、あいつを本気で怒らせる方がまずい。」
「そんなに……?」
「…………。」
エイルは答えなかった。
代わりに、リムが口を開く。
「セトさん、大丈夫です。アベル様は、カインさんを殺そうとはしていません。」
「…………。」
セトはしばらくアベルを睨んでいた。
「……分かった。」
それでも、拳は握ったままだった。
「殺しはしない。」
アベルが言う。
「だから、抜け。」
「…………分かった。」
カインは刀の柄へ手をかける。
鞘から刀を抜いた。
「……行くぞ。」
「来い。」
地面を蹴る。
一気に間合いを詰める。
振るった刀を――
「っ!」
アベルは、僅かに身体をずらしただけだった。
刀が空を切る。
すぐに返す。
「…………!」
一瞬、アベルの剣が刀に触れた……だが、それだけだった。
カインの刀が、簡単に逸らされる。
次は角度を変えて斬り込む……が。
「…………。」
届かない。
右から。
左から。
踏み込んで。
引いて。
また前へ出る。
それでも。
「……っ!」
一度も届かない。
アベルはほとんど動いていなかった。
「カイン……。」
セトが呟く。
エイルは黙って二人を見ていた。
「…………。」
アベルは、本気ではない。
どれだけ力を出しているのかすら分からない。
ただ、カインの動きを見ている……それだけなのに。
――カインの刀は、一度も届かない。
「はぁ……っ、はぁ……。」
やがてカインの足が止まった。
息は上がり、汗は流れて止まらなかった。
一方のアベルは――息一つ乱れていない。
「…………。」
アベルは剣を下ろした。
「もういい。」
「…………。」
カインも刀を下ろす。
「……弱いな。」
「…………。」
カインは自分の刀を見る。
「そう……だな。」
柄を握る手に、力が入った。
「…………。」
アベルは、その手を見る。
「カイン……強くなれ。」
「…………は?」
カインが顔を上げた。
「お前は弱い。知らないことも多い……だが、考え方は嫌いではない。」
ほんの少し、表情を柔らかくしてアベルは続ける。
「……だから強くなれ。もっと色々なものを見ろ。」
アベルは剣を鞘へ収める。
「そして、その時が来たら。」
カインを見る。
「今度は、お前達から魔王城へ来い。」
「……魔王城に?」
「うむ。」
カインは少し考える。
「……分かった。」
「うむ、約束だ。」
アベルは頷いた。
「……リム。お前は、こいつらと一緒にいろ。」
「…………はい?」
突然の事にリムが固まった。
「カイン達が何を見るのか、一番近くで見ておけ。」
「…………。」
「それに、こいつらが魔王城へ来る時には、お前がいた方がよいだろう。」
「それは……。」
リムはカイン達を見る。
「嫌ならいい。」
「……いえ。」
リムは小さく首を振った。
「分かりました。」
「そうか。」
アベルはそれだけ言うと、踵を返した。
「では……楽しみにしている。」
カインはその背中を見送る。
やがて、アベルの姿が見えなくなった。
「…………。」
誰も、すぐには口を開かなかった。
風が吹く。
冷たい風だった。
「……強くなりてぇな。」
ぽつり。
セトが言った。
カインは、もう一度刀の柄を握る。
「……なるんだよ。」
「…………。」
セトがカインを見る。
そして。
「……おう。」
物語は動き出す。




