壁を破る
風の刃が、地面を抉る。
「っ!」
カインは横へ飛び、続けて放たれた一撃を躱した。
すぐ近くで土が弾ける。
「ったく、面倒くせぇ!」
セトが悪態をつく。
頭上では、大鴉が大きく翼を広げていた。
「また来るよ!」
エイルの声。
大鴉の周囲へ、再び風が集まる。
「散って!」
三人がそれぞれ別方向へ走る。
直後。
幾つもの風の刃が降り注いだ。
「魔物が魔法使うなんて聞いてねぇぞ!」
「居なくはないんだけどね、人間の領地だと結構レアかな。」
「とりあえずなんとかしないと!」
カインは刀を抜いたまま、大鴉を見上げる。
遥か上空……刀では到底届かない。
「どうすんだよ、あれ!」
「とりあえず、降りてきてもらわないとどうしようもないねー。」
エイルが走る。
一人。
二人。
三人。
【鏡面】によって、畑の中にエイルの姿が増えていく。
「さーて、どれがおねーさんでしょーか。」
大鴉が上空からその姿を見下ろす。
首が動く。
一人。
また一人。
まるで、見比べるように。
「…………。」
次の瞬間。
大鴉の周囲で風が渦巻いた。
「……あ、やばいかな。」
風が放たれる。
先程までの風の刃ではない。巨大な突風が畑を駆け抜けた。
何人ものエイルが、まとめて吹き飛ばされる。
「うわっ!」
その中の一人が地面を転がった。
「エイルさん!」
「いったぁ……。」
身体を起こしながら、エイルは空を睨む。
残っていた【鏡面】が次々と消えていく。
「……こいつ。」
エイルはもう一度、大鴉を見る。
今のは偶然だろうか。
「おらぁ!」
セトが近くの柵へ足をかけた。
そのまま強く蹴り、上空へ跳ぶ。
「届――」
大鴉が翼を打つ。
「かねぇ!」
さらに上へ。
セトの拳は、僅かに届かない。
「くっそ!」
そのまま地面へ着地する。
「降りてこいっての!」
「無茶言わないの!」
「殴れりゃどうにでもなるんだよ!」
「だから向こうも近づかないんじゃない?」
セトが止まる。
「……あ?」
カインも大鴉を見る。
大鴉は上空を旋回している。
先ほどまで、通常の大鴉は嘴や爪で襲ってきた。
だが、こいつは違う。
降りてこない。
魔法が届く距離を保ったまま、こちらを見ている。
「…………。」
そして、また風が集まる。
「来る!」
三人が走る。
風の刃。
カインは身を捻って躱す。
セトも転がるように逃れる。
エイルは【鏡面】を使い、散開する。
「また……!」
大鴉の魔法が変わった。
風の刃ではない。
再び広範囲を薙ぎ払う突風。
エイルの分身がまとめて消える。
「っ……!」
エイル本人も腕で顔を庇いながら後退した。
「エイルさん!」
「大丈夫!」
そう答えながらも、エイルの顔からはいつもの余裕が消えている。
「…………。」
カインは大鴉を見る。
何かがおかしい。
魔法を使う。それだけでも十分おかしい……だが。
「エイルさん。」
「……うん。」
エイルも同じことを考えていたのか。
「こいつ……。」
「考えてるね。」
大鴉が、こちらを見る。
偶然ではない。
【鏡面】で数を増やせば、広い範囲を攻撃する。
セトが近づけば、距離を取る。
こちらの動きを見て、考えて……それに合わせて戦い方を変えている。
「普通の大鴉より、ずっと頭がいいってこと?」
「多分ね。」
特殊個体。
通常の個体とは異なる特徴を持つ魔物。
少し前、試験で遭遇した狂狼は、通常の狂狼より遥かに大きく、強かった。
「こいつの場合は……知能?」
「多分。」
エイルが大鴉を見上げる。
「異常に頭が良くなった特殊個体……って感じかな。」
「じゃあ魔法も……。」
「んー……人間が使ってるの見て、覚えたのかもね。」
すぐ近くには村、そこで暮らす人間たち。
その中に魔法を使える者がいたとしても、不思議ではない。
「見ただけで使えるようになるの?」
「普通はならないかな……だから特殊個体なんじゃない?」
「……なるほど。」
「感心してる場合じゃねぇぞ!」
セトが叫ぶ。
「また来る!」
大鴉の周囲に風が集まる。
◇
「はぁ……はぁ……。」
カインは息を整える。
何度目か分からない魔法を躱した。
身体のあちこちが痛い。
完全には避けきれず、何度か風の刃を受けている。
「これ……きついねー。」
エイルも肩で息をしていた。
何度も【鏡面】を使っている。
「ほんっと腹立つな、あいつ!」
セトが拳を握る。
――届かない。
それが一番の問題だった。
「俺がもうちょい高く飛べればなぁ。」
「無茶言わないの。」
「エイルさんは?」
「無理かなー。おねーさん、あんな高いところまで攻撃する方法ないもん。」
エイルは身軽だ。
近づくことさえできれば、戦える。
だが、相手は空。
ましてや広い範囲へ魔法を放ってくる。
【鏡面】との相性も悪い。
「……じゃあ。」
カインが刀を見る。
「俺がやるしかない?」
「そうなるかなー。」
「でもカインも届かねぇだろ。」
今のままでは。
三人が空を見上げる。
大鴉は一定の距離を保っている。
「なら……降ろせばいい。」
カインが呟く。
「できる?」
「やるしかないでしょ。」
エイルが笑った。
「じゃ、やりますか。」
「おう。」
三人が動き出す。
◇
エイルが走る。
【鏡面】。
再び幾人ものエイルが現れる。
大鴉の視線が動く。
すぐに風が集まり始めた。
「もう分かってるよー。」
エイルたちが一斉に散る。
大鴉が魔法を放つ。
広範囲の突風。
だが、今度は最初からそれを待っていた。
「セト!」
「おう!」
風が止んだ瞬間。
セトが走る。
大鴉の真下へ。
「おらぁ!」
近くにあった木の幹を蹴り、跳び上がる。
大鴉が高度を上げようとする。
「させないよー!」
エイルが何かを投げた。
小さな石。
「カァッ!」
大鴉が僅かに身体を傾ける。
ほんの一瞬、不意打ちを受けて大鴉の動きが止まり……高度が落ちた。
「カイン!」
「おう!」
走る。
セトが作った隙、エイルが作った隙、その全部を繋ぐべくカインは地面を蹴った。
これなら届く。
「ここだ!」
刀を振り上げる。
大鴉がこちらを見る。
逃げない。
「――っ!」
全力で振り下ろしたその瞬間。
大鴉の前に、薄い光が浮かぶ。
「え――」
刀が光へぶつかった。
――バキン。
「…………。」
何かが宙を舞い、地面へ落ちる。
「…………え?」
カインは、自分の手を見る。
握っている刀は、半ばから折れていた。
「カイン!」
エイルの声。
大鴉の周囲に風が集まっている。
「っ!」
カインは咄嗟に後ろへ飛ぶ。
直後、風の刃が通り過ぎた。
地面へ転がる。
「カイン、大丈夫か!?」
「……なんとか。」
「今の……。」
エイルも大鴉を見ていた。
「防御魔法……?」
「…………。」
攻撃だけではなく防御まで……思っていた以上だ。
カインは折れた刀を握る。
最悪だ。
状況は、絶望的だった。
セトの拳は届かない。
エイルも遠距離への攻撃手段を持っていない。
そして。
唯一、届けば攻撃できた自分の刀は折れた。
「…………。」
逃げるか?
一瞬、そんな考えが浮かぶ。
――だが。
カインは大鴉を見る。
自分たちは、あいつの群れをほとんど倒した。
このまま逃げたとして、見逃してくれるとは思えない。
そしてもし追ってきたら……この先には村がある。
「…………。」
ここで何とかしなければ……だが、どうやって?
何か。
何かないか。
この状況を。
何とか――。
「…………打破?」
カインの思考が止まった。
現状を【打破】する。
ゆっくりと、セトを見る。
「……カイン?」
昨日、親父に言われた。
自分のスキルには、人との繋がりが大事なのかもしれない。
リムの時。
リムは、自分に助けてほしかった。
自分は、リムを助けたかった。
なら。
「セト!」
カインが叫ぶ。
説明はしなかった。
必要もなかった。
セトは一瞬だけ目を見開いて。
すぐに笑った。
「おう!」
拳を握る。
「持ってけ!」
その瞬間。
《条件が満たされました》
《スキル【打破】を抜刀します》
セトの胸元から光が集まり……折れた刀に纏われる。
「……できた。」
セトの【打破】は抜刀できた。
だが、ここからどうする?
「…………。」
カインは折れた刀を見る。
大鴉を倒す。
ならまず、刀が必要だ。
ただ刀が元に戻れば、それでいいのか?
違う。
あいつには、防御魔法がある。
さっきと同じ刀では、また止められる。
ならば必要なのは……。
「…………。」
カインは大鴉を見る。
その向こう。
自分たちの攻撃を阻む、見えない壁。
「防御魔法ごと……。」
折れた刀を握る。
「断ち切る刃。」
刀から光が溢れた。
「っ……!」
折れた刀身が、伸びる。
いや。
戻っていく。
地面に落ちていた刀身が光となって消え、カインの手の中へ集まる。
「……直った?」
刀は、元の姿へ戻っていた。
「俺の【打破】って、そんなことできんのか?」
「知らない!」
「俺も知らねぇよ!」
「二人とも、後にして!」
エイルが叫ぶ。
大鴉が魔法を放つ。
「行ける?」
「……多分。」
「なら、もう一回!」
三人が走る。
◇
同じだった。
エイルが撹乱する。
セトが大鴉の意識を引きつける。
カインが走る。
先ほどと同じ。
違うのは。
「カイン!」
「おう!」
今度は。
この刀がある。
大鴉が高度を落とす。
カインが踏み込む。
「――っ!」
刀を振り下ろす。
大鴉の前に、再び光が現れた。
防御魔法。
先ほど刀を折った壁。
刀が触れる。
「…………。」
ほんの一瞬。
抵抗があった。
そして。
「――おおおっ!」
振り抜く。
光が真っ二つに割れた。
刃が大鴉へ届く。
「カァァァァッ!」
一閃。
大鴉の身体が地面へ落ちた。
大きな音と共に、土煙が上がる。
「…………。」
三人はしばらく、その場から動かなかった。
「……倒した?」
「多分。」
「今度こそ?」
「多分。」
「確認しよっか。」
「そうですね。」
慎重に近づく。
大鴉は、もう動かなかった。
「…………終わったぁ。」
エイルがその場に座り込む。
「疲れたー。」
「俺も。」
セトも地面へ座る。
カインは刀を見る。
「…………。」
元に戻っている。
試しに軽く振ってみる。
特に変わったところはない。
防御魔法を斬った時の、不思議な感覚も消えていた。
「……もう普通の刀みたい。」
「【打破】は?」
「あ。」
そういえば。
カインは刀を鞘へ納める。
《スキル【打破】を納刀します》
セトが拳を握る。
「……戻った、と思う。」
「そっか。」
カインはもう一度、腰の刀を見る。
刀は直ったままだった。
「……よかった。」
「何が?」
「刀。」
「あー。」
セトも刀を見る。
「直ってよかったな。」
「うん。」
「じゃあ、帰ろっかー。」
エイルが立ち上がる。
「村の人にも報告しないとね。」
「そうですね。」
「腹減ったー。」
「セトは元気だねぇ。」
「動いたからな!」
三人が歩き出す。
「…………。」
セトだけが、その場に少し残った。
自分の拳を見る。
握る。
自分は今まで、ただ殴っていた。
目の前に何かあれば、それをぶち破る。
それが、自分のスキルだと思っていた。
「…………。」
もう一度、拳を握る。
「……【打破】か。」
それだけ呟いて。
セトは二人の後を追った。
スキル抜刀、二人目




