お仕事再開
「じゃあ、いってきます。」
「はい、気をつけてね。」
玄関先で、リアが三人を見送る。
「今度はもう少し早く帰ってきなさいね。」
「たまには顔見せろよー。」
「分かった。」
イサナもリアの隣から手を上げた。
「エイルもまたいつでも来てね。」
「はーい。また来るねー。」
「セトも。」
「おう!」
「……自分のお家にもね?」
「分かってるって!」
本当に分かっているのだろうか。
そんなことを思いながら、カインは歩き出す。
久しぶりの帰省も終わった。
今日からまた、いつもの生活に戻る。
「さて、と。」
少し歩いたところで、エイルが大きく伸びをした。
「昨日は一日休んだし、今日は流石に働こっかー。」
「そうですね。」
「俺は昨日も結構動いたぞ。」
「何してたの?」
「実家で薪割り。」
「元気だねぇ。」
三人はそんな話をしながら、いつもの役所へ向かった。
今まではセトと二人だった。エイルが一緒に仕事をするようになって、一人増えて賑やかになったと思う……けど。
「……カイン?」
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、何でもない……です。」
「そ?」
エイルはそれ以上聞かなかった。
◇
「んー……今日は何にしよっかなー。」
役所に並べられた依頼を眺めながら、エイルが唸る。
「これとかどうだ?」
セトが一枚の依頼を指差した。
「どれどれ?」
三人で内容を確認する。
街から少し離れた村からの依頼だった。
近頃、田畑を荒らす大鴉が増えている。
以前から付近には生息していたものの、ここ最近になって数が増え、農作物への被害が大きくなっているらしい。
「大鴉かぁ。」
エイルが依頼書を眺める。
「三人なら大丈夫そうだね。」
「飛ぶ奴だよな?」
「そ。そこだけちょっと面倒かな。」
大鴉。
その名の通り、大型の鴉に似た魔物。
鋭い嘴と爪を持ち、空から獲物を襲う。
単体であれば、そこまで危険な魔物ではない。
だが、群れになると話は変わる。
「数は?」
「分かんないみたい。最近増えてるってだけ。」
「じゃあ、全部倒せばいいんだな。」
「セトは分かりやすくていいねぇ。」
カインはもう一度、依頼書を見る。
……うん、特に問題はなさそうだ。
「これにする?」
「おねーさんはいいよー。」
「俺も。」
「じゃあ決まり。」
依頼を受け、三人は村へ向かうことになった。
◇
目的の村は、街からしばらく歩いた先にあった。
それほど大きな村ではない。
周囲には田畑が広がり、そのさらに向こうには森が見える。
「ああ、狩人さんですか。」
「はい。」
三人を迎えた村人が、安心したように息を吐く。
「助かります。最近、本当に酷くて。」
「前から大鴉はいたんですよね?」
カインが尋ねる。
「ええ。森がありますから、たまに畑まで来ることはありました。でも……。」
村人は荒らされた畑を見る。
「こんなに頻繁に来るようになったのは、最近ですね。」
「数も増えた?」
「そうですね。以前は数羽見かける程度だったんですが、今は十羽以上で来ることもあります。」
「へぇ……。」
エイルが森へ目を向ける。
「何か増える理由でもあったのかな。」
「さあ……私たちには。」
「ま、そこ考えるのは後でいっか。」
エイルは軽く身体を伸ばす。
「とりあえず、お仕事しますかー。」
「おう。」
「うん。」
三人は畑へ向かった。
◇
「上!」
エイルの声。
カインが顔を上げる。
大鴉が一羽、翼を畳んで急降下してくる。
「っ!」
嘴を躱す。
すれ違う瞬間、刀を振る。
一閃。
大鴉が地面へ落ちた。
「カイン! 次!」
「分かってる!」
横から別の一羽。
今度はセトが前へ出る。
「おらっ!」
振り抜いた拳が、大鴉を叩き落とす。
「二人ともー、そっち三羽行ったよー!」
「三羽!?」
「任せたー。」
「エイルさんは!?」
「こっち六羽!」
「じゃあそっちの方が多いじゃん!」
「だから忙しいのー。」
少し離れた場所。
何人ものエイルが、畑の中を走り回っていた。
【鏡面】。
大鴉たちは突然増えた獲物に混乱したように空中で旋回する。
「はい、残念。」
一羽。
「そっちは偽物。」
二羽。
「で、こっちが本物。」
三羽。
次々と地面へ落ちていく。
「やっぱエイルさん、すげぇな。」
「よそ見してる場合じゃないだろ!」
セトの頭上から大鴉が迫る。
それをカインが斬り払った。
「っぶね、サンキュ。」
「気をつけろよ。」
「はいはい、じゃあ俺もお仕事お仕事。」
別の一羽へセトが走る。
最初の頃に比べれば、カインもセトも随分と戦いに慣れていた。
相手を見る。
周囲を見る。
互いの位置を見る。
無闇に突っ込むことも減った。
何より。
「カイン、そっち行ったぞ!」
「おう。」
言葉が少なくても、互いが何をしようとしているのか分かる。
長く一緒にいたからなのか。
それとも。
「…………。」
ふと、昨日の言葉が頭をよぎる。
――人との繋がり。
「カイン!」
「っ!」
考えている場合ではない。
カインは迫ってきた大鴉へ刀を振るった。
◇
「……これで最後か?」
地面に落ちた大鴉を見ながら、セトが息を吐いた。
「多分ねー。」
エイルの【鏡面】が消えていく。
周囲には、倒した大鴉たち。
随分と数が多かった。
「結構いたね。」
「村の人が困るわけだ。」
カインは刀を納める。
「じゃあ、これで依頼完了?」
「一応、周り確認してから戻ろっか。」
「まだいるかもしれねぇしな。」
三人で周囲を見る。
畑、その先の森、空。
「…………。」
静かだった。
「いなさそうだな。」
「だね。」
「じゃ、帰ろっかー。」
エイルがそう言った、その時。
「――カァァァァァッ!」
突然甲高い鳴き声が響き、三人が同時に振り返る。
「……何?」
森。
木々の向こうから、一つの影が飛び上がった。
「…………でか。」
セトが呟く。
大鴉。
だが、先ほどまで相手にしていたものとは明らかに違う。
一回り。
いや、二回りは大きい。
翼を広げれば、人間など簡単に覆い隠せそうなほど。
その大鴉は上空を旋回しながら、三人を見下ろしていた。
「特殊個体……かな。」
カインが刀へ手をかける。
「多分ね。」
エイルの声からも、先ほどまでの軽さが少し消える。
「こいつが群れのボスだったのか?」
「ありえるねー。」
特殊個体。
同じ種類の魔物の中でも、稀に生まれる通常とは大きく異なる個体。
以前、狩人試験で遭遇した狂狼もそうだった。
「じゃあ、こいつ倒せば終わりだな。」
セトが拳を構える。
「多分な。」
カインも刀を抜く。
エイルも腰を落とした。
三人を見下ろしていた大鴉が、ゆっくりと翼を広げる。
「…………。」
エイルの眉が僅かに動いた。
「……ん?」
「どうしました?」
「いや……。」
何かがおかしい。
風が動いている。
大鴉が羽ばたいたからではない。その周囲へ何かが集まっている。
「……待って。」
エイルの表情が変わった。
「二人とも避けて!」
次の瞬間。
大鴉の周囲から、幾つもの風の刃が放たれた。
「っ!?」
三人が咄嗟に飛び退く。
風の刃が地面を抉る。
土が舞い上がり、畑に深い傷が走った。
「なんだ今の!?」
セトが叫ぶ。
「…………。」
カインは刀を構えたまま、大鴉を見上げる。
――知っている。
自分達が使わないせいもあり、選択肢から外していたもの。だが、この世界の人々が当たり前に知っている。
「……魔法?」
「……うん。」
エイルも、信じられないように空を見上げていた。
大鴉が再び翼を広げる。
その周囲に、風が集まっていく。
「魔物が魔法を……?」
三人の戸惑いなど気にもとめず、大鴉は再び魔法を放つのだった。
狂狼以来の特殊個体。
確率的には……あれだ、なんかの色違いくらい。




