そしてこれから
スキル鑑定から数日。
カインたちの日常は、何事もなかったかのように戻っていた。
朝になれば学園へ通い、授業を受け、友人と笑い、家へ帰る。
スキルが分かったからといって、翌日から人生が変わるわけではない。
むしろ変わるのは、これからだ。
十歳で学園へ入学し、五年間、読み書き、計算、歴史、魔法、剣術……この世界で生きるための基礎を学んできた。
そして今年、十六歳になる年。卒業まで残り一年となった今、自分の進む道を決める、それが、この一年だった。
◇
「では授業を始めます。」
教師が教壇へ立つ。
教室には三十人ほどの生徒たち。
つい数日前、それぞれのスキルを授かった十五歳だ。
教師は右手を掲げる。
掌へ小さな炎が灯る。
「火属性基礎魔法、《着火》です。」
「魔法は戦うためだけのものではありません。」
「料理、鍛冶、建築、農業……日常生活の様々な場面で使われています。」
この世界では、魔法は特別な力ではない。誰もが学び、誰もが使う技術、文字を覚えることと同じように、生活に欠かせないものだった。
「では実践。」
教室中で小さな炎が灯る。
「《着火》」
カインの掌にも炎が浮かぶ、教師は頷いた。
「そのまま維持してください。」
「はい。」
その横では。
「……出ろ。」
セトが掌を睨んでいた。
「出ろ。」
ボフッ。
拳ほどの炎が弾ける。
「熱っ!」
「セト。」
「はい!」
「維持です。」
「出ました!」
「維持です。」
「でも出ました!」
教室に笑いが起きた。
「お前毎回勢いだけだな。」
「勢いは大事だ。」
「違うと思う。」
◇
「魔法は努力で誰でも扱えるようになります。」
教師は黒板へ向いた。
「ですが、スキルによって、より得意な分野が生まれることがあります。」
黒板へ文字を書く。
【発火】
【流水】
【疾風】
「これらのスキルを持つ者は、それぞれ対応する属性魔法を伸ばしやすい傾向があります。」
「卒業後、さらに専門的に学びたい者は進学し、自分の適性を磨くことになります。」
教師はそこで、一度言葉を区切った。
「ですが。」
「覚えておいてください、スキルは皆さんの可能性の一つです。」
「人生を決めるものではありません。」
教室が静かになる。
「何を学び。」
「何を目指し。」
「どう生きるか。」
「決めるのは皆さん自身です。」
カインは自分の手を見る。
スキル抜刀
(まだ、何が出来るのか分からない。)
でも。
教師の言葉は少しだけ胸に残った。
◇
午後。
剣術の授業。
木剣がぶつかり合う音が校庭へ響く。
これもまた、学園で全員が学ぶ基礎だった。
騎士になるためではない。
魔物のいる世界で、自分の身を守るため。
「始め!」
教師の合図、カインは相手の木剣を受け流し、半歩踏み込む。
木剣を肩へ当てた。
「そこまで。」
「一本。」
「ありがとうございました。」
礼を交わす。
周囲から声が上がる。
「やっぱり強いな。」
「英雄様の息子だ。」
その声を聞いたセトが首を傾げた。
「いや、違うだろ、毎日親父さんと稽古してんだから当然だろ。」
カインは思わず苦笑する。
英雄の息子だから、ではなく、カイン本人が努力した過程を知っているからこそ、その結果を特別とは思わない。
カインは毎日しっかり努力している、だから出来る、当たり前。
◇
最後の授業。
『卒業後の進路』
農家。
商人。
鍛冶師。
建築師。
研究者。
魔術師。
騎士。
狩人。
教師が次々と職業を書き出す。
「卒業まで残り一年です。皆さんは、この一年で自分の進む道を決めます。」
「なお。」
「狩人志望者は卒業後、狩人登用試験を受験してください。」
教室が少しざわつく。
人気の職業だ。
魔物を討伐し、人々の暮らしを支える。実力次第では国中に名を知られる者もいる。
授業が終わる。
「決めた、俺狩人なるわ。」
唐突にセトが宣言する。
「いや、また急だな、理由は?」
あー…と、セトは頭をかきながら話し出す。
「俺バカだから、進学してもっと勉強とかしたくねぇ。」
「うん。」
「そんでお堅い職業も多分無理、毎日朝から決まった時間から働き始めて、遅れたら怒られるとか、上の言う事聞かないといけないとか、合わない。」
「確かに。」
本当にセトらしいなぁと苦笑したその時だった。
「あ。」
セトが思い出したように顔を上げる。
「そういやアランんち、代々狩人だったよな。」
「あぁ。」
「話聞いてみようぜ。」
◇
放課後。
校門の前でアランを捕まえた。
「アラン!」
「ん?」
「狩人って実際どうなんだ?」
アランは少し考えてから笑った。
「僕、多分ならない。」
「え?」
セトが目を丸くする。
「代々狩人じゃねぇの?」
「そうだけど。」
アランは肩をすくめた。
「僕のスキルさ、【目利き】だったろ?」
「狩人向きじゃねぇの?」
「父さんも最初はそう言ってた。」
でも、と続ける。
「僕、小さい頃から市場見るの好きなんだよなぁ、野菜とか魚とかこれ美味そうだなとか、父さんが獲ってきた獲物を捌くの見るのも好きだったし。」
少し照れくさそうに笑う。
「だからさ、料理人になろうかなって。」
二人は少し驚いた顔をした。
「料理人?」
「うん、目利きならさ、食材の良し悪しわかるし、料理人のおじさんにも向いてるって言われた。」
セトが腕を組む。
「なるほどなぁ…え、親父さん怒んなかった?」
「最初は少し寂しそうだったなぁ。」
アランは笑った。
「でも最後は『お前が決めたなら応援する。』そう言ってくれた。だから…」
「思い切って、この街一番の料理人目指してみる。」
一つの迷いもない笑顔でアランはそう言った。
カインは少しだけ考え込む。
スキル。
家業。
進路。
全部が一つに決まるわけじゃない、自分で決める…そういうことなのかもしれない。
アランと別れた帰り道、セトがぽつりと言った。
「やっぱ俺さ、狩人になりてぇ。」
「自由だから?」
「それもあるんだけどさー…。」
少し笑う。
「俺さ、難しい事考えるより、好きな時に仕事して、好きな時に飯食いたいし。」
「お前らしいな。」
「だろ?」
本当に、セトはセトだなって笑ってしまう。
「カインは?」
「そうだなぁ……。」
空を見上げる。
抜刀。
まだ何が出来るか分からない。
でも、剣は好きだ、身体を動かすのも好きだ、それなら……。
「……俺も。」
「俺も、狩人を目指してみる。」
「よし!」
セトが笑う。
「一緒に受かろうぜ!」
「まだ試験も受けてないだろ。」
「受かる!」
「根拠は?」
「気合!」
「それで受かるなら苦労しない。」
二人は笑いながら歩き出した。
◇
夕暮れ。
「ただいま。」
「お邪魔しまーす!」
いつものようにセトも一緒だった。
「おかえり。」
リアが笑う。
「今日は手伝ってくれる?」
「もちろん!」
「つまみ食いは禁止ね。」
「まだしてない!」
カインは笑いながら庭へ向かう。
そこには木剣を持ったイサナが待っていた。
「帰ったか。」
「ん、ただいま、あのさ親父、今日、進路決めた。」
「ほう。」
「狩人目指す。」
イサナは木剣を一本放る。
「そうか…なら、今日からもう少し厳しくするか。」
ニヤリ、とイサナは笑う。
「え?」
「狩人は、自分で自分を守る仕事だからな。」
渡された木刀を握り、イサナを見つめ直す。
「上等。」
乾いた音が庭へ響く、その様子を窓から眺めながら、セトはこっそり焼きたての肉を摘まむ。
「セト。」
「はい。」
「まだ味付けしてないけど?」
「…………。」
カインは思わず吹き出した。
笑い声。
木剣の音。
夕飯の香り。
卒業まで、あと一年。
まだ何者でもない少年たちの未来は、ここから始まる。
実は作者も調理師です。
アランの成長に期待。
少し修正2026/08/02




