神様なんていねぇ
石造りの大聖堂は、朝日を受けて静かに輝いていた。
高い天井。
色鮮やかなステンドグラス。
中央には純白の女神像が祀られ、その足元には淡い光を放つ水晶が置かれている。
この国で、いや、この世界で最も神聖な場所の一つだった。
そして今日は、この町の十五歳全員が集められる年に一度の日。
スキル鑑定の日。
一年に一度の大イベント、教会の中の静かさに反して、外では出店まで並んで街は活気づいている。
教会の中にはすでに何人もの子供たちが、この日のために用意された長椅子に座り、自分の名を呼ばれるのを待っていた。
緊張した表情。
期待に胸を膨らませる顔。
中には祈るように両手を合わせる親までいる。
その中で、一人だけ異様なほど注目を集めている少年がいた。
「やっぱり似てるな……」
「英雄イサナ様の息子だ。」
「きっと天の付くスキルだろう。」
「間違いない。」
視線の先。
黒髪の少年――カイン。
本人は落ち着いた様子で椅子に座っていた。
隣には幼馴染のセト。
「なぁカイン。」
「何だ?」
「緊張してねぇの?」
「多少は。」
そう答えながらも、顔には苦笑しか浮かばない。
期待していないわけじゃない。
でも、期待し過ぎても仕方がない。
スキルは生まれ持った才能。
誰にも選べない。
「俺さ。」
セトが小さく笑う。
「【打】とか【殴】とかだったら嬉しい。」
「単純だな。」
「いいだろ。」
二人は笑う。
その様子を少し離れた場所から見守る男女がいた。
「落ち着いてるわね。」
優しく微笑むリア。
その隣では腕を組んだイサナが、どこかそわそわしていた。
「あなた?」
「ん?」
「落ち着かない?」
「……別に。」
「嘘。」
「落ち着いてないじゃない。」
リアは笑う。
普段は誰よりも堂々としている夫も、今日ばかりは落ち着かない。
「まぁ……多少は期待はするよ、親だしな。」
リアは少しだけ微笑んだ。
「そうね。」
教会の奥。
一人の神父が祭壇へ歩み出る。
白い法衣、歳は六十ほど。
この町で何十年も鑑定を続けてきた老人だった。
「静粛に。」
ざわついていた教会が、一瞬で静まり返る。
「本日は、皆さんのスキル鑑定の日です。」
「名前を呼ばれた者から前へ。」
淡々とした声。
慣れたものだった。
神父にとっては、毎年繰り返される日常。
珍しいスキルを見ることも珍しくない。だからこそ、彼はどんなスキルが出ようとも驚かない。
「セト。」
「はい!」
セトが前へ出る。
水晶へ手を置く。
淡い光。
数秒後、水晶に表示されたのは
スキル【打破】
「スキル【打破】ですね。」
「おぉ!」
セトが思わず拳を握る。
周囲もどよめく。
「前向きな攻撃系か。」
「狩人向きだな。」
「いいスキルじゃないか。」
セトは満面の笑みで戻ってくる。
「カイン!見たか、なんかよくわかんねぇけど、打とか付いてるから強そうだ!よくわかんねぇけど!」
「良かったな。」
セトらしいな、と思わず笑ってしまう。
「次、お前だ!」
神父が名簿を見た。
「……カイン。」
一瞬。
教会中の空気が変わる。
「来たぞ。」
「英雄の息子。」
「天の付くスキルか……。」
「でも英雄スキルなんて100年に1人出るか出ないかだぞ?」
カインはゆっくり祭壇へ向かった。
水晶の前に立つ、その様子を見てやはり落ち着かない男が1人。
「あなた、落ち着きない。」
隣でいつまでも落ち着かない夫にリアは小さく笑いながら声をかける。
「…落ち着いてる」
「…そうね。」
リアは思わず笑う。
そんなやりとりを尻目に、カインは水晶に右手を置く…思ってたより温かいなと、緊張感の無い感想を心に浮かべた。
その瞬間、水晶が眩く光を放った。
教会中が静まり返る。
神父が目を閉じる。
そして、表示されたのは
スキル抜刀
「スキル……抜刀ですね。」
ほんの僅か…本当に僅かだけ。
“間”があった。
だが、それだけだった。
神父は特に気にした様子もなく続ける。
「以上です。」
一瞬。
静寂。
そして。
「……え?」
「抜刀?」
「天は……?」
「付いてない?」
「英雄スキルじゃないのか?」
教会中がざわめき始める。
「そんな……。」
「普通のスキル?」
「いや、抜刀なら剣士向きか?」
「でも……。」
「英雄の息子が?」
勝手に期待し、勝手に落胆する。
そんな空気が広がっていた。
カインは周囲を見渡す。
別にスキルが嫌だったわけじゃない。
むしろ。
(剣術は得意な方だし。)
(抜刀なら、もっと剣を磨けばいいか。)
それくらいにしか思っていなかった。
イサナも少し目を丸くしていた。
(……抜刀。)
(へぇ。)
(そう来たか。)
どこか楽しそうですらある。
リアはカインを見つめ、小さく微笑んだ。
カインは祭壇を降りる。
セトが慌てて駆け寄ってきた。
「カイン!剣じゃん、お前剣術得意だし悪くないって!」
あぁ…セトはやっぱりセトだなぁ、とカインは思わず笑ってしまう。
「そうだな。」
教会を出る。
家族より少し遅れて、一人だけ足を止める。
青い空を見上げた。
期待していなかった。
そう言えば嘘になる。
でも。
「ま、そうだよな。」
英雄の息子だからといって。
自分まで英雄になれるほど、世の中は都合良くできていない。
「神様なんていねぇ……な。」
遠くで、セトの声がした。
「カイーン、この屋台のやつ美味そうだぞー!」
カインは少しだけ笑うと、皆の待つ方へ歩き出した。
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