三日会わざれば
魔王城。
見慣れた城を前にして、リムは足を止めた。
「…………。」
久しぶりに帰ってきた。
元々ここを出たのは、アベルに頼まれて人間を調べるため。
人間とはどんなものなのか、それを知るためだった。
「…………。」
リムは自分の手に握られた、小さなガラス玉を見る。
アベルへの報告には、必要のないもの。
それをそっとしまうと、リムは魔王城へと足を踏み入れた。
◆
「アベル様、遅くなりました。」
広い部屋に、リムの声が響く。
「ああ。」
アベルはリムを見る。
「今回は随分かかったな。」
一瞬だけ、リムの返事が遅れた。
「……はい。色々ありまして。」
「そうか。」
アベルは頷き、しばらくリムを見る。
「…………?」
「アベル様?」
「……何でもない。」
「そうですか……?」
何かが違う、そんな気がした。
だが、何が違うのかは分からない。
「人間はどうだった?」
「…………。」
問われて、リムは考える。
魔王城を出る前、人間について知っていることなど、ほとんどなかった。
ただ、怖い。
自分が魔族だと知られたら、何をされるか分からない。
だから隠れて、できるだけ関わらないようにしていた。
実際。
魔族だと知られた時、恐れられた。
嫌われた。
……けれど。
「……まだ、よく分かりません。」
「何故だ?」
「色々な人が、いましたので。」
「色々?」
「はい。」
リムは小さく頷く。
「私が魔族だと知って、怖がった人もいました。嫌う人も……いました。」
「そうか。」
「でも……。」
思い浮かぶ。
自分を庇ってくれた人。
魔族だと知っても、何も変わらなかった人。
いつの間にか、自分を妙な呼び方で呼ぶようになった人。
「優しい人も、いました。」
「…………。」
「だから……人間がどういうものなのかは、まだ分かりません。」
「そうか。」
「……すみません。」
「何故謝る?」
「え?」
「分からないと分かったのだろう?」
「…………。」
リムは瞬きをする。
「なら、何も知らなかった時とは違う。」
「…………はい。」
「それでいい。」
アベルはそれだけ言って、また尋ねた。
「他には?」
「……はい。」
リムは少し考えてから、口を開く。
「不思議なことが、ありました。」
「不思議なこと?」
「カインさんのスキルについてです。」
◆
「【スキル抜刀】?」
アベルがその名前を繰り返す。
「それが、その人間のスキルなのか?」
「はい。ですが、カインさん自身も、詳しくは分かっていないようでした。」
「何故だ?」
「ずっと、使えないスキルだったそうです。」
「…………。」
アベルは首を傾げる。
「使えないのに、スキルなのか?」
「……私にも分かりません。」
「そうか。」
「ですが……。」
リムは自分の手を見る。
「カインさんは、私の【隔帳】を使いました。」
「…………。」
アベルの目が、僅かに細くなる。
「お前のスキルを?」
「はい。」
「何故使えた?」
「……分かりません。私も、何が起きたのか分かりませんでした。」
「そうか。」
アベルは考える。
「俺の【簒奪】に似ている。」
「……そうなのですか?」
「ああ。」
アベルは自分の手を見る。
「俺も、他の者のスキルを使える。」
「はい。」
「だが……。」
少し考えてから、リムを見る。
「カインが【隔帳】を使っている間、お前は?」
「……使えませんでした。」
「何故だ?」
「分かりません。」
「俺が【簒奪】でスキルを使っても、相手は使える。」
「……はい。」
「だが、カインが使えば、お前は使えない。」
「はい。」
「…………。」
アベルはしばらく黙った。
「違うな。」
「……はい。」
「何故違う?」
「…………分かりません。」
「そうか。」
似ている。
だが、同じではない。
「その時、何か変わったことはなかったか?」
「変わったこと……。」
リムは記憶を辿る。
「カインさんの刀が、光っていました。」
「刀?」
「はい。それから……私の【隔帳】が使えなくなって、カインさんが使えるようになりました。」
「刀に何かあるのか?」
「分かりません。」
「何故、今まで使えなかった?」
「それも……。」
「何故、その時は使えた?」
「…………。」
リムは少しだけ困った顔になる。
「すみません。分からないことばかりで……。」
「そうか。」
アベルは少し考えて。
「なら、本人に聞けば分かるか?」
「……カインさんも、よく分かっていませんでした。」
アベルがまた首を傾げた。
「誰も分からないのか?」
「……はい。」
「そうか。」
どうやら、それ以上考えても答えは出そうにない。
アベルは一度、その疑問を置いた。
「何故、【隔帳】を使った?」
「え?」
「そのカインという人間は、何故お前の【隔帳】を使う必要があった?」
「あ……。」
リムが少しだけ視線を逸らす。
「それは……。」
「何故だ?」
「…………ジェイドさんに、襲われまして。」
「…………。」
アベルが止まる。
「何故だ?」
「……人間と一緒にいたから、だと思います。」
「…………。」
少しの沈黙。
「ジェイドを呼んでくれ。」
◆
「なんだ?」
しばらくして、ジェイドがやってきた。
いつもと変わらない様子で部屋へ入り、リムを見つける。
「なんだ、帰ってたのか。」
「……はい。」
「ジェイド。」
「ん?」
「リムを襲ったのか?」
「…………。」
ジェイドが止まった。
「あー……まぁ、襲ったな。」
「何故だ?」
「人間と一緒にいたからだよ。」
「何故、人間と一緒にいると襲う?」
「いや、人間側についたと思うだろ。」
「何故だ?」
「…………。」
ジェイドが眉を寄せる。
「リムは俺が人間を調べるために向かわせた。」
「……そうだな。」
「人間を調べるなら、人間と一緒にいることもある。」
「まあ……あるな。」
「なら、何故人間側についたと思った?」
「…………。」
「何故だ?」
「…………いや。」
ジェイドが頭を掻く。
「そう見えたから?」
「何故、リムに聞かなかった?」
「…………。」
「聞けば分かったのではないか?」
「……まあ。」
「なら何故、聞かなかった?」
「…………。」
ジェイドが黙る。
アベルは怒鳴らない。
責めるような声でもない。
ただ、分からない。
だから聞いている。
「ジェイド。」
「……なんだよ。」
「何故そうした?」
「…………。」
ジェイドはしばらく黙っていた。
やがて、大きく息を吐く。
「……悪かった。」
「リムにか?」
「ああ。」
ジェイドがリムを見る。
「悪かったな。」
「……はい。」
「もうするな。」
「分かったよ。」
「そうか。」
アベルは頷く。
「ならいい。」
ジェイドは何とも言えない顔をしていた。
◆
「ジェイド。」
部屋を出たところで、また声をかけられた。
「……今度はなんだよ。」
振り返る。
そこにはグラムとアレイがいた。
「アベルには、アベルの考えがある。」
「……ああ。」
「リムはその命を受け、自分の役目を果たしていた。」
「分かってるよ。」
「ならば、リムは我らの仲間だ。」
「…………。」
「勝手なことをするな。」
グラムはそれだけ言った。
「……分かったって。」
「ならいい。」
「今日は散々だな……。」
「自業自得では?」
アレイが横から言う。
「お前まで言うのかよ。」
「事実ですので。」
「ったく……。」
ジェイドは頭を掻きながら、廊下の向こうへ歩いていく。
その姿が見えなくなってから、アレイが小さく息を吐いた。
「ジェイド様も、もう少し魔王軍幹部としての自覚を持っていただければよいのですが。」
「確かにな。」
グラムもあっさりと頷く。
「実力は申し分ないのですが。」
「……いや、奴はまだ未熟だ。」
グラムはジェイドが去った先を見る。
「一対一では、粗さもある。精神的にもな。」
「……随分と厳しい評価ですね。」
「事実だ。」
「ですが、幹部に置くことには反対されなかった……何故です?」
「簡単だ。」
グラムは答える。
「一対多ならば、話が変わる。」
「…………。」
「特に乱戦。」
ほんの少しだけ間を置いて。
「あいつ以上は、そういないぞ。」
「…………。」
アレイも、ジェイドが消えた廊下を見る。
「なるほど。」
「だからこそ、もう少し考えて動けばいいのだがな。」
「それについては、私も同感です。」
◆
「以上です。」
報告を終え、リムは頭を下げた。
「そうか。」
「……はい。」
「ご苦労だった。」
「ありがとうございます。」
これで、人間を調べるという役目は終わった。
結局、人間が何なのか。それについては、はっきりとした答えは出なかった。
それでも。
魔王城を出る前より、知っていることはずっと増えた。
「では、失礼します。」
「ああ。」
リムが部屋を出ようとする。
「……リム。」
「はい?」
呼び止められ、振り返った。
アベルがリムの手元を見ている。
「それは何だ?」
「……これ、ですか?」
リムは小さなガラス玉を取り出した。
「ガラス玉です。」
「ふむ……何かに使うのか?」
聞かれて、リムは少し考える。
「何にも、使いません。」
「何にも?」
「……はい。」
アベルが首を傾げる。
「では、何故買った?」
リムは掌を見る。
そこには小さなガラス玉。
光を受けて、透明な中に淡い色が浮かぶ。
「必要はありません……でも。」
リムはガラス玉を見つめる。
「綺麗だったので。」
「…………ふむ。」
「綺麗だと思って……欲しいと、思いました。」
アベルは黙ってリムを見る。
少し前までのリムならば、必要のないものを自分から欲しがっただろうか。
そんなことを考えたのか。
それとも、何も考えていなかったのか。
ほんの僅か。
気のせいかと思うほど。
アベルの表情が柔らかくなった。
「……そうか。」
多分ジェイド、この後無骨担いでどっか行く。




