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陽だまり

 エイルの家の大掃除から数日、リムの足はすっかり良くなっていた。


 最初は歩くだけでも痛んでいた足も、今ではカインたちの仕事について行けるほどになっている。


 街を歩くことにも慣れた。


 人間と話すことにも、少しだけ慣れた。


 そして。


「リムち、おはよー。」


「……おはようございます、エイルさん。」


 この呼び方にも、いつの間にか慣れていた。


「いやー。」


 エイルは何故か満足そうに頷く。


「おねーさん嬉しいなーって。」


「……何がでしょうか。」


「最初なんてリムちって呼んでも『……私、ですか?』って。」


 言われて、リムは少しだけ視線を逸らした。


「……もう、分かりますので。」


「そっかそっか。」


「なんでエイルさんが嬉しそうなの?」


「いいじゃん、別に。」


 朝食を食べながら、カインが首を傾げる。


 その隣では、セトが既に二つ目のパンへ手を伸ばしていた。


 いつもの朝。


 いつもの四人。


 いつの間にか、それが当たり前になっていた。


「…………。」


 リムは三人を見る。


 ここへ来たのは、人間を調べるためだった。


 アベルから頼まれて、人間がどんなものなのかを知るために魔王城を出た。


 そして、随分と長くここにいる。


 足も治った。


 人間についても、最初よりずっと知ることができた。


 なら。


「……あの。」


「ん?」


 カインが顔を上げる。


「どうした?」


「…………。」


 少しだけ、言葉が出なかった。


 何故なのかは、自分でもよく分からない。


「……私、そろそろ戻ろうと思います。」


「戻る?」


「はい。」


 リムは小さく頷いた。


「……魔王城へ。」


「…………。」


 三人の動きが止まった。


「え。」


 最初に声を上げたのはエイルだった。


「リムち、帰るの?」


「……はい。」


「いつ?」


「今日にでも、と。」


「今日!?」


 エイルの声が少し大きくなる。


「……何か問題がありましたか?」


「あるよ!」


「えっ。」


「聞いてない!」


「今、お話ししたのですが……。」


「そういうことじゃなくてー。」


「……?」


 困ったように首を傾げるリムを見て、カインがエイルを見る。


「でも、リムは元々そのために来てたんだし。」


「分かってるけどさー。」


 エイルは少しだけ唇を尖らせる。


「足も治ったし、そろそろ報告に戻らないといけないんでしょ?」


「……はい。」


「そっかぁ。」


 エイルは少しだけ残念そうに呟いた。


 セトもパンを食べる手を止める。


「まあ、帰らないわけにもいかねぇよな。」


「……すみません。」


「だからなんで謝んだよ。」


「……なんとなく。」


「リムち、そういう時は謝らなくていいの。」


「……はい。」


 エイルは少し考える。


「よし。」


 そして、手を叩いた。


「じゃあ今日、仕事なし。」


「え?」


 カインが瞬きをする。


「いいの?」


「いいのいいの。おねーさんが決めました。」


「エイルさんが決めることなのか?」


「細かいこと気にしない。」


 セトの言葉を軽く流して、エイルはリムを見る。


「リムち今日帰るんでしょ?」


「……はい。」


「だったら今日は遊ぼっか。」


「…………遊ぶ?」


「そ。」


 リムは首を傾げた。


「……何をするのでしょうか。」


「それを決めずに出かけるのも遊びだよ。」


「…………?」


「よし、行こー。」


「今から?」


「ご飯食べたらね。」


「俺まだ食うぞ。」


「セトは早く食べて。」


「今食ってるだろ。」


     ◇


 四人は目的地も決めず街を歩く。


 依頼を受けに役所に行くでもなく、何かを調べるためでもない。


 ただ、歩く。


「……本当に、何もしないのでしょうか。」


「してるじゃん。」


「……何を?」


「遊んでる。」


「…………。」


 リムには、まだよく分からなかった。


 これまで街を歩く時には、いつも理由があった。


 人間を調べるため。


 何かを買うため。


 カインたちの仕事について行くため。


 ……今日は、そのどれでもない。


「リムち、あれ食べよ。」


「……食べるのですか?」


「うん。」


「先ほど朝食を……。」


「甘いものは別。」


「それエイルさんも言うんだ。」


「カイン、女の子には色々あるの。」


「……女の子?」


「……何?」


「あ、俺も食う。」


「セトはただ食べたいだけでしょ。」


 そんなことを話しながら、店先で買った菓子を四人で食べる。


「リムちどうー?」


「……美味しいです。」


「でしょ?」


 エイルが笑う。


 それからも、いくつかの店を覗いた。


 服。


 日用品。


 食べ物。


 特に買うものがなくても、エイルは店を見つけるたびに立ち寄る。


「これ、リムちに似合いそう。」


「……私には少し派手では。」


「似合うって。」


「でも……。」


「今日は見るだけ見るだけ。」


「……はい。」


 何も買わない。


 何の役にも立たない。


 それなのに。


「…………。」


 不思議と、嫌ではなかった。


     ◇


「リム?」


 少し先を歩いていたカインが振り返る。


「どうした?」


「……いえ。」


 リムは小さく首を振った。


 いつの間にか、足が止まっていた。


 道沿いに並ぶ小さな露店、その一角。


 いくつもの小さなガラス玉が、籠の中に並べられている。


 透明なもの。


 色のついたもの。


 夏の日差しを受けて、きらきらと輝いていた。


「…………。」


「リムち。」


「……はい?」


 隣にエイルがいた。


「欲しい?」


「え?」


「あれ。」


 エイルがガラス玉を指差す。


「ずっと見てるから。」


「…………。」


 リムはもう一度、ガラス玉を見る。


「……いえ。」


「欲しくない?」


「…………。」


 答えようとして、少しだけ迷った。


「……綺麗だとは、思います。」


「じゃ、見よっか。」


「え?」


 エイルはそのまま露店へ向かう。


「ほら、リムち。」


「……はい。」


 促され、リムもその隣へ立った。


 近くで見ると、一つ一つ少しずつ違う。


 形も。


 色も。


 光の入り方も。


「どれがいい?」


「……どれ?」


「欲しいやつ。」


「えっと…………。」


 リムは困ったようにガラス玉を見る。


「でも……これは、何に使うものなのでしょうか。」


「んー?」


 エイルもガラス玉を一つ手に取った。


「別に何にも?」


「……何にも?」


「飾ったり、眺めたり。子供が遊んだりもするんじゃない?」


「…………。」


「何かに使わないとダメ?」


「……いえ。」


 分からない。


 何にも使わないものを、何故買うのだろう。


「必要、ありませんよね。」


「うん。」


 あっさりと、エイルは頷いた。


「全然。」


「…………。」


「でもリムち、欲しいんでしょ?」


「…………。」


 欲しい……のだろうか。


 リムはもう一度、籠の中を見る。


 その中に一つ、透明な中に淡い色が混じった、小さなガラス玉があった。


 手を伸ばす。


 掌に乗せると、光が透けた。


「…………綺麗。」


 思わず、声が漏れた。


「それにする?」


「……え。」


「一番気に入ったんでしょ?」


 リムは掌のガラス玉を見る。


「…………。」


 何にも使わない。


 なくても困らない。


 持っていたところで、何かができるようになるわけでもない。


 それでも。


「……はい。」


 リムは小さく頷いた。


「これが……いいです。」


「じゃ、決まり。」


 エイルが笑った。


     ◇


 夕方。


 街の外まで、三人はリムを見送りに来ていた。


「じゃあリムち、気をつけてね。」


「……はい。」


「またねー。」


「…………。」


 リムは少しだけ黙った。


「セトさんも……ありがとうございました。」


「おう。」


「エイルさんも。」


「うん。」


「カインさんも……。」


 カインを見る。


 初めて会った時、ただ変な人だと思った。


 私が魔族だと分かっても、庇ってくれた人。


 ジェイドさんから、私を助けようとしてくれた人。


 そして。


 私の【隔帳】を使った人。


「……ありがとうございました。」


「うん。」


 カインはいつも通り頷いた。


「またな。」


「…………。」


 リムは瞬きをする。


「……また?」


「うん。」


 カインは不思議そうに首を傾げた。


「また会うだろ?」


「……そう、なのでしょうか。」


「会わないの?」


「い、いえ。」


 思わず否定する。


「……会いたい、です。」


「じゃあまた会うだろ。」


「…………。」


 随分と簡単に言う。


 リムは少しだけ俯いた。


 手の中には、今日買った小さなガラス玉。


 何の役にも立たない。


 ただ綺麗だから。


 初めて、それだけの理由で欲しいと思ったもの。


 それを、そっと握る。


「……はい。」


 顔を上げた。


「また。」


 そしてリムは、三人に背を向ける。


 少し歩いてから、もう一度振り返った。


 エイルが大きく手を振っている。


 セトも手を上げた。


 カインもこちらを見ている。


「…………。」


 リムも、小さく手を振った。


 それから再び歩き出す。


 魔王城へ。


 アベルの元へ。


 人間について、報告するために。


 何を話せばいいのか。


 以前より、ずっと増えていた。


 そしてその手には。


 報告には必要のない、小さなガラス玉が握られていた。

リムち、はじめての宝もの。

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