天は二物以上を与えたが
「そういえばさー。」
朝食を終え、今日の予定を話していたところで、エイルがふと思い出したように口を開いた。
「今日、おねーさん家寄っていい?」
「エイルさんの家?」
「そ。しばらく帰ってなかったし、一回様子見とこうかなーって。」
「じゃあ俺たちは仕事行ってくる?」
「いやいや。」
立ち上がろうとしたカインを、エイルが止める。
「手伝ってよ。」
「何を?」
「…………片付け?」
「なんで疑問形なんだよ。」
セトが怪訝そうな顔をする。
「ちょっと散らかってるんだよねー。」
「ちょっと?」
「ちょっと。」
「……まあ、俺はいいけど。」
カインがリムを見る。
「リムは?」
「私も、大丈夫です。」
「じゃ、決まりだね。」
エイルは満足そうに頷いた。
「四人いればすぐ終わるでしょ。」
◇
「はいただいまー。」
一人だけいつも通りのエイルが、久しぶりの自宅へ足を踏み入れる。
カインは開け放たれた扉の向こうを見た。
床には脱ぎっぱなしらしい服、椅子の背にも服。机には本やら何かの道具やらが積み上がり、その隙間に食器まで置かれている。
壁際には仕事で使うらしい道具、何が入っているのか分からない袋、そして、その上にまた服。
「エイルさん。」
「ん?」
「これ、ちょっと散らかってるっていう?」
「うん。」
「…………。」
セトが部屋を見渡した。
「大分じゃね?」
「失礼だなぁ。」
「いや、事実だろ。」
「じゃあセト、自分の部屋綺麗なの?」
「……。」
「ほらね、細かいこと気にしないの。」
リムは無言で部屋を眺めていた。
昨日、森の中を四人に増えて駆け回り、一人で五件もの依頼を終わらせた人。
カインの不思議なスキルについても、落ち着いて考えていた。
強くて。
綺麗で。
明るくて。
何でもできる人なのだと思っていた。
「…………。」
「リムち?」
「……いえ。」
リムは少しだけ首を振る。
――エイルさんにも、苦手なことがあるんですね。
何故だか、少しだけ安心した。
「よーし。」
エイルが腕をまくる。
「じゃ、大掃除しよっか。」
「大掃除って認めた。」
「うるさいなぁ。」
◇
「これ捨てていい?」
「ダメー。」
「じゃあこれは?」
「それもダメ。」
「これ。」
「使う。」
「これも?」
「それ探してた!」
カインは手にした小物を見、そしてエイルを見る。
「片付かなくない?」
「片付く片付く。」
「捨てるもの一個もないけど。」
「必要なものばっかりだからねー。」
「じゃあせめてしまえよ。」
少し離れたところでは、セトが家具を動かしている。
「おいエイルさん! この箱なんなんだ!?」
「開けないで!」
「なんで!?」
「昔のもの色々入ってるから!」
「余計気になる!」
「開けたら殴るよ?」
「やめときます。」
そんな二人を横目に、リムは床に散らばっていた服を一つずつ集めていた。
「エイルさん。」
「んー?」
「こちらは……洗濯してもいいものですか?」
「いいよー。あ、こっちのもお願いしていい?」
「はい。」
「助かるー。」
リムが服をまとめていく。
その手際を、エイルは何となく眺めた。
「リムち、こういうの得意?」
「……普通だと思います。」
「…………。」
「エイルさん?」
「なんでもない。」
「普通だって。」
横からカインが言う。
「聞こえてる。」
「普通だってよ。」
「セトまで言わなくていいの。」
エイルは少しだけ唇を尖らせた。
「おねーさんだって、やろうと思えばできるから。」
「じゃあなんでこうなったの?」
「…………。」
「エイルさん?」
「仕事してた方が楽。」
エイルはそう言って、自分も服を拾い始めた。
「はいはい、おねーさんもやりますよー。」
「エイルさん、こっちにお願いします。」
「…………。」
リムが指差す。
エイルの手が止まる。
「……こっち?」
「はい。」
「…………。」
「エイルさん?」
「リムちがお嫁さんに来てくれないかなぁ。」
「え?」
「カイン、リムちちょうだい。」
「なんで俺に聞くの?」
「…………?」
当のリムだけが、よく分かっていない顔をしていた。
◇
昼を過ぎる頃には、部屋の中も随分と片付いていた。
「おー。」
エイルが見違えるようになった自室を見渡す。
「床ってこんなに広かったんだ。」
「それ自分の家で言う?」
「久しぶりに見た。」
「掃除しろよ……。」
セトが呆れたように呟く。
カインも額の汗を拭った。
「思ったより大変だったな。」
「四人でこれなんだから、一人じゃ無理だったねー。」
「最初から俺たち呼ぶ気だった?」
「…………まさかぁ。」
「大分間があったなぁ。」
夏の日差しが窓から差し込んでいる。
掃除で動き回ったこともあり、部屋の中はかなり暑かった。
「やっぱ暑いねぇ。」
エイルが手で顔を扇ぐ。
ふと見ると、リムも少し汗をかいていた。
いつも通り、深く黒いフードを被ったままだ。
「リムち、暑くない?」
「……少し。」
「ここじゃ耳隠さなくていいんだし、脱いだら?」
「…………。」
リムは少しだけ迷った。
カインとセト、そしてエイル。
ここにいる三人は、自分が魔族だと知っている。
……隠す必要はない。
「……そうですね。」
リムはゆっくりとフードへ手をかけた。
黒い布が外れる。
その中に隠れていた銀色の髪が、さらりと肩へ落ちた。
尖った耳も、今は隠さない。
「…………。」
エイルは思わず見た。
昨日、とんでもない美少女だとは思った。
思ったのだが……フードのない姿を改めて見ると。
「……エイルさん?」
「いやー……。」
エイルは少しだけ目を細める。
「リムち、やっぱ可愛いねぇ。」
リムは困ったように視線を逸らした。
「え、いや、そんなこと……。」
「あるある。」
「……ありがとうございます。」
まだ慣れてはいないらしい。
それでも昨日までのように強く否定せず、小さく礼を言う。
エイルは満足そうに頷いた。
「よしよし。」
「何がよしよしなんだ?」
「カインは黙ってて。」
「なんで?」
◇
「エイルさん、こちらも洗っておきますね。」
「ありがとー。」
掃除が一段落し、今度は溜まっていた洗濯物を片付けていた。
さすがに暑かったのか、リムはフードだけでなく黒い上着も脱いでいる。
家の中。
周囲に知らない人間はいない。
だからなのだろう、いつもより少しだけ背中も伸びていた。
「…………。」
エイルが何となく振り返る。
薄着になったリムが、洗濯物を仕分けている。
「…………。」
目が止まった。
昨日気づいたが、リムはちょっと見ないくらい顔がいい。
今日、フードを脱いだ姿を見て、それを改めて確認した。
「…………。」
そして、エイルの視線がほんの少し下がる。
「…………。」
自分を見る。
リムを見る。
もう一度、自分を見る。
「…………。」
「……エイルさん?」
「ん?」
「どうかしましたか?」
「…………いや。」
エイルは何事もなかったように前へ向き直った。
「なんでもないよー。」
「……そうですか。」
リムは首を傾げて、また洗濯へ戻る。
エイルはそっと息を吐いた。
自分だって決して小さい方ではないし、なんならある方だし、自覚もある。
それは分かっている、分かっているのだが。
もう一度だけ。
ちらり。
「…………。」
やっぱり。
エイルは戦慄した。
(リムち……。)
顔がいい。
性格もいい。
強力なスキルまで持っている。
その上。
(……おねーさんより大きいじゃん。)
何も知らずに洗濯を続ける少女を見つめながら。
エイルは心の中で、静かに呟いた。
(リムち……恐ろしい子……!)
属性なんてなんぼ盛ってもいいですからね。




