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掴めるもの、掴めないもの

「リムち、おはよー。」


 朝。宿の一階へ降りてきたリムは、聞き慣れない呼び方に足を止めた。


「…………?」


 リムち……?


 辺りを見回してみる。


 朝食を取っているカインとセト。その向かいには、こちらへ手を振っているエイルがいる。


「リムち?」


 もう一度呼ばれた。


 リムち……あ、もしかして。


「……私、ですか?」


「そうそう。リムち。」


 リムは自分を指差した。


「……リムち?」


「うん。可愛いでしょ?」


「…………?」


 よく分からない。


 昨日までは確か、普通にリムちゃんだったはずなのだが。


「エイルさん。」


「んー?」


「昨日までリムちゃんだったよね?」


 どうやらカインも同じことを思ったらしい。


「そうだねー。」


「なんで変わったの?」


「いいじゃん、細かいこと気にしないの。」


「……そういうものなのでしょうか。」


「そういうものそういうもの。ほら、リムちもご飯食べよー。」


「……はい。」


 まだ少し首を傾げながら、リムは空いていた席へ腰を下ろした。


「リムち、これ食べる?」


「……いただきます。」


「リムち、そっち取ってー。」


「これですか?」


「そうそう。ありがと。」


「はい。」


「リムち、昨日ちゃんと寝れた?」


「はい。よく眠れました。」


「そっかそっか。」


 セトが食事の手を止めた。


「エイルさん……リムちって言いたいだけになってね?」


「……そんなことないよ?」


「今めちゃくちゃ言ってたぞ。」


「可愛いからいいじゃん。」


「……?」


 どうやら褒められているらしい。


 リムが困ったように首を傾げる。


 それを見て、エイルは満足そうに頷いた。


「うん。リムち可愛いねぇ。」


「……そう、でしょうか。」


「そうそう。昨日だってさー。」


 エイルはパンをちぎりながら、昨日の出来事を思い出す。


「カインが危ないって思ったら、すぐ【隔帳】使って……。」


 その手が止まった。


「…………。」


「エイルさん?」


「……あれ?」


 エイルはパンを持ったまま、カインを見る。


「そういやカイン。」


「ん?」


「リムちの【隔帳】、使ったって言ってたよね?」


「……ああ。」


 カインも少し遅れて頷く。ジェイドに襲われたあの日、カインは確かにリムの【隔帳】を使った。


「使ったよ。」


「……どうやって?」


「分かんない。」


「え、分かんないの?」


「まぁ……うん。」


 あまりにもあっさり答えられて、エイルが瞬きをする。


「じゃあ、もう一回できる?」


「どうかなぁ。」


「試した?」


「……試してはいない。」


「なんで?」


「色々あったから……。」


「あー……。」


 エイルも、その後の話は聞いている。


 ジェイドに襲われて。


 なんとか生き延びて。


 怪我をしたリムを連れて街へ戻って。


 その後、自分と再会した。


 確かに、落ち着いて試している暇などなかったのだろう。


「まあ、それはそうか。」


 エイルは納得して、残りのパンを口に入れる。


「……いや、でもさ。」


 飲み込む。


「それ、結構とんでもないことだからね?」


「そうなの?」


「そうなのって……。」


 エイルが額を押さえた。


「スキルって、その人が持ってる固有のものな訳で。普通、どうやったって他人のスキルなんて使えないの。」


「まあ……そうだね。」


「それをカインは使ったんでしょ?」


「うん。」


 エイルは少し考える。


「……今日、調べよっか。」


「今から?」


「気になるじゃん。」


     ◇


 朝食を終えた四人は、街の外へ出ていた。


 人目のない場所まで移動すると、カインは腰の刀を抜く。


「じゃ、やってみよっか。」


「やるって言っても……。」


 刀を手にしたまま、カインはリムを見る。


「どうすればいいんだろ。」


「……私にも分かりません。」


「前は?」


 エイルに聞かれ、カインは首を傾げた。


「何かしようとしたわけじゃないんだよな。」


「気づいたら使えてた?」


「そんな感じ。」


「ふーん……。」


 エイルが腕を組む。


「じゃあ、とりあえず今は意識してやってみたら?」


「何を?」


「リムちのスキルを借りるって。」


「なるほど。」


「リムちも逆。カインに貸すって思ってみて。」


「……分かりました。」


 リムが頷く。


 カインは手にした刀を見る。


 あの日、この刀には確かにリムの【隔帳】が宿っていた。


「……借りるよ、リム。」


「はい。」


 リムも少し緊張したように頷いた。


「私の【隔帳】を……カインさんに。」


「…………」


 カインは意識を刀へ向ける。


 リムの力を借りる、そう意識した時だった。


 リムの胸元から小さな光が溢れ、カインの刀に纏われる。


「……え?」


「なんか光ったな。」


 エイルとセト、初めて見る二人は驚き目を瞬かせる。


「……うん、できた。」


 上手く説明できないが、確かに感じる。


 あの日と同じものが、手にした刀へ宿っている。


「多分、使える。」


「え、こんなあっさり?早いなぁ……。」


 半信半疑のエイルを横目に、カインは意識を集中させる。


「うーん……あ、セト、ちょっと石投げて。」


「あいよー。」


 カインに促されるまま、セトは石を軽く投げた。


 カインは刀を構えたまま動かない。


 そして投げた石は、刀身以外の何かにぶつかってそのまま落ちる。


 四人揃って黙る。


「……できた。」


「……できましたね。」


 リムも驚いたように壁を見る。


「いや、できるんだ……。」


 エイルが呟いた。


「もっと苦労するかと思った。」


「俺も。」


「私もです……。」


「じゃあ次、俺!」


 セトが勢いよく手を挙げた。


「俺の【打破】も使えるんじゃね?」


「試してみる?」


「おう!」


 カインは一度、刀を鞘へ納める。


 その瞬間、刀に宿っていた【隔帳】の感覚が消えた。


「……やっぱり納めると消える。」


「前もそうだったんだよね?」


「うん。」


 改めて刀を抜き、今度はセトを見る。


「じゃあ、借りるぞ。」


「おう! 貸す!」


「…………?」


 何も起こらない。


「……あれ?」


 セトが首を傾げた。


「何も感じない。」


「もっとちゃんと借りろよ。」


「ちゃんとって何だよ。」


「俺の【打破】だぞ?」


「知ってるよ。」


「じゃあ、もう一回!」


「やってみるけど……。」


 カインは刀へ意識を向ける。


「セトの【打破】を借りる。」


「貸す!」


「…………。」


 やはり何も起こらない。


「なんでだよ!?」


「俺に聞くなよ!」


「はいはい。」


 エイルが二人の間に入る。


「じゃあ、おねーさんのも試してみよっか。」


「【鏡面】?」


「そ。好きに使っていいよ。」


「分かった。」


 カインはそのまま刀を手に、今度はエイルへ意識を向ける。


 エイルの【鏡面】を借りる。


 エイルも、貸すつもりでカインを見る。


「…………」


 何もない。


「……ダメだ。」


「みたいだね。」


「じゃあ、リムだけ?」


 セトがリムを見る。


「……私、だけなのでしょうか。」


 リム自身も不思議そうだった。


「少なくとも今は、そうみたい。」


 エイルは腕を組んだ。


「でも、変だね。」


「何が?」


「だってカイン、セトとはずっと一緒なんでしょ?」


「うん。」


「おねーさんとも昔から知ってるし。」


「そうだね。」


「なら、単純に仲がいいとか、信用してるとかじゃない。」


「……確かに。」


 カインが頷く。


「それに、本人が貸していいと思ってるだけでもダメ。」


「俺、めちゃくちゃ貸す気だったぞ。」


「うん。見れば分かる。」


「じゃあ、何が違うんだ?」


「それを考えてるの。」


 エイルは少し黙った。


 それから、リムを見る。


「リムちの【隔帳】を最初に使った時のこと、もうちょっと詳しく聞いていい?」


「……はい。」


 リムは小さく頷いた。


「何があったの?」


「ジェイドさんに、襲われて……。」


 リムは、あの日のことを話し始めた。


 ジェイドが現れたこと。


 戦いになったこと。


 自分では、どうにもできなかったこと。


 そして。


「カインさんが、来てくれました。」


「それで?」


「…………」


 リムは少しだけ迷った。


「あの時……。」


 思い出す。


 勝てないと思った。


 逃げることもできない。


 それでも、カインが目の前にいた。


「カインさんなら……。」


「うん?」


「……助けて、と。」


 小さな声だった。


「カインさんになら、助けてと言ってもいいのかなって……そう思いました。」


「…………」


 カインは黙ってその言葉を聞いていた。


「カインは?その時、何考えてた?」


 エイルに聞かれ、カインは少しだけ考える。


「……助けたかった。」


「リムちを?」


「うん。」


「ジェイドって、めちゃくちゃ強かったんでしょ?勝てないって思わなかった?」


「思ったよ。」


「それでも?」


「……それでも。」


 カインは少し首を傾げた。


「助けたかったから。」


「…………」


 エイルは黙った。


 カインを見る。


「?」


 リムを見る。


「……?」


 もう一度、カインを見る。


「何?」


「…………いや。」


 ――こいつら。


 いや。


 会ってすぐだったのは分かっている。


 別に、そういう話をしているわけでもない。


 それは分かっているのだが。


 ――それにしてもさぁ……!


「エイルさん?」


「なんでもない。」


「さっきからそれ多くない?」


「気のせい気のせい。」


 エイルはひらひらと手を振った。


「まあ、とりあえず分かったのは。」


 一本ずつ指を立てる。


「一度使ったリムちの【隔帳】なら、二人が意識すればもう一回使える。」


「うん。」


「でも、セトとおねーさんのスキルは使えない。」


「うん。」


「だから、最初に使えるようになる時には……何か別の条件がある。」


「……条件。」


 カインは呟いた。


「それが何なのかは?」


 セトが聞く。


「分かんない。」


「結局分かんねぇのかよ。」


「しょうがないでしょ。試せること少ないんだから。」


 エイルが肩をすくめる。


「今のところ成功したの、リムちだけなんだし。」


「……すみません。」


「なんでリムちが謝るの。」


「いえ……なんとなく。」


「謝らなくていいの。」


「……はい。」


 エイルは少し笑ってから、カインを見る。


「まあ、今すぐ全部分からなくてもいいんじゃない?」


「そうかな。」


「こういうのは、分かることから調べてけばいいの。」


 カインは手にした刀を見る。


 ハズレスキル。


 ずっと、そう思っていた。


 何ができるのかも分からなかった。


 それが今は、一つだけでも確かに分かることがある。


 リムの【隔帳】を借りることができる。


 そして。


 まだ、自分でも知らない何かがある。


「……そうだね。」


 カインは刀を鞘へ納めた。


「また何か分かったら、その時考えるよ。」


「うん。それでいいんじゃない?」


「じゃあ終わり?」


 セトが聞く。


「今日はね。」


「よし、じゃあ飯――」


「さっき食べたでしょ。」


「朝飯は別だろ。」


「何と別なの?」


「次の飯。」


「全部別じゃん。」


 呆れたように笑うエイル。


 その隣で、リムも小さく笑った。


 カインはまだ知らない。


 自分のスキルが何を条件に、他人の力をその刀へ宿すのか。


 その答えを知るには。


 もう少しだけ、時間が必要だった。

リムち、爆誕。

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