狩人の働き方
「……あの。」
朝食を終え、出かける準備をしていたカインに、リムが声をかけた。
「ん?」
「今日も、お仕事ですか?」
「そのつもりだけど。」
リムは少し迷うように視線を落とした。
怪我をした足は、もう随分と良くなっている。
まだ無理をするつもりはないが、普通に歩く程度ならほとんど問題はなくなっていた。
「……私も、ついて行っていいでしょうか。」
「仕事に?」
「はい。」
カインは少しだけ考える。
「足、平気?」
「はい。もう、かなり良くなりました。」
「なら、俺はいいけど。」
「俺も別にいいぞ。」
横からセトが口を挟む。
「狩人の仕事見たいの?」
「……はい。カインさんたちが、普段どんなことをしているのか……少し。」
「じゃ、決まりだね。」
最後にエイルがそう言って、椅子から立ち上がった。
「せっかくだし、今日はおねーさんの働きっぷりも見せてあげよっか。」
「エイルさんも仕事するの?」
「するよ? おねーさんを何だと思ってるの。」
「金持ち。」
「昨日から本当に何なの?」
◇
四人がやってきたのは、いつもの役所だった。
狩人向けに張り出された依頼を前に、カインとセトが並んで眺める。
「今日はどれにする?」
「これでよくない? そんな遠くないし。」
「討伐か。」
二人が一枚の依頼書を手に取る。
その隣で。
「これとー。」
エイルも一枚。
「あ、これも近いね。」
二枚。
「この辺なら、これも採れるなぁ。」
三枚。
「ついでにこれと……。」
四枚。
「あ、これ帰りにいけるじゃん。」
五枚。
「よし。」
「…………。」
「…………。」
カインとセトは、自分たちが持っている一枚を見る。
それから、エイルの手にある五枚を見る。
「エイルさん。」
「ん?」
「それ、全部?」
「うん。」
「今日?」
「うん。」
「…………。」
エイルは不思議そうに首を傾げた。
「何?」
「いや……。」
カインが依頼書を覗き込む。
二件は魔物に関するものだった。
一つは、畑を荒らす魔物の駆除。
もう一つは、食材として使われる魔物の納品。
「……あ。この二つ、生息地近いのか。」
「そうそう。一緒にやった方が早いでしょ?」
「まあ、それは分かるけど……。」
「で、この三つは採取。」
残りの依頼書をひらひらと振る。
「魔物のいるところまで行く途中と、その周辺で全部採れるから。まとめた方が効率よくない?」
言っていることは分かる。
移動する方向はほとんど同じだし、わざわざ別の日に何度も足を運ぶより、一度で済ませた方が効率はいい。
ただ。
「普通、一日で全部やろうとは思わないよな。」
「俺もそう思う。」
「そう?」
セトとカインの言葉に、エイルはまた首を傾げた。
そのやり取りを少し後ろで聞きながら、リムは昨日見たものを思い出す。
エイルの財布。
その中で重なっていた、たくさんの金貨。
「…………。」
「リムちゃん?」
「……いえ。なんでもありません。」
少しだけ、理由が分かった気がした。
◇
「じゃ、始めよっか。」
街を離れ、目的地近くの森へ着いたところでエイルが足を止めた。
カインとセトも、自分たちの依頼へ向かう準備をする。
リムは邪魔にならないよう、少し離れたところから三人を見ていた。
「はい、【鏡面】っと。」
エイルの姿が増えた。
「…………。」
一人、二人……。
最終的に全く同じ姿をしたエイルが4人並ぶ。
リムは思わず何度も瞬きをした。
「じゃ、そっちは採取お願いねー。」
「はーい。」
「こっちは駆除の方。」
「了解ー。」
「私は食材の方行ってくるから。」
「分かったー。」
「…………。」
エイルがエイルに指示を出している。
そしてエイルが返事をして、それぞれ別の方向へ歩いていく。
リムはしばらくその光景を眺めていた。
「……すごいですね。」
隣にいたカインが苦笑する。
「うーん……あれを普通の狩人だと思わない方がいい。」
「そうなんですか?」
「俺ら、二人で一日に一件くらいだからな。」
セトが答える。
「……五件。」
リムは、森の奥へ消えていったエイルたちを見る。
もう一度、昨日の財布を思い出した。
「……なるほど。」
◇
森のあちこちが、いつもより騒がしくなっていた。
エイルの分身が採取のために茂みを掻き分け。
別の場所では、魔物を追い立てる音が響く。
カインとセトも自分たちの依頼を進めている。
リムはその様子を眺めながら、時折エイルの分身が持ち帰る薬草や木の実を受け取っていた。
「これ、お願いねー。」
「は、はい。」
渡された袋を抱える。
少しすると、別のエイルが戻ってきた。
「こっちもー。」
「はい。」
さらに増えた。
「…………。」
また別のエイルがやってくる。
「リムちゃん、これもお願い。」
「…………はい。」
気づけば、リムの周りには依頼の品が積み上がっていた。
「エイルさん。」
「んー?」
「いつも、こうなのですか?」
「そうだよ?」
「…………そうですか。」
どうやら、これがこの人の普通らしい。
その時だった。
ガサッ。
近くの茂みが大きく揺れた。
「――っ!」
一匹の角兎が飛び出した。
狩人にとって、それほど危険な相手ではない。
だが、その角兎は明らかに興奮していた。
森の中をあちこち動き回る人間たち。
あちこちから響く物音。
それに驚き、逃げ回っていたのだろう。
そして……飛び出した先にいたのが、カインだった。
「カインさん!」
「え?」
声に振り向く。
角兎の角が、カインへ向いている。
距離は近い。
刀へ手を伸ばすよりも先に。
「【隔帳】!」
カインの前に、見えない壁が生まれた。
角兎は何もないはずの空間にぶつかり、弾かれて地面を転がった。
「…………。」
カインが目を瞬く。
「……角兎?」
「カインさん、大丈夫ですか!?」
リムが駆け寄る。
「……ん、大丈夫。」
カインは転がった角兎を見、そしてリムを見る。
「ありがとう。助かった。」
「いえ……。」
ほっとしたように息を吐くリム。
その足元へ、カインの視線が落ちた。
「……リム、足。」
「え?」
「今、走っただろ。」
「…………あ。」
言われて初めて気づいたらしい。
リムが自分の足を見る。
「痛くない?」
「だ、大丈夫です。」
「本当に?」
「はい。」
「ならいいけど……無理はするなよ?」
「…………はい。」
少し離れたところで、その一部始終をエイルは見ていた。
「…………。」
昨日から、ずっとリムを見ていた。
大人しくて。
遠慮がちで。
人の目を気にして。
自分が魔族だと知られることを、ひどく怖がっている。
それでも、カインが危ないと思った瞬間。
一瞬も迷わなかった。
自分の足のことさえ忘れて、駆け出した。
「……そっか。」
エイルが小さく笑う。
カインとセトが、この子を信用している理由が、少しだけ分かった気がした。
(いい子っぽい、じゃないなぁ。)
エイルは、カインに足の心配をされて困ったようにしている少女を見る。
(……いい子だね、めちゃくちゃ。)
◇
「よーし、今日はこんなもんかな。」
夕方。
全ての依頼を終え、四人は街へ戻る道を歩いていた。
「五件全部終わった……。」
「終わったねー。」
「エイルさん、疲れないの?」
「疲れたよ?」
「全然そう見えないんだけど。」
「おねーさんだからね。」
「便利だな、それ。」
カインとセトのやり取りを聞きながら、リムが小さく笑う。
その横顔を、エイルは何となく眺めた。
「…………。」
昨日から、整った顔立ちだとは思っていた。
銀色の髪。
深く被った黒いフード。
そこから覗く白い肌。
「…………。」
改めてまじまじと見る。
「……エイルさん?」
視線に気づいたリムが首を傾げた。
「んーん。なんでもない。」
「……?」
エイルは前へ向き直る。
そして。
ほんの少しだけ考えた。
(整ってるとは思ってたけど、ねぇ?)
もう一度、横目で見る。
リムは何も知らず、カインたちの後ろを歩いている。
(……いやはや、ちょっとこれはさぁ。)
エイルは今更ながら気づいた。
(とんでもない美少女だぞ、これ。)
エイルさん、一日で平均的な狩人の10倍近く稼ぎます。
養われたい人、とりあえず挙手。




