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知らぬが仏

「……エイルさん?」


「んぁ?」


 卓へ突っ伏していた女が、ゆっくりと顔を上げる。アルコールで赤くなった顔、青い髪を揺らし、眠たげな瞳でカインを見つめた。


「……あれ、カイン?」


「やっぱりエイルさんだ。」


「うわ、久しぶりー。」


 エイルは何度か瞬きをし、さっきまでの酔っ払いはどこへやら、嬉しそうに立ち上がった。


「へー……狩人になったんだ。」


 狩人の証。


 普段から首に掛けている、名前と登録番号の記されたプレートを見ながら言う。

 

「はい。」


 エイルが少しだけ笑った。


「はー……一丁前になっちゃって。」


「どうも。」


「あ、セトだ……相変わらずデカいねぇ。」


「それ褒めてます?」


「褒めてる褒めてる。」


「雑だなぁ。」


「で――」


 エイルの視線がリムへ動く。


「…………。」


 ほんの一瞬。


 酔って細められていた目が、僅かに変わった。


「…………。」


 リムはそれを見逃さなかった。


「へぇ。」


 エイルは笑う。


「狩人になったと思ったら、一丁前に女の子まで連れて歩くようになったんだ。」


「何の話ですか。」


「成長したねぇ、カインくん。」


「だから何がですか。」


「で。」


 エイルがリムを見る。


「この子、どこで拾ったの?」


「猫じゃないんだから。」


「…………。」


 リムは黙った。


「リム?」


「……いえ。」


 なんだろう……強く否定できない。


「リムです。」


「ふーん。」


 エイルがもう一度見る。


「…………。」


 リムも見返す。


 笑っている、でも……。


「…………。」


 間違いなく、警戒されている。


 そういう視線には、嫌というほど慣れていた。


「…………。」


 カインとも、セトとも違う。


(……やっぱり。)


 これが普通なのかもしれない。


 そんな時、エイルがふいに酒瓶を置いた。


「ねえ、カイン。」


「はい?」


「この子のこと、ちょっと詳しく聞いていい?」


「別にいいですけど。」


「じゃ、場所変えよっか。」


「え?」


「ここじゃ誰が聞いてるかわかんないしねー。」


「…………。」


 リムの肩が僅かに揺れた。


 ……やはり、気づいている。


「宿取ってるんでしょ、そっち行こ。」


「まだ飲むんじゃないんですか?」


「持ってく。」


「持ってくんですか。」


     ◇


「なるほどねぇ。」


 宿の一室。


 エイルは椅子へ深く腰掛け、腕を組んでいた。


 先ほどまでの酔っぱらった様子は残っている。


 けれど、目だけは先ほどよりずっとはっきりしていた。


「人間と魔族の間に生まれた子。」


「……はい。」


「今は魔王城にいて。」


「はい。」


「魔王本人から、人間の調査を頼まれてた。」


「……そうです。」


「で、その途中でカインたちと会った。」


「はい。」


「昨日は魔王側のやつに襲われて。」


「ジェイドってやつです。」


 カインが口を挟む。


「それで、リムを助けようとしてたら――」


「なんかリムのスキル使えた。」


 セトが続ける。


「他人のスキルが使えた?」


 エイルがカインを見る。


「どういうこと?」


「俺が聞きたいです。」


「頭の中で《抜刀しますか?》って聞こえたんだと。」


「だからセト、それだけ言うと俺がやばいやつみたいだから。」


「実際聞こえたんだろ?」


「聞こえたけど。」


 エイルは少し考える。


「その刀、見せて。」


「はい。」


 カインが刀を抜き、差し出す。


 エイルは受け取ると、刀身を見る。


 裏返す。


 欠けた刃を眺める。


「ずいぶん派手にやったね。」


「ジェイドの武器、やばかったんで。」


「そのジェイドってのは?」


「魔族です。」


「ふーん。」


「知らないですか?」


「知らない、魔族あんまり見たことないし。」


 カインは首を傾げる。


「親父と一緒に魔王倒したんでしょ?」


「倒したよ。」


「だったら魔族のことも詳しいのかなって。」


 エイルはあっさり首を振った。


「いや、全然。」


「……え?」


「私ら、魔族の領地まで行ってないし。」


「そうなんですか?」


 エイルは刀をカインへ返す。


「強い魔物がいるところを進んで、倒して、また進んで。」


「…………。」


「最後に魔王倒して終わり。」


「雑だなぁ。」


「昔の話なんだから仕方ないでしょ。」


「魔王城は?」


「行ってない。」


 カインが目を瞬いた。


「じゃあ最後、どこで戦ったんですか?」


 エイルは天井を見る。


「んー……人間の領地でも、魔族の領地でもないような場所。」


「そんな場所あるんですか?」


「あるよ。」


 エイルは指を軽く振る。


「強い魔物ばっかいて、どっちもわざわざ取りたがらないようなところ。」


「…………。」


「あたしたちが通ったのも、だいたいそういう場所だったし。」


 カインは少し考えた。


(じゃあ親父も……魔族のことあんまり知らないのかぁ。)


 魔王を倒した英雄と、その仲間たち。


 当然、魔族とも何度も戦って。


 魔族のこともよく知っているのだと思っていた。


「…………。」


 カインはリムを見る。


 リムも少し困ったようにこちらを見ている。


「……なんか変だな。」


「何が?」


 カインは首を振る。


「なんでもないです。」


「ふーん。」


 エイルはそれ以上聞かなかった。


「…………。」


 リムは、その横顔を見る。


 やっぱり警戒されている。


 でも……それは当然なのだと思う。


 カインとセトが、少し変わっていただけ。


(……これが、普通の人なんですね。)


 人間の調査。


 少しは書けることが増えるかもしれない。


「あ、お酒お酒。」


 エイルが持ってきた酒瓶を直接口へ運んだ。


(…………。)


 少しだけ、不安になった。


     ◇


「うーん……。」


 一通り話を聞き終えたエイルが、腕を組んだ。


「色々分かった。」


 カイン。


 セト。


 そして最後にリムを見る。


「うーん…………。」


 まだ分からないことは多い。


 この子が何を考えているのか、本当に信用していいのか。


 全部分かったわけではない、けど。


「おもしろそ――」


「…………。」


「…………。」


「…………。」


「……心配だから。」


 言い直した。


「しばらく、おねーさんも一緒にいてあげる。」


「…………。」


 カインはエイルを見る。


(面白そうって言った。)


 セトも見る。


(面白そうって言ったよな。)


 リムも見る。


(面白そうって言いました。)


「何よ。」


「いや。」


「別に。」


「なんでもありません。」


 エイルは首を傾げる。


「じゃ、決まり。」


「勝手だなぁ。」


「いいじゃん。一人増えるくらい。」


「…………。」


 カインの顔が止まった。


「ん?」


「……エイルさん。」


「何?」


「実は俺ら、急に三人になって、生活費カツカツで…。」


「ああ、出す出す。」


「…………。」


「おねーさん、実は結構稼いでるから。」


 カインはセトを見る。


 セトもカインを見る。


「…………。」


「…………。」


「解決したな。」


「解決した。」


「何が?」


「生活費。」


 エイルは首を傾げる。


「よく分かんないけど、じゃあいいじゃん。」


「まあ……うん。」


 今朝まで悩んでいたことが、あまりにもあっさり終わった。


「…………。」


 リムは三人を見る。


 カイン。


 セト。


 そして。


 エイル。


「よろしくね、リム。」


「…………。」


「リム?」


「……はい。」


 少しだけ身構えながら。


「よろしく、お願いします。」


「ん。」


 エイルは笑った。


「よろしく。」


「…………。」


 やっぱり、カインたちとは少し違う。


 まだ怖いし、緊張もする。


 でも。


「…………。」


 これが普通なのかもしれない。


 リムは、そう思った。


 ――残念ながら。


 その認識が正しいかどうかを教えてくれる人間は、この場には一人もいなかった。

一般成人女性。(元英雄パーティで現役凄腕狩人、青髪ポニテのスタイル良し、顔よしのおねーさん。あ、あと酒豪)

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