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寄る辺

カインはリムを抱えて走る。


「…………っ。」


(えぇと……。)


 脇目も振らず、ただ走る。


 木々の間を抜け、時折後ろを気にしながら、それでも足を止めない。


(これは、流石に私でも知っています。)


 ジェイドは追って来ない。


 それに気づく余裕すら、今の二人にはなかった。


「…………。」


(お姫様抱っこ……。)


 リムは、自分の状況を改めて確認する。


 背中に回された腕。


 膝の裏を支える腕。


 そして、自分のすぐそばにあるカインの顔。


 近い。


(…………。)


 これは仕方がないんだ、分かっている。


 自分は脚を怪我している。


 ジェイドから逃げるためには、こうするしかなかった。


(分かっているんです。)


 状況的にはこれが一番いい。


「…………。」


(でも、その……。)


 今までジェイドに襲われていたとか。


 カインが突然、自分の力らしきものを使ったとか。


 どうしてそんなことができたのかとか。


 色々。


 本当に色々あるはずなのに。


「…………。」


(お姫様抱っこ……。)


 今は、そればかりが頭から離れない。


(まさか……。)


 自分がされるとは思っていなかった。


「…………。」


 リムは、そっとカインを見上げる。


 同年代の男性に。


「…………。」


 カインは前だけを見ている。


 今は逃げている最中なのだから、当然だ。


(…………。)


 今度は、別のことが気になってきた。


(……お、重くないかな。)


 急に不安になる。


 自分の体重くらいは知っている。


 けれど。


 こういう時の「重い」は、そういう話ではない気がする。


「…………。」


 カインは既にボロボロだ。


 腕からは血が流れている。


 服も破れて、息も荒い。


 そんな状態なのに、自分を抱えて走っている。


「…………。」


(やっぱり……重いですよね。)


「リム。」


「ひゃい!?」


「……大丈夫か?」


「だ、大丈夫です!」


「脚、痛むだろ。」


「全然大丈夫です!」


「…………。」


 カインが怪訝そうな顔をする。


「さっき立てなかったよな?」


「…………。」


「折れてるかもしれないんだろ?」


「…………。」


 リムは、自分の右脚を見る。


(……あれ?)


 そういえば。


(私……脚、折れてますよね?)


 痛くない。


 いや。


 多分痛い……ハズ。


 けれど。


「…………。」


 なんだろう、心臓がうるさい。


「……本当に大丈夫か?」


「だ、大丈夫です!」


「ならいいけど……。」


「はい……。」


 リムは、そっとカインの胸元へ視線を落とした。


     ◇


「……ここまで来れば。」


 カインが足を止めた。


「大丈夫……だよな。」


「…………。」


 しばらく耳を澄ませる。


 追ってくる気配はない。


「……はぁ。」


 ようやく大きく息を吐いた。


「逃げ切った……。」


「…………。」


「リム?」


「……あ。」


 呼ばれて、リムは我に返った。


「はい。」


「降ろすぞ。」


「…………。」


「どうした?」


「い、いえ。」


 カインがゆっくりとリムを地面へ降ろす。


 近くの木へ背中を預けるように座らせた。


「…………。」


 腕が離れる。


「…………。」


 少し……本当に少しだけ。


 名残惜しいと思ってしまった。


「…………っ。」


 その瞬間、右脚に鋭い痛みが走る。


「――っ!」


「リム!?」


「だ、大丈夫です……!」


「やっぱ痛いんじゃねぇか!」


「さっきまでは、本当に……。」


「なんでだよ……。」


「…………。」


 それは……何故だろう。


「ちょっと見せてくれ。」


「はい……。」


 カインが右脚を確認する。


「…………。」


 腫れている。


 素人目にも、まともな状態ではない。


「やっぱ折れてるんじゃないか……?」


「多分……。」


「多分って。」


「折れたことがないので……。」


「俺もねぇよ。」


 二人で脚を見る。


「……どうするかな。」


 カインが頭を掻いた。


「とりあえず街まで戻って――」


「いえ。」


「ん?」


「ここまでで、大丈夫です。」


「…………。」


「助けていただいて、ありがとうございました。」


 リムは頭を下げた。


「私は、戻りますので。」


「どこに?」


「え?」


「戻るって。」


「それは……。」


 魔王城へ。


 そう言おうとして、言葉が止まった。


「…………。」


 ジェイドに襲われた。


 アベルの命令で動いていると説明しても、聞いてもらえなかった。


「…………。」


 今戻って、大丈夫なのだろうか。


「それに。」


 カインがリムの脚を見る。


「その脚じゃ歩けないだろ。」


「……なんとか。」


「なんとかならなかったから、俺が抱えてきたんだけど。」


「…………。」


 何も言い返せない。


「だったら、治るまで一緒にいればいいだろ。」


「…………え?」


「ん?」


「…………。」


 あまりにも……あまりにも普通に言われた。


「でも……。」


「でも?」


「私がいたら、ご迷惑では……。」


「もうなってる。」


「…………。」


「……あ、いや、そういう意味じゃなくて。」


「……はい。」


「違うからな?」


「はい……。」


 カインが困ったように頭を掻く。


「とにかく。」


 リムを見る。


「その脚で一人にはできないだろ。」


「…………。」


「治るまで一緒にいればいい。」


「…………。」


「それでいいだろ?」


「…………。」


 いいのだろうか。


 自分なんかが、人間の彼と。


「…………。」


 それでも。


 今日初めて、自分から助けてと言えた人。


 ……そして、その言葉に応えてくれた人。


「…………。」


「……はい。」


 リムは、小さく頷いた。


     ◇


「カイン?」


「おう。」


「……ボロボロじゃねぇか。」


 今日の仕事を終え、宿を決めるなり出かけていったカイン。

 戻ってきた時には、ボロボロになって女の子を連れていた。


「色々とな。」


 セトはカインを見る。


 その隣に座る銀髪の少女を見る。


 もう一度カインを見る。


「……誰?」


「リム。」


「……名前じゃなくてな?」


「ああ、色々あって、しばらく一緒にいることになった。」


「色々?」


「色々あったんだよ。んでちょっと訳あり、教会とか診療所とかはパス。」


「お前さっきから色々やら、訳ありやら忙しいな。」


 セトはリムを見る。


「…………。」


 リムは僅かに身体を強張らせた。


 初めて会う人間。


 当然、自分が何者なのか聞かれるだろう。


 どう説明しよう。


 人間と魔族の間に生まれたこと。


 今は魔王城にいること。


 アベルから人間の調査を頼まれていたこと。


 それから――。


「ま、わかった。」


 リムは目を瞬いた。


「……え?」


「ん?」


 それだけだった。


「聞かないんですか……?」


「何を?」


「私が……何者なのか、とか。」


「んー。」


 セトは少し考える。


「カインが連れてきたやつなら大丈夫だろ。」


 リムは思わずカインを見る。


「?」


 カインが首を傾げる。


「…………。」


 もう一度、セトを見る。


「……あ、腹減った?」


「……いえ。」


 分からない。


 今日一日、分からないことばかりだ。


     ◇


「で。」


 セトがカインの刀を見る。


「結局、それなんだったんだ?」


「俺が一番聞きてぇよ。」


 一応の応急処置としてリムの脚に添え木をし、三人で今日の事を話す。


「…………。」


 リムも刀を見る。


 既に、あの淡い光は消えている。


「リムの力だったんだよな?」


「……多分。」


「多分?」


「私にも、何が起きたのか……。」


「そっか。」


 カインが刀を抜く。


 刃は少し欠けたが、いつもの刀。


「抜刀……。」


「ん?」


「頭の中で、そう言われた。」


「誰に?」


「わからん。」


「怖ぁ。」


「…………。」


 リムは二人の会話を聞いていた。


 自分の中から何かが抜けた。


 そして。


 それをカインが使った。


「…………。」


 でも、不思議と奪われた、みたいな感じではなかった。


 自分の【隔帳】も、今まで通り使える気がする。


「……あ。」


「ん?」


 カインがリムを見る。


「いえ……。」


「どうした?」


「その……。」


 少し迷って。


「私のスキルは、【隔帳】といいます。」


「かくちょう?」


「はい。帳を重ねて、攻撃を防ぐスキルです。」


「…………。」


 カインは刀を見る。


「やっぱり、あれリムのスキルだったのか。」


「多分……そうだと思います。」


「ますますわからん。」


「……あの、ごめんなさい。」


「なんで?」


「私のせいで……。」


 カインの腕。


 傷だらけの身体。


 欠けた刀。


「こんな怪我まで。」


「…………。」


「それに、あの人と戦うことにもなって……。」


「…………。」


「本当に……ごめんなさい。」


「いや。」


 カインが首を傾げた。


「俺も助かったけど。」


「…………え?」


「リムの【隔帳】がなかったら、あいつの攻撃止められなかったし。」


「…………。」


「だから。」


 カインは笑った。


「ありがとな。」


 リムは固まった。


「リム?」


「…………。」


「おーい。」


「…………。」


「大丈夫か?」


「……はい。」


「ほんとか?」


「…………はい。」


 今日何度目だろう。


 胸の奥が、どうしていいのか分からなくなるのは。


     ◇


 夜。


「…………。」


 リムは、ふいに目を開けた。


「…………?」


 見慣れない天井。


「…………。」


 一瞬。


 自分がどこにいるのか分からなかった。


 今日のことを思い出す。


 ジェイド。


 カイン。


 あの不思議な力。


 セト。


 それから。


(私……寝てた?)


 リムは目を瞬いた。


「…………。」


 人間のいる場所で。


 しかも。


 一人は今日初めて会ったばかりなのに。


「…………。」


 いつ眠ったのかも覚えていない。


 疲れていた、それは間違いない。


 ……けど、こんなことは、今までなかった。


 ……アベル様についていった、あの日でさえ。


「…………っ。」


 身体を少し起こす。


 右脚が痛む。


 そして。


 少し離れたところに二人がいることに気づいた。


「…………。」


 二人とも眠っている。


(……よく、眠っていますね。)


 起きる気配すらない。


「…………。」


 リムは二人を見つめる。


(どうして……。)


 自分は魔族だ。


 少なくとも。


 この二人から見れば、今日会ったばかりの、何者かも分からない相手。


 ……なのに。


「…………。」


(どうして、この人たちは……。)


 こんなに無防備に眠れるんだろう。


「…………。」


 もし、自分が二人に何かしようと思えば。


 今なら……。


「…………。」


 そこまで考えて気づいた。


「…………あ。」


 自分も、この人たちのそばで眠っていた。


「…………。」


 リムは、ゆっくりと横になる。


 目を閉じる。


「…………。」


 理由はまだ、分からない。


 ただ。


「…………。」


 不思議と怖くなかった。

お姫様抱っこにはきっと鎮痛作用がある(迫真

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