托生
《条件が満たされました》
「……え?」
突然、頭の中に響いた声に、カインは一瞬だけ動きを止めた。
誰かの声……違う。
直接、頭の中に――。
《抜刀しますか?》
「……何を?」
思わず聞き返す。
刀ならもう抜いている。
「…………。」
意味が分からない。
条件?
抜刀?
何の話を――。
「カインさん!」
「っ!」
リムの声に顔を上げる。
目の前には、既にジェイドが迫っていた。
「余所見してんじゃねぇよ!」
《無骨》が振り下ろされる。
「くそっ!」
刀を斜めに合わせる。
衝撃。
「ぐっ……!」
逸らす。
それだけで腕に激痛が走った。
身体が横へ流れる。
「…………っ。」
もう、腕の感覚もほとんどない。
それでも刀を握り直す。
「なんなんだよ……!」
《抜刀しますか?》
「だから何をだよ!」
「……?」
後ろでリムが小さく反応した。
なるほど、俺にしか聞こえていないらしい。
「はっ!」
ジェイドが踏み込む。
「っ!」
考えている暇なんてない。
《無骨》が迫る。
刀で流す。
「ぐっ……!」
また腕が軋む。
もう、とっくに限界だ。
「…………。」
それでも。
後ろにはリムがいる。
逃げるわけにはいかない。
《抜刀しますか?》
「…………っ。」
まただ。
何を抜くのかも分からない。
何が起こるのかも分からない。
けど。
今より悪くなることなんて――。
「……分かったよ!」
《無骨》が迫る。
カインは刀を握り締めた。
「抜く!!」
瞬間。
「――っ!?」
背後から光が溢れた。
「え……?」
リムが自分の胸元を見る。
淡い光。
小さな光の塊が、ゆっくりとその身体から浮かび上がっている。
「な……。」
それはカインへ向かって飛んだ。
いや。
カインではない。
その手に握られた――刀へ。
「…………!」
光が刀身へ触れる。
溶けるように。
吸い込まれるように。
そして。
刃を覆うように、淡い光が広がった。
「なんだ……これ。」
重さは変わらない。
刀そのものが変わったようにも見えない。
なのに。
何かが、そこにある。
「…………。」
何故だろう。
何かは分からないが、これがリムのものだとハッキリと理解る。
カインは振り返った。
「リム……?」
「…………。」
リムも目を見開いていた。
「私……?」
その瞬間。
「何してやがる!」
「っ!」
ジェイドが来る。
カインは前を向いた。
考えるのは後だ。
《無骨》が横薙ぎに迫る。
「くっ!」
いつものように刀を斜めに――。
「…………。」
その時。
思い出した。
子供を庇ったリムの前に広がっていたもの。
そして、ついさっきまで。
何度吹き飛ばされても。
何度破られても。
リムが自分を守るために重ね続けていたもの。
「……あれか。」
リムのスキル。
名前は知らない。
ただ、ひとつだけ分かる。
あれは――。
「守る力……。」
カインは刀を見る。
刃を覆う、淡い光。
「…………。」
だったら。
カインは刀を真正面に構え直した。
「カインさん!?」
リムの声。
《無骨》が迫る。
今までまともに受ければ、刀ごと吹き飛ばされていた一撃。
「…………。」
それでも。
何故か。
今なら。
「――いける。」
《無骨》が刀へ激突した。
――ガギィィィン!!
「…………っ!」
轟音。
地面が揺れる。
風が吹き荒れ、土煙が舞う。
「…………。」
カインは目を見開いた。
「…………は?」
ジェイドの口から、間の抜けた声が漏れた。
刀は動いていない。
足も。
さっきまでなら身体ごと持っていかれていた。
それが。
「…………止まった?」
真正面から完全に……。
《無骨》を受け止めていた。
「…………。」
ジェイドが《無骨》に力を込める。
「っ……!」
カインも刀を握り締める。
だが。
「…………?」
重くない。
いや、重い。
ジェイドの力は間違いなく刀へ伝わっている。
それなのに、押し切られる気がしない。
「……なんだそりゃ。」
ジェイドが笑った。
「俺が聞きてぇよ……!」
カインは歯を食いしばる。
身体は限界だ。
腕だって、もうまともに動かない。
なのに。
刀だけが。
まるで、何かに守られているように。
《無骨》を受け止めている。
「…………。」
火事場の馬鹿力。
そんな言葉が頭を過った。
「…………。」
今は、なんでもいい。
「リム……。」
カインは小さく呟いた。
これが何なのか。
どうして自分に使えるのか。
何も分からない。
それでも、これがリムの力だということだけは。
何故か、分かった。
「…………。」
そして。
もう一つ。
カインはジェイドを見る。
勝てる。
――とは、思わなかった。
「…………。」
止められる。
それだけだ。
ジェイドの速さは変わっていない。
力も。
技量も。
むしろ【歓喜】とやらで、さっきより強くなっている。
自分の身体だって限界だ。
だったら。
「…………。」
カインは後ろを見た。
動けないリム。
「……これなら。」
勝つ必要なんてない。
最初から。
そんなことをしに来たんじゃない。
「リム!」
「は、はい!」
「俺が隙作る!」
「え……?」
「そしたら――」
カインはジェイドへ向き直る。
刀を握る。
「逃げるぞ!」
「…………!」
リムの目が大きく開いた。
「……はい!」
「おい。」
ジェイドの低い声。
「…………。」
《無骨》を担ぎ直している。
「勝手に話進めてんじゃねぇよ。」
「別にお前の許可いらねぇだろ。」
「あ?」
「…………。」
「…………。」
「はっ。」
ジェイドが笑った。
「面白ぇ。」
《無骨》を構える。
「やってみろよ。」
「…………。」
カインも刀を構えた。
倒す必要はない。
一瞬だけでいい。
リムを連れて。
ここから逃げられるだけの――。
「隙を作る。」
◇
ジェイドが地面を蹴った。
「っ!」
速い。
《無骨》が振り下ろされる。
カインは刀を合わせる。
――ガギィン!!
「…………!」
止まる。
「ははっ!」
ジェイドが笑う。
すぐに《無骨》を引く。
横薙ぎ。
「っ!」
刀を合わせる。
止める。
もう流す必要はない。
「はははっ!」
「笑ってんじゃねぇよ!」
《無骨》と刀。
何度でも、真正面から受け止める。
「…………っ!」
腕は痛い。
身体も重い。
息も苦しい。
それでも、さっきまでとは違う。
守れる。
「…………。」
カインはジェイドの動きを見る。
どこか。
一瞬だけ。
「…………。」
その時。
ジェイドが大きく《無骨》を振り上げた。
「潰れろ!」
「――っ!」
来る。
カインは刀を構える。
だが。
受けるだけじゃ駄目だ。
「…………。」
リムの力。
守る力。
なら。
「これでも――!」
カインは踏み込んだ。
振り下ろされた《無骨》へ。
自分から刀をぶつける。
「――守れるだろ!!」
激突。
――ドォォォン!!
「っ!?」
ジェイドの身体が、僅かに仰け反った。
「…………!」
初めて。
ほんの一瞬だけ、ジェイドの体勢が崩れた。
「今だ!」
カインは刀を引き振り返る。
リムのもとへ走る。
「え――」
「悪い!」
「きゃっ!?」
その身体を抱き上げる。
「カ、カインさん!?」
「しっかり掴まってろ!」
「は、はい……!」
走る。
脚は重い。
身体中が痛い。
それでも。
「…………っ!」
止まらない。
木々の間へ飛び込む。
そのまま。
二人の姿が遠ざかっていく。
「…………。」
ジェイドは追わなかった。
《無骨》を地面へ突き立てる。
「…………ちっ。」
さっきまでの昂りが。
急速に消えていく。
「…………はっ。」
逃げる背中をしばらく眺め。
やがて。
「……つまんね、冷めた。」
《無骨》を肩へ担いだ。
「帰るか。」
ジェイドは踵を返した。




