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期待と疑念

「――以上が、今回調査した内容です。」


「なるほど。」


 魔王城。


 執務室で、リムはアベルへ人間の調査結果を報告していた。


 机の上には、ここ数日で書き留めた紙が何枚も並んでいる。


「以前より、随分詳しくなったな。」


「はい。」


 リムは小さく頷く。


「一人の人間を継続して観察することで、今まで見えなかったことも分かるようになりました。」


「一人?」


「はい。」


 リムは手元の紙を見る。


「狩人の方なのですが、朝は役所で依頼を確認して、その後、街の外へ向かいます。魔物を討伐した後は素材を回収して――」


「ふむ。」


「素材の扱いも、とても丁寧です。それから、一緒にいる方があまり依頼書を確認しないので、代わりに内容を確認しているようで――」


「…………。」


「街へ戻ってからは報告を済ませて、食事へ行くことが多いようです。一緒にいる方は、よく肉を食べたがるようで――」


「リム。」


「はい?」


「その人間とは、話したのか?」


「…………。」


 リムの言葉が止まった。


「いえ。」


「そうか。」


 アベルは少し考える。


「なら、話してくればいい。」


「…………。」


「…………。」


「…………え?」


 思わず聞き返した。


「直接話せば、もっと分かることもあるだろう。」


「それは……。」


 確かに。


 遠くから見ているだけでは、人間が何を考えているのかまでは分からない。


 どういうことを好み。


 何を嫌い。


 魔族について、どう思っているのか。


 それを知るには、直接話すのが一番いい。


「お前に任せる。」


「…………。」


「無理にとは言わないがな。」


「いえ。」


 リムは首を横に振った。


 これは、アベルから任された仕事だ。


 必要なことなら、やるべきだ。


「……分かりました。」


「頼んだ。」


「はい。」


 一礼して、執務室を出る。


「…………。」


 廊下を歩く。


「…………。」


 直接、話す。


「…………。」


 足が止まった。


「……どうしましょう。」


 誰もいない廊下で、小さく呟いた。


     ◇


「…………。」


 机の上に、一枚の紙が置かれている。


 その前で、リムはずっと悩んでいた。


 直接話す。


 それ自体は、必要なことだと思う。


 問題は。


「……どうやって話しかければ……。」


 先日の村では、向こうから話しかけてくれた。


 だから、話すことができた。


 けれど今回は、自分から声をかけなければならない。


「…………。」


 あの人を見つけて。


 近づいて、声をかける。


「…………。」


 できるでしょうか。


「…………。」


 しばらく考えて、ふと目の前の紙を見る。


「……手紙。」


 これなら。


 先に伝えておけば、落ち着いて話せる場所で会うことができる。


 人目の少ない場所なら、フードを気にする必要もない。


「…………。」


 いいかもしれない。


 筆を取る。


『お話があります。』


「…………。」


 なんだか、怖い。


『お話ししたいことがあります。』


「…………。」


 さっきよりは、いい。


 続けて、場所と時間を書く。


 人があまり来ない、街から少し離れた場所。


 人間の姿を気にしなくてもいい場所を選んだ。


「…………。」


 少し考える。


「……あ。」


 宛名。


「…………。」


 名前を、知らない。


 そういえば。


 自分も名乗っていない。


「…………。」


 しばらく悩んで、最後に一文を書き加える。


『先日、村でお会いした者より』


「…………。」


 これなら、分かる。


 たぶん。


 書き終えた紙を、丁寧に折る。


「…………。」


 あとは渡すだけ。


「…………。」


 リムは折り畳んだ手紙を見つめた。


 そこが、一番難しい気がした。


     ◇


「…………。」


 リムは建物の陰から、通りの向こうを見る。


 腰に刀を差した少年。


 その隣には、いつもの体格のいい少年。


 二人で何か話しながら歩いている。


「…………。」


 手紙は持ってきた、あとは渡すだけ。


「…………。」


 大丈夫。


 先日は話せた。


 今回も、少し話しかけるだけ。


 リムは自分を覆うように【隔帳】を下ろした。


 周囲から、自分への意識を薄くする。


「…………。」


 近づく。


「――でさぁ。」


「だから、それはお前が――」


 二人が話している。


「…………。」


 今は。


 邪魔してはいけない気がする。


 リムは足を止めた。


 少し離れる。


「…………。」


 もう少し待ちましょう。


 しばらくして、二人が立ち止まった。


「じゃあ俺、先行ってるぞ。」


「おう。俺も後で行く。」


「…………!」


 一人になった。


 今。


 リムは手紙を握る。


「…………。」


 足が動かない。


「…………。」


 少年が歩き出す。


「あ……。」


 行ってしまう。


「…………っ。」


 リムも歩き出し、少しずつ距離を詰める。


 少年はまだ気づいていない。


 今なら。


「…………。」


 声を。


「あ、あの……!」


「ん?」


 少年が振り返る。


「…………っ。」


 目が合った。


「あ。」


 少年もリムに気づく。


「あんた、この前の――」


「こ、これ……!」


「え?」


 リムは両手で手紙を差し出した。


「…………。」


 少年が手紙を見る。


 リムを見る。


「俺に?」


「はい!」


「…………。」


「…………。」


「あ、ありがと?」


「読んでください!」


「お、おう。」


「では……!」


「え?」


 リムは踵を返した。


「ちょ、ちょっと――」


 そのまま早足で歩く。


「…………。」


 そして走った。


     ◇


「…………なんだったんだ?」


 カインは、走り去っていく少女を見送っていた。


 この前の村で会った、銀色の髪の少女。


 突然現れ、手紙を渡して。


 凄い勢いで走っていった。


「…………。」


 手元を見る。


 丁寧に折られた紙。


 とりあえず、開いてみる。


『お話ししたいことがあります。』


「……話?」


 その下には、時間と場所が書いてある。


 明日。


 街から少し離れた場所。


『先日、村でお会いした者より』


「…………。」


 それは分かる。


 顔を覚えている。


「なんだろ。」


 話したいこと……心当たりはない。


「…………まあ。」


 行けば分かるか。


 カインは手紙を折り直し、懐へしまった。


     ◇


「…………。」


 遠く離れた森の中。


 一人の男が、街の方を見ていた。


 ジェイド。


「……何やってんだ、あいつ。」


 最近、リムは人間の土地へ出ることが増えた。


 アベルから人間の調査を任されている。


 それは知っているのだが……。


「…………。」


 本当に、それだけか。


 元々、気に入らなかった。


 人間と魔族。


 そのどちらでもある、半端者。


 アベルが信用しているから、今まで何も言わなかった。


 だが最近は、少し人間側へ近づきすぎている。


 だから今日は一応、様子を見に来た。


「…………。」


 人間の街へ入る気はない。


 遠くから確認するだけ。


 そのつもりだった。


 そして。


 見えた。


 リムが、一人の人間へ近づいた。


 何かを渡した。


 すぐに離れた。


「…………。」


 何を話していたのかは聞こえない。


 何を渡したのかも分からない。


 だが。


「…………人間に、何渡してやがる。」


 ジェイドは目を細めた。


     ◇


 翌日。


「…………。」


 リムは魔王城を出た。


 昨日決めた時間までは、まだ余裕がある。


 だが、遅れるわけにはいかない。


「…………。」


 来てくれるでしょうか。


 手紙は読んでくれた。


 たぶん。


 昨日、受け取ってくれたのだから。


「…………。」


 もし来てくれたら。


 まず、自分から名乗る。


 それから、名前を聞く。


 人間について聞きたいこともある。


 魔族についてどう思っているのかも。


「…………。」


 ちゃんと話せるでしょうか。


 考えながら歩く。


 待ち合わせ場所までは、人と会うこともほとんどない。


 そのために選んだ場所だ。


「…………。」


 リムは足を進める。


 その後ろ。


 遠く離れた場所から、一人の男がその姿を見ていた。


「…………またか。」


 ジェイドは呟く。


 昨日、人間に何かを渡した。


 そして今日。


 また一人で、人間の土地へ向かっている。


「…………。」


 しばらく、その背中を見る。


 やがて。


 ジェイドは《無骨》を担いだ。


「…………。」


 リムの姿は、もう遠い。


 ジェイドはその背中を追って、歩き出した。

情緒がもう。

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