人間観察
数日後。
リムは、また別の街を訪れていた。
人間の調査は、まだ続いている。
一つの村だけを見ていても、分からないことは多い。
場所が違えば、暮らしも違う。
人も違う。
だから、できるだけ多くの場所を見ておいた方がいい。
「…………。」
通りの端を歩きながら、行き交う人々を眺める。
商人。
買い物をする人。
荷物を運ぶ人。
子供。
狩人らしい人もいる。
「…………あ。」
ふと。
見覚えのある後ろ姿があった。
腰に刀を差した少年。
その隣には、体格のいい少年。
「…………。」
先日の。
あの人。
リムの足が止まった。
二人は何か話しながら、通りを歩いている。
少しだけ、その背中を目で追う。
「…………。」
やがて二人は角を曲がろうとする。
「…………。」
一歩。
そちらへ足が動いた。
そして、止まる。
「…………。」
別に。
あの人が気になるとか。
そういうことではなくて。
「……特定の人物を一人、詳しく調査することも必要ですよね。」
人間全体を遠くから見ているだけでは、分からないこともある。
一人の人間が普段どのように生活し。
どのように働き。
どのように他者と接するのか。
そういうことを細かく調べるのも、きっと意味がある。
「……うん。」
リムは小さく頷いた。
間違ってはいない。
これは、人間を知るための調査だ。
なら。
「…………。」
二人が消えた角へ向かって歩き出した。
◇
リムは、自分を覆うように【隔帳】を下ろした。
先日のように、何かを防ぐためのものではない。
自分と周囲との間を、薄く隔てるための帳。
姿が消えるわけではなし、そこにいること自体は変わらない。
ただ、人の意識に留まりにくくなる。
視線が向いても、なんとなく流れていく。
少しくらい近づいても、気づかれにくい。
「…………。」
リムは少し離れた場所を歩く二人を見る。
これなら、大丈夫。
今のリムには、性質の違う帳を同時に使うことはできない。
何かを防ぐための帳と、自分の存在を薄くするための帳。
特にこの二つは性質が大きく違う。
けれど。
今は、防ぐ必要はない。
「…………。」
少し距離を詰める。
少年たちは役所へ入っていった。
「……なるほど。」
リムも少し離れた場所から、その様子を見る。
狩人は、朝になると役所へ向かう。
以前にも見たことがある。
どうやら、ここで仕事を受けるらしい。
刀を持った少年は、掲示板に貼られた依頼を一枚ずつ確認している。
隣の少年は――。
「…………。」
全然見ていない。
何か喋っている。
刀を持った少年が、少し呆れたような顔をした。
「…………。」
仲は、いいのでしょうか。
紙を取り出す。
書き留める。
『狩人は朝、役所で依頼を確認する。』
少し考えて。
『二人で行動している場合、片方だけが依頼をよく確認することもある。』
「…………。」
これも、人間の特徴なのでしょうか。
少し迷ったが、そのまま残した。
◇
しばらくして。
二人は街の外へ出た。
リムも少し距離を空けて後を追う。
「…………。」
刀を持った少年が前を見る。
体格のいい少年が、その隣を歩いている。
時々、何か話している。
笑っていることも多い。
「…………。」
リムは帳を少し薄くした。
周囲に人はいない。
これくらいでも十分だ。
魔力の消費も抑えられる。
「…………。」
さらに少し近づく。
聞こえてきた。
「だから昨日も肉食っただろ。」
「昨日は昨日だろ!」
「毎日肉食う気かよ。」
「食えるなら。」
「お前なぁ……。」
「…………。」
リムは少し考える。
紙に書く。
『人間は、毎日同じものを食べたがることがある。』
「…………。」
違う気がする。
少し考えて、線を引いた。
書き直す。
『あの体格のいい方は、よく肉を食べたがる。』
「…………。」
これなら、正確だ。
◇
二人が受けた仕事は、魔物の駆除らしかった。
しばらく歩いた先で、二人は足を止める。
リムも木陰に身を寄せた。
「…………。」
魔物が現れる。
少年二人が動く。
体格のいい方が前へ。
刀を持った方は、少し下がって様子を見る。
「…………。」
前の少年が魔物の注意を引きつける。
その間に、刀を持った少年が位置を変える。
そして。
一瞬。
刀が走った。
「…………。」
魔物が倒れる。
リムは目を瞬かせた。
速い。
それ以上に。
「……よく見ていますね。」
ただ斬っているわけではない。
相手の動きを見ている。
どこなら刀が通るのか。
いつなら狙えるのか。
それを見極めてから動いている。
『刀を使う狩人は、相手をよく観察してから攻撃する。』
書いて。
「…………。」
少し考える。
線を引く。
『あの人は、相手をよく観察してから攻撃する。』
書き直した。
「…………。」
こちらの方が正しい。
◇
「じゃ、素材取るぞ。」
「えー。」
「手伝え!」
「…………。」
リムは少し離れたところから、そのやり取りを見ていた。
倒した魔物のそばへ、刀を持った少年がしゃがみ込む。
毛皮。
牙。
爪。
一つずつ確認している。
体格のいい少年は、あまり乗り気ではないらしい。
何か文句を言っている。
それでも結局、隣にしゃがみ込んだ。
「…………。」
仕事は、とても丁寧なようだ。
『狩人は、倒した魔物から使えるものを持ち帰る。』
書く。
続けて。
『あの人は、特に丁寧に確認している。』
「…………。」
またあの人。
少しだけ手が止まる。
「…………。」
今は特定の人物を詳しく調査しているのだから。
問題はない。
続きを書いた。
◇
街へ戻った二人は、仕事の報告を済ませに役所へ向かった。
報酬を受け取って、外へ出る。
「肉!」
「分かった分かった。」
やっぱり、仲はいいらしい。
リムは紙に書き込む。
その時。
「すみません。」
一人の老人が、二人に声をかけた。
大きな荷物を抱えている。
何か困っているようだった。
「どうしました?」
刀を持った少年が足を止める。
話を聞く。
「じゃあ、そこまで持ちますよ。」
そう言って、老人の荷物を受け取った。
「…………。」
体格のいい少年が何か言う。
刀を持った少年が何か返す。
結局、二人で荷物を運び始めた。
「…………。」
リムは、少し距離を空けて、その後ろをついていく。
「…………。」
また。
先日の村でも、子供を助けた自分を庇った。
今日は困っている人を見つけて、普通に手を貸している。
誰かに見られているわけでもない。
褒められるためでもない。
きっとこの人は。
「…………。」
老人に荷物を渡し、少し笑っている少年を見る。
気づけば、リムの表情も少しだけ緩んでいた。
「……いい人だなぁ。」
ぽつり。
言葉が零れた。
「…………。」
しばらくしてから。
リムは自分が何を言ったのかも気にせず、紙へ視線を戻した。
『困っている人を見ると、手伝う。』
少し考えて。
『頼まれていなくても、手伝うことがある。』
書き足した。
◇
その日の夕方。
人目のない場所まで戻ったリムは、今日一日で書き留めた紙を広げていた。
「…………。」
狩人は朝、役所で依頼を確認する。
二人で行動していることが多い。
片方は依頼書をよく確認する。
もう片方はあまり確認しない。
魔物との戦いでは、それぞれ役割がある。
倒した後の素材は持ち帰る。
刀を持った方は、素材の扱いが丁寧。
報酬を受け取った後は、食事の話をする。
体格のいい方は、よく肉を食べたがる。
困っている人がいると、手伝う。
よく話す。
よく笑う。
「…………。」
最後の方になるにつれて、ずいぶん細かくなっている。
でも。
今までの調査より、ずっと多くのことが分かった。
「……なるほど。」
リムは紙を見つめる。
やはり。
「対象を一人に絞ると、色々細かく分かりますね!」
大きく頷く。
「うん。」
今日は、とても有意義な調査だった。
その顔は、一切の曇りなき達成感で満ち溢れていた。
リムは真面目に仕事をしているだけです。




