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突風注意

 翌朝。


 二人は、昨日依頼を受けた村へ向かっていた。


「結構遠いなー。」


「依頼書に書いてあっただろ。」


「読んでねぇ。」


「読めよ。」


 街を出てから、もう随分歩いた。


 初めは平坦だった道も、今では緩やかな上り坂になっている。


 見渡せば、周囲には山。目的の村は、この山々に囲まれた盆地にあるらしい。


「もうすぐだと思うけど――うおっ。」


 突然吹いた風に、思わず身体がよろける。


 背負っていた荷物を押さえ、踏ん張った。


「すげぇな。」


「突風注意って書いてあっただろ。」


「あー、あれか。」


 昨日は大して気にしていなかったけど、思ったより強い。


 少し待つと、何事もなかったかのように風は止んだ。


「……変な風だな。」


「山に囲まれてるからじゃね?」


「お前、昨日もそれ言ってたな。」


 まあ、別にいいか。


 風が止んだのを確認して、再び歩き出す。


 しばらくすると道が開け、その先に小さな村が見えてきた。


「お、あれじゃね?」


「たぶんな。」


 畑が広がり、その間にぽつぽつと家が建っている。


 依頼書に書かれていた通り、大きな村ではない。


 畑で働いている人。


 荷物を運んでいる人。


 家の前で話をしている人。


 そして、その間を何人かの子供が走り回っていた。


「待てー!」


「こっちこっち!」


 元気だなぁ。


「おーい! あんまり遠くまで行くなよー!」


「はーい!」


 畑仕事をしていた男の人が声をかけると、子供たちが返事をする。


「セト。」


「ん?」


「あいつら絶対聞いてないよな。」


「子供なんてそんなもんだろ。」


「お前が言うと説得力あるな。」


「どういう意味だよ!」


 そんな話をしながら、俺たちは村へ入った。


     ◇


「この辺りか。」


「みたいだな。」


 村で岩熊の目撃場所を聞いてから、俺たちは再び山へ入っていた。


 畑を荒らされた跡。


 折られた木。


 大きな足跡。


 探すのは、それほど難しくなかった。


「こっちだな。」


「おう。」


 足跡を追って、森の中を進んでいく。


 少しして。


 セトが足を止めた。


「カイン。」


「ああ。」


 枝の折れる音。


 何かが地面を踏みしめる、重い足音。


 近い。


 腰を落とし、刀に手を添える。


 セトは拳を握った。


 茂みが揺れる。


 そして。


「――でけぇ。」


 思わず声が出た。


 姿を現したのは、大きな熊だった。


 四つ足の状態でも、かなりの大きさがある。


 厚い毛に覆われた身体。


 その下にある皮膚は、名前の通り岩のように硬いと聞いている。


 岩熊。


 初めて見る熊型の魔物だ。


「へへっ。」


 見ると、セトが笑っていた。


「……なんで嬉しそうなんだよ。」


「いや、強そうだなって。」


「依頼なんだからな?」


「分かってるって。」


 ……本当か?


「グォォォォッ!」


 岩熊が俺たちに気づき、立ち上がる。


「うお、さらにでけぇ!」


「感心してる場合か!」


 岩熊が前脚を振り上げた。


 狙いは――セト。


「来い!」


 振り下ろされる……が、セトは避けなかった。


「おらぁ!」


 拳を叩き込む。


 重い音が響いた。


「ぐっ……!」


 セトの身体が後ろへ滑る。


「っぶねぇ……重っ!」


「だから正面から行くなって!」


 岩熊がもう一度、前脚を振るう。


 今度はセトも横へ避ける。


 そのまま懐へ潜り込み、腹へ拳を叩き込んだ。


「硬ってぇ!」


 岩熊はほとんど怯まない。


 すぐさまセトへ向き直る。


 ……岩熊の注意は、完全にセトへ向いている。


 岩熊を良く見る。


 硬い。


 だからといって、全部が同じ硬さじゃないはずだ。


 刀が通りそうな場所を探す。


「セト!」


「分かってる!」


 岩熊は前脚を思い切り振るう。


 セトが身を沈めてかわし、そのまま拳を突き上げた。


「おらぁっ!」


 顎を打ち抜く。


 岩熊の頭が跳ね上がった。


 ――今だ。


 腰を落とし……踏み込む。


 抜いた刀が、岩熊の首元を走った。


「――っ!」


 手応え。


 硬い皮膚を避け、刃が深く入る。


 岩熊の巨体がぐらりと揺れた。


 それでも一歩、こちらへ踏み出して……倒れた。


「…………。」


 少し待つが動かない。


「よし。」


 血を払い、刀を鞘へ戻す。


「おっしゃあ!」


 セトが拳を突き上げた。


「岩熊、初討伐!」


「思ったより硬かったな。」


「俺の拳でも全然効かなかったぞ。」


「それはお前が硬いところ殴ってるからだろ。」


「でも楽しかったな!」


「仕事だっつってんだろ。」


 まあ、気持ちは少し分かる。


 三ヶ月前だったら、岩熊の依頼なんて受けようとも思わなかった。


 実際に戦ってみても、今までの魔物より強かった。


 それでも。


 二人なら、ちゃんと倒せた。


「じゃ、素材取るぞ。」


「えー。」


「昨日もやっただろ!」


「今日はカインが綺麗に倒したからいいじゃん。」


「何がいいんだよ。」


「俺、見てる。」


「手伝え!」


 結局。


 昨日と同じようなやり取りをしながら、岩熊の素材を回収した。


     ◇


「こんなもんかな。」


「結構重いな。」


「岩熊だからな。」


 回収した素材を背負い、村へ戻る。


 初めての熊型だったけど、怪我もない。


 悪くない仕事だったと思う。


「帰ったら肉食おうぜ。」


「またかよ。」


「今日は岩熊倒したんだぞ?」


「だからなんだよ。」


「祝いだよ、祝い。」


「昨日も食っただろ。」


 山道を歩きながら、そんな話をしていると。


 風が吹いた。


「お。」


「またか。」


 今朝と同じ。


 そう思った。


 次の瞬間。


「うおっ!?」


 身体が横へ持っていかれた。


「カイン!」


「っ!」


 踏ん張る。


 けれど、足元が悪かった。


 踏み出した足が斜面を滑る。


「あ――」


 まずい。


 身体が傾いた。


 そのまま斜面を転がり落ちる。


「うわっ! ちょっ――痛っ!」


 枝を折り。


 草を巻き込み。


 何度か身体を打ちつけて。


 ようやく止まった。


「いってぇ……。」


 仰向けになって空を見る。


 ……風、強すぎだろ。


「カインー!」


 上の方からセトの声が聞こえた。


「生きてるかー!」


「生きてるー!」


「怪我はー!」


 身体を起こす。


 腕。


 動く。


 脚。


 問題ない。


 ちょっと擦ったくらいか。


「大丈夫ー!」


「戻れそうかー!」


 上を見る。


「…………。」


 無理だな。


 落ちてきた斜面は結構急だ。


 登れないこともなさそうだけど、荷物を背負ったままは面倒くさい。


 周りを見ると、少し先から迂回できそうな道がある。


「向こうから回って戻るー!」


「分かったー!」


 セトの声が返ってくる。


「じゃあ俺、先に村戻ってるぞー!」


「おうー!」


 足音が遠ざかっていく。


「さて……。」


 立ち上がり、服についた土を払う。幸い、岩熊の素材も無事みたいだ。


 周囲を見回す。


 さっきまでいた場所より、少し低いところまで来たらしい。


「……せっかくだし、この辺も見てくか。」


 薬草くらいならあるかもしれない。


 どうせ戻る道を探すなら、ついでだ。


「あ。これ売れたよな。」


 見覚えのある草を見つけ、しゃがみ込む。


 根を傷つけないように抜いて、袋へ入れる。


「結構あるな。」


 思わぬ収穫だ。


 少し気分が良くなって、そのまま先へ進む。


 やがて木々の向こうが開けた。


「ん?」


 人影が見えた。


 小さい。


 子供?


「あれ……。」


 見覚えがある。


 村へ着いた時、走り回っていた子供の一人だ。


「こんなとこまで来てんのか?」


 結構、村から離れてるぞ。


 大人に遠くまで行くなって言われてた気がするけど。


「おーい!」


 声をかけようとした。


 その時。


 ゴォッ――!


「っ!」


 突風。


 木々が大きく揺れる。


 思わず腕で顔を庇う。


 またか。


 そう思った直後。


 ガラッ。


 何かが崩れる音がした。


「……?」


 見上げる。


 山肌。


 小さな石が転がり落ちている。


 一つ。


 二つ。


 それに巻き込まれるように、さらに大きな石が動いた。


「おい……。」


 その先を見る。


 子供。


 まだ気づいていない。


「おい!」


 走り出す。


「危ない!」


 子供がこちらを見る。


 その頭上。


 岩が落ちてくる。


「っ――!」


 間に合わない。


 そう思った瞬間。


 黒い影が、子供の前へ飛び出した。


「え?」


 人?


 黒いフードを深く被った、小柄な誰か。


 その人物が、子供を庇うように両手を広げる。


 次の瞬間。


 何もなかったはずの空間に、薄いカーテンのようなものが現れた。


 一枚。


 その奥に、もう一枚。


 さらに重なる。


 直後。


 岩が激突した。


 轟音。


「っ……!」


 岩が弾け、砕けた欠片が周囲へ飛び散る。


 けれど。


 子供には届かない。


「なんだ、あれ……。」


 何が起きたかはわからないが、一つ確実にわかる。


 あいつが子供を守った。


「おい! 大丈夫か!」


 もう一度走り出す。


 その時、再び風が吹いた。


 黒いフードが大きく揺れる。


「あ――。」


 フードが外れた。


 銀色の髪が、風に舞う。


 長い髪の隙間から、少女の顔が見えた。


「…………。」


 思わず、足が止まった。


 ――綺麗だな。


 純粋に、そう思った。

カインも男の子ですね。

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