狩人の暮らし
狩人になって、三ヶ月が経った。
「カイン! そっち行ったぞ!」
「分かってる!」
茂みを突き破り、一匹の魔物が飛び出してくる。
左手を鞘へ。
右手を柄へ。
距離を測る。
まだ。
まだ――。
「今だ!」
一歩。
踏み込みと同時に、刀を抜く。
すれ違いざまに刃が首元を走り、魔物の身体が横を抜けていった。
そのまま数歩。
やがて勢いを失い、地面へ倒れる。
「よし。」
刀についた血を払い、鞘へ戻す。
少し離れたところでは、もう一匹を相手にしていたセトが大きく拳を振りかぶっていた。
「おらぁ!」
拳が魔物の横っ面を捉える。
鈍い音が響き、身体が横向きに吹き飛んだ。
木の幹にぶつかって、止まる。
「……お前さぁ。」
「おう!」
「もうちょっと綺麗に倒せない?」
「倒しただろ?」
「倒したけど。」
俺はセトが吹き飛ばした魔物を見る。
頭は駄目だな。
毛皮も擦れて傷んでる。
「売れるとこ減るだろ。」
「またそれかよ。」
「それで金もらってんだから当たり前だろ。」
言いながら、俺は自分が倒した方へしゃがみ込む。
毛皮を確認する。
うん。こっちは綺麗だ。
牙も問題ない。
爪も取れる。
肉は――持って帰れる分だけでいいか。
最初の頃は、倒した後の方が大変だった。
何が売れるのか。
どう処理すれば値が落ちないのか。
どれだけ持って帰ればいいのか。
何も分からなかった。
全部持って帰ろうとして、帰り道でへばったこともある。
逆に、いらないと思って捨てた部分がそれなりの値段になると後から知ったこともあった。
三ヶ月もやっていれば、その辺りも少しずつ分かってくる。
「セト。そっちの爪取っといて。」
「面倒くせぇ。」
「お前の獲物だろ。」
「お前そういうの好きじゃん。」
「好きでやってるわけじゃねぇよ!」
こいつは三ヶ月経っても変わらない。
戦うのは好き。
後始末は嫌い。
分かりやすい奴だ。
「ほら、さっさとやる。」
「へいへい。」
文句を言いながらも、セトがしゃがみ込む。
最初は言うまで本当に何もしなかったから、これでも成長した方か。
たぶん。
「……あ。」
「今度はなんだよ。」
セトが取ろうとしていた爪を見ながら、拳を握った。
何度か開いて、また握る。
「やっぱ出なかったなー。」
「【打破】か?」
「おう。」
試験の時。
セトは鎧猪の外殻を、拳で砕いた。
あれがこいつのスキル――【打破】らしい。
だけど、それ以来。
「力入れて殴るだけじゃ駄目なんかなぁ。」
「三ヶ月それやって出てないんだから、違うんじゃないか?」
「じゃあどうすりゃいいんだ?」
「知らねぇよ。」
「考えてくれよ。」
「お前のスキルだろ。」
セトが不満そうな顔をする。
「お前はいいよな。ちゃんと使えて。」
「……使えてるっていうのか、これ。」
腰に差した刀を見る。
【スキル抜刀】。
刀を抜く。
……以上。
確かに、三ヶ月前よりは速くなった。
居合いもずいぶん身体に馴染んできたと思う。
狩りでも使えている。
……でも、それがスキルのおかげなのか、三ヶ月ずっと刀を振ってきたからなのか、未だによく分からない。
「俺もお前の方がいいけどな。」
「じゃあ交換するか?」
「できるならな。」
「まぁ俺、刀使えねーけど。」
「じゃあ駄目じゃねぇか。」
「ははっ!」
つられて少し笑いながら、素材を袋へ詰めていく。
「よし。こんなもんかな。」
「腹減ったし帰るか!」
「さっき食っただろ。」
「戦ったから減った。」
「燃費悪すぎんだろ、お前……。」
二人分の荷物を背負って、街へ向かう。
三ヶ月。
依頼を受けて。
街の外へ出て。
魔物を狩って。
使えるものを持ち帰って。
金をもらう。
最初は何をするにも手探りだったそれが、今ではすっかり日常になっていた。
◇
街へ戻ると、そのまま役所へ向かった。
狩人の仕事は、基本的にここで管理されている。
住民から寄せられた魔物の駆除。
素材の採取。
街道周辺の安全確認。
そういった仕事が依頼としてまとめられ、登録された狩人が引き受ける。
俺たちも窓口で狩人証を出し、今日の依頼が終わったことを報告する。
討伐した魔物と数。
回収した素材。
必要な確認を済ませて、報酬を受け取る。
「こんなもんかな。」
役所を出たところで、硬貨を確認する。
「肉!」
「分かった分かった。」
「今日はいいだろ?」
「今日の稼ぎなら……まぁ。」
「よっしゃ!」
宿代。
食費。
刀の手入れ。
消耗品の補充。
狩人は稼げる仕事だ。
その分、出ていく金も結構ある。
それでも最近は、少しずつ手元に残るようになってきた。
「何食う?」
「肉!」
「それは聞いた。」
「いっぱい!」
「量じゃねぇよ。」
そんな話をしながら、俺たちは宿へ戻った。
◇
「…………。」
木陰から、リムは人間たちの姿を見つめていた。
深く被った黒いフード。
その下にある尖った耳が見えないよう、念のため手で位置を確かめる。
大丈夫。
見えていない。
……はず。
視線の先には、小さな集落がある。
畑で働く者。
荷物を運ぶ者。
家の前で話をする者。
その間を、子供たちが走り回っている。
「…………。」
手元の紙へ視線を落とす。
アベルから頼まれた、人間の調査。
人間はどのような暮らしをしているのか。
何を考え。
魔族をどう見ているのか。
できる限り調べてほしいと言われた。
だから、リムはこうして人間の住む場所を巡っていた。
「……朝になると、多くの人間が家の外へ出る。」
「……畑仕事をする者が多い。」
「……人間の子供も、よく走る。」
「…………。」
これでいいのでしょうか。
もっと他に、調べるべきことがある気もする。
けれど。
「……話しかけるのは……。」
遠くにいる人間を見る。
身体が自然と木の陰へ引っ込んだ。
「…………まだ、少し。」
怖いなぁ。
もし、この耳を見られたら。
もし、魔族だと気づかれたら。
そう考えると、足が動かない。
「……もう少し、見てみましょう。」
今は、それでいい。
知らなければ、何も分からないのだから。
リムは再び、人間たちへ視線を向けた。
◇
翌朝。
「なんかいいのある?」
「今見てる。」
役所の狩人向け掲示板。
俺とセトは、その前に並んで貼り出された依頼を眺めていた。
「薬草採取。」
「えー、つまんなそう。」
「街道の巡回。」
「眠くなりそう。」
「お前なぁ……。」
「あ、カイン、これ。」
セトが一枚の依頼書を指差す。
「ん?」
目を向ける。
少し離れた村から出された依頼だった。
周囲を山に囲まれた盆地にある、小さな村。
最近、村の近くに熊型の魔物が姿を見せるようになり、家畜や畑に被害が出ているらしい。
対象は――。
「岩熊か。」
「俺ら、熊系まだやってないよな?」
「ああ。」
岩熊。
名前の通り、岩のように頑丈な身体を持つ熊型の魔物だ。
硬いだけじゃない。
前脚から繰り出される一撃は強烈で、動きも鎧猪ほど単純じゃない。
ある程度こちらの動きを見ながら襲ってくるとも聞いている。
「結構強いぞ。」
「でも、今ならいけるだろ?」
「まあ……。」
三ヶ月前なら、やめておいたと思う。
今は違う。
セトが正面で引きつけてくれれば、俺が隙を狙える。
硬いと言っても、全身どこも刀が通らないわけじゃない。
二人なら、十分やれるはずだ。
「…………ん?」
依頼書の下。
注意書きがある。
『周辺では突発的な強風が発生することあり。移動の際は注意』
「突風?」
「山に囲まれてるからじゃね?」
「そんなもんかぁ。」
まあ、依頼とは関係ない。
もう一度、岩熊の項目を見る。
初めての熊型。
少し危険だけど、今の俺たちなら。
「……やってみるか。」
「おう、決まりだな!」
新人狩人、頑張ってます。




