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第98話 色をかさねて

 翌日。


「よーし! 今日はウチが頑張っちゃうよー!」


 狩人の依頼が貼り出された掲示板の前で、ミカが元気よく拳を突き上げた。


「……朝から元気だな。」


 セトが呆れたように言う。


「昨日はおいしいとこ全部セトだったじゃん? だから今日はウチの番!」


「別に順番とかねーだろ。」


「いーの! ウチがそう決めた!」


 ミカはそう言って、掲示板へ向き直る。


「で、何か面白そうな依頼ない?」


「面白そうって……。」


 ファントが苦笑する。


「遊びに行くわけではないんですよ?」


「わかってるってー。」


「本当ですか……?」


 そんな二人を横目に、カインは掲示板を眺めていた。


 魔物の討伐。


 街道の護衛。


 薬草の採取。


 様々な依頼が並んでいる。


「……あ。」


「ん? どうした、カイン。」


「これ。」


 カインが一枚の依頼書を指差した。


 セトが覗き込む。


「……双頭の大蛇?」


「うん。」


 依頼書には、森の奥に現れた巨大な蛇の討伐について書かれていた。


 頭が二つある、巨大な蛇。


 通常の蛇型の魔物よりも遥かに大きく、鱗は硬い。


 さらに、水魔法を使うという。


「へー。頭二つあるんだ。」


 ミカが興味深そうに依頼書を見る。


「それってさ、頭いいのかな?」


「……ん?」


 セトが首を傾げる。


「頭が二つなら、脳みそも二つだろ?」


「だね。」


「じゃあ、頭も二倍いいんじゃね?」


「……あー! 確かに!」


 ミカが手を叩いた。


「え、めっちゃ賢い蛇じゃん!」


「おお、そういうことか!」


「……いや。」


 ファントが口を開く。


「そういうものではないと思いますが……。」


「え?」


 セトが振り向く。


「だって脳みそ二倍だぞ?」


「脳の数と知能は、単純に比例するものでは……。」


「でも二倍だぞ?」


「……ですから。」


「二倍かぁ。」


 カインが感心したように頷いた。


「カインさん!?」


「頭が二つあるなら、考えることも二つできるんでしょうか。」


 リムが小さく呟く。


「……それも、どうでしょう。」


「いやー、でも頭二つあったら賢そうだよねぇ。」


 エイルまで頷いている。


「エイルさんまで!?」


 ファントは周囲を見回した。


 誰も疑問に思っていない。


 ……何故だ。


「ま、とりあえず報酬もいいし、これにする?」


 エイルが依頼書を指差す。


「いいんじゃね?」


「ウチも賛成ー!」


「うん。」


「私も、大丈夫です。」


「……はぁ。」


 ファントは諦めたように息を吐いた。


 こうして、双頭の大蛇の討伐が決まった。


     ◇


 森の奥。


「……結構深いところまで来たな。」


 セトが周囲を見回す。


 木々は高く、枝葉が空を覆っていた。


 日差しは地面までほとんど届かず、昼間だというのに薄暗い。


「依頼書だと、この辺りで目撃されたらしいけど。」


 カインが辺りを見渡す。


「……あ。」


 リムが立ち止まった。


「どうした?」


「向こう……何かいます。」


 リムの視線の先。


 木々の間に、何か大きなものが見えた。


 ゆっくりと動く、長い胴体。


 太い木の幹ほどもある身体を、地面に這わせている。


 そして。


「……おお。」


 セトが声を漏らした。


 頭が、二つあった。


 巨大な蛇の首が、二本。


 それぞれが独立して動き、周囲を見回している。


「……でっか。」


 ミカが呟く。


「思ってたより、だいぶ大きいねぇ。」


 エイルも目を細めた。


 そのとき。


 二つの頭が、同時にこちらを向いた。


「……気づかれたな。」


 カインが刀に手を添える。


 大蛇が、ゆっくりと身体を持ち上げた。


 そして。


 片方の口が、大きく開いた。


「……っ!」


 カインが何かを感じ取る。


「避けろ!」


 直後。


 シュンッ!


 鋭い音とともに、細い水流が一直線に放たれた。


 全員が咄嗟に飛び退く。


 水流が、背後の木に触れた。


 ザンッ!


 太い幹に、深い切れ込みが入る。


「……は?」


 セトが目を見開いた。


 今のは、水だ。


 間違いなく、水魔法だった。


 だというのに。


「……木、斬れたぞ?」


「すごい圧力ですね……。」


 ファントが顔を引きつらせる。


「まともに受けたら危ないねぇ。」


 エイルが短剣を抜いた。


 大蛇のもう片方の頭が、口を開く。


「また来るよ!」


 今度は、横薙ぎだった。


 高圧の水流が、木々の間を鋭く走る。


「うおっ!?」


 セトが地面を蹴った。


 水流が通り過ぎた場所で、細い枝が次々と切り落とされる。


「……やっべぇな!」


「皆さん、距離を取ってください!」


 ファントが叫ぶ。


 大蛇は二つの頭を別々に動かしていた。


 一方が攻撃している間に、もう一方が次の水魔法を準備する。


 攻撃が途切れない。


「……なるほどねぇ。」


 エイルが苦笑する。


「これ、結構厄介かも。」


「だな。」


 カインが刀を構えた。


「まずは、近づいてみる。」


「おう!」


 セトが頷き、先に駆け出した。


 大蛇の頭が、セトを追う。


 水流が放たれる。


「おっと!」


 セトは身体を沈め、その下を潜り抜けた。


 そのまま一気に距離を詰める。


「……っしゃあ!」


 拳を握る。


 風が、腕に集まった。


「圧風拳!」


 ドンッ!


 圧縮された風が、大蛇の胴体へ叩きつけられる。


 巨体が、わずかに揺れた。


「……っ!?」


 だが。


「かってぇ!」


 鱗には、ほとんど傷がついていなかった。


「セト、離れて!」


 カインが叫ぶ。


 もう一方の頭が、セトへ向いた。


「おわっ!?」


 セトが慌てて飛び退く。


 直後、先ほどまで立っていた場所を水流が切り裂いた。


「……こいつ、マジで硬いな!」


「私も試してみるねぇ。」


 エイルが駆け出す。


 大蛇の側面へ回り込み、短剣を振るう。


 キィンッ!


 硬い音が響いた。


「……あら。」


 刃が、弾かれた。


「おねーさんの短剣でも駄目かぁ。」


「じゃあ、これはどうですか!」


 リムが手を伸ばす。


 大蛇の周囲に、透明な壁が現れた。


 【隔帳】。


 その壁が、大蛇の頭の動きを一瞬だけ遮る。


「カインさん!」


「うん!」


 カインが踏み込む。


 刀を振り抜いた。


 ガキンッ!


「……硬い。」


 刃が、鱗の表面で止まった。


 浅い傷はついた。


 だが、それだけだった。


「……厄介だな。」


 カインが距離を取る。


 大蛇の二つの頭が、再びこちらを向いた。


 その片方の頭が口を開く。


 シュンッ!


「おっと!」


 セトが横へ跳ぶ。


 だが。


「……っ!?」


 もう一方の頭が、既にその先を向いていた。


 シュンッ!


 水流が、セトの逃げ道を切り裂く。


「うおおっ!?」


 咄嗟に身体を捻り、地面を転がる。


「……こいつ!」


 セトが顔を上げた。


「俺が避ける方、読んでやがった!」


「……なるほど。」


 カインが頷く。


「やっぱり、頭が二つあるからかな。」


「おお! やっぱ脳みそ二倍だな!」


「だから違うと思います!!」


 ファントの叫びが、森に響いた。


     ◇


「……んー。」


 少し離れた場所。


 ミカは、戦いの様子をじっと見ていた。


 カインも、セトも、エイルも。


 攻撃を当てること自体はできている。


 だが、鱗が硬すぎる。


 普通に攻撃しても、ほとんど通らない。


「……どーしよっかな。」


 ミカが呟く。


 火魔法。


 水魔法。


 風魔法。


 雷魔法。


 土魔法。


 使える魔法はいくつもある。


 だが、あの鱗をどうにかできるだろうか。


「……ん?」


 そのとき。


 大蛇の片方の頭が、再び口を開いた。


 水魔法を使う直前。


 その胴体が、わずかに膨らんだ。


「…………。」


 ミカが目を細める。


 鱗が、動いた。


 ほんの少しだけ。


 普段はぴったりと重なっている鱗の間に、小さな隙間ができていた。


 そして、水流が放たれる。


 胴体が元に戻る。


 鱗も、元通りに閉じた。


「……あれ?」


 ミカは首を傾げた。


 もう一度、大蛇を見る。


 もう片方の頭が、口を開く。


 胴体が膨らむ。


 鱗が、開く。


「……あ。」


 ミカの口元が、ゆっくりと上がった。


「……そゆこと?」


「ミカさん?」


 隣にいたファントが振り向く。


「何かわかりましたか?」


「んー、ちょっとね。」


 ミカは大蛇を見つめたまま答えた。


「あいつさ、魔法使うときだけ、ちょっと膨らむんだよね。」


「……膨らむ?」


「そ。で、鱗のとこに隙間できんの。」


「……本当ですか?」


「うん。たぶん、そこなら刺さる。」


 ファントが大蛇へ視線を戻す。


 確かに、魔法を使う直前に胴体が動いているようにも見える。


 だが。


「……あの隙間を狙うんですか?」


「そーそー。」


「かなり小さいですよ?」


「だねー。」


「しかも、一瞬しか開きません。」


「うん。」


「……ミカさん?」


 ミカは、にっと笑った。


「だからさ。」


 右手を持ち上げる。


「ちょっと、やってみたいことあんだよね。」


 その手に、雷が集まり始めた。


 ぱちぱちと、青白い光が弾ける。


「雷魔法……?」


 ファントが呟く。


 だが。


「……あれ?」


 何かが違う。


 普段の雷魔法とは、魔力の流れが異なっていた。


 雷が、散らない。


 一定の形を保とうとしている。


「……ミカさん、それは……。」


「んー。」


 ミカは自分の手元を見つめた。


 雷は、雷。


 土は、土。


 今まで、そういうものだと思っていた。


 けれど。


 ミカには、魔法が色のように見える。


 それぞれ違う色。


 違う性質。


 だから。


 重ねてみたら、どうなるんだろう。


「……雷ってさ。」


 ミカが呟く。


「普通、バチバチーって散るじゃん?」


「……はい。」


「でも、土魔法って形作れるっしょ?」


「……ええ。」


「じゃあさ。」


 ミカが笑う。


「雷を、剣の形にできんじゃね?」


「…………え?」


 ファントが固まった。


 ミカの手元で、雷が収束していく。


 青白い光が、細く伸びる。


 散ろうとする雷を、別の魔法の性質が繋ぎ止める。


 形を作る。


 刃を作る。


 雷そのものを、一振りの剣へ。


「……お。」


 ミカが目を輝かせた。


「できたじゃん!」


 空中に、一本の剣が浮かんでいた。


 青白く輝く、雷の剣。


 柄も、刃も、すべて雷でできている。


 だが、その輪郭は崩れない。


「……ミカさん。」


 ファントが、ゆっくりと口を開く。


「……何を、したんですか?」


「え? 雷に土のやつ混ぜた。」


「……混ぜた?」


「そ。」


「……魔法を?」


「うん。」


「…………。」


 ファントは、もう何も言えなかった。


 ミカは大蛇を見る。


 ちょうど、片方の頭がこちらを向いた。


 口が開く。


 胴体が膨らむ。


 鱗の隙間が、わずかに開いた。


「……今!」


 ミカが腕を振った。


「サンダーブレード!」


 雷の剣が、飛んだ。


 青白い軌跡を描きながら、大蛇へ一直線に迫る。


 そして。


 ザシュッ!


 開いた鱗の隙間へ、刃が突き刺さった。


 次の瞬間。


 バヂィッ!!


 雷が、大蛇の体内で弾けた。


「――――ッ!!」


 二つの頭が、同時に跳ね上がる。


 巨体が激しく痙攣した。


 口元に集まっていた水が飛び散り、魔法が途切れる。


「……おおっ!?」


 セトが目を見開く。


「何だ今の!?」


「……ミカ?」


 カインも振り向いた。


 大蛇が、地面へ崩れ落ちる。


 長い胴体が何度か大きく跳ねたあと、ゆっくりと動きを止めた。


「…………。」


 静寂。


 全員が、大蛇を見つめていた。


「……倒しましたか?」


 リムが小さく呟く。


 エイルが慎重に近づき、様子を確かめる。


「……うん。」


 そして、振り返った。


「倒せてるねぇ。」


「……マジか。」


 セトが息を吐いた。


 それから、ミカを見る。


「お前、今何した!?」


「ん?」


 ミカは、きょとんとした顔をした。


「雷の剣、飛ばした。」


「いや、それは見たけどよ!」


「えー? じゃあ何?」


「どうやって作ったんだよ!?」


「あー。」


 ミカは少し考えた。


「雷に、土の魔法混ぜた。」


「…………。」


「そしたら剣になった。」


「…………。」


 セトがカインを見る。


 カインもセトを見る。


「……できるのか、そんなこと。」


「さあ……?」


「……いや。」


 ファントが、ようやく口を開いた。


「普通は、できません。」


「え?」


 ミカが振り向く。


「そーなの?」


「少なくとも、私は聞いたことがありません……。」


「へー。」


 ミカは自分の手を見る。


「でも、できたよ?」


「……そういう問題では……。」


 ファントが頭を抱える。


 エイルは、そんなミカを見て笑った。


「いやー、ミカちもすごいねぇ。」


「えへへ。でしょー?」


「うん。おねーさん、びっくりしちゃった。」


 ミカが嬉しそうに笑う。


 その横で、セトは腕を組んでいた。


「……しかし、あれだな。」


「ん?」


「雷の剣かぁ。」


「そーそー。」


「……格好いいな。」


「でしょ!?」


「おう! めっちゃ格好いい!」


「やったー!」


 二人が盛り上がる。


 ファントは、もう訂正する気力もなかった。


     ◇


「……実に、興味深い。」


 少し離れた木陰。


 一人の男が、先ほどの戦いを見つめていた。


 その視線は、倒れた大蛇ではなく。


 雷の剣を生み出した、金髪の少女へ向けられていた。


「雷の性質を保ったまま、形状を固定する……。」


 男が、小さく呟く。


「しかも、あの短時間で。」


 しばらく考え込む。


 そして、口元に笑みを浮かべた。


「……面白い。」


 男は、ゆっくりと歩き出した。


     ◇


「いやー、今日は大活躍だったねぇ、ミカち。」


「へへー! 昨日のセトに負けてらんないし!」


「おう! いい勝負だったな!」


「いや、勝負してたんですか……?」


 ファントが呆れる。


 カインは、そんなやり取りを聞きながら笑っていた。


 そのとき。


「……少々、よろしいでしょうか。」


 背後から、声がした。


 振り向くと、一人の男が立っていた。


 穏やかな笑みを浮かべた、見知らぬ男。


「……誰だ?」


 セトが首を傾げる。


 男は軽く頭を下げた。


「突然、失礼いたします。」


 そして、ミカへ視線を向ける。


「先ほどの魔法を、拝見しておりました。」


「……へ?」


「実に、素晴らしい。」


 男の目が、楽しそうに細められる。


「もしよろしければ、少しお話を伺っても?」


 ミカは、きょとんとした顔で男を見つめた。

え、脳みそ二倍なら、賢さ二倍じゃないの?

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