第97話 得た力
買い物を終え、荷物を整理した翌日。
カインたちは、再び街を歩いていた。
「さて、と。」
エイルが軽く伸びをする。
「買い物も終わったし、そろそろルークのところ行こっか。」
「そうですね。」
リムが頷く。
「ルークさん、元気にしてるかな。」
「どうだろうね。忙しそうではあるけど。」
カインの言葉に、エイルが苦笑した。
「まー、あの人は昔からあんな感じだからねー。」
「ウチ、ルークさんってよく知らんのよねー。」
ミカが口を挟む。
「どんな人なん?」
「優しい人だよ。」
「へー。」
「あと、すごい僧侶。」
カインが付け加えると、ファントが大きく頷いた。
「はい! ルーク様は本当に素晴らしい方なんです!」
「おおっ。」
突然勢いを増したファントに、ミカが少し驚く。
「……ファント、めっちゃ好きじゃん。」
「もちろんです!」
ファントは胸を張った。
「僕が僧侶を目指したのも、ルーク様に憧れたからですから!」
「めっちゃ推してるじゃん。」
「……おし?」
そんな話をしながら、五人が歩いていると。
「おーい!」
後ろから、聞き慣れた声が響いた。
「……ん?」
カインが振り返る。
人混みの向こうから、一人の青年が手を振っていた。
「セト!」
「おう!」
セトが駆け寄ってくる。
久しぶりに見るその顔は、以前と変わらず元気そうだった。
「よかった、見つけた!」
「修行、終わったの?」
「おう! ざっくりだけどな!」
「そっか。」
カインが笑う。
「お疲れ様。」
「へへっ、ありがとな!」
「セトさん、お帰りなさい。」
「おう、リムも元気そうだな!」
「はい。」
エイルも笑いながら声をかけた。
「おかえりー、セト。どうだった?」
「いやー、めっちゃ勉強になったぜ!」
「へぇ、よかったじゃん!」
「おう!」
セトは嬉しそうに頷く。
それから、改めて五人を見回して。
「…………。」
カインの両手で、視線が止まった。
「……お前ら、荷物多くね?」
「これでも減らしたんだけどねー。」
エイルが何でもないことのように答えた。
「……減らした?」
「うん。」
「これで?」
「そうそう。」
セトは改めてカインを見る。
大量の荷物を抱えている本人は、特に苦しそうな様子もない。
「……カイン、大丈夫か?」
「うん。そんなに重くないよ。」
「そっか。ならいいけどよ……。」
よくない気もする。
「いやー、昨日は楽しかったねー!」
「マジそれ! めっちゃ買ったし!」
エイルとミカが楽しそうに笑う。
その横で、リムも小さく頷いていた。
「……ちなみに、いくら使ったんだ?」
「んー?」
エイルが少し考える。
ミカも指を折って何かを数え始めた。
「…………。」
「…………。」
「……おい。」
「まあ、結構?」
「ウチも途中から数えてないかも!」
「数えろよ!?」
セトが思わず声を上げる。
ファントは少し疲れた顔で頷いた。
「……僕も、そう思います。」
「だよな!?」
「でも、皆さん楽しそうでしたし……。」
「お前も大変だったんだな……。」
セトが同情するようにファントの肩を叩いた。
しばらく考えてから、セトは顔を上げる。
「よし!」
「ん?」
「じゃあ金稼ぐか!」
あまりにも単純な結論だった。
だが、誰も反対しなかった。
実際、六人になってからというもの、生活費は以前よりも増えている。
狩人として依頼をこなしておくに越したことはない。
「それじゃ、役所に行こうか。」
「おう!」
カインの言葉に、セトが元気よく答えた。
ルークのところへ向かうのは、少し後になりそうだった。
◇
「大鴉、か。」
役所に貼り出された依頼を見て、セトが呟いた。
街から少し離れた森に、大鴉が現れるようになったらしい。
近くを通る人や馬車を襲うことがあるため、討伐してほしいという依頼だった。
「前にも戦ったよね。」
「ああ。あん時は大変だったな。」
カインの言葉に、セトが頷く。
以前戦った大鴉は、ただの大鴉ではなかった。
風の魔法を使い、さらには防御の魔法まで使ってくる、随分と厄介な個体だった。
空を飛ぶ相手に、セトの拳は届かなかった。
殴れさえすれば。
何度そう思ったことか。
「でも、今回のは普通の大鴉みたいだね。」
「だな。」
依頼書を確認したセトが頷く。
普通の大鴉なら、魔法を使うこともない。
以前ほど苦戦する相手ではないだろう。
「……よし、これにしようぜ。」
「いいの?」
「おう。」
セトが笑った。
「ちょうど試したいこともあるしな。」
◇
森に入ってから、しばらく。
「……いた。」
カインが空を見上げた。
木々の上を、大きな黒い影が旋回している。
……大鴉だ。
普通の鴉とは比べものにならないほど大きな体。
翼を広げれば、人間の背丈を優に超える。
「でっか……。」
ミカが呟いた。
「これ、普通の鴉じゃないよね?」
「魔物ですからね。」
ファントが答える。
大鴉はこちらに気づいたらしく、上空で大きく旋回した。
そして。
「来るぞ!」
セトの声と同時に、大鴉が急降下してきた。
鋭い嘴。
大きな爪。
まともに受ければ、ただでは済まない。
「セト!」
「おう!」
カインが刀に手をかける。
だが、セトは前に出た。
「俺に任せろ!」
大鴉が迫る。
セトはその場で腰を落とした。
足に魔力を集める。
風が、足元で渦を巻いた。
「……っ!」
鋭く、蹴りを放つ。
その足が空を切った瞬間。
風が、刃となって飛んだ。
「ギャアッ!?」
空中の大鴉が大きく体勢を崩す。
翼を打たれたのだ。
大鴉は羽ばたこうとしたが、うまく飛べない。
そのまま地面へと落下した。
「おおっ!?」
ミカが声を上げる。
「今の何!?」
「……へへっ。」
セトが嬉しそうに笑う。
落下した大鴉は、まだ動いていた。
だが、飛び立つことはできない。
「カイン!」
「うん!」
カインが駆け出す。
地面でもがく大鴉に近づき、刀を振るった。
それで終わりだった。
「……すごいね、セト。」
刀を納めながら、カインが言った。
「空にいる相手に攻撃できるようになったんだ。」
「おう! シュウに教わったんだよ!」
セトは得意げに胸を張った。
「風魔法を蹴りに乗せて、刃にして飛ばすんだ。」
「へぇ……。」
カインが感心したように頷く。
「前は届かなかったもんね。」
「そうなんだよ。」
セトが空を見上げた。
以前の自分なら、あの高さにいる大鴉をどうすることもできなかった。
飛び降りてくるのを待つか、仲間に任せるしかなかった。
だが、今は違う。
自分の足で。
自分の力で。
空を飛ぶ相手にも、攻撃を届かせることができる。
「……へへ。」
自然と笑みがこぼれた。
「セトさん、すごいです。」
リムも嬉しそうに微笑む。
「だよねー。おねーさん、びっくりしちゃった。」
「マジでカッコよかった!」
エイルとミカも口々に褒めた。
「いやー、それほどでも!」
セトは照れくさそうに頭を掻いた。
その時だった。
がさり。
近くの茂みが、大きく揺れた。
「……ん?」
全員がそちらを見る。
次の瞬間。
「グルルルル……!」
茂みの向こうから、巨大な熊が姿を現した。
岩熊だ。
「……なんか出てきた。」
ミカが呟く。
「岩熊ですね。」
ファントが杖を構えた。
「依頼にはありませんでしたが……。」
「まあ、森だしねー。」
エイルが苦笑する。
岩熊は六人を見回し、低く唸った。
そして、前足を持ち上げる。
「おっと。」
セトが一歩前に出た。
「こいつも俺がやっていいか?」
「いいけど……。」
カインが少し首を傾げる。
「大丈夫?」
「おう!」
セトは拳を握った。
岩熊。
まだ狩人になったばかりの頃、カインと二人で戦ったことがある。
あの時は、随分と苦労した。
硬い体。
重い一撃。
正面からまともに殴り合うには、厄介な相手だった。
だが。
「……今なら。」
岩熊が吠えた。
巨大な前足が振り下ろされる。
セトは横へ踏み込み、それを避けた。
そして、岩熊の胴体へ向けて拳を突き出す。
拳が届く。
その、寸前。
セトの拳が止まった。
圧縮された風が、拳の先で弾ける。
ドンッ!!
「グオッ!?」
岩熊の巨体が吹き飛んだ。
地面を転がり、近くの木に激突する。
大きな音が響いた。
「…………。」
全員が、しばらく黙っていた。
「……え?」
ミカが口を開く。
「今、殴ってなくない?」
「うん。」
カインが頷いた。
「拳、届いてなかったね。」
「……どういうことですか?」
ファントが目を丸くする。
セトは拳を開き、軽く振った。
「風を圧縮して、拳の先でぶつけたんだよ。」
「……風を?」
「おう。だから、直接触らなくても殴れる。」
「へぇー!」
エイルが感心したように声を上げる。
「それ、便利じゃん!」
「だろ?」
セトが笑う。
「雷虎みたいな、触ったら危ねぇ相手にも使えるんだ。」
「ああ……。」
カインが頷いた。
以前、雷虎と戦った時。
セトは相手に触れることができなかった。
殴れば、自分が痺れてしまう。
それが、どうしても越えられなかった壁だった。
だが、今は。
「……よかったね、セト。」
カインが言った。
「うん?」
「ずっと、何とかしたいって言ってたから。」
「……おう。」
セトは少しだけ黙った。
それから、にっと笑う。
「ありがとな!」
岩熊は、もう動かなかった。
◇
討伐を終え、街へ戻る道中。
「そういえばさ。」
カインが、ふと思い出したように口を開いた。
「ん?」
「さっきの技って、名前あるの?」
「…………。」
セトの足が止まった。
「……セト?」
「…………。」
「ないの?」
「……ある。」
「あるんだ。」
「……おう。」
なぜか、セトの表情が険しい。
「教えてよ。」
「…………。」
しばらくの沈黙。
そして、セトは小さく息を吐いた。
「……飛風蹴りと、圧風拳。」
「……ん?」
ミカが首を傾げる。
「何て?」
「……ひふうげりと、あっぷうけん。」
「…………。」
エイルが黙った。
ミカも黙った。
「…………っ。」
リムが俯いた。
「……ひふうげり?」
ミカが確認する。
「……おう。」
「……あっぷうけん?」
「……おう。」
「…………。」
ミカがエイルを見る。
エイルもミカを見る。
「ぶっ……!」
「ちょ、待っ……!」
二人が同時に吹き出した。
「あははははは!!」
「何それ! ダサっ!!」
「うるせぇ!!」
セトが叫ぶ。
「俺がつけたんじゃねぇからな!?」
「いや、だって! あっぷうけんって!」
「ひふうげりもヤバいって! ウケる!」
「技はすげぇだろ!?」
「技はねー!」
「めっちゃカッコよかったのに名前www」
「だから俺がつけたんじゃねぇって!!」
その横で。
「…………っ、ふ……。」
リムが口元を押さえていた。
肩が小さく震えている。
「……リム?」
「い、いえ……!」
リムは慌てて首を振る。
「わ、笑ったら、セトさんに失礼ですから……!」
「もう笑ってんだろ!?」
「す、すみません……っ!」
セトが頭を抱えた。
だが、そんな中。
「……カッコいいと思うけど。」
カインが言った。
「……は?」
「圧風拳。強そうだし。」
「…………。」
「飛風蹴りも、風で蹴る技ってわかるし。」
セトがカインを見る。
どうやら、本気で言っているらしい。
「……お前、マジで?」
「うん。」
「…………。」
セトが何とも言えない顔になった。
そして。
「ぼ、僕も……!」
ファントが声を上げた。
「……ん?」
「カッコいいと思います!」
「…………は?」
「圧風拳……! 拳で風を圧縮して攻撃するんですよね!?」
「……お、おう。」
「飛風蹴りも、蹴りから風の刃を飛ばすなんて……!」
ファントの目が輝いている。
「すごいです! 名前も技も!」
「…………。」
セトはしばらくファントを見つめた。
「……お前、そっち側だったのか。」
「そっち側?」
「いや、何でもねぇ……。」
カインとファントは、楽しそうに技について話し始めた。
エイルとミカは、まだ笑っている。
リムは、どうにか笑いを堪えようとしている。
そしてセトは。
「…………。」
空を見上げた。
強くなった。
それは間違いない。
ずっと欲しかった力を、ようやく手に入れた。
空を飛ぶ相手にも。
触れられない相手にも。
今なら、自分の拳と蹴りが届く。
そのことが、嬉しくて仕方なかった。
……ただ。
「……シュウさぁ。」
セトが小さく呟く。
「技は最高なんだけどなぁ……。」
名前だけは、どうにかならなかったのだろうか。
……本当に。
大丈夫だセト、いずれ慣れる。




