影章 奈々未 020
ひとりになった病室のなかで、私はしばらく何もしなかった。
何もしないでいるうちに、いろいろなものが私のなかから、すこしずつ出てきた。
出てきたものを、私はベッドのうえでひとつずつ受け止めていた。
ひとつめは、悲しみだった。
ふたつめは、ごめんね、だった。
みっつめは、寂しさだった。
よっつめは、罪悪感だった。
罪悪感、というのが、私のなかでいちばん大きかった。
私が、産んであげられなかった。
私が、ちゃんと、その「ひとり」を、生かしてあげられなかった。
男の子だった、ということを、私はひとりで抱えていた。
ひとりで抱えていた、ということが、もしかしたら、その「ひとり」をすこし寂しくしたのかもしれない。
もし、凪と二人で抱えていれば、その「ひとり」は、もうすこし私のなかで強くいられたのかもしれない。
そういう、答えのない問いが私のなかでぐるぐる回っていた。
回っているのを、私はそのままにして、しばらくベッドのうえで目を閉じていた。
夜が深くなる。
病室の電気は、消えていた。
廊下の薄い明かりが、ドアの下からすこしだけ漏れていた。
その明かりを、私はベッドのうえでしばらく見ていた。
見ていながら、私は心の中で、お腹のなかの「ひとり」につぶやいた。
「あなたの、ばあばとじいじが、迎えてくれるからね」
「お友達が、待ってるからね」
そう、つぶやいた。
つぶやきながら、私はすこしだけ笑った気がした。
笑った、というのは、すこし変な笑いだった。痛みの中の、笑いだった。
それでも、笑った。
笑った、というのが、その夜の私が、自分のなかでぎりぎりでできたことだった。
「ばあばとじいじによろしくね」
「私も、いつかそっちに行くからね」
「そのときまで、お父さんとちゃんと生きていくからね」
そう、つぶやいた。
つぶやいた言葉は、お腹のなかの「ひとり」に、もう届かなかった。
それでも、つぶやいた、ということが、その夜の私にはいちばんのお祈りだった。
しばらくして、私はふと、ベッドのうえで思った。
「ふたりだけの秘密」が、私のなかにまだある。
その秘密を、私はこれからずっとひとりで抱えていく。
抱えていくことが、私のなかで辛かった。
それでも私は、その秘密を手放さないでいると決めた。
手放したら、あの「ひとり」がほんとうに消える気がした。
消えないように、私はその秘密をちゃんと抱えていく。
抱えていく、というのが、その夜から私のいちばんの仕事になった。
その仕事を、私はひとりでしはじめていた。
その仕事をしはじめながら、私はベッドのうえで、またしばらく目を閉じていた。
退院した日のことを、私はあまり覚えていない。
覚えていない、というのは、何もなかったということではなかった。たぶん、いろいろあった。退院の手続き。先生からの説明。看護師さんからの、これからの体のケアの説明。ぜんぶ、メモに取った。それでも、家に帰る車のなかで、私はその日のことをすこしずつ頭のなかからこぼしていった。
こぼしていったのは、覚えていると辛いからだった。
辛さを、私はその時期、すこしずつ自分のなかから遠くに置いていった。
遠くに置く、というのが私のいつもの作戦だった。
施設を出てから、辛いことは私のなかで何度か起きていた。起きるたびに、私はそれをすこしずつ遠くに置いた。遠くに置いたものは、ずっと消えないでいた。それでも、すこし遠くなる分、私のなかで毎日抱えやすくなった。
退院した日のことも、私はそうやって自分のなかから、すこし遠くに置いた。
家のなかは、しばらくしずかだった。
ふだんの家のしずかさとは、ちがうしずかさだった。
私たちは、ふつうの動作をぎりぎりで続けていた。
凪は毎日、会社に行った。私はしばらくNPOを休んでいた。先生から「一ヶ月くらいは、ゆっくり休んでください」と言ってもらえていた。先生のその言葉が、私をぎりぎりで許してくれた。許されないと、私はすぐにでも仕事に戻ろうとした。戻ろうとしないと、いられない気がした。
それでも、休んでいた。
休んでいるあいだ、私はずっと家にいた。
家のなかで、私はふつうの動作を続けた。掃除をした。洗濯をした。ご飯を作った。ふつうの動作だけが、その時期の私のいちばんの抵抗だった。
動作を止めると、私はすぐにでも崩れた。
崩れないために、私は毎日すこしずつ動いた。
動きながら、私のお腹はすこしずつ、ふくれが引いていった。
ふくれが引いていく、というのがいちばん辛かった。
お腹のなかから、その「ひとり」がいなくなった証拠が、私のお腹のうえに、毎日すこしずつ出てきていた。
私は、毎朝自分のお腹を鏡で見ていた。
見ながら、私は心の中でつぶやいていた。
消えないでね。
まだ、消えないでね。
つぶやいた言葉は、お腹のなかにはもう届かなかった。
それでも、つぶやいた。
つぶやかないと、その「ひとり」が私のなかから、すこしずつ消えていった。
消えないでいてほしかった。
退院してから一週間ほどが経った頃の、ある朝、私はふと思い立って凪に言った。
十二月に、入っていた。
「お寺に行きたい」
凪は、すこし不思議そうな顔をした。
「お寺?」
「うん」
「水子供養」
私は、答えた。
そう答えた自分の声がすこし震えていた。
「あの子の供養をしてあげたい」
私は、続けた。
「あの子に」
凪はしばらく何も言わなかった。
それから、ゆっくり頷いた。
「うん」
「いつ行く?」
「土曜日」
私は、答えた。
その日は、水曜日だった。あと三日待てば、土曜日だった。三日というのが、その時の私にはちょうどよい長さだった。三日のあいだに、私はその日のために、自分のなかでいろいろなことを整える時間が欲しかった。
「土曜日、二人で行こう」
凪は答えた。
「うん」
「お寺、どこか決めてる?」
「歩いていけるところで、いいかなって」
「そっか」
凪は、それ以上聞かなかった。
聞かないでくれた、というのが、その時いちばんありがたかった。
土曜日が、来た。
その日の朝、私はふだんよりすこし早く起きていた。
起きて、私はコーヒーを淹れた。
凪にコーヒーを渡した。
「おはよう」
凪は、答えた。
「おはよう」
私は、答えた。
それから、私たちはふつうに朝ごはんを食べた。
食べ終わってから、私は出かける支度をした。
服を選んだ。ふつうの、地味な服を選んだ。「お寺に行く」というのが、私のなかで、ふつうの動作のひとつでなければならなかった。特別な服を着ていくと、その動作が特別な動作になった。特別にしたくなかった。これから、毎週土曜日に続けていくつもりだった。続けていくものは、ふつうの動作で続けたかった。
凪も、ふつうの服を着ていた。
私たちは家を出た。
エレベーターで一階まで降りた。
十二月の空気は、冷たかった。
私たちは、駅とは反対の方向に歩いていった。
歩いて十五分くらいのところに、小さなお寺があった。
そのお寺の名前は、私たちが新しい家に引っ越してきたとき、私がふつうに覚えていたお寺だった。散歩していて、たまたま見つけたお寺だった。境内に、大きな銀杏の木が一本立っていた。秋に銀杏の葉が黄色く色づくのを、私は何度か見ていた。
その銀杏の木が、私のなかでずっと、すこしだけ残っていた。
残っていたものを、私はその日思い出した。
お寺についた。
境内は静かだった。
参道の脇に、大きな銀杏の木が立っていた。
その日も、銀杏の葉はまだすこし黄色く残っていた。
地面に落ちた葉が、たくさん積もっていた。黄色い葉が、地面のうえに絨毯のように敷かれていた。
私は、その葉のうえをゆっくり歩いた。
歩いていきながら、私は銀杏の木の根本まで近づいた。
凪もついてきてくれた。
私たちは銀杏の木の前で立ち止まった。
私はお腹のうえに両手を置いた。
置いた手のうえで、私のお腹はもうふくれがほとんど引いていた。
それでも、私はその手のうえで心の中でつぶやいた。
「これから、毎週来るからね」
そう、つぶやいた。
それから、私は両手を合わせた。
凪も、隣で両手を合わせた。
私たちはしばらく、銀杏の木の前で手を合わせていた。
合わせているあいだ、私は心の中で、その「ひとり」にたくさんの言葉を伝えた。
ごめんね。
産んであげられなくて、ごめんね。
お名前を、まだちゃんと呼んであげられてないの。
お父さんも私も、あなたのこと忘れないからね。
ばあばとじいじが、向こうでちゃんと迎えてくれているかな。
会えていたらいいな。
会えたら、教えてあげてね凪と奈々未の子です、って。
よろしくね。
そう、伝えた。
伝えながら、私の目から涙がこぼれた。
こぼれた涙を、私はそのままにしておいた。
凪は隣で何も言わなかった。
何も言わずに、ずっと銀杏の木の前で私の隣に立っていてくれた。
その日、私は銀杏の木の前ではじめてちゃんと泣くことができた。
退院してから、私は家のなかではあまり泣けなかった。
家のなかで泣くと、凪がもっと辛くなった。私が泣くと、凪は自分が私を泣かせていると思った。思わないで、と言うのは、難しかった。だから、私は家のなかでは泣かないでいた。
その日、銀杏の木の前で、私は泣くことができた。
凪の前でも、銀杏の木の前なら泣けた、というのが変な感じだった。
それでも、泣けた。
泣けた、というのが、その日の私にはいちばんありがたかった。
水子供養の手続きを、私たちはお寺の方にお願いした。
戒名のことや、毎月のお勤めのことや、卒塔婆のことを、お寺の方はふつうの声で説明してくれた。ふつうの声で説明してくれる、というのが、その日いちばんありがたかった。
凪がメモを取ってくれた。
私は隣で聞いていた。
聞いていながら、私はお寺の方の最後の言葉を覚えている。
「お名前は、戒名のなかに入れますか?」
そう、お寺の方は聞いた。
私はすこし止まった。
凪は私の顔を見た。
私は心の中で迷った。
男の子の名前を、戒名のなかに入れる、ということができるはずだった。あの夜、凪が書いた、あの名前。迷った人が、帰ってこられる場所のような人になってほしい、という意味の名前。
その名前を、いまお寺の方の前で、口に出すか。
口に出すと、凪もその名前をちゃんと聞いた。聞いて、凪はもう一度、その「ひとり」のことを深く思い出した。
私は、すこし迷って、それから答えた。
「お名前は、まだちゃんと決めていないので」
「二人で相談して、またお伝えしてもいいでしょうか」
そう答えた。
お寺の方はふつうに頷いてくれた。
「いつでもおっしゃってくださいね」
「はい」
私は、答えた。
凪は、私の答えをふつうに受け取ってくれた。
聞かないでくれた、というのがその時の凪のいちばんの優しさだった。
家に帰りながら、私は自分のなかでつぶやいた。
ごめんね。
お名前、まだお寺の方には伝えなかった。
お名前は、私とお父さんとあなたの、三人だけのものにしておくね。
お寺の方にも、戒名にも入れないでおこう。
私たち三人だけが、ちゃんと覚えていれば、それで十分だよね。
そう、つぶやいた。
つぶやいた言葉は、お腹のなかにはもう届かなかった。
それでも、銀杏の木の前で私が伝えた言葉のなかに、たぶんぜんぶ入っていた。
その日から、毎週土曜日に、私たちはその銀杏の木の前に行った。
二週間目の土曜日。
三週間目の土曜日。
四週間目の土曜日。
毎週、同じ時間に同じ道を歩いて、同じ銀杏の木の前で両手を合わせた。
合わせるたびに、私は心の中で、その「ひとり」に何かを伝えた。
伝える言葉は、毎週すこしずつちがった。
最初の頃は、ごめんね、がいちばん多かった。
すこし経つと、ありがとう、が混ざるようになってきた。
私の、お腹のなかに来てくれて、ありがとう。
短いあいだだったけど、ちゃんと、お母さんになれたのはあなたのおかげだよ。
ありがとう。
そう、伝えるようになった。
伝えながら、私は毎週、銀杏の木の前で泣いた。
凪も隣でずっと立っていてくれた。
凪は何度か私の肩にそっと手を置いてくれた。
その手の温度を、私は毎週ありがたく受け取った。




